ACT.20 シュペルビア殲滅作戦<7>
五十一部目。なんと、こんなところまで書いていました。ここまで続けられた事も、読んで下さる方がいるからこそです。
ここまで読んで下さった方、ここだけ何かの拍子で読んでくださっている方も、本当にありがとうございます。そしてこれからも宜しくお願いします。
物語はあとは終末に駆けていくだけとなりました。どうぞ、見守っていてください。
独り、灰の巨人であるケリエルの下に佇む男がいた。堅く口を結び、厳格な空気を身に纏いそこに居る。
男の背後に圧倒的な存在感を持って佇むのはケリエル。
自動出力、自動予測、自動修正、自動補正、完全重力制御を有するそのシステムは凡そ数年前には想像すらされなかった、誰もが圧巻するほどのパイロット補助システム。名を冠していないものの、これが世界に広まるのは時間の問題だろう。
人類は進化を止めてはならない。
並びに、争いを止めてはならない。
これは人類の真理であり、万象の理である。
進化とは歩みであり成長だ。その歩みを止めたモノは腐敗するのみ。
進化とは生存への手段である。ならば、生存への危機が無ければならない。
故に、人類にとって戦争は欠かせない。争いの無い平和な世の中など、愚の骨頂。ただの死んだ黄泉の国でしかない。
かつてアダムがいた楽園など、在りはしない。少なくとも人類にとっては。従ってアダムが禁断の果実を手にしたのは必然である。
現在、医療は数年前に比べれば極端に発達した。手遅れという事態はあるものの、早期発見に至れば不治の病など極僅か。――まぁそもそも、病という定義が曖昧なのだが。
唯一人類が越えられぬ病は、“癌”。
それは身を機械に昇華した者にすら宿る呪われた時限爆弾。それは恐らく、人類という生き物が生存している限り付き纏う越えられぬ神の罰なのだろう。
男はケリエルの昇降用ロープが降りる位置で、不意に振り返った。
その表情は変わらず皺を刻み堅いものだが、僅か懐かしんでいるようにも見える。
男に映る光景は誰もいない格納庫。数機のアウラがいるだけで、男の他に動く者はいない。それは既にコスモスであるパイロットは全て出撃仕切ったことを意味していた。
三日間の寝る間もない激務に、労働者は休息を求めそれぞれの場所に散っていた。
そう、パイロットである者は。
「――頃合いか」
長い袖を少し捲り、時刻を確認すると呟いた。
「――何処行くの? カニス」
だがしかし、その呟きに応える者がいた。
歌うように問うた声は、少女のように幼い声。
「いえ、何も貴方に言う事では。相変わらずお若い、艦長」
カニスは振り返りながら、無骨に返す。
その声に、感情は微塵にも宿っていない。
「余計なお世話だよ、煩いな。……貴方、アウラには乗れない筈でしょう?」
老格な男に似合わない皮肉を少女は微塵にも受け流す事が出来なかった。
それは彼女にとって開けてはならないブラックボックスであり、彼女が生存しこの世にあり続けることで生じている最大の異常。
それを今、カニスは悪意を持ってして汚れた指でこじ開けようとした。
「いえ、何もアウラに搭乗しようとした訳ではありません」
努めて冷静に、普段と変わらぬ声で言葉を紡ぎ続ける。
カニスが何を思いながら言の葉を発し続けているのか、表情から少女は微塵にも推測できなかった。
「じゃあさ、何をしていたの?」
返す少女も感情を宿さない。既に宿す必要が無いことを理解している故。
最終確認の為の悲しい問答。それが確実に必要かといえば、そうではない。けれど二人にはそれを行う必要性があると、根拠なく感じていた。
少女はほぼ、確信を得ている。けれど、やはり否定したかった。
出来れば、否定の要因が欲しかったのだ。
「……少々、機体の様子を診ていただけですよ」
「そのロープまで下ろして?」
「……ええ。少々、中も診てみようと、ね」
その嘘が混じっていないような屈託のない答えに、少女の銀髪は微小左右に揺れた。
もう限界だ。そう言わんばかりに、はち切れたように唐突に冷えた少女の声は響き渡る。
「――ミィル、知らないかな? 何処にも居ないんだけど」
「――さぁ? 私には分かりかねます。何処かで小休止を取っているのではないでしょうか?」
その言葉に目を細めた。それは怒りによる動作。
普段と変わらず。それがまた怒りを増幅させる紛れもない要因。
ふつふつと、胸へと注がれる激情に少女はどうにか蓋をする。軽く息を吸うと、再度言葉を紡ぎ始めた。
「――いつから?」
少女のシンプルな問い。その問いの意味を汲み、
「――十五年前から」
男もシンプルに答えた。
その返答に少女は舌を鳴らす。そこに込められている物は悔しさと不甲斐無さと、怒りと憎悪。向けられた相手は分からない。自分か男か。
――十五年前。それはコスモスの発祥の時を意味していた。
少女は眩暈を覚えずにはいられない。
「……そう、か。――迂闊だったなぁ。一番いけない状況だよね、これは。……そうだよね、私の次に情報が入ってくるのは――副艦長だものね」
フィーナの独白にカニスは応えない。
言うべきことは何もないと、その厳老な貌が言っている。
「――畜生。その答えは本能的に避けてた」
一息吐くと、フィーナは突如走り出す。
両者の距離は実に十メートル。
だがしかし、少女はその幼い身体を弾丸のように弾けさせ、一息で半分にまで縮めようとする。
それに反応できないカニスではなかった。開戦の時は予測していた。――否、カニスにとっては戦闘ですら無いが。
その地面を蹴る音を聞き届けると同時に、カニスは既に胸へ腕を伸ばしている。
握られた物は凶器。
更に一歩、人間離れした跳躍へ踏み込むフィーナの脳髄に、酷く冷静な思考を持って照準器を両目で合わせる。
少女の二度目の着地。
小さな身体を限界以上にまで行使し、縮めた距離は実に一メートルまで。腕を伸ばせば届く距離。
「――かはっ」
だが、少女が腕を伸ばす前に音の無い銃声が啼く。
続けて一発。一発、更に二発。
それは少女の眉間へ一発、心臓の右心室へ一発、心臓の左心室へ一発、鳩尾へ一発。それぞれ的確に撃ちこんでいた。
前に重心を傾け、腕を伸ばし飛び込もうとしていた少女もそれらの弾丸の衝撃には勝てず、後ろ向きに倒れこむ。
服には弾痕の穴があき、その胸は力なく上下していた。
虫の息。生命の活動を担う重要な箇所に穿たれた弾丸は少女という儚い生命を絶つ――筈。
「――――」
「――――」
倒れた少女も何も言わず、見降ろす男も何も言葉を発さない。
静かすぎる殺害行為。一瞬で終えた攻防戦。
それに名残も懺悔も残さず、消えるように男は背後のケリエルへ向き立った。
ロープを掴み、少女を含め、格納庫を見渡す。
「さようなら――コスモス」
そう言って、カニスはロープを掴み、ケリエルに乗り込むべく上昇していった。
爆音が静けさ破壊した格納庫。
今では脳を刺激する割れるような電子音と赤燈ランプの点滅が艦内の生命の危機感を煽っている。
「――痛いなぁ、もう」
――むくり、と。
誰もいない格納庫にて、死した筈の少女は寝起きの気だるさから身体を起こすような緩慢な動作で起き上った。
周囲を見廻し、息を深く吸って、顔を手で覆い、
「……逃げられたか」
嘆息と共に漏らす。そこで、周囲の煩さに気づいた。
カニスが強引にハッチを壊したからだろう。天井にはある筈の無骨な鉄はなく、抜けるような青空が敷き詰められている。それも、赤の点滅のせいで台無しではあるが。
だけどまぁ――仕方がない。こっちは銃も何も殺し合う準備をする暇もなく飛び出したのだから。使えるのはこの身だけ。勝敗は決していた。
けれど何もやらずにそのまま、というのは厭だったのだ。
視線を下げ、起き上がった胸には孔が空いている――だがそれは衣服のみ。
赤い生命の象徴たる液体は一切流れていない。表面の皮が僅かばかり焦げただけ。
「……あとは、ディスクの回収を阻止しなくちゃだけど」
きっと狙われるのはワイズから送られてくるあのディスク。約束の通りなら、あのディスクには彼の知る全てが記載されている筈。
だから、情報を止めるのならばあれ以上の標的は未だにない。
だけど、と厭な感覚が頭によぎる。
どうやら、気づいたのはミィルだけのようだ。頭部を銃で一撃。残念だけど、決して助からない。
極秘で在るネフィルの存在を知ることで、ここに引き入れたが……それはある意味において成功であり、ある意味においてこの上ない失敗だ。
目を瞑り、頭の中だけで祈る。ミィルの死のその先を。そして懺悔した。
しかしいつまでも頭を伏せてなどいられない。
世界は今、本当に傾きかけている――いや、もはやひっくり返ろうとしている。
人類自らの発展と、人類自らの命の砂を除く矛盾した戦争兵器は異常な発達を見せているのだ。
十数年前にアウラが発明され、今ではイモータルなどという次々と化物が完成され。変形機構を持ち得る複雑な思想設計を完成させた発達した技術があり。ついには常にブースターを稼働させ続けることで飛翔するアウラまで生まれてしまった。――そして、ネフィル。
人類を破滅しかねない、と謂われるあの機体が持つという能力。
加えて、アウラだけでなく銃を発砲されて死なない自分すら。
――嗚呼、世界はこんなにも壊れている
「人が来る――早くここから出なきゃ」
監視カメラは止めてある、その辺りは抜かりはない。ビートがちゃんと人払いをしてくれているのなら……ここから出ていくことになんら問題はない筈だ。
たたらを踏みながらも普段通りに立ち上がり、尻に着いたほこりを払いながら。さっき起こったことは何でもないことのように振る舞っている。
その実、少女にとって何でもないことではない。
カニスに逃げられたことは違うが、少なくとも自分の身に関しては何でもない事だった。
僅かふら付く頭を耳から水を抜くように叩きながら、フィーナは格納庫を後にする。
初めに頭を叩いた際、金属音を鳴らして拉げた弾丸が床に落としていた。
「ユーコ!」
大量のアウラを引き連れて、ウルカヌスは霧の中姿を現した。
背後に砂埃を上げ、掛けているのはケリエル。量産的なスタンダードアウラの二倍以上の性能を誇るその新たなスタンダードアウラは実に五十機ほど。
それを引き連れる真紅のアウラを含む大部隊は、見る者を圧巻させる。
「クリフ! 遅かったわよ、全く」
「すまん――ってかお前が速くなりすぎなんだ。そんな飛びやがって。で、だいじょ――」
大丈夫か? と聞こうとし、
「無駄口叩いてんじゃねぇぞ! テメェ!」
「――うぶ、じゃねぇよな」
頭が割れるような声に問いはかき消された。
嘆息交じりに状況を把握する。
既に連合軍は壊滅。動いている熱源の位置や量を判断するに、恐らく残っているのはシュペルビアのみ。クリフが声を掛ける直前に、ある一つの熱源は多数の熱源に囲まれて消滅した。そこから、全ての熱源がミネルアに群がるように動いていることから、この読みは合っていると確信出来る。経験の賜物だ。
つまりは、結構ヤバい状況だったのだ。もう少しウルカヌスら強硬部隊が遅れていたら、ミネルアは圧倒的な窮地に追い込まれていたのだろう。
実際、やられていたかもしれない。
「全機散開! 虱潰しにシュペルビアのアウラを殲滅しろ! ただし“ネフィル”は発見次第保護。絶対に破壊はするな。それと、通信は必ず公開回線で。――オーヴァ!」
了解、と複数の声がそれぞれ響き渡る。男女共々、感情も様々な声が混ざっていた。
だが言えば、脅えている者は一人もいなかった。
「さて――それじゃ一発派手に」
真紅のアウラは腰を落とし、その重厚な機体を安定させる。自らを巨大な砲台に見立て、固定させた。前屈みに、後ろへ受ける衝撃に耐える為。
背部にあるミサイルランチャー。その大きさは一つ一つがウルカヌスの背中と同等のサイズか、というほど巨大な物。
かつてないほどの奇形であり、存在感。
「ユーコー! 避けてくれよぉ!」
「えーー何? ――――え!?」
ケツァールの急降下するブレードをまたも紙一重に避けた優紀は、ウルカヌスの態勢を見て絶句する。
既に安全装置である、ミサイルの発射を防ぐ蓋は開かれていた。
やろうとしていることは分かる。武装は初めて見る物だが、武器としての系統は予測できる。そしてあのサイズと、ウルカヌスが携えるという事を考慮すれば――
クリフは脳内に軌道をイメージし、
「――発射ぁ!」
声高々に宣言した。既に背後にいたケリエルの全機は前進を停止している。巻き添えを喰いたくなど誰もなく、安全な場所で待機していた。
宣言の言葉と同時にスペースシャトルのような膨大な炎を小尾に付けながら、スペースシャトルのような弾丸は徐々に加速していく。
――巨躯を誇るミサイル。
だがそれでは当然終わらない。
「続け続けぇ!」
左右交互に一発、二発、三発、四発、五発――!
合わせて十基のミサイルを続けざまに連射する。その度に地面は凹み、ウルカヌスは地に足跡をつけていた。
宇宙に打ち上げられた巨大なミサイルは急激な放物線を描き、続けて墜落したと勘違いするような軌道を描く。
「ちょ、ちょっと――あぶな――」
「何だってんだ、あの唐辛子野郎――!」
だがその軌道上にはケツァールと、加えてミネルアがいるのだ。無論、優紀とて事前に知っていた訳でも毛頭ない。
自身が高く上がるよう推力を高められた噴射口が今空へ向き、重力と共に地へ突き刺さらんとしている。速度は従来の巡航ミサイルの比ではない速さを誇っていた。
両機は墜ちる木の葉のようにふらふらと左右に忙しなく揺れ、脚を無様にもバタつかせ、隕石のように降り注ぐ巨大なミサイルを何とか避けている。
白い霧の中飛来するそれは酷く見えにくいらしく、あられもない姿で踊る。
二機は一時休戦。お互いにそれどころではなく、とても必死。
二機より少し離れた落下地点には、クラウルにホークスが溜まっている空間。
その空間ごと、ミサイルはオレンジの世界に照らし上げた。
橙の炎上と黒煙の狼煙を上げ、空間に在ったアウラは皆蒸発する。その爆発に掠ったアウラですら、半身を破損していた。
そのミサイルに込められている物はアウラの動力炉。
暴走させ、衝撃を与え、破裂させ空気に曝すことで起こる大爆発。アウラそのものの動力炉暴走よりは矮小なものの、ミサイルとしては破格の威力。鋼鉄を一瞬で亡くすソレは狂気的な威力だ。核に次ぐ、殺戮兵器。
そして当然、それを浴びかけた者“達”は激怒していた。
「クリフ! 貴方何やってるの?」
「テメ、このデブ! ふざけんなタコ!」
両者は爆炎を背中に揃ってウルカヌスに罵倒を浴びせていた。
その姿にクリフが思ったことは、
「――――お前ら、何か仲良くね?」
その、二人にとって腸が煮えくり返るだけでは到底済まない言葉に、二人は顔を引き攣らせた。
二乗した苛立ちを抱えながら、ケツァールはミネルアに跳びかかる。
後で絶対報復をしてくれると硬く誓いを立て、ミネルアは再度ブーストを噴射し瞬間移動によって怪鳥の爪を回避した。