ガットとアントン
9.
トラス王国の城にある兵舎は、この大きな城の両翼部分に分かれてあり、ながい廊下でつながれ、つながった部分には兵長の私室があり、そのさらに奥が武器庫になっているらしい。
ほかの国では、ながいこと兵長をしていた者が大臣格にひきあげられ、内務をしきる大臣と同等の地位と、でかい部屋を持つという場合が多いのだが、この国では違うようだった。
「 コルックの部屋の近くとか、ありえねえだろ。おれの顔をみるたびかならず文句をつけてくるんだぜ?まあ、なんていうかあのおっさんの場合は兵士自体が気にいらねえんだろうな。おれなんかほんと、生まれもただの平民だし、態度もこんなだからな。おまえさんみたいな生まれながらのナントカもねえってわけだ」
この国の兵士をひきいる男は、頑丈そうな椅子を手荒にひきよせて腰を落とすと、ガットにも丸いテーブルをはさんだむかいの椅子をすすめ、指輪をみせてくれ、と率直にたのんできた。
「すげえな。たしかに、『サラマンドラ』の紋章だ。 なあ、火を吐くトカゲの姿をしてる《火の精霊》と契約したから戦士の力を手に入れたってのは、ほんとなのか?」
ここまでの人生で同じような《質問》、および、《挑発》、および、《嘲り》をどれほどうけてきたかわからないガットは、ここまでで学んだ、あいてがいちばんつまらなさそうな顔をする『こたえ』をかえした。
「 ―― ほんとだとしたら、そりゃ初代の男だけだろうな」
質問した相手はこれにちょっとの間をとり、眉をよせるか鼻をならすかして、たいていガットを見下すような顔で離れてゆく。
だが、いま目の前にいる男は眉をあげてから興味深そうな顔で、あらためて目をあわせてきた。
「なんだ?せっかくの名家にうまれたくせに、不満があるのか?」
「 ―― そりゃ、・・・おれは残念ながら、『うまれながらの戦士』じゃなかったんでな」
「へえ。精霊との契約期限は初回だけってことか?ほんとかよ?」
おもしろそうな顔で腕の刺青をたたいた手を、ガットにひらいてみせた。これは、《戦士》として戦う意思がないという意思表示だ。王室付きの兵長が、《王様連盟》で雇う《戦士》にじぶんから先にみせるなどきいたこともない。
ガットのとまどった顔を、兵長はわらった。
「アントン・バレーだ。ここで兵長をして二十年近くになる。ムシール王子の剣術の相手として十七のときこの国によばれたんだが、それまで《乾いた土地》のほうで兵隊をしてたから、『サラマンドラの戦士』も、ガキのころから知ってる」
なるほど。《乾いた土地》にいたのなら、直接見聞きしていただろう。どうやらガットの家系について、この相手は悪くもよくもない印象をもっているようだ。




