無人の地下にて
こうしてアスクレピオス街で騒動が拡大している一方、タナトスと奇跡の勇者アカネは未だに洞窟内で閉じ込められている状態だった。
道を塞ぐ土砂崩れをタナトスは一人で懸命に手で掘るも、なかなか作業は思うように進んでいなかった。
せめてスコップでもあればとタナトスは内心愚痴りながら、ついに疲れたのか息を大きく吐く。
「はぁ……、駄目だ。素手だとキリがない。なぁ、アカネ。いつまでも座っていないで少しでも手伝ってくれたら、俺としては大変嬉しいんだが」
ずっと傍観してランタンの隣に座っているアカネに、タナトスはそう声をかけた。
彼女は閉じ込められているという状況にも関わらず、焦る様子を微塵とも見せていない。
タナトスに全て任せるにしても、少しは手伝ってくれれば早く脱出できるだろうに何を考えているのか分からない。
それにタナトスの言葉にも反応を示さなかった。
けれど声をかけてから数秒の間があいた後、急にアカネは立ち上がった。
そして土砂崩れしている場所へと歩み寄って、かすかに手で土に触れた。
「離れてなさい」
そうアカネが呟くと同時に、目の前がうっすらと輝いた。
更に道を塞いでいた土砂崩れは全て細かい粒子の砂となり、地面に流れていく。
だからあっという間に塞がれていた視界が広がって、奥の道がはっきりと見える結果となっていた。
まるで土砂崩れが最初から無かったように消えてしまった。
あまりの唐突のことに、タナトスは驚きの声をあげずにはいられない。
「うおっ!……おいおい、そんなことできるのかよ。それなら最初からしてくれれば、余計な時間と苦労をかけずに済んだのに」
「ランタンから微弱な光りを溜めていたのよ。その溜めた光で高密度の細かい刃を発生させて、土砂崩れを切り崩して粉砕したの。暗室だったし、思った以上に溜めるのに時間がかかったわ」
「いやいや、待て。最初からそのつもりだったのなら、そう言ってくれよ。さっきまでの俺の行動が馬鹿みたいじゃないか」
「モグラが一生懸命に穴を掘っている後ろ姿みたいで可愛かったわよ。さて、行きましょうか。さっきの男が何を企んでいるのか気になるから」
タナトスの言葉をアカネはあっさりと流し、先に進むよう促した。
あまり突っかかっても意味がないためにタナトスもそれ以上は言わず、アカネの後ろを追って歩いて行った。
このあと二人は適当に歩き進み、出口を探した。
どういうことか道中、反抗組織員に出会うことなくスムーズに進むことができる。
まるでもぬけの殻で、自分たちの歩く足音しか聞こえないほどだった。
それほどの静寂は明らかに異常で、余計に胸騒ぎを覚えてしまう。
それでも念の為にタナトスは警戒して歩き、アカネに話しかけた。
「静かだな。まるで廃墟だ」
「そうね。もしかしたら外で何かしているのかも」
「外で?一体何を?」
「そんなの私が知るわけないじゃない。そもそも今が朝なのか夜なのかも私には分からないし、一刻も早く外に出たいわ」
「外に出たいことについては同意だ。シャウ達が心配だ」
「あら、あなたが捕まっていたのだから、あなたが心配される側ではなくて?」
「ははっ、そうかもな。きっとアカネの仲間も、お前のことを心配していることだろうさ」
何気ないどこか気の抜けた会話のやり取り。
そのせいかアカネはタナトスに心配うんぬんの話をされて、薄く笑った。
「そうね。あの子達は私のことを大事に想っていてくれている。きっと私の行方を捜すために奔走していることだろうから、早く会って安心させたいわ」
アカネの今の言葉はどこか優しい物言いがあった。
冷めている言い方ではなくて、親しい友人について話す人のような口ぶりだ。
だからアカネが仲間のことを大切に思っているのだとタナトスは察して、歩きながら会話を続けた。
「ずいぶんと仲間を信頼しているんだな」
「当たり前よ。あなたがリール街で倒した二人は、魔王討伐の時にもいた仲間なのだから。本当はもう一人いたのだけれど、魔王に殺されちゃったわ」
「そうか、そういえばアカネは負けたとは言え、一度魔王と対峙しているのか。魔王に敵わなかったにしても、よくあの戦闘から生きのびたもんだ」
「まるで見ていたかのような口ぶりね?確かに魔王と戦った時は命からがらだったわ。幹部を倒した後だったけど、勝つ自信はあった。けれど負けて仲間を一人失い、私含めて全員が瀕死。そんな中、撤退しているときに私の仲間は死力を尽くしてくれたのよ。自分の命をかえりみず、私を救おうと必死に……」
アカネは思い出に耽て、遠い目をした。
昔のことを思い出す様子で、今でも鮮明に記憶しているのだろう。
それから彼女は息を軽く吐いて、言葉を続けた。
「こうして私が生きているのは仲間のおかげでもあるの。仲間がいなければ私は死んでいたし、私がいなければ仲間は死んでいた。そういう関係なのよ。どちらかが欠けてはいけない、不思議な縁ってところね」
「口に出していいのか分からないが、なんだか意外だな。勝手に、もっと冷めた性格だと思っていた」
「あらあら、こうみえても交流は欠かさない性格なのよ?シャウちゃんとも友達としては仲良くやっているつもりだし、正義の勇者とも仲良しでいるようにしているわ。でも事情によっては、そちらを優先して行動することもあるから冷めているというのも、あながち間違いじゃないわね」
実際、シャウとは仲良くしていると言っても一度命を狙っている。
公私をきっぱりと分ける性格なのだろうか。
そう捉えると、かなり真面目な一面があるとも言える。
そうしてアカネは自己のことを多く話したところで、会話をきりかえてタナトスに言った。
「さてと、充分に私のことは話したわよ。次はあなたが自分のことを話す流れじゃないかしら。一方的に女の子ばかり話すのは、あまり喜ばしいコミュニケーションじゃないわ」
「俺のことか?とは言っても、別に俺は話すことなんてないぞ。今はただの冤罪を着せられた世間知らずの剣士なだけだからな」
「あらあら、そんな世間知らずの剣士なのに、よくシャウちゃんから協力を得られたわね。大陸七不思議に匹敵する謎だわ」
「シャウとは昔一緒に戦った仲間だって説明はしただろ。シャウと俺に関してはそれだけだ」
「ふーん……」
どういうことか、アカネはちょっと不思議そうな眼差しで頷く仕草をみせた。
どうもピンと来ない、といった反応だ。
それもそうだ。
シャウが公表している魔王討伐記録では、タナトスのことについては触れられていない。
だから最初にミズキが疑問を持ったように、アカネからしても仲間という呼び方には疑問が生じていた。
しかしあまりアカネは深く突っ込む話はせず、浅く納得して言う。
「本当にそれだけなら、話を聞いても面白くはなさそうね。それなら、あなたという人物は何者なのかしら」
この言葉にタナトスは嫌な予感を覚える。
明らかに次に続く言葉は、タナトスという人物について深く追求してくるものだと分かったからだ。
その予感は正しく、アカネは言及を続けた。
「はっきり言って、あなたほど実力者が無名だったなんて考えづらいのだけど。初見に等しい私の攻撃を見切る時点で人間業ではないし、何より最大の技を一振で打ち消してしまった。一体どうやったら、あれほどの力が身につくのか疑問で仕方ないのだけれど?」
「なに、山奥で籠もってしていた修練の賜物だよ」
すぐにタナトスは、それらしい返答をしてみせた。
しかしアカネがそれだけの答えで納得するわけがない。
「修練でどうこうできるレベルを明らかに超えているわよ。それに戦闘経験だって並じゃないのは動きを見ていて、素人でも分かるわ。もしかしてあなた………」
アカネが鋭くタナトスの方へ視線をむけて、真剣な眼で睨みつけた。
タナトスとしては別に正体を感づかれても、必死になって否定するつもりはない。
ただ今ここでアカネに正体がバレる事は、強い不信感を抱かれるのは避けられないから望ましいことじゃない。
だから彼の脳内では、どうやって言い訳しようかと考え始められていた。
そしてアカネの口から、彼女なりの指摘が言葉として吐き出される。
「あなた、いわゆる天才ってやつね!」
「え?」
急に抽象的な物の言い方に、思わずタナトスは聞き返してしまう言葉を口にしていた。
けれどそんな反応を気にせず、アカネは一人で話を続ける。
「そうよね、私も天才のつもりではいるけれど、世の中には更なる天才がいても不思議ではないわ。殺戮の勇者クロスだって、悔しいけど私以上の才能と実力の持ち主だし、ありえない話とは言い切れないわよね」
よく分からない彼女なりの可能性の理論を言葉にしてきたが、実際タナトスにおいては才能というより体質的なものと育った環境が大きな要因だ。
魔王に造られた肉体であり、恵まれた環境で修練を積んできた。
特に魔王の幹部たちの相手をしたことがあるから、魔物の中でも更なる怪物の実力は充分に体感している。
それらがタナトスの実力を培った原因であり、彼の強さに繋がっていた。
しかしタナトスがそんなことを口にするわけもなく、アカネの言葉に乗っかって受け答えをした。
「そ、そうかもな。あまり自覚したことはないが、俺の強さは才能によるものなのかもしれないな」
「きっとそうよ。そうとしか考えられないわ。聡明な私でも才能とでしか説明できないもの」
まるで思考停止した発言だが、それがアカネの今思い当たることの限界で、金髪を揺らしながら進んでいく。
そして、ふと足を止めて会話を切りあげてアカネは呟いた。
「あらあら、響く音が聞こえるわ…。なにか、妙に騒がしい……」
「外が近いのか」
「きっとそうね。でも、何かしら。賑やかしさとは違う雰囲気だと直感で分かるわ」
「気になるな。急ごう」
会話している間にアカネとタナトスは外へと近づいていた。
それからすぐに地下から地上へあがる古ぼけた石階段を見つけて、二人は走って階段をかけ上がった。




