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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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アリストの拳

アリストは突き抜けた速さで突撃してきて、拳を振りかぶる。

受け流すのが不可能なのは投獄される前の戦闘で充分に理解していて、防御するのもほぼ不可能に等しい。

だからタナトスは限界まで引きつけて、彼女の直線的な拳を紙一重で避けてみせた。

同時にタナトスは魔剣の柄で彼女の顎を打ち抜こうとするが、当てた瞬間はむしろ押し返される感覚がした。

激しい衝突音が鳴るほどなのに、攻撃が通じずダメージが一切ない。


「弱いよ!」


「くっ!」


アリストは肘打ちでタナトスの顔を狙って来たが、当たる直前に彼は体を回転させながら跳んで回避してみせた。

続けて跳んだ勢いで足をアリストの首後ろに引っ掛けて、踵落としの要領で叩き落とそうする。

しかし彼女の体幹は強く、脚を振り切れない。

まるで鉄柱だ。

ならばと更に体を捻って、タナトスはアリストの顔に連脚を叩き込んだ。

だが、もはや当然と言えるほどに彼女は一切怯む姿や様子は見せない。

防御の姿勢を取る必要もないほどに、完全に攻撃が通じていなかった。

だからアリストは簡単にカウンターの行動に移れて、無防備のタナトスを蹴り飛ばしては拳を振り下ろして地面に叩きつけた。


「ぐっ!」


強烈な痛みが彼の体中に走る。

悶えたくなるほどに重すぎる拳だ。

けれど痛みに悶絶している暇はなく、すぐにアリストは二発目の拳を振り降ろそうとしていた。

すぐにタナトスは床に受身を取っては、素早い身のこなしで後方へと回避する。

同時に振るわれた彼女の拳は石床を砕き、小さな地響きさえ起こす。

拳が巨大な鉄球なのではと思う破壊力だった。

とても筋力が強いというだけでは考えづらい。


「はっ、回避行動だけは一人前じゃあないか!」


アリストは離れて構え直しているタナトスに向かって、挑発的な言葉をかけた。

致命的なダメージは避けているとは言え、一方的に攻撃を受けてしまっているタナトスは強がって笑みを浮かべる。


「まぁな、動きだけなら俺の方がずっと素早いからな」


そうだ、身のこなしと素早さならタナトスの方が明らかに上だ。

もしかしたら受けた威力を考えても、力も彼の方が上かもしれない。

ただ振り下ろしの攻撃だけがアリストの方が強く、同時に防御が堅くて回避や攻撃を防ぐといった行動をしないから、現時点では彼女が戦闘に有利だということに過ぎない。

もっと別の手段を取らなければいけない。

相性もあるが、戦い方が悪いと感じたタナトスは魔剣を構え直した。

きっとスイセンだったら、相手が防御の強さ関係なく毒が扱えるから勝てるだろう。

でもタナトスにはそんな小細工する道具はない。

あるのは飛び抜けた身体能力だけだ。

だけど相手を打ち負かすには別の力も必要で、今のタナトスの能力だけでは力不足だ。

補わなければいけない。

土壇場では簡単には思いつかなそうなことだが、すでに彼の頭の中では力を補うにはどうすればいいか考えてあった。

もっとも単純で、正義の勇者アリストという相手だからこそできる方法を思い描く。

タナトスは魔剣を手に、彼女に言葉をかけた。


「ところでお前の勇者としての能力、見切ったぜ。ずばり重量と硬度の変化だ。最初にグローブすら斬れなかったことを考えると、身につけている物も変化できるようだな」


「はっ、厳密には違うが(おおむ)ねそう思って構わないよ。あんたの言葉を借りるなら、あたいは極限まで重量と硬度を上げれることができ、元の値まで戻すことができる。それであたいの力が分かった所であんたの攻撃が通じない今、どうするつもりだい?」


「別にどうもしないさ。ただ勝つだけだ」


力を補うと言っても、その手段は賭けに近い。

でも賭けなければ勝つことは不可能だ。

覚悟を決めて、タナトスは踏み込んだ。

高い瞬発力を発揮させて高速で接近し、低い姿勢でアリストに力強く魔剣を振るう。

しかし見切られていたのか、彼女は腕で魔剣を防ぐと同時に掌底をタナトスに向けて放った。

ただの殴打ならタナトスも防ぐことは可能で、魔剣で掌底を打ち払いながら次の斬撃へと繋げた。

それでもやはり斬撃はアリストに当たっても効くことはなく、遠慮なく彼女は大きく振りかぶってより強く殴りつけようとしてくる。


「はぁっ!」


彼女が拳を振り下ろすとき、タナトスはバク宙で攻撃を回避しつつ蹴りを顔に打ち込んだ。

更に彼は高く跳んでいたため、天井に足を着けては蹴り出して急降下する形でアリストに向かっていく。

突撃するなかタナトスはすれ違いざまに魔剣の斬撃を浴びせては、彼女の後ろに着地した。

まさに彼女の背中は隙だらけで、タナトスは振り返りながら飛び出して勢いをつけて魔剣を振るった。

隙だらけの背中に魔剣で切りつけるも、せいぜい服に切れ目ができる程度だ。

それでもタナトスは攻撃を止めず、高速で攻撃を仕掛け続けた。

連続で魔剣を振るい、動き回って彼女を翻弄して攻撃していく。

そのせいかアリストの動きは、より直感的で直線的となっていた。

タナトスの動きに対応するための行動だろう。


「うろちょろしたって、勝つことはできないよっ!」


スタミナ切れによるものか僅かに息を切らし始めたアリストは、大声で叫びながら反撃してきた。

そこで隙を見てタナトスは、アリストが奇襲で崩した天井へと飛び上がって二階へと上がる。


「逃げるつもりかい!?」


「くははっ、何も倒すことだけが勝利じゃないんでな」


タナトスはそう言って更に天井を魔剣で切り裂き、次々と上の階へと上がっていった。

しかもタナトスが切り崩した瓦礫はアリストに降り注ぎ、生き埋めにしようとする。

そんな調子でタナトスは上階へと昇っていき、ついに建物の屋上に到達した。

四階建ての屋上だったので、高さはだいたい五階目となる。

そこでタナトスは魔剣を手にしたまま、建物から飛び降りて逃げようとした。

だが彼が飛び降りる前に、早くもアリストが屋上へとたどり着いて来た。


「はっ!逃がさないよ!あんな方法であたいが見逃すと思っていたのなら、甘く見られたもんだね!」


「なに、甘く見てないさ。ただあそこだと、少しお前に都合が良すぎたからな。さぁ、この場所なら俺は全力でやれる。お前はどうかな?」


「なに?」


アリストが疑問の声をあげたとき、いつのまにかタナトスは彼女を蹴り飛ばしていた。

相変わらず堅いが、今度はアリストの身が床の上を転がった。

なぜならさっきまでは足場が安定した場所で戦っていたが、今は屋上という衝撃によっては床を突き抜けかけねない場所だ。

当然、アリストは足場が耐えれる限界まで重量を上げていただろう。

でも簡単な話、タナトスの力がその重量を上回っていた。

それは彼女の想像以上の力量があり、今蹴りを受けたのも蹴り飛ばされないだろうという慢心によるものだ。


「こ、このっ!」


「悪いが、ここからは一方的に攻撃させてもらうぞ」


いくら硬度が高くとも、決して無敵の防御というわけではない。

タナトスの繰り出す連撃は肝心のダメージは無くとも、相手を怯ませて疲労させるには充分だった。

攻撃を躱して殴打を打ち込み、隙を見ては魔剣でなぎ払って吹き飛ばす。

まさに一方的ではあるが、一種の泥仕合となりかけていた。

しかし勝負はすぐに明確に決着がつく。

タナトスはアリストを蹴り飛ばして怯んだところで、彼は屋上から飛び降りた。

逃走だ。

ここで逃げられてはアリストにとっては負け同然であり、国王暗殺の罪人を逃がす失態となる。

そのため慌てて追いかけた。


「っはぁはぁ、逃がさないよ!」


タナトスが飛び降りた所から、アリストも飛び降りた。

すると彼女が着地する地点に、タナトスは見上げた状態で魔剣を構えていた。

すぐにアリストは彼の構えの意味を理解する。

こいつは真っ向からあたいと勝負するつもりなんだと。


「いいねぇ!その心意気、あたいは好きだよ!」


アリストは、かつてないほどに最大限まで硬度と重量を上げて落下した。

もはや殺すつもりで力の限り拳を振りかぶり、タナトスに振り落とそうとする。

対してタナトスは赤い瞳で相手を見据え、静かに魔剣の柄を握る手に力を込めた。

奇跡の勇者アカネの最大の攻撃を打ち払った時と同じように、魔神の一振を放つために構える。

最高の一閃で、正義の勇者アリストを打ち負かすつもりだ。


「さぁ、やってみなぁタナトス!」


二人が衝突する寸前、アリストは叫んで拳を振り下ろした。

それに合わせてタナトスも魔剣を全身全霊の力を使って振るう。

衝突し合い、魔剣から発する青い軌跡が飛び散った。

もはや拳と剣の衝突とは思えない爆発音が鳴る。

アリストの硬度を上回るには、タナトスは彼女の重量という力で補おうとしていた。

だからわざわざこんな一騎打ちの状況を作り、アリストに最大限の重量を発揮させた。

でも、その重量はタナトスの全身に重くのしかかる。

体が壊れそうなほどに強烈で、押し負けてしまいそうなほどに重い。

それでもタナトスは振り切った。

魔剣を振りきり、アリストの体からは鮮血が飛び散った。

しかしタナトスにも大きな負傷ができていた。


「ぐぅっ!」


剣を振るった右腕が激しく痛む。

あまりの衝突に耐え切れず、右腕の骨にヒビが入ったのだ。

けれどタナトスが押し切ったのは間違いなく、アリストは体から血を垂れ流して地面へと転がり落ちた。

さすがのことに一気に体力を使い切った気分だったが、タナトスは彼女を見下ろして言葉を残した。


「…はぁはぁ、平和の勇者シャウがこのアルパ街に来ている。傷は、そいつに治してもらうんだな」


「なんだい……、トドメを刺さないのか。負傷して疲労した今、あたいはまともに動くことはできないよ」


「別に俺は人殺しを目的にしているわけじゃない。言っただろ、俺の目的は冤罪を晴らす事と人を守るためだと…!」


「はっ…、情けで相手を殺さないなんて、あんたの心にも正義はあったってことかい。全く、まいったもんだよ……。でも、次会った時はあたいの正義を貫き通させてもらうよ」


「勝手にしろ。それと俺のは正義じゃない。ただの信念で、それに従って動いているだけだ」


タナトスはそう言い残し、アルパ街の外へと出るためにその場から離れて行った。

彼は、正義や悪という概念には囚われていない。

何が世間的に正しいのか正しくないのかではなく、タナトスは自分にとっては正しいと思えることだけを常に考え、選択して貫き通しているだけだ。

それはかつて、彼が魔王側の立場でもあったからこその考えだ。

そしてアリストを打ち負かすことだけに留めたのも、彼なりの人を守るためという信念によるものだった。


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