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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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巨猿の魔物

シャウとポメラは共に行動をしながら魔物を蹴散らしていき、多くの民間人を誘導して避難させていっていた。

しかし気づけば発生していた火災は大きく広まっており、多くの建物は火の海に包まれ始めていた。

そのせいで、ただ魔物を倒すだけではおさまらない騒ぎになっていて、シャウやポメラでどうにかできる範疇(はんちゅう)ではなかった。

火災による酷い熱気が街中に充満していき、あまりの空気の熱さにシャウは激しく(むせ)てしまう。


「げほっげほっ、これは二次災害が酷いね。それに魔物の数がかなり多い。どこからこんなに魔物が入って来たんだか…」


「もしかしたら反抗組織が放った魔物かもしれぬな」


「えぇ、それは無いんじゃないかな。だって反抗組織って魔物嫌いの集団でしょ。こんなこと仕掛けてたら、人のために魔物を滅するって目的から外れているし、本末転倒もいいとこだよ」


「どうかのう。案外、最終的な目的は魔物を滅することであって、それまでの過程を気にかけない組織かもしれんぞ」


「え、それってどういう……うわっ!」


移動しながらポメラとシャウが話している途中、燃え上がる家から何者かが壁を突き破って飛び出してきた。

激しい轟音と崩れる瓦礫と一緒に、巨体が炎に包まれながらも二人の目の前に姿を現す。

それは猿、と言えばいいのだろうか。

明らかに異常発達した筋肉の体は見るからに筋骨隆々であり、とても生物的には見えない残酷さを秘めた黒くて丸い瞳に、焼けたせいか赤黒い顔をしていて、同様の色をした体毛が全身を覆っていた。

身長は何メートルだろうか。

少なくともポメラでも大きく見上げるほどで、五メートル以上は確実にある。

長く太い尻尾に、硬そうな手に大きな指。

まるで巨人だ。

いや、猿だから巨猿(きょえん)とでも言えばいいのだろうか。

とにかくその巨猿(きょえん)がシャウとポメラの存在に気づいたとき、視線を彼女らに向けた。

同時に感じてしまう残酷で恐ろしい殺気。

丸い瞳からは冷たく無情さしか感じられない、野生動物の中でも異常な気配。

あまりの気配に二人は反射的に身構えるも、それは遅かった。

巨猿(きょえん)は身軽に動いて接近し、武器を構えているシャウごと手で掴んでみせた。


「きゃあ!うわわっ!?」


体の自由を奪われたシャウが悲鳴をあげた次の瞬間には、巨猿(きょえん)は掴んでいた彼女の体を近くの建物に強く叩きつけていた。

巨猿(きょえん)の凶悪な筋力によりシャウの血が飛び散り、骨が砕け、一撃で意識が飛びそうになる。

すぐにシャウは自分の治癒で回復させようとするも、巨猿(きょえん)はその行動を許さない。

建物の瓦礫と共に崩れ落ちるシャウの体を再び掴もうと、一切の躊躇なく手を伸ばした。


「シャウ!」


だがポメラが叫びながら救出に動きだしており、先に巨猿(きょえん)の顔を長剣の刃で貫こうと飛びかかっていた。

それにより巨猿(きょえん)は反応してポメラの方に視線を向けて、互いの視線が交差し合う。

暗闇のような無慈悲な瞳と、敵意をぶつける強い意思を持つ者の瞳。

まるで冷静さと熱意という正反対の両者の視線だったが、視線が合う時には巨猿(きょえん)の方は長い尻尾を動かしていて、ポメラを(はえ)のように叩き落とす。


「ぐぅっ!」


ポメラの動きも充分に速かったが、巨猿(きょえん)の方が初動に速さがあった。

手のひらで頬を打ったような高い音が鳴り、ポメラの動きは殺されて打ち落とされた。

しかしポメラの動きを止めた瞬間、巨猿(きょえん)の意識は少なくともシャウから外れていた。

隙と呼ぶには怪しいほどの細い時間。

その僅かな時間にシャウはまだ治りきっていない体を動かして瓦礫の中から飛び出し、三節棍で巨猿(きょえん)の頭を突こうとしていた。

だが同じく尻尾が鞭のように振られて、シャウに襲いかかる。


「このっ!」


シャウは頭と髪を血で濡らしながらも、尻尾に触れる直前に空中で身を(よじ)らす事で紙一重で避けてみせた。

尻尾はシャウの服に触れるだけで、空気を裂く音を鳴らす。

それから彼女は三節棍を素早く投擲し、巨猿(きょえん)の頭に一直線にぶつけた。


「くっ!」


「ギィッ…」


この攻撃が通じたのか分からない反応で、巨猿(きょえん)は低い声で鳴いた。

でも、見るからにダメージとして通っているようには見えなかった。

すぐにシャウは有効打ではなかったと悟ると、ポメラの近くに着地して手をかざして治癒を発動させる。

けれど治癒ができた時間は二秒にも満たない。

巨猿(きょえん)はシャウの動きを目で追っていて、足元にいるために平手打ちで虫みたく潰そうとした。

近づいてくる強烈な平手打ち。

傷ついたシャウの体では唐突の攻撃の反応に追いつかず、うまく足を動かすこともままならない。

しかし当たる直前にポメラがシャウの服を掴みながら横に跳び、無理に移動して回避してみせる。


「ポメラ師匠!」


「シャウ、一度撤退するぞ!」


ポメラは叩きつけられたにも関わらず、手離さず持っていた長剣を巨猿(きょえん)に向けて素早く投擲しては、地面に落ちていた三節棍を手にとった。

投げた長剣は巨猿(きょえん)には簡単に避けられるも、すぐにポメラは脚に力を込めてシャウを連れながらも跳躍して建物の屋根へと駆け上がる。

でも、巨猿(きょえん)が一度狙いをつけた獲物を簡単に見逃すわけがない。

巨猿(きょえん)は巨体を活かして簡単に建物をよじ登り、屋根へとその姿を現した。

しかも体が大きいせいか一歩の移動距離は大きく、引き離していたはずの距離は一気に詰められていく。


「しつこい奴じゃ!シャウ!自分の足で動けるか!?」


「え、うん!万全じゃないけど、私とポメラ師匠の治癒はだいたい終えたよ!」


「よし!では二手に分かれるぞ!あの猿の魔物はどっちかに追ってくるはずじゃ!」


そう言って、ろくに対策の話をする時間はなく二人は自分達の足で屋根の上を駆けて行く。

二人は早速別々の方向へと分かれて動き、どちらに巨猿(きょえん)が追ってくるのか後ろ目で確認した。

すると巨猿(きょえん)は犬の尻尾にでも釣られたのか、ポメラの方へと向かって動き出した。

シャウはカバーに動き出そうとするも、ポメラは手で払う仕草をして先へ行くようにと促して行動を指示した。

一瞬だけ(しょう)じる戸惑いだったが、今は勝手な判断はできない。

だからシャウはここはポメラの指示に従い、そのまま巨猿(きょえん)からは距離を取るようにして屋根を飛び移っていく。

対してポメラは走って行くも、追って来る巨猿(きょえん)との距離は短くなっていた。

それでもポメラは焦らず、拾った三節棍を手にしたまま冷静に呟いた。


「ふむ、速いな。しかし、最速を発揮した私について来れるかのう」


ポメラは強く踏み込み、次に踏み出すときには更に加速をかけていった。

一歩踏み出すごとに増していく速度で、より強い風圧を起こしていく。

それはまさに弾丸が宙を突き抜ける速さで、跳躍の飛距離も格段に伸びていた。

そしてポメラが次に跳躍して屋根に足をつける直前、シャウの三節棍を振り回して屋根に叩きつけた。

強烈な衝撃で揺らぐ屋根に着地しては、すぐにポメラは駆けて行く。

その跡を追って巨猿(きょえん)は同じ場所へと着地するも、着地する衝撃と体重に耐え切れなかったのか屋根が崩れ始めた。

崩れた一番の原因は、先ほどポメラが三節棍で叩いたことだ。


「ギギィ!」


足が穴に呑み込まれ、巨猿(きょえん)の体は屋根を突き破って落ちていく。

大きな落下音と崩れる建物。

音で反応したポメラは後方を確認すると、一旦追っ手を撒いたことを確信して、シャウの方へと向かいだした。

当然、巨猿(きょえん)がこの程度で倒れたわけではないのだが、落下によりポメラを見失ったのは間違いない。

すぐに巨猿(きょえん)は建物の壁を突き崩して脱出するも、いくら見渡してもポメラの姿を見つけることはできず、怒りを覚えたのか響く大声で吠えた。


「アギィィィイイイイィギギイイィイギィ!!」


叫び声で空気が震え、あまりの威嚇に声を聞いた人々を身震いさせては他の魔物を興奮させる。

それから巨猿(きょえん)は怒ったように動き出して、手当たり次第に破壊しては目に付いた兵士に襲いかかる始末だった。

ポメラにはその様子を見なくとも先ほどの叫び声から容易に想像がつくことで、早く対処しなければいけないと内心焦りを覚えていた。


「やれやれ、酷い遠吠えじゃな。野生の猿とは恐ろしいものじゃ」


そうぼやきながらも、ポメラは一目散に離れてシャウの場所へと臭いを頼りに向かっていった。

追って数分後には、やっとポメラはシャウと路地で合流を果たす。

まずポメラは三節棍をシャウに手渡しながら息を整えつつ、これから巨猿(きょえん)をどうするかの会話を始めた。


「シャウよ、厄介な魔物が現れたものじゃ。どうする」


「どう見てもあの魔物って、とっておきって感じだよね。はっきり言って魔界大陸の魔物級だよ。誰の差し金かは分からないけど、真正面だと手に負えない。せめて有効打が欲しいね」


「私のモーニングスターがあれば余裕なんじゃがな。いかんせん肝心の武器がない。これだと、誰か手練(てだれ)の人物がもう一人欲しい所じゃ」


「確かに。あのまま放置するわけにもいかないし、同等の力を持っている実力者の協力が欲しいね。でも、そんな都合よく手練の人なんて……」


シャウが話している途中、突然言葉を止めた。

気づけば視線は話し相手のポメラではなく、もっと別の方へと向けられている。

そのことに気づいたポメラはシャウの視線を追うと、視線の先には青紫色の髪の女性がこちらを見て立っていた。

旅人の服装を着た若い女性で、手には弓が握られていて、両腰にはそれぞれ曲刀を収めてある鞘が差してある。

一見初対面の女性かもしれないが、その姿にポメラとシャウの両者には充分に見覚えがあった。

だから最初に気づいたシャウが青紫髪の女性の姿を見て、先に名前を口にした。


「あれ、確かアカネちゃんの仲間の一人、ラベンダだっけ」


シャウにラベンダと呼ばれた青紫髪の女性は、奇跡の勇者アカネのパーティーの一人であり、弓矢と曲刀を扱う間違いなく実力者の一人だった。

望んでもいなかった予想外の手練の人物。

ただ、ラベンダの視線は驚きと敵意が含まれたものであった。


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