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ACT.20 シュペルビア殲滅作戦<6>

 無色の眼が、プロセルピナを射抜く。

「まずさ」

 ジルは脳内で夢想する。右手が炸裂し、変貌する様を。

 生物が脈動する。


 ――黒いてのひら


 アイリはその黒を見ると、背筋を蜘蛛が舐めるような悪寒が這った。脳髄が訴えてくる、生物としての生存本能。それが全開に働いていた。

 イシュトーヴァの左手は黒の彩色。

「その銃っていうのは]

 左手が開かれる。

 ――深い黒に、暗い闇。

 左手がマシンガンを掴む。

 ――底なしの、黒い。

「つまらないと思うんだ」

 黒い霧を撒き散らし、左手はマシンガンを抉る。

 ごそり、と。

 バターが熱せられたかのように握られた部分が消失する。

 プロセルピナは慌てて銃を手放した。直後爆発する。

それってさ……使ってる側は楽しいんだけどさ、使われてる側はたまったもんじゃないよな。遠くからバンバンバンバンバンバンさ。対等なら愉快かもしれないけどな、俺は気分じゃない」

「何、を……」

 目の前の異常に脳がついて行かない。

 物質を喰う腕も。それが何故、あの“ネフィル”と被るのか。

 プロセルピナは後退ステップする。目の前の化物とは間を空けなければならないと。

 そして奴の戦争に対する姿勢も。

「だからこういう、獲物を使おうぜ」

 腰の後ろに携えた剣を抜いた。

 赤く光る、熱至型単分子ブレード。

 その間も、イシュトーヴァの左手は不気味に歪んでいる。

 武装は破壊された。プロセルピナも応戦する為、脚に添えていた剣を抜く。それは通常のつるぎより短い、小太刀の長さ。

「……これでは対等ではないな」

 そう無念そうに呟くと、剣を自機の前で横に構えた。

 何をするのか、と怪訝な思いで見つめる。

 ――と、自らの左手で刃を喰った。私の小太刀の剣の長さまで。押しつけて、ずぶずぶと。

「な――」

「これで対等だろう?」

 ジルは嗤った。

 これで私は確信する。


 狂っている――と


 何か戦闘に目的があるわけではない。

 生き残る為という訳でもない。

 ただただ、命のやり取りを娯楽として楽しむ。

 自ら刃を喉元に突き付け、自分の命がその冷たさを感じることを愉快、と。

 だがらきっと、あの“地獄”に立っていたこともこの男にとっては堪らない幸福だったのだ。

 知らず、背筋が冷える。

「オラ! 行くぞ!」

 イシュトーヴァは猛進する。

 先程と同じ、稲妻の軌道を描いて接近してきた。

 その動きを正眼の構えで見切ろうと眼を凝らす。

 だが所詮先程と同じ、懐に入り込む動作。途中の道が違おうと、終着点が分かれば容易に墜とせる。

 ――が、それも無駄に終わった。

「たわけが。同じ事をするわけないだろう」

「――ッ!?」

 イシュトーヴァはまどかを描き、プロセルピナの背後に一瞬で回り込んでいた。

 私はその有り得ない動きの正体を、理解してしまった。

 それは瞬間移動ステップ旋回ターンを同時に行い、噴射口を強引に捻じ曲げた事により起こった動作。


 ――有り得ない


 フェイクスにもなる事で初めて行える動作が瞬間移動ステップ、そして旋回ターンなのだ。それらを同時に行うなど、氾濫した濁流のように流れる情報をどのように消化しているのか、私には想像出来ない。

 事実に思考が凍結しそうになるも、咄嗟にもう一方の小太刀を逆手に引き抜き、腰を斬り墜とそうと描く半身のつるぎの軌跡を防ぎきる。

 渾身を持って振られたブレードに、最高の材質で構成されている筈の細見の小太刀は壊れそうに震えた。

 その様にジルは愉快そうな笑みを漏らす。

「クッ。流石に防げたか」

 そのままもう一度、今度は頭蓋をかち割る軌道で振り被った。

 旋回ターンし、両方の刃を持って重い一撃を受け止める。交差された点に吸い込まれるようにイシュトーヴァの刃は収まった。

「ほれ、安心するな。もういっちょだ」

 そう諭すように呟き、つるぎは円を描く。

 再び斬るは上下半身の境。

 右翼からくる刃を再度何とか防ぎきる。

 さらに追撃。追撃。追撃。

 行われる動作は凄まじく流麗で、鮮やかだが末恐ろしい。

 その一撃一撃は確実に命を奪ってくる。

「――っ、――っ」

 息を漏らしながら辛うじて反応する。

 このままでは本当に私は死ぬ。その予感を脳裏に浮かべていると、

「――なぁ、お前は何で戦うんだ?」

 あろうかことか素朴な疑問を口にするかのような軽さで、問いかけてきた。

 それはこの場にあまりに不自然な空気を纏って放たれた。

「決まっている。お前を殺す為だ」

 即答した。迷いはない。

「何でだ?」

「お前が私の母と父を殺し、姉を攫ったからだ」

 即答した。迷いはない。

「……それで何故、俺が殺されなければならないんだ?」

「な――」

 ただ、絶句した。

 まるで理解出来ないといった無邪気な子供のように、敵は言った。

 よく考えれば、復讐されることは変じゃないかと。

「だって、お前の親父は殺されて当然だろう?」

 当たり前のことのように問うた。

「――に、を」

 私はその問いに即答できなかった。迷いが、あった。

「お前の父親は何度人を殺したんだ? 何人命を奪ったんだ? 幾つの未来を潰してきた? 数で言えば、俺と変わりはないんじゃないのか?」

「ちが、――」

「違うというのか? 殺人という行為に差があると? 意味のない殺人は愚行だと言い切れるのか? 意味のある殺人ならそれは容認されるべき事なのか?」

「――――」

 反論出来ない。無茶な理論だが、これは真理を突いている。

 これに応えるべき返答を持ち合わせず、浮かびもしない私は歯を噛むことしか出来なかった。

「どうなんだ? 答えろよ、え?」

 再び全力を持って剣が振り下ろされる。

 二つの刃で受けると、片方の刃はひびが入り、あっという間に砕けてしまった。

 衝撃を殺しきれず、プロセルピナは地面を削り後退する。

「――あの場合は、仕方が無かった。あの情勢では、強引にでも暴動を納めるのが」

「仕様が無いかどうかじゃないんだよ。それによってあれらの殺人は正しいことになるのかって言うんだ。――ある意味では、俺は正しい事をしたことになるんだぞ? 俺達は『鬼』を仕留めたんだからな」


 ――鬼


 それは父が陰で囁かれていた容言。


    ――殺人鬼。


「お前の父親はとち狂った議員貴族どもを止めるためとは言え、わざわざ全員の首をぎ落としたんだ。実に陰険な手を使ってな。確か屋敷にスペシャルフォース一隊を丸々放り込んだ事もあったな。演説中に狙撃したこともあったな。毒も使ったか? 実に気持ちが良いくらい陰険じゃないか。最後に残った議員の狼狽っぷりが世間にゃ同情を与えたよな。その時どれほどの民間人が巻き込まれた? 屋敷にはどれだけの人数の人が住んでいると思っているんだ? 貴族のパーティーには幾人の参加者がいた? 街中歩いていた人はどれほど居た? ――恨みごとをいう奴は、何人在った?」

「――――」

 何も言えない。

 私はそれでも、たった一人の実父が大好きだった。

 けれど、目の前で罵倒される死した父を庇う事が出来ない。

 紛れもない事実であるし――――私が思っていたことでもあるから。

「確かにキルスティス閣下のお陰で、国として改正したばかりのラインズイールは軌道に乗ったがな。後任の代表もスムーズに支持を得た。結果としては……まぁ正しいかもしれない。涙ぐましい他人に理解されない自己犠牲。ああ綺麗だ。美しい、勇敢だ。命を天秤に掛けない潔い自己献身。……けどさ」


 ――――殺人やってることは俺達と同じだろ


 たのしそうに嗤いながら言う。

 喉の奥を鳴らす下卑た笑い。それは防ぎようもなく私の耳に付け入り、私の感情をこの上なく激情させる。

「……だけど、お前達は私の母も殺しただろう」

「妻も同罪だ。みすみす見逃していたんだからな」

「……姉を攫った」

「お前達は戦争の遺産だ。潰すのが世の為だ」

「――あのタワーに居た一般客も巻き込んだだろう!」

「栓無き犠牲だった。お前の父親と同じだ」

 気づけば、はしっていた。

 ぼろぼろの刃を手にしながら。

「お前――!」

 叫びと同時に、喉を鳴らす嗤いが聞こえた。

 涙が流れた。何故かは分からない。

 父を馬鹿にされたからか。

 父の罪を突き付けられたからか。

 父を庇えない自分の無力か。

 だけど私は涙と共に小太刀の刃を落とす。

 勝算。そんなものは微塵も思考をぎらない。

「ああああぁあぁぁあ――!」

 ただただ感情に任せて。この刃を。黒い仇へ。

「――――クッ」

 ……嘲笑と共に、私の刃は砕かれた。

 衝突した二つの刃に、私の刃だけが砕け散る。

 愕然とする。

 何故負けたのか。力量の差か。ブレードの相性か。気力の差か。迷いがあるからか。

 分からない思考を巡らせながら、砕けた結晶をこの目に映し出す。

 それは何処か堪らなく綺麗で、眩しくて――私を笑っているようだった。

 霧の中降る雪のように、ゆらゆらと回りながら降っていく。

「――さ、て」

 とんとん、と刃の背で肩を叩くとイシュトーヴァは立ち呆けるプロセルピナへ歩み寄った。

 土をゆっくり踏み締めて、気だるそうに。

「終わりだな。随分と……興醒めしたよ。お前を生かした価値はあまりに微々たるものだった」

 イシュトーヴァは僅かにぼやける霧の中、、腕を上げた。

 その先には砕けぬ刃。その手に握られているのは斬首の刃。


 ――どくん


 心臓が跳ね、身体が冷えた。脊髄が冷却され、思考と繋ぐ意図が細くなる。

 これは過去に経験した感覚。

 生命の危機。

 絶滅の危機。

 死の恐怖。

 死の接近。

 死の予感。

 死の。死の。死の――。死の――――――。

 二度目の予感。

 あの時と同じ――否。あの時以上の、

                  命の危険。

 黒い死神は幻では決してない。消え去らず私の前に立ち塞がる。現実として在り続ける。

「あ――」

 声が漏れた。

 諦め思考が停止し、肺が縮小したことにより漏れた声。

 堪らず、瞼に力を入れた。安堵の暗闇へ視界が落ちる。直ぐに私が行くであろう世界の模倣。


 ――翼の無い天使

        彼を想う。


「何ッ――!?」

 ジルの呻きが聞こえた。同時にイシュトーヴァは間合いを開ける。

 その声に肩をこわばらせ、同時に私は視界を明るくした。

 突如、プロセルピナとイシュトーヴァの間を白い巨人が吹き抜ける。

 その直後、黒い何かが立ち塞がった。

 けれど背中を向けていた。

 敵意はない。その細見の背中は、見れば何故か安心する。

 庇うように建っている、優しい背中。けれど、悲しい背中。

 ――全身から黒い霧を放つネフィルが立っていた。

「…………枢ぇ」

 ギリ、と歯軋りと共に喉を唸らせる。それは初めて聞く、歓喜と呆れ以外の、憎しみの籠ったジルの声。


 ――枢


 あの時の無翼の天使は、黒き身体となって再び私の前に舞い降りた。

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