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6話 一歩前進しました?

―――それからさらに一か月がたつ。


仕事内容はだいぶ覚えてきたけれど、相変わらずやることが多過ぎてドタバタの毎日を過ごしている。


昨日も空気の入れ替えをしようと会議室の窓を開けていたら雨が降って来て、それに気が付かないまま夕食の準備をしていたら閉め忘れてしまい部屋を水浸しにしてしまった。そんなふうに毎日何かしらミスをしてしまう。


私ってばこんなにおっちょこちょいだったかな?


お手伝いさんの仕事を始めて、自分に少し自信がなくなる。自分の行動をしっかりと確認しないといけないな、と反省しながら食堂の掃除をしていると、


「アリス。廊下にこんなもん落ちてたぞ」


エルオさんが中に入ってきた。手には白い靴下が2足。それを見たときまた自分のミスに気が付いた。


「あ!落としちゃったんだ」


中庭へ干しに行くとき洗濯物カゴから落としてしまったのだろう。


「ほらよ」

「わわ……あ、」


エルオさんが投げてくれた靴下を、キャッチに失敗して床に落としてしまった。


「お前ってとろいよなぁ」


エルオさんに笑われてしまった。


「その干し忘れの靴下を見つけたのが俺で良かったな。もし団長だったら今頃すげー怒られてるぞきっと」

「そうなんですか?」

「ああ。あの人は厳しくてこわいからな」


それは初耳だった。会話らしい会話をしたことがないので団長さんがどういう人なのか私はまだよく分からない。とりあえずの今のところの印象は、私のことを無視する人、だ。


けれど、エルオさんの言うことが本当だとして、あの仏頂面に怒られたらこわいだろうなぁと想像して震えた。


「エルオさんは団長さんと仲良しですよね」


この間も非番の日に二人で街へお酒を飲みに出かけていた。詰所の中でもよく話しているのを目にするし、団長さんもエルオさんとの会話にはたまに笑顔を見せている。


「俺と団長は騎士学校時代の先輩後輩だからな。団長が俺の一つ上の先輩。ちなみに団長と副団長は同期だ」

「え?エルオさんの方が年下なんですか?」

「なんだよ。いけねぇのか」

「あ…いえ、そういうわけではなくて」


なんとなくエルオさんはもっと年上だと思っていた。体も態度も大きいからだろうか。なんというか、威厳がたっぷり。実年齢よりも10歳くらいは老けて見える。失礼だけど。


「そういえば騎士学校ってどんなところなんですか?」


護衛騎士団に入るには騎士学校を卒業しないといけないらしい。というのは以前テオさんに教えてもらった。いったいどんなことを学ぶのだろうか。普通のスクールに通っていた私にはまったく縁のない学校なので、エルオさんに質問してみたのだけれど、


「騎士学校って、騎士になるための学校だ」

「…それくらい 分かりますよ」

「じゃあ聞くな」

「…………」


エルオさんには、もっと具体的に聞かないといけないらしい。


「騎士学校ってどこにあるんですか?」

「王都だよ、王都。知ってるか王都」

「…それくらい分かりますよ」


国王様の住んでいる場所のことだ。私はまだ1度も行ったことがないけれど、このエリスールの街からは馬車を使って3日はかかるそうだ。


「剣を学ぶんですか?」

「そうだな。剣はもちろん学ぶし、あとは馬の乗り方とか、座学もあるな」

「勉強もするんですね」

「定期的に技術試験と筆記試験があるし、卒業するにも試験に受からないといけないからな」

「へぇー。騎士になるのってやっぱり大変なんですね」

「俺は剣と馬はよくできたが、座学がとにかく苦手だったから成績は1番ビリだったけどな」

「なんか分かる気がします。あ…」


そう言ってから慌てて手で口をおさえる。失礼だっただろうか。エルオさんは1番話しやすい団員さんだからついつい本音が飛び出てしまう。けれど、どうやら本人には届いていなかったらしいのか気にしていないのか、別のことを話し始める。


「ちなみに団長は首席卒業、歴代の騎士の中で1番の成績だったらしいぞ」

「へぇー」


あの団長、何気にすごい人だったんだ。感心していると、エルオさんが言葉を続ける。


「成績も抜群に良かったから後輩たちの憧れだった。卒業後は本部の護衛騎士団に配属されて2年後ぐらいにはそこの隊長になっていたからな。団長すげーんだよ。それにあの人かっこいいだろ。男の俺が見てもそう思うんだ、女のお前から見たらめちゃくちゃかっこいいだろ。な?」

「まぁ、見た目はたしかにいいですよね」

「だろ?あの人、街の女からも人気なんだよなぁ~」


うらやましいぜ、とエルオさんは騒いでいるけれど、人気なのは団長さんだけじゃない。エルオさんだって人気なことを私は知っている。


というのも、この街の住民にとってどうやら護衛騎士団は英雄的存在だ。ここで働き始めてあらためてそれがよく分かった。


このエリスールの街は国境付近に位置しているので、たぶん他のどの街よりも治安が悪い。隣の国の人たちが悪さをしに国境を越えてくるからだ。それを取締り、住民を守ってくれるのがこの第3護衛騎士団なのだ。


そんな騎士さんたちはとても頼りになるし、住民たちから信頼されている。特に若い女性からの人気はすごい。


その証拠に、街の女性たちからは定期的に詰所に贈り物が届く。どうやらそれぞれお気に入りの騎士団員がいるらしくその人宛てに届くのだ。


そしてそれを仕分けて各団員に配るのもお手伝いの私の仕事だったりする。


実はこのあと、団長さんにその贈り物を届けに行かないといけないのだけれどすごく憂鬱。前に初めて届けに行ったら、こわい顔をされて大きなため息をつかれてしまったからだ。それを見た私は、ただ贈られてきたものを届けただけのはずなのに、思わず「ごめんなさい」と謝ってしまった…。


****


せっかく贈られてきたのだから、届けないといけない。


プレゼントの箱が3つ、手紙を10枚ほど持って団長室を訪ねると、珍しく団長は執務机にはいなかった。窓の近くに立って剣の手入れをしていて、入室した私には目もくれない。


「団長さん、お届け物です」


例の贈り物たちを応接用の机に置くと、団長さんがちらりとこちらに視線を向ける。それから深いため息をついたあと、無言で剣の手入れを続けた。

窓から差し込む日差しに切先がキラリと光って少しこわい。一般市民の私には剣は慣れ親しんだものではない。


団長さんの剣に怯えつつ、少し距離をとって話しかける。まぁきっとまたいつものように無視されてしまうんだろうけどね。だからといって私も無視をしたら、私と団長さんの距離が縮まないから今日も話しかけてはみる。


「団長さんモテますね。こんなに贈り物が届くなんてすごいです。あ、でももしも彼女さんがいたらやきもちやいちゃいますね」


結婚はしていないみたいだけれど、彼女はどうなのだろう。いるのか?いないのか?でも、団長さんくらいかっこよくてモテる人なら彼女の一人や二人や三人いてもおかしくない。


団長さんの彼女さんかぁ。きっとキレイなお姉様なんだろうなぁと妄想していると、


「そんなもんいねぇよ」


ぼそり、とそんな声が聞こえた。


それは団長さんの方から聞こえた声で、私は慌ててそちらを振り向いた。団長さんは無表情のまま剣の手入れをしている。


団長さん、喋ってくれた?


話しかけてもなかなか答えてくれなかったあの団長さんが。そう思ったらすごく嬉しくなった。


思わず笑顔になってしまう。そしてつい浮かれてしまって余計なことまで喋り出す私の悪いクセが出てしまう。


「団長さんに彼女がいないなんて不思議ですよー。女の人たちからこんなにたくさん贈り物も貰えるし、かっこいいのに、もったいないですね。団長さんに誘われたら断らない女性はきっとこの街にはいないんじゃないかな~」


「………」


このままもっと会話をしたいなぁと思ったけれど、それからはいつものように無視をされてしまった。


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