第13話
それはスクラップ一行とガンビット達が出会う3ヶ月前の事。
店舗や宿泊施設、民家の配置で区画整理を兼ねている美しい城下町を治める、リジュエ王国の繁栄の歴史その物と称えられる荘厳な白磁の城、スノーディア城の宮廷図書館に祀られているように特殊な台座の上に厳重に保管されていた書物、【黙示録】に変化が現れた事から、ガンビットとポルナ、そしてスクラップの運命が交錯する事になった。
その日、3年の修行期間を終え、宮廷図書館の司書係を命じられて日の浅いポルナ・レビントは、ある黒い表紙の特徴的な一冊の本を読みながら、その奇抜な内容に苦笑し、呑気に正午のお茶を楽しむ。ティーカップの中身を一口飲む。口内に残っている紅茶のゆっくりと溶ける甘味の強さと鼻に抜ける茶葉の優しい香りを一通り楽しんでいた。
もう一口飲もうとティーカップを手に取り、口を付けようとした。
「レビントさん?」
「ぎくっ!?」
だが、上司になった女性、テルナ・ボルタに見つかる。サボりを発見されるには最悪のタイミングだった。
その抑揚の無い氷のような無機質な声を聞き、一旦右手に持っていた自作の可愛らしいうさぎの描かれたティーカップを、机に乗っているセットの皿の上に戻し、覚悟を決めても脂汗が止まらないまま油を差し忘れたブリキ人形の首に近い動きで魔法鞄に入れていた自前の椅子に座っている状態から上体を少し起こして振り返り、目の前にあった女の自分でも細すぎると思うほどの体型の持ち主の顔に、ぎこちない微笑みが張り付いた自分の顔ごと視線を向けた。
「貴女は、栄誉ある宮廷図書館の、司書になった、のですよ?
それが、何故、他の皆が、身を粉にして働いている、最中に閲覧区画の机の、一画を占拠し、ティータイムなどを、取っているのですか?」
「ひ、昼休憩です」
「今はまだ、業務時間内の、筈ですが?」
まずった。彼女の顔が目に見えて青くなる。修行時代からの感覚が抜け切れていないのだ。
と言うのも、ポルナの師匠は城下町で万屋稼業をしており、無論ポルナはそこで助手として働いていた。仕事は不規則、夜遅くまで起き徹夜になる事もあった。しかも依頼は多種多様。煙突の掃除、猫探し、ダンジョン探索の仮パーティなどはまだマシ。汚物系モンスターの繁殖場所の特定なんてのは最悪そのものだ。そんな生活にも平穏が欲しいと開業当初から師匠が始めた事が正午のティータイムだった。正午には弟子のポルナをティータイムに無理矢理でも付き合わせた。仕事先であろうと自前の道具一式から茶葉まで揃え、正午から必ず休憩にしていた。
故に彼女も習慣として身についてしまっていたのだ。自作のティーセットとオリジナルブレンドの茶葉を作る位には。
そんな彼女は完全に次の弁論が錯綜し考えが纏まらず、かのメデューサに睨まれたかのように固まってしまった。
「……はぁ、今日は、見逃します、が。
次は駄目、です。いいです、ね?」
「……え?」
机の上に置かれた本を脳内で「この机の場所が日当たりが良くて!」「給水室からも近かったので!」「ここなら司書室からも遠いし、死角になってるので!」そんな相手の感情を逆撫でするような言い訳が口を出る前になんと許されてしまった。
テルナにしてみれば呆れてしまったのだ。これがあの男に師事した者なのか? と。
まぁ、あの男の仕事と今の彼女の仕事は何も関係性が無いと言えばそれまでなのだから、注意するだけで処分は無しでいいだろう。次は減給する。
そう結論付けたテルナ司書は目の前でそそくさと片付けを始めているポルナの読んでいた本が目についた。
そして目の前の事態に慄いた。その本は間違いなく建国の時に造られたと言われる台座に、建国時から確かに封印されていたのだから。
「……レビント、さん?」
「はい?」
まさかとは思う。目の前の少女があの封印を解いたというのだろうか? いやあれはどんな高名な魔法使いや剣士に攻撃させ、何名の石工に調べさせてもひび割れどころか、綻びも無かった。
結局、封印式も分からず魔法の痕跡も無い未知の技術による産物。と言う考えが今までの常識だった。
そしてその理由も分かっていた。
その台座の上に置かれていた書物。黒い表紙に純金で象られた円の中に一本の黒い毛髪と思われる物が透明な何かに覆われて保管されていた。その何かを調査する為に【黙示録】に当時の調査担当だった男性司書が触れた時だった。
その毛髪から邪悪という言葉が掻き消される量と質の力が溢れ出し、司書を飲み込んだ。飲み込んだとは比喩であるが、その人物の周りを覆う様に充満した世にも恐ろしい亡者の様な無数の小さな黒い人形に群がられたのだ。その事件は他の司書の目の前で目撃され、次の犠牲者を出さぬ様に鍵付きの小型の檻を被せて今日まで保管されていたのだ。
その件の彼は昏睡状態になり二度と目覚める事なくその生涯を終えた。
その常識があっさりと、目の前で覆されたのだ。
「その、本は、何処に?」
先ずは事情を聞かねば。平静を装っているだけだが、彼女の内心には動揺と焦燥が腹の底辺りでくすぶり出していた。
不吉な黒の書物、【黙示録】が開かれた。それが意味するところは警告なのだ。先祖からの現代を生きる者達、子孫へ送られる警告。
それは建国時に造られた複数の石碑に記されてある。曰く、黒の書物が開かれた時、それに従え。
曰く、【黙示録】が唯一絶対の救い主を呼び出せる。曰く、警告の書を無視すれば、必ず災いが起こる。
などの眉唾に近いおとぎ話程度の話の筈だった。残念な事に現実だった訳だが。
テルナ司書の質問に、鞄に椅子を詰め込もうとしているポルナは平然と答えた。
「え? 台座が有ったって言う所に落ちてましたよ?」
その台詞に立ちくらみを起こし、思わず膝から崩れ落ちてしまう。
あれが消えた!?
宮廷図書館に勤める者ならば常識の筈の知識をポルナが知らないのは、これから職場の先輩による案内を兼ねた説明をする予定だったのだろう。
何せ万屋の仕事の中で本の修繕もあり、ポルナは四苦八苦しながら試行錯誤と学んだ知識を使い、何と完全に治してしまったのだ。つまり司書の仕事は赴任初日から出来ていた才能ある新人の彼女への案内と説明を兼ねた施設紹介は後日に回して良いという判断が下った為のとんでもないミスだった。
崩れ落ちたテルナ司書をポルナは咄嗟に受け止める。その腕にしがみついたテルナ司書はポルナに初めて自分からの仕事を与えた。
「国王様に、お伝えしなさい……!
例の【黙示録】が、開かれ、ました……と!」
「急ぎ【黙示録】を閲覧する!! 案内せよ!!」
何の事か分からず、取り敢えず本を持って図書館を飛び出し、王の執務室前の衛兵達に事情を話し、中に通してもらい、一言一句間違えずに伝えた途端に若き国王、リジュエ3世は血相を変え半狂乱に近い状態で椅子から立ち上がり足を縺れさせながら出て行こうとする。
その様子に慌ててポルナは告げる。
「お、お待ちください!
私が此処に持ってきております!」
そう言い、王の執務机の前で膝をついた状態から魔法鞄から【黙示録】を取り出す。
それを見て更に王は驚愕する。
「お、お主!? それを持って平気なのか!?」
リジュエ3世は飛び退いて執務室の本棚に張り付いた。その様子は本当に一国の王なのかと疑いたくなるほど滑稽だったが、彼の心中を察すれば仕方ない。王族は代々国王になる時、誰にも聞かれない様にした密室で前王から口伝で伝説を聞かされるのだ。弱冠 12歳で国王に就いた彼にはどれほどの恐怖だったか。
ゼビィストの正体と自分達の血筋の真実は。
ポルナは自らの手にある少し奇妙な本を両手で差し出した状態で説明する。
「何もありません。こうして持っていても、大丈夫です」
名も知らぬ司書の手にあるそれを恐る恐る近付きつつ、指でつついたりしてからしっかりと手に取る。
そして自らの椅子まで移動して座り、机の上に本を置き早くなった動悸を落ち着かせてから、表紙を開き中の文章を読む。
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黙示録 第1章
世界には光が満ちていた。その光から神々が生まれた。
神達が生まれたその地では動物達が自由な生を謳歌していた。
神々はその中で日々、力を合わせながら1日1日を生きていた。
海の神は津波を操り、神々の住まいを守った。
山の神は山を鎮め、1日の糧を育て他の神達に与えていた。
全能の神は他の神を助け、時に諍いを止め、神達を導く長になった。
黙示録 第2章
その日、光に満ち溢れていた天空に一筋の闇の軌跡が走り、かの地に落ちた。
神の住まいより、遥か遠くの地に落ちた何か。
神達は闇の軌跡を生み出した何かを恐れたが、全能の神は戦いの神と共に勇気を出し、お互いを奮い立たせながら旅立つ事を決めた。
黙示録 第3章
千の山を越え、旅の途中で従えた獣を友にし、苦楽を共にした全能の神と戦いの神はいつしかお互いが愛し合っている事に気付き、旅の途中、子を産んだ。その神子は最初の人だった。
神子は獣と兄弟になった。
黙示録 第4章
獣と神子が成長し、神達と共に戦える様になった年にようやく何かの落ちた土地に辿り着いた。その土地は巨大な穴の下にあり、穴の底に何かは居た。獣も神子も強くなり、何かとの戦いの準備をしていたが、何かは神達に語りかけた。
「私は此処に落ちてしまった。出来れば元の天空の上に戻りたい。貴方方の御力をどうかお借りしたい」
その姿は神達が見た事の無い澄んだ黒い塊だった。
黙示録 第5章
神達は何かの願いを叶える事にし、全能の神は天の上まで駆ける聖なる獣を生み出した。
黒い何かは神達にお礼がしたいと自らの一部を切り離し、全能の神と戦いの神、神子と獣に分け与えた。神達はそれを快く受け取り、自ら飲み干した。
すると神達の力が増し世界に夜が生まれ、神達の身体から2体の魔の者が生まれ、神子には負の心が芽生え、獣は邪悪獣になった。
それを見た黒い何かは聖なる獣に取り憑き、天の上を目指した。
黙示録 第6章
邪悪獣は聖なる獣の後を追い、その背中から蒼炎の翼を出し天高く飛び立った。
聖なる獣に取り憑いた黒い何かは悪魔だった。悪魔は自らを追ってくる邪悪獣に恐れ戦き、光より速く駆けるように獣を操るが、追い付かれ同族に生きたまま聖なる獣ごと頭から喰われてしまった。
その様子を神達は見ていた。
黙示録 第7章
自らの元に戻ってきた獣だったモノに全能の神と戦いの神は封印を施し、その鼠色の肌に覆われた全身に、聖槍を分裂させて作った杭を突き刺し、穴の底に縫い止めた。
邪悪獣は叫んだ。
「必ず貴方方の元へ戻る。
その時は、予告として私の黒い光る髪を貴方方の元に一房送ろう。
待っていろ」
そうして神達は獣だったモノの上にあらゆる物を被せ、穴が消えるまで埋めた。
神達から生まれた魔の者は神子の妻達となる宿命にあった。
黙示録 最終章
戦いを終え、帰還した神達は祝福された。神子もその妻達も同様に祝福された。世界に夜が生まれ混乱した神達もいたが、初めて見る朝陽に照らされる世界を感じ、皆喜んだ。
夜が生まれた事により、動物達の中から魔になる者が生まれ始めた。魔の者は他の生き物を襲い始めた。それを嘆いた全能の神の後を継いだ神子は妻達に魔の者達の管理を任せた。妻達は魔獣の管理者になった。
神子との間に生まれた子達はやがて国を作り、神と共に歩み始めた。
こうして光に満ちた旧世界は終わり、光と闇が両立する新世界が生まれた。
黙示録 外章
封印の地に足を踏み入れてしまった女がいた。かの女はそうとは知らず、穴の底まで地面の中から出てきた光る何かに導かれる様に、それを辿りながら穴の底まで来てしまった。
その女は獣の子を身篭った。
獣の子は女と共に何処かに消え、獣は力を蓄える為、永い眠りに就いた。
神々と我が子の子孫に再び相見えるその日を思って。
著者・Samael Killer Second
もしも、最後まで読んだ者がいるのなら、記されている術式を解析し、かの獣を打倒せしめる勇者を召喚するのだ。
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読み終わり、その内容は祖父から父、父から自分へと伝わったおとぎ話が真実だと物語っていた。
「直ぐに勇者を呼び出すのだ!!」
その陣が描かれているページを破り取り、それを突き付けポルナに指示を出した。
「あの、私、司書係です」
その言葉に自分が焦っている事を自覚した国王は自らがまだまだ若輩者だと自認し、顔を羞恥心で赤らめてしまったのだった。
オットー・リジュエ、19歳。子供は3人もいるのに未熟な若き賢王はその日、仕事を全て休み愛娘達との貴族遊戯やティータイムに逃げ込みたい衝動に駆られた。
そして3ヶ月後召喚された勇者はその獣と相対していた。
「宇宙人で異世界人かぁ! しかも勇者って、かっけぇ!」
「先程まで赤子だったのに成長している……。その肌と髪といい、シャラ星人か?」
獣は勇者に羨望を込めた3歳児特有の大きな瞳で蛇型獣人異星人との交流に胸を躍らせていた。
勇者は目の前の存在の成長速度が自分の知っている異星人の特徴に近い事に、自分の他にも異世界に呼び出された存在が居るかもしれない可能性に希望を見出そうとしていた。
「うっそ!? 本物のスクラップフェアリー!? すごぉい!! 宮廷図書館の図鑑でしか見たことないレアモンスターに会っちゃった!!」
「ピァ?」
「あの、先輩、少しは緊張感を持って下さい。いい加減に食事を止めてください」
女子組は滅多に遭遇できない種族であるピピ子の姿を魔法鞄から出したメモ帳に可愛らしい食事風景をスケッチしながら自らの幸運を噛み締める少女と、自分にとって2つの意味で先輩になる妖精に呆れ半分、焦り半分で現状の把握に努める様に促す。
ユダは気付いているのだ。目の前の少女の連れは自らが慕う人間の天敵たる生物だと。
その後輩の忠告にピピ子は不満の声を上げる。
「ピッpy!?」
「……その声はなんか危なっかしいので止めてくれません?」
何やら大慌てで彼女の本当に小さい顔を指で頬を挟んで黙らせた。瞳に光が無い。瞳孔が開ききりその穴の中がピピ子が覗き込めそうな程だ。端的に言う。ヒロインのして良い表情では無い。それは怒りかそれとも恐怖か? 恐らくその声は何処かのピンクの妖精の特権だと思ったのだろう。本能的に。
「ピ、ピィ……」
頬を指で挟まれたまま何とか声を出して肯定するピピ子の様子にユダに対して抗議する人物が出た。
「ちょっと! あんた! フェアリーちゃんが可哀想でしょ!」
「貴女には関係無いのでは?」
その台詞にお互い、気に障ったのだろう。
魔法使いの少女と美女の塵天使は立ち上がり詰め寄る。整った顔立ちの可憐な花達は顔を突き合わせて火花を散らす。2人の身長差はあまり無い為、顔は指一本分くらい鹿間が空いていないが、圧倒的に接触している部分があった。
ポヨん。
「ぐっ!」
「ふふ……」
腕を組んで持ち上げられた事で、より前に出た胸がポルナの胸に当たっていた。
その存在感に戦慄し、うめき声を漏らす一方で勝ち誇ったかの様に不敵な笑みを浮かべる天使。
ある意味醜い争いが勃発していた。
そんな争いを離れて避難したピピ子は、
「ピゥ〜!!」
「おぉ!よしよし、怖かったなぁ?」
自分の愛する契約者の胸元へと飛び込み、甘えて撫でられながら慰められていた。その光景は何とも微笑ましく、絵画になって展覧されてもおかしくは無いと思える。
背景がゴミの固まった壁などでなければ。
「(詳しく話を聞きたかったのだが)……そんな雰囲気では無いな」
完全に置いてきぼりを食った形になったガンビットは今日の野営地の設営に女の戦いに没頭している子供の相棒を無視し、せっせと取り掛かるのであった。




