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麻布十番の居候  作者: そーた
15/52

一日目 ジョンを倒せ!


 夜風に身体を打たせてみると、やはり今の自分がなかなかに酩酊していたという事に、ようやく気づくことが出来た。




「まあ、つぎの店で出してよ」




 居候がずいぶんと優しげにそう言ってきた。


「出す。きっと出す。今お金を下ろしてきたから。五万円下ろしてきた」


 この場に居るのは居候だけでは無い。五郎も、それに何故かみーちゃんも後ほど、バイトが終われば俺達の一行に加わる事になっていた。どうしても俺は、つぎの店では必ずやお金を多くだし、先ほどの醜態を挽回せねばならなかった。


 俺は黙って居候の後へとついていった。どこへ行こうとしているのかは分からなかった。そして気が付けば俺は、車がたくさん走っている大通りの交差点に出ていた。ネオンの光があちらこちらでチカチカしている。


 居候と五郎が何やら話をしていた。俺は特段話には加わらず、ボーっと上の空に耽っていた。




「居候さん。次どこ行くんすか?」


「キャバクラやけど、ちょっとキャッチの人にどっか良い店ないか聞いてみよ」


 『キャバクラ』――という単語が耳についたとき、俺は心底不安な気持ちになった。


「おい、居候くん。やっぱりキャバクラはよそう。きっとぼったくられるに決まっている」


 突然口を挟んだ俺に対し、居候は特に意に介す素振りも無かった。


「大丈夫やって」


「大丈夫なものがあるか。しかも六本木だぜ? キャバクラなんてところはな、ぼったくられる為に行くようなものなんだ。行くなら朝倉未来を連れて行こう。『ぼったくりバーに潜入してみた』っていうタイトルでユーチューブに動画を上げるんだ。再生回数を稼いでお金を稼げば、ぼったくられた分も取り返せるって寸法さ。そうしよう。それが良いに決まっている」


 俺がここまでキャバクラというものを恐れるのにはちゃんとした訳があった。


「落ち着けって。六本木は基本的に平日が稼ぎ時やねん。みんな仕事終わりに六本木飲みに行くから」


「どうも信じられないな。水商売というものは休日が稼ぎ時だと相場が決まっている」


「いいや、ところがどっこい、だいたいの人は休日にワザワザ六本木まで行って飲みに行こうとはせんから、土日の……とくに土曜日とかは平日よりも安い値段でやってるんよ」


「何をバカなことを!」


「一時間、一万円で行けるよ。ちなみに平日やと二万くらいする」


「そんな訳があるか!」


 俺は彼の戯言を一蹴した。


「きみ!危ないよ!きみはどうもキャバクラというものが分かっていない!俺はね、大阪の心斎橋で何度かキャバクラに行った事があるんだ!やつらキャッチというものは、ひどい!彼らは『3千円ぽっきりだ』なんて言って俺を誘惑してくるんだ!」


 あれはもう、ほとんど詐欺に近い内容だ。


「それに騙されて行ってみたら、それはそれはもう酷かったよ!女の子が何度もお酒をねだってくるんだ!何度もだよ⁉ 本当にしつこいんだよ⁉ それに彼女たちは勝手に自分のお酒を緑茶で割ったりとかしてね。3千円ぽっきりだったのが、会計の時は一万円以上になっていた!『これはなんだ?』って聞いたら、別料金として緑茶代、さらに仰天したのは氷にもお金がかかっているというじゃないか⁉」


 往来で絶叫していた俺の肩を、居候が冷静な声音で押さえつけた。


「だから落ち着けって。俺に任せろ」


 そして彼は俺の耳元に顔を近づけ、にわかに声を落として囁いた。


「あそこにな、黒人のオッサンおるやろ?」


 目線だけでどこかを指し示す居候。その視線を辿っていくと……なるほど、たしかにスーツを着た強面の黒人が辺りをキョロキョロしながら立ち尽くしていた。


「ジョンはな、なかなか信頼できるやつや。アイツは絶対ウソつかんから、いまからアイツに聞きに行くぞ」


 居候は真剣な眼差しで俺を見つめていた。俺は心に不安な影を残しながらも、とりあえずは彼に向けて無言で頷いて見せた。


 俺達はなるべく平静な足取りを装いながら、黒人に近づいていく。すると彼はそんな俺達に、気がついたのか、まだ目前までたどり着かぬ前から、向こうから声を掛けてきた。


「ナニ探してる? キャバクラ?」


 片言訛りはあるものの、彼の日本語は十分に流ちょうだった。


「ジョン、いまキャバクラどう? お客さん入ってる?」


 相当手馴れているのか、居候の尋ね方はまるで外堀を埋めていくかのように遠回しなものだった。


「コロナだからネ。お客さん、少ナイ」


「女の子は?」


「オナノコはイル。何人?」


「4人」


「ウン。一人ずつ女の子付けられるよ」


 ジョンがそう言うと、居候は少し考えるような素振りを見せ、そしてまた尋ねた。


「女の子の可愛さとか度外視してな、可愛さとかサービスの良さとか抜きやったら一番安くてナンボなん?」


「一万円。だけど一万二千円出した方が良い。ソッチの方が可愛い子多い」


 妥当ではないか? ――俺は率直にそう思った。


 しかし居候はそこからさらに値切ろうとして必死にジョンと交渉を繰り広げていた。俺はもう途中から面倒くさくなったので、その場を離れて一人ブラブラしだした。




「すーた!」




 振り返ると、居候が早歩きでこちらに向かってくる。なにやら余裕なさげな表情をしていた。


「すーた。今な、別のキャッチと話しててんけどな……」


「別のキャッチ? ジョンと話していたのではないのかい?」


「ジョンにはとりあえず『用意出来たらまた声かける』って言って逃げて来てん。んで別のキャッチに声かけたらな、そっちは1万円まで安くしてくれるって言われた。だからそっちのキャッチに着いて行こう」


「ジョンにはなんていうつもりだい?」


「いや、それやねんけど――」



 彼はさらに声を潜めた。



「いま、そこにジョンおるやろ?」



 いる。わりとすぐそばに、彼は立っている。



「ジョンってな、めっちゃしつこいねんやんか。だからもし俺らがどっか行こうとしたら絶対追いかけてくると思うねん」



 なんとも恐ろしげな話だった。信用できるやつじゃなかったのか?



「だから、すーた。お前がジョンに話しかけてアイツの注意逸らしてくれへん?」


「まさか、きみは俺を人身御供にするつもりかい⁉」


「俺らがアイツの目の届かんとこまで来たら電話するわ。その時お前は俺を探すフリして俺らの所に来い」


 なんとも回りくどい話だ。果たしてどうやって気を逸らせばいいのか――思案を巡らせながら、俺は一度ジョンの方へと目を向けた。そして、ジョンの様子を一目見てから、俺は一瞬で悟った。


「たぶん、ムリだと思うぞ?」


「大丈夫やって!頑張ってくれ!」


 いや、そういう問題じゃない。問題は、別の所にある。


「そうじゃなくって……ジョン、ずっとこっち見てるよ?」


 俺がそう言うと、居候もジョンの方をチラリと見た。


「……」


 ジョンは突き刺すような視線で、俺達の動向をガッチリと射止めていたのだ。





「大丈夫やって!頑張ってくれ!」


 居候がまた言った。


 正直、上手くいくとは全く思えなかった。しかし、おそらく彼の様子から察するに、やらねば話が進まないのだろうと思った。そして俺はやる事にした。南無三。そして作戦は実行に移された。


 俺はそこらの空間を意味も無くふわふわと眺め回し、何気ない手つきで両手を揉み合わせながら、何気ない足取りを演じてジョンに近づいて行った。視界の片隅では居候たちが俺と同じような動作を演じながらどこか別の方向へと歩いていく。やがて俺はジョンの目前へとたどり着いた。



「ジョン、元気かい?」



 俺は近づきざま、出し抜けにそう声を掛けた。我ながらヘタクソだと思った。


「用意デキた? イクの? モウ店に電話スルよ?」


 そう言ってきたジョンは、まったく俺に目を向けていない。彼の視線は、ずっと居候を追いかけていた。


「ああ……その……彼らはどうも、あれだ、お金を下ろしに行かなきゃならないらしい。それよりジョン、話をしよう」


 俺がそう言うと、やっと彼は俺に目を向けてくれた。スキンヘッドの頭がネオンの光に反射して、黒光りしていた。



「ずいぶん日本語が上手いんだね」


「もう二十年日本にいる」


「二十年も? どこから来たんだい?」


「オランダ。日本人の嫁さんとケッコンして、トーキョー来た」


 俺は素直に感心してしまった。居候から与えられた任務など忘れてしまいそうだった。


「東京、楽しい?」


「たのしーヨ。ナンデモある」


「でも、家賃は高いじゃないか」


「家賃は高い。でも、その分収入も高い。あと、高いのは家賃だけ。ほかはソンナに高くない」


 少し意外だった。東京と言うのは何でも高いイメージがある。


 しかし、やはりそれでも、俺はどうにも腑に落ちなかった。俺は、彼の気を逸らすため――というよりかは、ほとんど本音に近いところで彼に問いかけた。


「でも、本当にそれだけが、東京に行く理由なのかい?」


 俺は、いったいどんな目で彼を見ていたのだろうか。仏頂面のジョンは、何を考えているのかほとんどわからなかった。


「コレ――」


 そう言って彼が見せてきたのは、彼のスマホの画面だった。



「ボクのケータイ番号」



「へ?」



 唐突なその行動に、俺は彼の意図が読めずについ面食らってしまう。


「もし今後、ロッポンギに来たらボクに連絡してきて。ボクはイイお店いっぱい知ってる。ゼッタイにウソつかない。ゼッタイお得になるようにスル。」


 有無を言わせない迫力で迫ってくるジョン。俺は言われるがまま、ジョンの番号を登録した。



「トモダチ、遅いね」



 ギクッとした。彼は俺の顔など見向きもしない。ずっと周りを気にしているようだ。


「あ、ああ。たぶん、コンビニを探しているんだろう。まあ、なんだ……時間帯とかATMの機種によっては下ろせなかったりすることもあるだろうし……さ」


 俺はスマホを操作しながら、しどろもどろに言い訳を放っていく。――結局ジョンは、俺が本心から聞きたかったことについてはついに答えてくれなかった。


 番号を登録し終えると、俺は登録名に『ジョン六本木』と銘打った。――と、ちょうどその時、携帯が震えた。



「あ……」



 『居候』からの着信。恐る恐る目を上げると、ジョンが俺のそのスマホ画面を凝視していた。


 冷静に……冷静に……


 俺は電話に出た。



『すーた。もういいよ。怪しまれんようにお前もその場から離れて』



 俺は何食わぬ素振りを演じながら、チラとジョンを一瞥する。彼はやはり、じりじりと焼け付く様な視線で俺の顔をただ一点、凝視していた。



「ああ。どうした? なんだ? なんと!ATMだと思っていたものが、実は人食いモンスターだったって⁉」



 俺はわざと大きな声で喋った。ジョンの視線がどうしようもなく気になった。電話口の向こうからは居候の冷静な声が聞こえた。



『お前から見て左にまっすぐ行ったら、右に折れる道があるやろ? 俺らそこにおるから。そこで合流して一緒に店行くぞ』



 指示された方に目をやると……なるほど、あそこか。

 俺はその場を離れつつ、大きな声で言った。



「いま戦闘中だと⁉ ゴーちゃんが死んだ⁉ まったく、どうにもきみはしょうがないね。いいかい? 俺がゴーちゃんを蘇生魔法で生き返らせるから、その戦闘が終わったらきっとまた後でジョンの所に戻るんだぞ? そうかい、仕方ない。それなら少しだけこの場を離れよう。仲間の危機だ。ジョンのもとを離れるのは仕方のないことなのだ!」


 俺はスマホを片手にジョンの顔をチラリと振り返る。怪訝な視線を送るジョン。俺は“会話”を続けながら彼にウィンクをしてみた。『また戻る』――という意味なのだが、うまく伝わっただろうか。そして俺は彼のもとを去った。


 なるべく後ろを振り返らないように歩き、曲がり角を曲がると、やはり居候たちはそこに居た。居候と五郎――それに、キャッチらしき中年男性も俺達一行の仲間に追加されていた。


 曲がりざまに密かにジョンの方に視線を向けてみると、少なくとも彼は俺達の陰謀に気が付いていない様に見えた。



「きみ、ひどいじゃないか」



 俺は一言だけでも恨み言を言ってやりたかった。居候は苦虫を噛み潰した様な顔で弁明する。


「いや、こうでもせんとジョンからは逃げられへんからな……あ、ほら……」


 居候は気が付いた様に携帯を取り出す。そして俺に突きつけるようにスマホ画面を見せてきた。



「ジョンから電話来てる」



「どうするんだい?」



 キャッチのオヤジの後を着いて行きながら、俺は心配そうに尋ねた。



「もちろん、スルーやろ」


「いささか可哀想ではないか?」


 しかし彼は鼻で俺を笑い飛ばした。


「可哀想って……キャッチっていうのはこんなん日常茶飯事や」


「そういう問題じゃあないんだ。きみ、後日襲撃を受けるかもしれないよ? 正直にしよう。そうしないと……あ!」


 ふと、視界に入ったその戦慄の光景に、俺は思わず声を上げてしまった。


 なんと、俺達の後方――はるか向こう側から、ものすごい勢いで近づいてくるジョンの姿があったのだ。


「きみ、こうしている訳にも行かなくなったみたいだぜ!ジョンだ。ジョンが追ってきた」


「振り返るな。普通にしとけ」


 しかし居候は落ち着いたものだ。歩く速度を緩める事も無く、かといって速める事も無く、相変わらず今までどおりの様子で歩き続けた。

 だがしかし、俺の方は気が気でならなかった。俺はふと、前を先導するキャッチのオヤジの隣に身を乗り出した。



「先生、どうしたものでしょうか?」



 俺は逼迫した気持ちを抑えながらも、そう尋ねた。キャッチのオヤジはその佇まいから、なかなかの手練れと見えた。


「まあ、気にしないでください」


 やはり、その人物はひどく落ち着いていた。俺はジョンに気取られないように、一度後ろに目を向けた。もう彼との距離はすぐそこまで近づいていた。俺はますます焦った。


「先生はこういった荒事も得意なんでしょう――?」


 もしものことを案じ、俺はあらかじめ、最終手段を講じておくことにした。万一“武力”が飛び出た時の事についてを、彼にお願いした。


「こういった“シマ争い”は先生の仕事の範疇なのでしょう? 俺、知っているんです。『新宿スワン』というマンガで見たことがあります。ぜひ、やっつけてください」


 しかし、必死な俺とは対照的に、彼はあくまで水のように冷静だった。


「まあ、この辺はもう私の管轄ですから、彼も迂闊には手を出せないでしょう。安心してください。――あと、『新宿スワン』はスカウトの話です。キャッチではありません」


 全く安心できなかった。後ろからずっと俺達の後をついてきているジョンが気になって仕方がない。出来ればオヤジが殿(しんがり)になって足止めをしてほしかったのだ。



「さ、つきましたよ。ここです」



 気が付くともう目的地だった。彼はそう言うなり、トランシーバーに向かって何やら『3名様ご案内です。もう一人は後程到着します』と話しかけていた。


 安全地帯に逃げ込んだ気持ちで、今度は堂々と後ろを振り返ってみた。さきほどあんなに近くにいたジョンの姿は、もうどこにも見当たらなかった。彼はいつのまにか、こつ然と姿を消していたのだった。



ジョンは本名で書いてますが、この小説を読んでいるとは考えにくいので、そのまま行かせていただきます。もし今度東京へと行く機会があれば、今度こそジョンの紹介するお店に行きたいと思います。あのときは本当にごめんなさい。六本木ジョン。

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