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第1話

 師走の初め頃、冬も真っ只中の地方都市のある一軒家にて、彼女いない歴=年齢の冴えないヤラハタ男が防寒着に身を包み、情けない悲鳴を上げながら古い小さな冷蔵庫を必死に町内会で指定されたゴミ置場まで持って行こうとしていた。


「なんで! はぁ、実家に帰って! ふぅ、まずやる事がっ! ゴミ出しなんだよ!」


 この文句タラタラの男、名前は洲倉(すくら) (ふう)


 彼の名付け親は祖父の洲倉 敏求(びんぐ)。何やら時代を先取りした様な名だが、彼には奇抜なネーミングセンス以外の特徴はない。


 風が主に学友や同僚に付けられるあだ名はスクラップ。


 なんとも悲惨な男だが、残念ながらこの世界で観測できる主人公の視点は彼なのである。


 勿論、これから彼の身には一般的な常識では考えられない事が起こる。だからこその彼なのだ。


 指定のゴミ置場に着いた彼は冷蔵庫を下ろし、一息つき冷蔵庫をスニーカーの爪先部分で蹴りつける。


 当たり所が悪かったのか、足を押さえうずくまる。どうやら足の指を傷めてしまった様だ。


(くそ! あの妹め! 年末は向こうで一人で過ごすんなら、師走の頭に有給取って遊びに来い!? 3日も取れた有給の無駄遣いだよ!!)


 ……主人公にこんな男で本当にいいのか?


 落胆せずに聞いてくれ。この世界において彼の身に起こる出来事ほど面白く、悲しい出来事は今の所、皆無だ。


 だから、そこら辺で「ちょっと暴力的じゃない、奥さん?」なんて思った人。諦めてくれ。というか奥さんて何だ?


 ……さて、気を取り直して。今、彼が屈んでいる所は何処か?


 そう、粗大ゴミ置場の前。


 しかも小さいとは言え、それなりの重量を持った冷蔵庫は何の拍子に傾いたのか?


 風の悪戯? それとも私の策略か? はたまたファイナルなデスティネーションか?


 今もうずくまり親指を量産品のスニーカーの上からさする男に向け、先ほどのお返しとばかりに倒れかかった。


「……え?」


 鈍い肉を打つ音と骨が砕けた音の後に、冷蔵庫と男の倒れる音がした。


 洲倉(すくら) (ふう)。享年22歳。


 死因。倒れた冷蔵庫の開いた扉に頭をぶつけた事による頭蓋骨陥没。


 こうして彼の物語は、始まった(・・・・)





(はっ!)


 洲倉(すくら) (ふう)が目覚めると、仰向けになって倒れていた。


 頭を強く強打した後遺症だろうか? 彼は暫く朦朧としていた。微睡む一歩手前の状態。


 目を瞑るのを何とか我慢する。彼はそうしなければならないと何故か思った。


 段々と意識が戻り始める。


 《気絶耐性を得ました》


 そんな声が彼の意識をはっきりとさせる。


(何だ?今の声は?)


 その疑問に答える声は無い。仕方なく、身体を起こそうとした。

 彼の行動を止めたのは、仰向けだった彼の一番最初に目にした空の色。


 正確には雲の色に彼は疑問を持った。


(黒い、雲?)


 暗雲垂れ込める。この表現にピッタリな空模様。今にも一雨きそうだが、現在、彼がいる場所では地球のどんな傘でも無意味だ。


 雨が降り出した。遠くの方から雨のカーテンが降ろされている。少しすれば彼が寝ている場所にもカーテンは到達するだろう。


 ポツリ、が一般的な雨粒が物に当たった時の音だ。


 しかし、彼の指先に当たった最初の雨粒の音は違った。


 ジュ!


(熱! ……え!)


 彼の耳に届いた音は明らかに物質が急激に反応して溶解した音。それと同時に来る痛み。


 そして、驚愕。


 人差し指の指先には穴が空いていた。それにも驚いていたが彼が何より驚いたのは、穴の空いた指の持ち主である自身の身体。


 穴が空いたのは慣れ親しんだ肉の身体ではなかった。


 寄せ集めの機械部品で作られた様な五本指だった。


 右手の人差し指に当たる鉄板に1円玉ほどの穴が空いていたのだ。


 そう、ここの雨は強力な酸の雨。厚さ数cmの鉄板にも穴を開ける死の雨だった。


 己の身体に起こった変化に放心していたが、周囲にあの溶解音が聞こえ始めて我に帰り、事態が急を要するとわかった彼は急いで立ち上がり、死の雨とは反対の方向に全力で走り出す。


 そこで彼は自分が今いる大地は、柔らかい土でも、硬いアスファルトでもない、割れたガラス片や瓶、壊れた玩具や汚れた家電などの廃棄物で地形が作られた場所だと確認出来た。


 遠くの方には小高い丘のような物から、山のような物も見えた。


 勿論、走る事は止めていない。追いつかれぬ為に。


 酸性雨が死の手を伸ばす。風の走り抜けた後に酸性雨が其処にある廃棄物を異臭を発生させながら溶解させる。


 彼は迫り来る雨音と時折聞こえる獣の苦悶の声に恐怖で後ろを振り返る事もできず、ひたすら走るしかなかった。


 そして今の彼は、彼の身体は。


 《酸耐性を得ました》


 《警告》


 《酸耐性を有効にする事を推奨》


 《警告》


 《応答が無い為、自動的に酸耐性を有効》


 《報告。強酸性雨の無効化に成功。酸耐性を強化する為、酸性雨の成分分析を開始しますか?


 YESorNO?》



 スクラップで形作られたモンスターになっていた。



 その名もスクラップゴースト


 スクラップにこの世に未練を残した人間の魂が宿った存在。人の形を模しているがその身体はスクラップの塊だ。


 高ランク向けダンジョン、ストーダ大廃棄場の上階層から最深部にまで棲みつき、廃棄されたスクラップや他のスクラップモンスターの死骸を貪る最下級モンスター。


 遠目から見ると人にしか見えない為、人命救助依頼の冒険者が間違えて暗いダンジョン内で声をかけてしまう事もあり、冒険者の間ではある意味厄介なモンスターとして認知されている。


「なんなんだ此処はぁ!?」


 走り続ける彼の賢明で懸命な質問に私は答えない(・・・・・・)


 《回答》


 《現在地はストーダ大廃棄場の表層部です》


「だ、誰だ!? 何処にいる!?」


 駄目だよ答えちゃ?


 暫しの間。そして声は走り続ける彼に答える。


 《その質問ではお答え出来ません》


 あっ!? ギリギリのラインを掠めたね!? そんなに彼が気に入りましたか!? そうですか!?


 走りながら、頭が壁掛け時計になったとは知らずに、短針と長身と秒針を駆使して苦悶の表情に針を歪め、はぁはぁと壊れた携帯で出来た声帯から声を出し、肺もないのに息切れを起こしながら走るスクラップは声に願う。


「な、ならあの、雨! 雨をどうにかしてくれ!」


 《了解》


 《先程の未選択の選択を再度選んで下さい。


 YESorNO?》


「イエス! イッエェええええエス!!」


 廃車の段差を走り幅跳びの要領で飛び越えた瞬間に答える彼に、声は微笑んだ。


 《受諾》


 《選択『YES』を選んだ為、解析に入ります》


「おい、始まったのか!? 終わったのか!?」


 《運動効率を得ました》


「質問に答えろよ!?」


 新しい(スキル)を手に入れた彼の走るスピードは上がらない。その代わり、この(スキル)は今まで無駄になっていた彼のスタミナを軽減し、肉体の動き、効率を高めた。


 それにより彼の動きがより速く走れる様に変化する。


 《解析完了》


 《酸耐性が強酸耐性に進化(アップグレード)可能》


 《進化(アップグレード)しますか?


 YESor……》


「イエス!」


 若干食い込み気味に答えるスクラップ。


 《受諾》


 《進化(アップグレード)完了。強酸耐性を有効にしますか?》


「イエス!!」


 声の要領が分かった彼は、今度は完全に食い込み気味に彼女が選択肢を述べる前に答える。


 《受諾》


 《強酸耐性を有効にしました》


 《これにより強酸性雨による肉体の損傷は無くなります》


 そう、この世界の嫌な所はココだ。耐性では無効化は出来ない。彼の肉体に受ける痛みは入り続けるのだ。


「よし! 来やがれ! 糞雨!!」


 つまり、壊れた傘で出来た両足で走る事を止め、立ち止まり追ってきた雨に向かい、腕を横に広げ大の字で上記の台詞を言い放った彼女の説明を良く聞かなかった彼は……。


「はっはっはっ!! どうだ!? 効かな、いててててててててててててててて!!??」


 小さな痛みだけを満遍なく全身に浴びる事になった。


 馬鹿だねぇ? 本当に?


 無数の針に刺された痛みに耐え兼ねた彼の精神は気絶へと向かおうとするが、


 《気絶耐性を発動します》


 自ら取得した(スキル)に雨が止むまで苦しめられる事になった。


 スクラップさん、セルフで拷問とかマジパネェっす。


 三十分後


(何なんだ一体? 気絶耐性ってのもいつの間にか昏睡耐性に進化可能になってるし……)


 元男、現スクラップゴーストの洲倉 風は考えていた。


 自分は何故こんな秘密結社に改造された怪人より酷い改造を受けたのだろう? と。



 そう、この男がスクラップとあだ名される所以。


 それは常人と余りにもかけ離れた思考回路と感性の所為だった。


「取り敢えず、ステータスでも見られるか試してみよう」


 それが野生の本能とも言える、人類史上類を見ない直感に由来するものだと、彼はこれから知る事になる。


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