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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・後編
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地の底で

とりあえずミズキは眠りに入っているタナトスをスイセンの近くへ連れて行こうと、暗闇の中で背負うとした。

しかし身長差のこともあり上手く背負えず、慣れないことに四苦八苦とする。

すると急にタナトスの体重が軽くなったと思ったら、背負うとしていた感触も消えていた。

まるでタナトス自体が消えてしまったみたいだ。

だから驚いて振り返るなり、その視線の先には自分より背の高くて体格の良い黒髪の女性がいて、代わりにタナトスを背負っている姿があった。

正義の勇者アリストだ。

彼女はタナトスを軽々と背負い込むと、男勝りの言葉遣いでミズキに声をかけた。


「あたいが運ぶよ。どこに連れて行くんだい?」


「あ、え…すみません、ありがとうござます!こっちです」


ミズキは戸惑いがあったが運ぶのを任せて、まだ気絶しているスイセンの近くまで暗い足元を共に歩いて行った。

その歩いている途中で、ミズキは内心怯えながらもアリストに話しかけた。


「すみません。お手数をかけてしまって……」


「あぁ別に気にすることじゃないよ。どうも、こいつに命を助けて貰ったみたいだからね。その代わりだよ。どんな力なんだか知らないが、妙な光りを操っていたのは確かに目にした。アカネとは違うようだけど、まさかあんな能力を持っていたとは驚きだねぇ」


「私も、タナトスさんのあの力は初めて目にしました。隠していたという感じでは無かったようですけど、元からできたようにも見えて、うまく言葉にできないのですが…」


「いいよいいよ、そういう話は。こいつのことについては本人に聞けば済む話なんだ。しっかし、ずいぶんと派手にやられたもんだ。他の奴らは腰を抜かしているか気絶しているかで動けないようだし、どんな状況になっているのかも分からないとくるから困ったもんだよ」


そうだ、今はタナトスのさっきの力のことより現状について考えなければいけない。

歩きながらミズキはそう思って、疑問は多くあるが一つずつ話を口にした。


「建物が崩れる前の地震は、一体なんだったんでしょうね。地震の前に爆発もあったようですし、まるで作為的に起こされたようにも思えます」


「地震を作為的に起こすってのはちょっと想像つかないけど、ありえない話ではないだろうね。まぁ、あたいの体感的には地震はただの衝撃に過ぎないことで、先に何らかの強い力が地面に叩きつけられて大陸が割れたって感じがしたけどね」


「どういうことです?」


「大陸を丸いビスケットに例えたら、そのビスケットの真ん中を指先で押して割ったようなもんだよ。地震が起きたことで地割れが起きたんじゃなく、地割れが起こされたことで地震が起きたんだ」


例えを混じえて説明されたが、結局はミズキには理解できなかった。

これはアリストの説明が悪いというより、規模が大きすぎて想像できないというのが一番の理由だ。

地震が先に起きようが地割れが先に起きようが、結局は膨大な力が必要だ。

それほどの衝撃を与えた力というのがどういうものか分からない以上、何も分からないと同じで推測の域すらでない。

そもそも作為的に起こされたというのも、何となくそう思っただけに過ぎず、ただの自然災害の可能性の方が充分に高い。

こうして災害の発生について話している間にスイセンの近くにたどり着いて、アリストは背負っていたタナトスを静かに地面へと下ろした。

それからミズキは周りを見渡して、着地してからまだシャウ達の姿が見えないことをアリストに尋ねた。


「アリストさん。シャウさんとポメラさんを見かけませんでしたか?おそらく、無事に生きていると思うのですけど」


「シャウとポメラかい?あいつら二人なら、建物が崩れる瞬間に脱出していたよ」


「え、本当ですか!?」


「あぁ、さすがのあたいもあの時は混乱していたが、ポメラがシャウを連れて出て行くのを確かに目にしたよ。今思えば錯覚なんじゃないかと思うほどの動きをしていたけど、間違いはないね」


「そう、なんですか。姿が見当たらなくて心配していたので、それなら良かったです」


地震が発生したとき、タナトスですらまともに動くことができなかった。

なのにどうもポメラはシャウを連れて脱出までしていたそうで、ミズキは単純にポメラさんは凄いなぁくらいにしか思わなかった。

でもアリストはミズキがポメラに対して強い仲間意識を持っていることに気がついて、不穏な言葉をつけたした。


「身近にいたら分からないだろうけど、あたいから見たらポメラはかなり頭が狂っている奴だよ。仲良くするのは勝手だけど、ちょっとは気をつけた方がいいよ」


「そうですか?ポメラさんは普通に良い方だと思いますけど。シャウさんのことを凄く大事にしていますし、シャウさんもポメラさんのことを本当の親のように(した)っていますよ。それに旅では、いつもまとめ役として動いてくれています」


「いや、まぁ……ポメラのことより現状を何とかするのが先決だから、これ以上は言わないけど一応忠告はしたからね。で、これからどうしたらいいもんだか」


アリストはそう言うと大きく溜め息を吐いた。

一番の問題はアルパ街の惨状を知るより、どうやって自分たちがこの地割れの底から脱出するかだ。

登るにしても一筋縄にはいかないし、危険が大きすぎる。

それに崖を登ることができない人だって多くいるだろう。

仮にアリストが登りきったとしても、地上の惨状によっては救出どころかじゃなくなる可能性もある。

だいたい落下した距離を考えたら深さが異常なほどあるため、脱出も救出も厳しすぎた。


「とりあえず、あたいは他の兵士にも声をかけて脱出する案でも練るよ。ひとまず、あんたはここで二人を見守ってな」


「分かりました。何もできなくて申し訳ありません。願いします」


本心で言えばミズキも手伝いたい気持ちがあったが、無力な自分が余計なことをするわけにもいかない。

だからアリストに言われた通りにスイセンとタナトスの二人を見守ることにして、ミズキは待機するしかなかった。

その間に、彼女はタナトスの力について思い返していた。

アリストは本人に聞けばそれで済む話とは言っていたが、気にかけずにはいられない出来事だ。

明らかに全員を救ったタナトスの力は話に聞いていた魔王を体現しているもので、もはや本当に人間なのか怪しいとさえ思えてきていた。

たとえ人間じゃなくても、タナトスの性格を把握しつつあるから脅威だと感じたりはしない。

でも、不安や不信感を少なからず抱いてしまっていて、胸中には複雑な想いが芽生えていた。


「タナトスさん、話してくれるのかな……」


一番の不安は正直に答えてくれるかどうかだ。

ミズキがぽつりと小さく呟いては、タナトスと旅に出て間もない頃のシャウの言葉を思い出す。

タナトスがミズキのことを信頼していれば話す、というもの。

考えてみればタナトスは世間に公開されているシャウの魔王討伐記録に記載されておらず、世間に疎くなるほどに身を隠す生活をしていた。

更には、タナトスは魔王と戦ったことがあるとシャウと本人が証言している。

その事と実力を考えれば、うっすらとタナトスの人物像がミズキにも見えてきてくる。

もしかして人間だとしても、実は生まれ育ちは魔界大陸なのではないかと。

でも所詮は推測だ。

アリストの言うとおり、本人に聞くしか知る手段はない。


「ん……、お姉ちゃん…?」


ミズキがタナトスのことについて考えていると、スイセンの意識が回復してかすれた声で呼びかけてきた。

見れば水色の髪をくしゃくしゃにさせながらも、水色の瞳がうっすらと開いて視線を向けられている。

声にミズキはすぐに反応して、彼女の小さな手を取って握った。


「スイセン、大丈夫?どこかケガをしていない?」


心配で問いかけたがスイセンは即答はせず、ぼんやりと周りを見渡し始めた。

気絶していたこともあって、状況が呑み込めないのだろう。

そのことを察してミズキはスイセンが質問に答える前に、優しい口調でどうなったのか教えてあげた。


「地震と地割れで崩れたんだよ。それでシャウさんとポメラさんは大丈夫みたいなんだけど、他の人全員は地割れに呑み込まれて落ちちゃったの」


「建物が揺れていたのは記憶あるけど、落ちたの…?五体満足で頭痛しかしないけどぉ」


「みんな落下してる所をタナトスさんが助けてくれて、何とか無事に着地させてくれたの。今はそのせいでタナトスさんは疲れて眠っちゃってるんだよ」


「ん~?よく分からない。とりあえず命は助かっているけど、地割れに呑み込まれて地の底にいるってことなのかなぁ?」


どうもスイセンはタナトスがどうやって他の人を救ったのか分からず、混乱しているようだった。

救った手段についてはミズキは話すつもりはない。

うまく説明できる気もしない。

数秒間スイセンは頭痛のこともあって頭を手で押さえながら考えて、頭の中で整理をつける。

こうして簡単にだがスイセンが状況を理解したところで、ミズキは更に説明をつけくわえた。


「今は正義の勇者アリストさんが他にも助かった人たちに声をかけて、脱出する手段を探しているところ。それまでスイセンはゆっくり休んでいて」


ミズキは明るい笑顔と柔らかい物腰で落ち着くように言うが、スイセンは夜空を見上げてすぐに自分達がどれほど危険な状況に陥っているのか理解する。

夜目がきくスイセンには、絶壁の高度があまりにも高すぎることが一目で分かった。

この高さの絶壁はさすがにスイセンも登ったことがないもので、身体能力に自信がある彼女でも地上に戻れるか怪しいものだった。

そう考えると、ここにいる人たちで地上に戻れるのは本当に二人もいるのかどうか分からない。

それほどに難しい話だ。

これは専用の道具無しで登るのは無理だなとスイセンは思い、小さく呟いた。


「これは諦めた方がいいかもね…」


「え?スイセン何か言った?」


「お腹空いたなって言ったんだよ、お姉ちゃん。夜だからね。話し合いになる前はタナトスを探して動き回っていたし」


「そういえばそうだね。でも今は何も無いから我慢しないと」


ミズキの聞き返しに、スイセンは笑顔ではぐらかした。

でもスイセンの内心は穏やかではなかった。

登れなかったら衰弱死は免れない。

そうなったら、どれほど過酷な運命を遂げてしまうことだろうか。

彼女はそんな心配をしていたが、死の危険はもっと早く訪れようとしていた。

地割れによる大地の崩壊は地盤が決して安定しておらず、崖では岩なだれと土砂崩れによる地の底への災害が起きる寸前だった。


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