外へ
「よいしょっと…」
階段の先を塞いでいた蓋のように被せてあった板をタナトスが動かし、アカネと共に地下通路から脱出した。
すぐに居場所の確認のために見渡すが、そこはただの一軒家だった。
なんてことない生活必需品となる家具が置いてあり、額縁に収めれている趣味丸出しの絵が飾ってあって、小さな間取りがされている、生活感が溢れる家内だ。
しかし二人は家の状況よりも、外のことが気になっていた。
外からは燃えがある様な音が聞こえてくるし、悲鳴や魔物の唸り声だって聞こえる。
おそらくここはアスクレピオス街なのだろうが、騒がしさが尋常ではないために自分たちがいた街とは違うのではと錯覚してしまいそうだった。
「何やらただ事じゃないって感じね」
さすがに嫌な予感があるせいで、アカネは苦笑い気味に呟いた。
まさに疲れたような、そんな物言いと表情だ。
対してタナトスの頭の中ではミズキ達との合流を優先して思考しており、いちいちうんざりしている暇などないと言わんばかりに、一人で家の玄関へと歩いていく。
そして玄関扉を開けて、外の光景に少しだけ呆気に取られてしまう。
「うっ、これは……!」
だいたい音と雰囲気で察していたが、すでにかなり火の手が回っていた。
近くの建物は燃えていて、すぐに今いる家にも火が飛び移ることだろう。
更に石畳である街路には血の跡が残っていて、魔物の死体だけではなく兵士の死体まで転がっていた。
明らかに街中で戦闘が起きてしまっている。
それも死体が放置されたままで、火災の鎮火に取り掛かる人がいない程に混乱している有り様だ。
アカネはタナトスの背中越しに、この惨状を目にして不機嫌にぼやいた。
「これは…、見るからに反抗組織の仕業ね。全く、はた迷惑なことをしてくれるわ」
「想像以上に思い切ったことをしてきたもんだ。まさか魔物を使う手段を取るとはな。一体何が目的でこんな横暴をしているんだか」
タナトスとアカネは二人して熱風に包まれている外へと出ていき、兵士の死体へと近づいた。
まだ呼吸があるかもしれないという希望的憶測による確認だったが、すでに事が切れているのは見て明らかだった。
なぜなら首元を綺麗に斬られており、体は冷たくなりつつあったからだ。
でもその死体を見て、タナトスとアカネは二人して違和感を覚えた。
「あらあら、その兵士。魔物にやられた傷じゃないわね」
「みたいだな。あきらかに首を刃物で斬ったあとだ。それも鋭利な刃物で、完全に狙っている」
「となると、まぁ言うまでもなく反抗組織の仕業ってことね。兵士まで殺して何をしたいのかしら?」
「さあな。魔物に暴れてもらいたいのかもしれない。だとしても、意図の見当はつかないが。とにかく俺は宿屋の方へ戻ろうと思う。アカネはどうする。一緒に来るか?」
タナトスの投げかけた質問に、アカネは数秒だけ考え込んだ。
指先で口元を隠す仕草をして、ジッと兵士の死体を見たまま答える。
「…そうね。あなた達の事情を聞いた今、シャウちゃんと一度落ち着いて話はしておきたいわ」
「同行するってことだな。よし、宿屋は東区にある。そこに向かうぞ」
「意気込むのは結構だけど、まずここはどこなのよ。もしかして分かるのかしら?」
「いや、知らない。でも、とりあえず走って行けば、兵士か誰かに会えるだろう。その時に聞けばいいさ」
「それもそうね」
そんな会話のやり取りをして、ひとまず二人は東区にある宿屋フォトンへと向かうことにした。
しかし二人が走り出して間もなくのこと、裏路地からは獰猛な唸り声と共に狼の魔物が群れで襲ってくる。
頭数は五匹。
そうタナトスが認識した瞬間、閃光が宙を駆け巡る。
眩しい光りを見たのは一瞬の事で、狼の魔物は反応できなかったことだろう。
同時に狼の魔物の体からは血が噴き出て、地面へと転がり倒れた。
それも目の前に現れた全てが地面に伏していて、もはや動くこともままならかった。
これはアカネの攻撃によるものだ。
タナトスはその狼の魔物らを見下ろし、感心して言った。
「こうして味方の立場として見ると、反則的な強さだな。一瞬で同時に全てを射抜いている」
彼なりの賞賛をアカネは素直に受け止めて、儀式用に装飾された短剣を手にしたまま薄く笑った。
「くすくすくす、日を見る限りちょうど昼だから問題なくいけるわよ。雑魚の相手は任せてちょうだい」
機嫌よくアカネは言って、装飾の短剣を構えて再び走り出した。
タナトスもその後を追って行き、二人して快進撃とも呼べる移動は始まる。
なにせ二人共魔物を全て出会い頭に瞬殺してしまうため、まさに敵なしだった。
しかも手当たり次第に倒していく状態で、魔物達はただ倒されていく一方だ。
だから二人が通った後は魔物の死体だけが残り、気づかぬ内に民間人と兵士を救う形となっていた。
更に途中でタナトスが先導したため余計に道を迷うことが多々あって、より多くの魔物を倒していく。
「おっと、また魔物だ。多いな」
タナトスはそう言って鞘から魔剣を引き抜き、移動に瞬間的な加速をかけた。
それから一刀両断で斬られて倒れていく魔物たちで、アカネは遠距離攻撃が可能でもあるために視界に入り次第魔物を倒していた。
そんな調子で進む二人の目の前に、やがてアカネにとっては見知った顔と出会う。
青紫色の髪をした女性で、手には弓を握っている。
その女性はアカネの顔を見て幸せそうな表情をするも、次にタナトスの姿を見ては怪訝な顔をするという表情豊かな変化をみせた。
しかし表情の変化など気にせずに、アカネは駆け寄りながら青紫色の髪の女性の名前を大声で呼んだ。
「ラベンダ!」
「あぁ、アカネ様!ご無事のようで何よりです!」
ラベンダと呼ばれた青紫色の髪をした女性は、アカネに言葉を返してできるだけ喜ばしい態度を示した。
でもタナトスの存在がどうしても気がかりで、今までどうしていたかというより、なぜ彼がいるのか彼女はアカネに訊いた。
「アカネ様、なぜこの男と一緒に?まさか捕縛したのですか?」
「あら、彼のこと?ちょっと手伝ってもらっていただけよ」
アカネは事実を口にしたが、言葉足らずの説明だったためにラベンダにはまるで意味が分からなかった。
だから混乱した様子で、何とか言葉を捻り出す。
「手伝って…?すみません、一体どうしてそのような事になっているのか、把握できないのですが」
「細かいことは気にしないでちょうだい。ただ今は、敵ではないということだけを認識していればいいわ。それで、あなたは大丈夫なのかしら」
「はい、私は何ともありません。ただ途中で平和の勇者と接触しまして、彼女から伝言を預かっています」
「あら、そうなの。一体なにかしら」
「何があろうとアカネ様とは敵対するつもりは無いと、そう言っておりました」
その伝言を聞いて、アカネは考え込んだ。
シャウの真意をその言葉から受け取ろうとしたのだろう。
そしてすぐにアカネは理解して、ほくそ笑む。
「くすくす、やっぱりそういうことなのね。それならちょうど良かったわ。私もシャウちゃんと話をしたかった所だし、行きましょうか。ラベンダもついてきなさい。あなたも一緒に宿へと向かうわよ」
「宿ですか。はい、かしこまりました」
アカネの言葉によりラベンダもついてくる流れとなり、三人で宿屋フォトンへと向かう事となった。
ただ道案内はタナトスからラベンダに代わり、一直線で東区へと向かう。
そのおかげもあり、タナトスを含めた彼女ら三人は早く宿屋へとたどり着く事が叶った。




