第12話
ユダの暴走行為は広大な第一階層内を一周してやっと止まった。それは遊びではなく鍛錬の一種。
ピピ子に敢行された鬼畜の修練方法、「引き回し射撃」を今度はスクラップにやらせたのだ。
そこで疑問が発生する。1つは彼の攻撃方法。ピピ子には遠距離攻撃の手段である【光魔法】が存在する。しかしながらスクラップにそんなスキルは無い。ならば何故?
その答えは人によっては馬鹿げていて御都合主義に見える力技かもしれない。だが、彼は赤子の肉体でそれをやってのけた。彼が用いた武器は赤子なら誰でも持っている標準装備。母親の無償の愛を引き出し、父親には少しの焦燥と困惑を、日本文化の一部では健康に育つ祈願としてそれに関連する祭りが行われる地域もある。どんな作用であれ、人類に共通して通用する赤子の武器、泣き声を。
泣き声が武器になるのか? 残念ながら彼の場合はなる。
考えてみてほしい。彼のステータスの凶悪ぶりを。
もしあのステータスの赤子が母胎の中で身動ぎすれば大怪我では済まないだろう。
想像してほしい。仮定の話としてだが彼が現実世界に現れたらどうなるか? あのステータスを見て、彼の脅威を正確に判断する材料とした場合に使用される例えは、一般的な警察官が携行するマグナム拳銃が成人男性なら、今のスクラップを例える兵器は指向性対人地雷だろう。
そう。彼の種族としての、ゼビィストのポテンシャルは開花し始めているのだ。
ファンタジーに登場する龍のブレスの様に指向性を持って吐き出された彼の声はまともに食らったモンスターの息の根を止め、聴覚が優れたスクラップモンスター達に精神的負荷を与えて殺し、計241体を連続で討伐した。
しかし、現在の彼は絶望する一歩手前の状態にまで落ち込んでいた。
「なぁ、ユダ? これはどういう事だ?」
その質問は何を意味するのか?
世紀の大記録、241体連続撃破の功績の持ち主の見た目3歳児にしか見えない22歳が仲間である筈の女の顔に押し付ける形で見せているステータス一覧に何か不備があったのだろうか?
「……」
ユダは何も語らず、沈黙した状態で目の前の子供を持ち上げ自分の膝の上に乗せ、座椅子になり頭を胸に押し当てる事で機嫌を取ろうとするが、顔は冷や汗をかいて視線を背けている為に完全に予想外の事態を調べている最中の様だ。
追及から逃げているとも受け取れる様子だが。
「そっぽを向くな。さっさとこのステータスについて、説明はよ」
自分がはぐらかされている事を理解していると暗に伝える。実はさっきから少し泣きそうになっているスクラップ。どうやら精神が肉体に引っ張られているらしい。だからだろうか。彼の生前ならば興奮もの間違いなしの巨乳の美女に抱き締められ、頭を胸に当てられている現実に無反応なのは。
ハニートラップが通用しないと分かり、ようやく彼女は残酷な真実を語る。
「えっと、種族によっては必要な経験値の質と量が変わってきます。スクラップさんの種族は200体分の経験値でそれなんですよ。
要は強すぎ乙! (笑)って事です」
その台詞に固まり、ステータス一覧を持っている両手に力を込めるスクラップ。光る板が壊れる事は無いが、もし手に持っている板がガラス製なら粉々に砕け散って、破片が人に刺さる程度の速度で弾け飛ぶ力が加えられたのは間違いなかっただろう。
とんでもない膂力が加えられた所為で軋んで音を上げているからね。
「つ、つまり?」
「めげずに、がんばれ男の子!」
夏の高校野球のCMに出てきそうなキャッチフレーズで励ました。若干茶化されていると感じるかもしれない。彼はまるで欲しい玩具を買って貰えない子供の様な赤面した顔で俯いたままだ。
「ピィピ!」
ピピ子まで励ます。励まし方は彼の頭の上に寝転がりおでこを撫でるという方法だったが、今の彼には逆効果。火に油の様だ。
「お前を経験値の足しにしてやろうかぁ!?」
そう吼えた。あまりの声量にユダとピピ子は吹き飛ばされるが、2人共何のこれしきと体勢を立て直し、
「きゃー!」「ピャー!」
嬉しそうな悲鳴を上げて何処かへと別々に逃げ出す。そんな美少女達の後を背中から小柄な胴体に見合ったジェットエンジン付きの金属製の翼を出して飛んで追いかける3歳児の光景はなんともシュールだった。
彼の怒った原因のステータス一覧がこれだ。
────────《ステータス》───────
種族:ゼビィスト《個体名:洲倉 風》
Level:3/∞
経験値:14/30
体力:2249/2249
スタミナ:2339/2339
魔力:4130/4130
攻撃力:3212/3212
防御力:2350/2350
スピード:2315/2315
生命力:01[×5=2|<9々/〆|2々48=5【究極】
《転生進化:転生進化後の進化先が消える。未練の内容によって転生進化先が変化。称号スキルの中に倍率系の効果があれば、初期ステータスにその数値分倍率を適用する》
《妖精化:魔力に補正【+50】。不老。【相互生命:何方も生きている限り死なない。お互いが生きている間は傷付いても即時治癒される】》
【契約主:スクラップフェアリー】
────────《スキル一覧》───────
来訪者:他の世界よりやって来た来訪者自身や魂に与えられるスキル。一部スキルが優遇される。スキル経験値なし。
ステータス閲覧:来訪者専用のスキル。自分のステータスのみ閲覧できる。スキル経験値なし。
妖精の加護:Levelの上限が種族値の最高Levelの4倍になる。獲得する経験値が倍になる。妖精は誠実な者のみに加護を与える。全てのステータスに補正【+50】。
妖精の愛:体力とスタミナ、魔力が回復し続ける。妖精王国への路を開ける。妖精は真の愛を知る者だけに愛を示す。全てのステータスに補正【+100】。
妖精の心:契約した妖精と添い遂げる。状態に《妖精化》が常時発動。魔力に補正【+200】。純真無垢な妖精の心は愛する者のみに送られる。
屑山の主:ステータスが自分より下のスクラップモンスターを支配できる。《支配数:0》
黙示録の獣:身の内に力や物体を吸収できる。吸収した量に応じて肉体を変化、増減させられる。身体から一部分を顕現させる事も可能。《ストック数:1/100》。
手加減:手加減を覚えた者に与えられるスキル。敵に致命傷を与える攻撃でも命までは奪わない様にできる。生命力に補正。【+25】
──────────────────────
1から3へ。まるで人生ゲームの様な緩慢なレベル上昇に彼は憤慨した。
【黙示録の獣】のストックに入っているのは何と道中で見つけたジェット機の両翼。恐らく墜落機のそれをストーダが取り込んだものと思われる。彼がどうやって吸収したのか? 実はスキルによる吸収は意外と簡単に終わる。吸収したい物に手を当てて「吸収開始」と言えばいい。だが種族的な事を考えれば、彼がもし他のモンスターであったら吸収し切れず、物言わぬ生きた屍になっていただろう。
現在彼らがいる場所はスクラップミノタウルスが番人をしていたあのボス部屋である。完全防音の上、スクラップモンスターの元となる遺体などが上から空間転移の穴から落ちてくる以外には危険の無い安全地帯。彼らはそこを拠点にしているのか? 答えは否だ。
開始1分で終了した鬼ごっこは仁王立ちしている彼の前に正座で座らされているユダとその頭の上で同じく正座しているピピ子に対する説教というより文句をいう時間が始まる。
栄光あるボス部屋が3歳児の説教部屋になっていた。
「このステータスが雑魚敵を10匹、20匹ぐらいを倒した時なら文句は言わねぇよ?
でも、200体倒してこれって完全にバグだろ!? 数値の横の【高】とかが【生命力】以外に無いのもどうせ俺がまだ種族的に雑魚だからとか、そんな理由だろ!?」
「あ、はい」
「さらっと肯定するなよ!?」
仕方の無いことだろう。
本来のゼビィストは黙示録に出てくる通り、全能の神と戦いの神、神子の力を持ってしても封印するだけで殺される事はなかったのだ。
故にこの世界において彼は神話クラスの化け物なのだがいかんせんレベルが低い。
上記のステータスでは評価すらおこがましい雑魚という判定だった。
「くっそ〜! 3歳児になって立てる様にはなってるけど! それでも! 男としての矜持ってものが……!」
Level:2 から生えてきた髪を掻きながら地面に座った状態で後ろに倒れる彼はかなり参っていた。彼は気付いていないが【妖精の加護】の効果で経験値が2倍になっている状態でのLevel上昇率が1につき100。つまり本来なら200体倒している状態でもLevel:2 止まりだったのだ。
彼がその事に気付き、ピピ子に感謝するのはだいぶ先の事である。
「落ち着いて下さいスクラップさん?」
「ピィピィ……」
2人は目に見えて落ち込んでいる想い人の傍に近付き、ユダは地面に座り膝枕をして黒い髪の滑らかな感触を楽しみながら頭を撫で、ピピ子は彼の胸の辺りに座り、心配していると言い憂いの表情で契約者の顔を覗き込む。
「……何をどう落ち着けと言うんだ君らは」
人肌が触れている影響の為か、彼の心境は小康状態にまでなった。肉体の本能が母性を求めているのだろうか?
それは彼にしか分からない謎だろう。
現状、この部屋の内部には何も問題は起こってはいない。新たな遺体が転移する事も、下の階層から追い詰められた個体が新天地として這い出てくる様子も何1つなかったが、ユダが取り出した食物は大問題だった。
「取り敢えずこれでも食べて下さい」
「……何これ?」
「スクラップです」
「鬼か!?」
何ということでしょう。言うなれば食事を要求した夫に漬物石と水を差し出してきた鬼嫁の所業。相手が見た目3歳児の成人男性と言う特殊性を見ても明らかに異常だ。
そんな鬼嫁、ユダが差し出してきたのはまぎれも無いスクラップ。しかもたった今喋っている途中で床の一部を指で引っぺがした物を差し出してきたのだ。
「俺はそこまで人間辞めた覚えは無いぞ!?」
精神的には未だ人間よりの彼には、スクラップを食すだけの人外の精神はまだ宿ってはいなかった。言うなれば刺身を食べたことの無い外国人が寿司を食べる日本人を見て驚いた時の心理に近い。
まぁ、流石にゴミを食うなんて発想自体がおかしいのだが。
「じゃあ先輩を見て下さい?」
慌てふためいて跳ね起き、ユダから遠去かったスクラップに向けて、下を指差しながら言う。
「……ピゥ?」
そこには床から剥がした黄色く変色した半透明のビニール状の物体を両手で持ち、端から食べ始めているピピ子が振り返って、スクラップの方を首を傾げながら見ていた。
「私だって平気ですよ、ほは」
その台詞と共に目線を上げユダを見ると、何かの機械の部品だったゴムの外れた銅線をさけるチーズの様に裂きながら1本食べていた。
ヒロイン2人が下品インの仲間入りした瞬間をスクラップを含め、我々は目撃した。
その光景に言葉も出ず、だからと言って飢えて死ぬわけにもいかないので、諦めと虚しさを胸の中に感じつつも、初心者なのだからとユダの銅線のさけチーを一本分けてもらい、彼女の隣に正座で座る。
目の前にあるのは薄汚れて使用されていた頃の輝きを失った古い銅線。ゴムの皮膜に覆われていれば幾らか抵抗感が出て、人間らしく何か調理のような事も考えられたかもしれないが、いかんせん、もろ銅線。
男、洲倉 風は覚悟を決めた。
「いただきます……!」
人差し指と親指で摘んだそれを口に運ぶ、口を開け口の中に入ったのを少し逡巡するが噛んだ。金物を噛んだ時の嫌な口内に電気が走ったあの感触はなかったが銅線に付着していたと思われる土が舌の上に転がる。
その感触を早く忘れたいが為に急いで咀嚼し始めた。
驚く事に味が無かった。口内に広がる臭いもしない。
唾液で溶かされたのか土の感触も消え、咀嚼しきり飲み込んだ時には彼の心に食の喜びも嘆きも何も無かった。
それが彼がとても大切な何かを失ったと気付かせるのには十分な物だった。
泣きたくなったが、涙も出なかったようだ。
そんな1人落ち込みながら少しずつ端から食べているスクラップと、彼を膝の上に乗せ食事を済ませたユダと、食べ続けているピピ子の元に闖入者が現れた。
第一階層へ上る階段から土煙を上げながら彼らのいる部屋の中央まで特異な車輪付きの靴を巧みな脚さばきで操り、急停止して仁王立ちで腕を組み見下ろしている少女は発した言葉は何とも目的が分かりやすかった。
「やっと見つけた!! 噂のスクラップゴーストとその他!!」
「「……え?」」
そこに立っていたのは一目見て分かる魔女のとんがり帽子を被り、黒いマントと黒いワンピースを着込んだ斜めがけの大き目の鞄を身に付けた少女、ポルナ・レビントだった。
「ピゥピィ♪」
妖精は呑気に新しいスクラップを床から引き剥がし始めている。肝が据わっていると言えば聞こえは良いが、食い意地が張っているとも言えるから質が悪い。
「さぁて! 正体はどんなモンスター……」
そこで彼女の動きは停止し、視線はある一点のみを見つめたままになった。急に現れた浸入者の次の動きにユダとスクラップの視線は釘告げ。固まったままだ。
すると少女は少しずつ近づき始め、ある人物に突撃した。
「か、かわいいぃいいいいい!!
何この子ちっちゃ〜い! 目ぇ綺麗ぇ〜! うわ! ほっぺたぷにぷに〜!」
いきなりの可愛がりに頬を突かれている本人も、それを端から見ている事しかできない仲間も余りの行動に声も出ない。
「はぁ……。少し遅かったか……」
天井から降り立ち、呆れたと口調で発しながら、鱗に覆われた頭を搔きつつスクラップを愛でている少女の背後で侮蔑の視線を突き刺している蛇を彷彿とさせる獣人、ガンビット・トラッシュが鱗の皮膚が作り出した渋い顔でポルナとスクラップの2人を見下ろしていた。
「悪いんだが、ちょっと良いか?」
元人間の黙示録の獣と宇宙人勇者の奇跡の対面が此処に実現した!