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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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再び牢獄へ

タナトスの覚めたとき、それは牢獄の中だった。

石畳の床に石壁に、頑丈に造られた鉄の牢が彼を捕らえている。

そこは湿っていて埃臭く、肌寒い場所だ。

小さな窓から日の明かりが漏れていて、うっすらと照らされた空間。

目が覚めて自分の状況を理解すると共に、酷い頭痛が彼を襲った。


「いっつ…!」


正義の勇者アリストに殴られたせいだ。

頭の中身が滅茶苦茶されているみたいで、意識が混濁としている。

それでもタナトスは周りを見渡して、どうなっているのか状況の確認をとった。

そして最近同じような空間を見たことあるだけに、また牢かとタナトスはため息を吐いた。


「……やれやれ、アスクレピオス街でも入ってすぐに牢にぶち込められたのに、まさかアルパ街でもすぐに牢獄行きとはな。まいったもんだ」


それに今度は同室の脱獄者がいるわけでもないから、一筋縄にはいかない上に今度は正規とした場所の牢獄だ。

つまり警備は厳重であるし、逃げたとしても街の中にいたら簡単に目をつけられるだろう。

しかも正義の勇者アリストとも敵対しているから、余計に脱出は難しい。

そのためこれからどうするか考えるために、タナトスは壁に寄りかかりながら床に座り込んだ。

まず必要なのは魔剣だ。

あれがないと正義の勇者アリストとの対抗は難しい。

殴り合いは無理だと、あの戦闘ではっきりとしている。

次に魔剣を取ったあと、どうするか。

おそらく、もうアルパ街には居られない。

そうなると付近の農村で身を隠しながら、ミズキ達と合流するのが望ましい。

しかしどうやったら合流できるのか。

下手したら一人で逃走を続けることになるのもありえる。


「………反抗組織の調査どころじゃなくなっちまったな。逃走を第一に行動なんてしたくなかったんだが、今回は仕方ないか」


大まかに行動を決めたタナトスは牢を壊そうと、行く手を塞ぐ鉄の棒を掴んだ。

そのときだ。

扉が開かれる音が聞こえてきて、歩いてくる靴音と共に(ほの)かな明かりが牢を照らし始めた。

見れば甲冑を着た一人の兵士がランタンを手に、タナトスの近くまでやってきた。

見張りだろうか。

それでも一人くらいなら何とかなると思い、タナトスは手に力を入れ始めた。

でも意外にも、見張りの兵士は更にタナトスに近づくなり声をかけてきた。


「やぁやぁ、タナトス。元気だったかい?」


「その声、どこかで…」


「いやぁ僕のことを忘れるのが早いなぁ。怪盗バンディ君だよ」


そう言って、兜で隠していた幼さがある顔を見せてきた。

さすがのタナトスも名前は覚えていなくとも、顔はうっすらと覚えていて答える。


「あぁ、食い逃げ犯か。なぜここにいる?」


「食い逃げ犯とは酷いなぁ。なに、ちょっと君が落ち込んでいると思って、無様な姿を嘲笑いに来ただけだよ。兵士の格好なのは、ここに来るため。言ったでしょ、変装が得意だと」


「変装と言っても、着込んだだけだろ。で、何が目的だ。まさか本当に嘲笑うためだけか?」


念の為にタナトスは彼の目的を追求した。

普通に考えて様子を見るためだけに来るなんて、危険が大きすぎる。

すると怪盗バンディと名乗った彼は、鼻で笑って中性的な声で答える。


「はっはー、君を見に来たのはおまけだよ。実はここには宝が保管されていると聞いてね。そのために忍び込んだんだ。まぁ君には全く関係ない話だから、お気になさらずに」


「なんだ、盗みに来たのか。食い逃げもするし、とことんお前はそういう性根なんだな。……しかし、そうだな。これはチャンスかもしれない」


「ん?」


怪盗はタナトスの言葉に疑問の声をあげた。

タナトスにとって脱獄することは難しいことではないが、魔剣を捜すとなると一手間かかる。

それなら簡単な話、兵士に変装している彼から魔剣を手に入れてもらえばいい。

もちろん、それには交渉となる材料が必要だろうが、そのことについてはすでに思いついている。


「おい、お前。悪いが俺の剣をここまで持ってきてくれないか。あれさえあれば脱獄は容易だ」


「えぇ?なんでわざわざ僕が脱獄の手伝いをしないといけないのさ。それは何でも都合が良すぎるでしょ」


「剣を取って来てくれるだけでいい。もし持ってきてくれたら、俺が騒ぎを起こして宝を取る真似事をしてもいい。つまりだ、助けてくれればお前の窃盗を補助する」


このタナトスの言葉に、魅力を感じたのか怪盗バンディは眉を潜めた。

それでも決定的というには程遠い判断材料らしく、渋る声を漏らす。


「む、それはなかなか興味深い話ではあるけど、僕一人でも盗むことはできるしなぁ」


「言っておくが正義の勇者の他に、この街に平和の勇者が居るのも目にしているからな。しかも平和の勇者の仲間にはポメラという追跡に長けている奴がいるから、少しでも臭いを残すだけで追われるぞ。そもそも勇者のパーティーは全員お前ぐらいは身軽だ。それでも宝を手に逃げ切れる自信があるのか?」


タナトスは更に言葉をつけたして、如何に現状では窃盗が難しいか力説した。

これで魔剣が手元に戻ってくるのなら安いものだと、話すのが苦手な彼は説得しようと言い続ける。

そしてさすがに不安を煽られた怪盗は、窃盗に関する自信を失いかけ始めて口車に乗り始めた。


「え、それは……むむむ。さすがの僕でも勇者二組と相手するのは自信が薄れちゃうなぁ。うーん、一つ確認したいけど、本当に剣を持ってくるだけでいいのかな?」


「あぁ、充分だ。剣さえあれば勇者が何人いようと相手できるし、できるだけ騒ぎを起こすつもりだから、お前の窃盗が容易になるのは間違いない」


本当は騒ぎを起こすのは怪盗の窃盗のためだけではない。

騒ぎを起こせば必然的にシャウ達の耳にも情報が入り、彼女達は兵士より先にタナトスを見つけようと動き出すはずだ。

そうすれば非常に危険ではあるが、合流しやすくはなる。

正直合流に関しては期待していないが、可能性をあげる手段の一つとしてするしかない。

ざっくりと確認をとった怪盗は独り言をしながら何度か頷き、考え込む時間に入った。

おそらく元からあった計画の調整を頭の中でしてるのだろう。

そうして考えがまとまったところで、怪盗は笑顔で言った。


「よし、いいよ。保管庫はすぐ近くだし、剣を取りにいってやるよ。その代わり約束は必ず守ってくれよな」


「あぁ、剣さえ戻れば必ず実行する。頼んだぞ」


こうしてタナトスは怪盗バンディに魔剣の特徴を伝えて、回収を頼んだ。

すぐに怪盗は動き出し、ランタンを置いたままこの部屋から出て行く。

それからはタナトスはただ待つだけだと思い、大人しくしていようと思ったがそうもいかなかった。

怪盗バンディと入れ替わりに近い形で、すぐに別の人が牢の前へと姿を現す。

その人物は女性で、たった一人でやって来た。

顔を見れば、怪盗のことよりは鮮明に思い出せる。

正義の勇者アリストだ。

彼女はタナトスの顔を見るなり、ぽつりと呟いた。


「へぇ、あんた頑丈だね。もう動き回れるんだ。普通あたいのパンチを受けたら一週間は倒れ込んでいるか、死んでいるよ」


「そうかい。褒められているのか分からないから礼は言わないが、一応体は頑丈なものでな。お前の頑丈さには負けるがね」


「アリストだ」


タナトスがお前と言ったせいだろうか、正義の勇者アリストは自分の名前を強調して口にした。

鋭い目つきが彼を射抜く。

その眼差しで、かなりの修羅場をくぐっているのが伺えた。

強い意思があるのは、きっとそういう辛い経験があってこそなのだろう。

タナトスが相手のことを観察しながら押し黙っていると、彼女は話だした。


「さて、国王暗殺の罪人タナトス。あんたに一つ訊きたいことがある。もちろん、素直に答えてもらうよ」


「答えられるかどうか分からないが、勝手に訊くだけ聞いてろ。おそらく、俺が答えたくても答えられない質問を口にすると思うが」


「ごちゃごちゃ口答えするんじゃないよ。とりあえず訊かせてもらう。まず、あんた達の目的は何だい?」


これは、明らかにタナトスが反抗組織の一員だと前提している質問だ。

彼はそのことにすぐに気づき、同時に答えようがないことも理解した。

ここで言い訳がして通じるのだろうか。

何にしろ、タナトスとしては不利にならないことなので正直に答えた。


「達って言葉に対して返答はできないが、今の俺の目的は冤罪を晴らすことであり、人を守ることだ。悪いが、そっちが考えているようなことは何一つ目論んでいない」


「まどろっこしい言い方するね。まるであんたは国王暗殺していない言い草だ」


「言い草も何も、そういうつもりで答えている。はっきり言って俺は国王を暗殺していない」


「最初の質問から論点がずれるね。あたいは国王を暗殺したかどうか訊きたいわけじゃない。あたいは目的を」


「それはさっき言ったことだ」


アリストの言葉に、タナトスは食い気味に答えた。

するとどうも話にならないと感じたらしく、アリストは手で頭を押さえながら首を力なく横に振った。


「分かったよ。なら質問内容を変える。ある意味、一番訊きたいことでもあるからね。単刀直入に言うよ。裏切り者の勇者は誰だい?」


「はっ、裏切り者だと?」


何を言ってるのかさっぱり理解できず、タナトスはオウム返しに近い反応をした。

裏切り者というのは、何をさしての言葉なのか分からない。

でも話の流れから考えると、反抗組織に協力している勇者がいるということだ。

確信があっての質問か分からないが、少なくともアリストは裏切りの勇者がいると考えている。

まだ反抗組織の詳しい行動を知らないタナトスにとっては、本当に裏切り者がいるのか分からない。

それでもタナトスは、嘘をつくことなく答えた。


「…裏切り者は、知らないな。そもそもいるのか?」


「潜んでいると睨んでいるから、あたいは聞いているんだ。あんた達の組織が、明らかにあたい達勇者の調査から上手く逃れている。毎回勇者会議で反抗組織の調査についての報告もあがるが、全ては誤情報同然。情報漏洩を考えると、勇者会議に出席している奴らしかありえないんだよ」


「勇者会議には誰が出席しているんだ」


「そんなの決まっているじゃないか。各勇者とその仲間、そして王様と王子に貴族の代表三人に大臣だよ。悪いが貴族達と大臣については、すでにあたいが全て調べはつけてある。時間はかかっちまったが、それについては絶対の確証を持っているよ」


そう聞くと正義の勇者としては調べをつけているようだが、まだ裏切り者となる容疑者の数は多い。

何よりタナトスからしたら平和の勇者のパーティーを除いて、全員怪しい他ない。

だから元も子もなくなるが正義の勇者アリストのことも疑ってしまえば、貴族と大臣が反抗組織に繋がっていないという確証は何も意味を持たない。

アカネ達も、アリスト達も、まだ会ったことのない殺戮の勇者も充分に裏切り者の可能性はある。

しばらく考えた後、タナトスは答えた。


「そうか……。ひとまず本当に心当たりがないか、少し考える時間をくれ。思い当たる節があるか考えてみよう」


「……それはつまり今は答える気はないってことかね。まぁ後でリール城まで護送するんだ。その時にでもじっくりと問い出そうかねぇ」


アリストはこれ以上の尋問は無意味だと悟って、その場から去っていった。

その後ろ姿をタナトスは見届けては壁に寄りかかって、魔剣が届けられるまで再び考え込むのだった。


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