1.革命児
ノーマンズランドというその名称は、その単語の意味する通り[人間のいない世界]を意味している。正確には[人間のとても住めない土地]であり、また[魔界]という別称も浸透しているようだ。
かつてこの世界はヒュームの諸王国と、ノーマンズランドの魔物たちだけで二つに分けられて、本来そこにエルフやオークなどの亜種族は暮らしていなかった。
しかし今からそう遠くないある時代に、とつじょとして亜種族たちが別世界より現れて、やがて人類世界を奪い合う戦争に発展していた。
ヒュームたちからすれば、その亜種族は異世界からの侵略者であり、各分野に秀でた妬むべき種族で、彼らが少数の難民だろうと、逃亡者であろうと関係なんてなかった。
その不幸な戦乱は、亜種族の敗北にて終わった。彼らはノーマンズランドへと追いやられ、しかしそれで何とか、ヒュームと彼ら亡命者との間に仮初めの平和が訪れたのだ。
それから一世紀半、対立や小競り合いが繰り返されながらも、何とか今も秩序が保たれている。
革命児ドルフィス・ドーリアンは、ノーマンズランドと隣接する辺境国家、ザルディス共和国の出身。名門貴族の三女として生まれた彼女は、ごく若い頃より有望視され、徹底した英才教育を受けることになった。
国は王族と貴族院、聖堂により権力が三分されており、だから彼女は15で聖堂騎士となった。長女は家を継ぎ、次女は王族の補佐官だった。
17でパラディンの称号を得た彼女は、さらにその翌年、現在の任務地ラクリスへと、交代の守備隊長として派遣された。
そこは亜種族と共に現れた奇妙な土地で、ノーマンズランドの浅い部分にあるというのに、魔物たちが全く寄りつかない貴重な開拓地だった。
「ドルフィス様、そろそろ……」
「ええ、わかりました」
ドルフィス・ドーリアン。その完璧な経歴。順風満帆だった彼女の人生は、とある一冊の本との出会いにより、聖堂勢力へと反旗を翻すという、大きな賭に出ることになった。
「では、これより我らの予言者! 革命児ドルフィス・ドーリアン様のお言葉である! 皆の者、心して聞くように!」
ラクリス聖堂の真っ白なバルコニーより、施政官の言葉が民衆たちへと響き渡る。開拓地の最大権力者は、たかがエリート守備隊長に過ぎないドルフィスの名を、敬いをもって称える。
彼女こそが、腐敗したルルド教を救い得る救世主だったからだ。予言者ドルフィスが生み出した、ルルド教新宗派は、人々の心をつかんで止まない求心力を持っていた。
「皆さん、守備隊長のドルフィス・ドーリアンです。本日はお集まりいただき、本当にありがとうございます。私を理解してくださった施政官、司祭、そして皆様方には感謝し尽くせません。さて……既に皆様もご存じの話なのですが………」
彼女はこの開拓地ラクリスの実質的支配者、最大権威。今や97%以上の住民が、ドルフィス、通称ドール派へと宗派変えしている。
「我々の神話は嘘に塗り固められています!!」
その彼女が扇動的に主張した。
「今、旧・聖堂勢力が伝える歴史、そして神話は!! 我々を300年も欺き続けてきたのです!!」
ドルフィスの銀白の鎧は神々しく朝日に輝き、予言者と呼ぶよりも、この地に現れた戦神のようだった。鎧とは逆に、漆黒のロングヘアが光をどこまで飲み込んで、前髪から片目だけ現れたその瞳は、鋭く情熱に引き締まっていた。
「全ての神話は、主神グナガウア様と、冥界へと追放されしその弟、黄泉の王アンガルア様を中心にあります。そもそも、主神グナガウア様が、女神ユグノスと婚姻を結んだという伝説は、やつら腐敗した聖堂が生み出した偽神話だったのです!!」
今やその地で誰もが周知の新伝説を、再びドルフィスは熱狂的に叫び伝える。
すると彼女のカリスマと、元より開拓民にはびこっていた旧聖堂への怒りが、熱狂的な賛同となってバルコニーへと返ってきた。
「何ということでしょう! アンガルア様と、その兄グナガウア様が、実は愛し合っていたという真実を我々は知らされず!! 罪深いこの婚姻……。いえっっ、あるまじき寝取りっっ、女堕ちを信じ込まされていたなんて!! これまでの私たちの信仰は、一体何だったというのでしょう!!」
ドール派の原動力は、つまるところこれだった。ヒュームの世界もまた、エルフの世界ほどではないが男性が少なく、その数は人口の3%に満たなかった。ちょうど布教率97%と一致する数字だ。
要するに、ほぼ女性だけで構成されたヒューム社会では、BLは革命的なムーブメントを起こし得る、夢と妄想あふれる大発明だったのだ。
男と男の、ときに肉体すらも交わらせる、友情以上の友情。愛以上の愛。背徳と、禁断と、ただ純粋な美男子への憧れ。
それがドール派である。
「母が! 祖母が! 偽りの信仰心を植え込まれ、そのまま冥府へと旅立っていったかと思うと!! 私はもう、胸が張り裂けそうになるのです!! 真実の神話を伝えずに、あるまじき女堕ちを生み出す旧・聖堂は、糾弾され、正されるべきです!!」
聖堂批判がそれと重なると、さらに民衆たちは熱狂的に甲高い声を上げた。
「ドルフィス様ぁぁ~~っっ!!」
「素敵っ、お慕いしておりますぅ~~っっ!!」
ドルフィスを称え、それぞれの胸に主神と黄泉の王のLOVEを抱え、また一部の者は他の神々のマイナーカップリングを妄想し、真っ昼間からトリップした。
髭モジャ鍛冶神のカスバルと、偉丈夫の騎士神リレウスの年の差カップル。触手を持つ邪神ヨミと、美少年で名高い幼神レミの略奪婚も根強い人気である。
「これをよりハッキリと、真実として伝えてゆくためにも……。アンガルア様とグナガウア様の禁じられた兄弟愛を形にした、レリーフをラクリス正門に刻む計画が進んでいます!! またっ、今月も副教典として、グナ×アン第二七号が発行されます。不肖、私が描かせていただいたコマ割絵本も、ご好評につき24ページの掲載となっております」
「35ゴルドのお布施に付き一冊、団体割引で100冊ごと3000ゴルドの配布も行っております。どうか今月も、我々の神話復古にご協力よろしくお願いいたします」
――月刊教典グナ×アンは、今や開拓地屈指の流通物となり、本土でもご禁制ながら爆発的な人気を誇っている。先月号の発行数は、実に10万冊の大台に達していた。約300万ゴルドという莫大な販売利益である。
「新刊バンザイ!!!」
「ドルフィス様バンザイ!!!」
「ドール派に神の祝福を!!!」
民衆は口々に彼女と神と新刊を称え、今やもう止まることのない宗教革命となっていた。辺境地の民にとって、ドルフィス・ドーリアンは困窮した生活からの救世主であり、最強のマンガ家だったのだ。
(ああ、これも私の運命なのだろう……。そう……あの日、あの本に出会わなければ……)
それら巨大な激動を生み出したのは、ただ一冊の本だった。
ドルフィスがこの地へと着任して間もない頃に、地下遺跡で偶然発見した本だった。たった一冊の、ページ数にして24ページしかない薄い薄いその冊子。
(衝撃でした……! まさかあんな……あんな愛の形があっただなんて!! あれこそが我々が、神に求めていたモノでした……!!)
それは、現代日本よりたまたま漂着した、伝説的人気作家が描いたボーイズラブ本だったのだ。コミケ会場では500円のワンコインで大量配布、大量消費されていたその一冊は、今やドール派の大聖典として、万を超える民に閲覧されている。
(私はすぐにわかった!! 腐敗したルルド教を、祖国を救うのはこれしかないのだと!! だからこそ私は決断し、同時によだれを垂れ流した!!
(はぁぁぁ~っっっ♪♪ グナガウア様っ、アンガルア様っ、お慕いしております!! お二人の愛をっっ、真実を!! 私は全ての信徒に教義として布教してみせます!!)
ドルフィスはクールで堂々とした姿を民衆に見せつけつつ、妄想の中で熱く熱く萌えもだえた。
それから、冗長になりつつある演説をそろそろおしまいにすることにしたようだ。
「ともに腐敗した人間世界を正しましょう!! この神々の世界よりやって来た、真実の神話と共に!!」
バルコニーより彼女が立ち去っても、民衆の歓声と熱狂はいつまで経っても止むことがなかった。
……………………。
…………。
「隊長」
聖堂施設内部へと戻ると、ドルフィスの元に副官の騎士が駆け寄った。
「おや、どうしましたか?」
「妙な報告が入りました」
「妙……?」
有能な副官は、守備隊長へと真剣な眼差しを向ける。
ドルフィスを敬愛していた。
「兵が何者かに倒されました」
「倒された?」
「はい、何者かに気絶させられたようです。調べてみたところ、沈黙魔法をかけられた形跡がありまして……」
その沈黙魔法という単語に、ドルフィス守備隊長は表情を険しくさせた。
「エルフたちに動きがあったと?」
その魔法はエルフらが得意としていたからだ。亜種族の最大勢力が、開拓地ラクリスに接近している。ラクリスは亜種族たちの古い聖地だった。
「わかった、私も偵察に出よう」
「ど、ドルフィス様っ?!」
部下の制止も聞かず、現場主義の彼女は昼食も迎えないで、すぐさまラクリスをたっていた。大切な開拓地を守り、宗教革命を成功させるために。
申し訳ありません、多忙で本日ぎりぎり投稿っ!




