第3話 風のあとに残るもの
魔物が倒れ、森の中に静けさが戻っていた。
討伐隊の男たちが、地面に倒れた獣を囲むようにして立っている。体長は人間の倍ほど、黒い毛並みに鋭い爪、そして喉にはラルスの矢が深く突き刺さっていた。
「……信じられないな」
誰かが呟いた。
ティアはまだ石の破片を手の中に握りしめたままだった。呼吸が浅く、心臓の鼓動が耳に響いていた。けれど、不思議と恐怖はなかった。
ラルスが一歩近づき、魔物の体に足をかけて矢を引き抜いた。
「お見事だったな。あの一投がなけりゃ……こいつの爪が誰かに届いてた」
「わたし、そんな……ただ、手が勝手に」
ラルスは軽く眉を上げると、石の破片を見た。
「それ……ただの石だよな?」
ティアはうなずいた。
「……石、なんですけど。持つと、空気が軽くなる気がするんです。……ずっと、そうでした」
ラルスはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと漏らした。
「やっぱり、あんたのことは、もう少しちゃんと見ておくべきだったな」
それはどこか、自分自身に言い聞かせるような声だった。
◇
帰り道、森の木漏れ日が差し込む中、リゼ婆が村の入り口で待っていた。
「よく戻ってきたねぇ」
ラルスが軽く手を振ると、リゼ婆はその目をティアに向けた。
「風はなんて言ってた?」
「……まっすぐに、進めって」
リゼ婆はそれを聞くと、笑ったように、でもどこか寂しげに目を細めた。
「……昔も、似たような子がいたんだよ。あの風に、どこかへ連れていかれてさ」
ラルスがそのやり取りを横目に見ていた。だが、何も言わなかった。
村に戻ると、人々が口々にティアを労った。「すごいよ、ティアちゃん!」「さすがだなあ」と口々に声をかけながら、その目は笑っていなかった。
ティアはそれに気づいていなかった。
彼女の視線は、ただ風の向く先──遠く、帝国のある方角を見ていた。