37話 共に歩むための名
「いらっしゃい。ご用件は?」
石造りの冒険者ギルド、ロスティア支部の扉をくぐると、そこにはいつもと変わらぬ賑わいが広がっていた。
色とりどりの依頼書が掲示板を彩り、カウンターでは受付嬢が応対に追われている。
近くでは、冒険者たちが腰を下ろして談笑し、従者が荷を運び、旅人が埃を払う。
奥からはパンと燻製の香りが漂ってきて、喧騒の中にも不思議な温もりがあった。
その空気に触れながら、アマネはほんの少し背筋を伸ばす。
カウンターで応対していたのは、グレーの制服に白いリボンを結んだ女性。
丸い輪郭と穏やかな物腰が印象的なその女性の名札には「セラ」とあった。
「冒険者としての登録をお願いできますか?」
アマネは静かに一歩前に出て、落ち着いた声でそう伝えた。
背後にはティアとニャエル。
ふたりとも、どこか緊張した面持ちで控えている。
「承りました。それではこちらに記入をお願いします」
差し出された羽根ペンとインク瓶、羊皮紙を受け取り、アマネは小さく一礼して書き始める。
筆先は淀みなく進み、用紙の上に美しい文字が整然と並んでいく。
セラはその様子を、微笑みを浮かべながら見守っていた。
「……”ユツキ・アマネ”さん。キレイな字ですね、こういったお仕事を?」
「はい、北の大聖堂で少々……出来ました。」
ペンを静かに置く手つきには、淡い誇りと僅かな照れが滲む。
セラは書類を受け取ると、目を走らせながら頷いた。
「ジオ教会の方が登録されるのは珍しいですね。事情をお伺いしても?」
「実は……後ろのおふたりとパーティを組むことになりまして……」
身を傾けアマネの後ろを見る、ティアが小さく手を振ってきた。
その様子にセラもつられて頬を緩める。
「東の森で、グールが目撃されたのはご存知ですか?」
アマネの言葉に、ギルド内の空気がほんのわずか引き締まる。
「はい、こちらにも情報は届いています。しかし、いまはグールに関する依頼はありません。……討伐するためにパーティを?」
「まずは、調査を行い……可能であれば、討伐と浄化といった予定です」
深く頷くセラ。
その礼節と静けさは、単なる受付ではなく、街を守る者の誇りが垣間見える所作だった。
「ありがとうございます。いまは冒険者ギルドとしては歯がゆい状況です。アンデッドはお金にならないので、危険が迫らない限りは……魔石が取れる魔物討伐を、定期依頼として出す事としかできなくて。本当に助かります。」
「はい、お任せ下さい。それで、登録料なのですが……あの……金貨しか持っておらず、少し扱いに不慣れでして……両替をお願いしてもよろしいでしょうか?」
アマネは不器用な手つきで金貨を差し出す。
セラは頷きながら、それを受け取った。
「承りました。……調査といいましたが、野営するのですか?うちで旅装の準備、お手伝いできますよ」
「あ、それは助かります。……行きと調査、帰りに四日、あと予備に二日分……全部で六日分を金貨一枚の予算でお願いします」
即座に引き出しから羊皮紙を取り出し、セラは手際よく記入を始める。
カウンター越しに、アマネは掌に残る熱をそっと払った。
「……森の中では馬は使えませんし、その量だと騎鳥も必要ですね。パン、干し肉と水は最低限ですが……その予算ならチーズとバター、果実類も付けれそうです……それで見積もりましょうか?」
「はい、それでお願いします」
手続きは淡々と進み、セラは一度金貨を返しながら小さく頭を下げた。
「計算しますので、お待ちください」
そう言って奥の部屋へと姿を消す。残された空間に、ふっと静けさが戻った。
アマネはそっと息を吐いた。
張っていた緊張が少しだけほどけていく。
「アマネさんすごい……」
ティアが感嘆をこめた瞳で見つめていた。
尊敬の色が、淡くその表情に宿る。
アマネは思わず微笑む。
「おふたりは騎鳥に乗ったことはありますか?」
「ボクは幼い頃に、何度かあるよ」
「騎鳥ってなに?」
ティアの首がかしげられる。
アマネはギルドの一角、窓際のテーブルに目を向けた。
「どこかに座りましょうか」
「はい!」
◇
三人は円卓に腰を下ろす。
窓から陽光が差し、テーブルには冒険地図や荷袋、紙束が無造作に広がっている。
遠くからは談笑や笑い声が響き、ギルドらしい喧噪に包まれていた。
「このノクティリア大陸にはクアロック、リュナビス、サンピリオの三種類の騎鳥がいます。恐らく今回は、夜目のきくリュナビス種に乗る事になりますよ、後で騎乗訓練にいきます?」
「……私に乗れるかな?」
「リュナビスは賢いし、いい子が多いよ。舐められない限りはね」
ニャエルの軽口に、アマネの頬が僅かにほころぶ。
「ええ……大きいの?」
「クアロック程じゃないですけど、大きいですよ」
アマネは両手をぐんと左右に広げ、想像図を描くように言った。
「これぐらいです」
その隣で、ニャエルが立ち上がり、手を頭上に伸ばす。
「頭の高さはこれぐらい」
ティアは見上げたまま、ぽかんと口を開けた。
「お、大きい……緊張してきた……」
その反応が可愛らしくて、ふたりはつい笑ってしまう。
ティアは胸に手を当て、鼓動の速さに小さく驚いたように息を吸った。
外では風が雲を運び、陽の光が静かに流れていた。
その光のなかで、アマネは確かに——冒険者としての第一歩を踏み出そうとしていた。




