第1話 一週間の彼女は罰ゲームでした
「明日、何時にする?」
真壁冬花は、机の中へ入れかけた手を止めた。
「……明日?」
「出かける時間。今日決めようって言ってたから」
金曜の放課後。教室にはまだ何人か残っていた。
真壁の隣の机に小椋航平が腰を預け、いつもの四人で遊ぶ女子が窓際でスマホを見ている。俺も鞄を持って立った。これから商店街の店へ行く。その前に聞いておきたかった。
「ああ、あれね」
真壁が小椋を見た。小椋は口元を押さえて、肩を揺らす。
「もう言っとけば。今日で終わりだし」
「うん。ごめん、榎並くん。明日は行かない」
予定が入ったんだろうか。
それなら日曜に、と言いかけた。
「先週の告白、罰ゲームだったの。一週間だけ付き合うっていう」
真壁は笑っていた。
笑い終わるのを待った。続きを聞けば、今の言い方が違ったと分かる気がした。
「……一週間?」
「そう。先週の金曜から。小椋が、負けた人は告白って言って」
「いや、元はお前が負けたんだろ」
小椋が真壁の机を軽く叩いた。
「金曜休むって言ってた榎並が、真壁に頼まれたら来るんだからさ。ほんと分かりやすいよな」
俺は何も返せなかった。
「砥上との土曜も断ったんだって?」
窓際の女子が顔を上げた。
知っているんだ、と思った。俺が誰を断って、誰と会うつもりでいたかまで。
「あれは、彼女できたなら普通だろ」
言ってから、彼女、というところが教室に残った。
小椋がまた笑った。真壁は今度、口を閉じた。
「怒らないでよ。一週間だけだし」
「電話も?」
「電話?」
「夜に話したのも、その罰に入ってた?」
昨日の夜、真壁は委員会で言いそびれたことがあると話した。
俺が続きを聞くと、そう、それを聞いてほしかったの、と声が明るくなった。
スマホを充電器につないで、床へ座ったまま話した。通話が終わった後もしばらく、画面を伏せられなかった。
「全部、ってわけじゃないけど。あの話は本当だし」
鞄を持った指がうまく動かず、俺は持ち直した。
真壁は何か言おうとしていた。俺はスマホを出した。
『時間は金曜に決めよ』
その下には、俺の『分かった』がある。
昨日までは、明日になれば決まると思っていた。
別の画面を開く。
『彼女ができたから、土曜、二人で行くのはやめとく。先に約束してたのにごめん』
『分かった。連絡ありがとう』
月曜に俺が送ったものと、砥上伊都からの返事だった。
俺はこの短い返事を見て、ちゃんと話せてよかった、と安心していた。
「まあ、店行こうぜ。今日のやつ、四人いないとできないし」
小椋が机から離れた。
いつもの順番だった。誰かが先に歩きだして、俺が残りの荷物を確認する。
「行かない」
自分でも小さい声だと思った。
聞こえなかったのか、小椋は教室の戸を指した。
「行くって言ったじゃん」
「言った。真壁に会えると思って、行くって言った」
真壁が俺を見た。
今さら、言わなければよかったと思う。三人の前で、俺がどれだけ嬉しかったかを付け足す必要なんてない。
それでも、分かっていたような顔はできなかった。
「本当に付き合ってると思ってた。だから、今知って、普通に店には行けない」
「ちょっと待って。付き合うのは終わりってだけで、みんなで遊ぶのは──」
「そっちも、やめる」
真壁の言葉に重なった。
俺はスマホを鞄の外ポケットへ入れた。机の中に忘れた物はない。なのに、もう一度そこを見た。
「今日だけ?」
小椋に聞かれた。
今日だけにすれば、来週は何もなかったことにできるんだろう。自分から、あの時はごめんとまで言って。
「金曜、俺の分は数えないで」
廊下へ出た。
後ろで自分の名字を呼ばれたけれど、戻らなかった。
自転車置場まで来て、鍵を出した。数字のついた小さい札が鍵束の中で裏返る。
自転車を押して校門を出ると、商店街へ向かう道が見えた。いつもなら、あそこで三人を待つ。
今日は壁の脇に寄った。
砥上との画面をもう一度開いた。
明日、暇になった、と打って消した。
そんな言い方で誘われて、嬉しいわけがなかった。
俺は砥上を断っている。その時は彼女のためだと思っていたとしても、断った文面は俺が作ったものだ。
『土曜を断った件で、謝りたい。今、少し話せる?』
送った後で、スマホを握ったまま空いている手を動かした。
自転車のブレーキを、意味もなく一度握る。
返事は、俺が乗りだす前に来た。
『学校の近くにいる』
『明日は一人で店に行く予定に戻したから、大丈夫』
そこで画面を閉じかけた。
大丈夫、の続きを勝手に決めそうになった。
次の一行が届く。
『話は聞く。広場の方に来られる?』
俺は自転車の鍵をポケットへ戻した。
まだ乗らずに、広場の方へ押していった。




