奇跡の一人ラベンダ
ラベンダは奇跡の勇者の仲間というだけあって、確かに実力者ではあった。
しかし前の襲撃のこともあるため敵対関係に等しく、何よりポメラとシャウは彼女がどのような危険な一面を持っているのか、面識が少なくても把握していた。
ラベンダという女性を一言で表すなら、奇跡の勇者アカネの信者だ。
仲間という枠には収まらないほどの妄信的な信頼をアカネに寄せており、依存に近い態度や信仰しているような言動は多くあった。
まさにアカネを神と見立てていると何ら変わりない程だ。
確かな面識はリール城で行われる勇者会議の時だけだが、それらが充分に伺い知れた。
路地の街灯の下に居るラベンダは青紫色の髪の毛先を熱風でなびかせ、矢を取り出して弓を構える。
細い指は綺麗に矢にそえられていて、鉄製の矢じりがシャウとポメラに向けられた。
ポメラは身構えて強く睨み返すが、シャウは警戒を解くためにあえて脱力した姿勢で声をかけた。
「やっほー、ラベンダちゃん!良いタイミングで会ったね!ちょっと話を……」
シャウが話している途中、ラベンダから矢が放たれて高速で矢が接近してきていた。
だがシャウは三節棍であっさりと矢を弾き、射抜かれることはない。
すぐにラベンダは次の矢へと手を伸ばそうとするも、まずシャウが手のひらを彼女に向けて制止する言葉を投げかけた。
「待って、ラベンダちゃん。私達に敵意を向けてくるのは結構だけど、まずはアスクレピオス街にいる魔物たちをどうにかしないと。物事には常に優先するべき順序ってのがあるんだよ」
その言葉は、敵意むき出しのラベンダの耳に届いたのだろうか。
ラベンダは次の矢でシャウの眉間に狙いを定めながらも、強い口調で会話を返してきた。
「貴方達に言われなくてもそんなこと…!いえ、そもそもこの魔物の襲撃は貴方達が仕組んだことではないのですか!?私を言葉で惑わして隙を狙おうなど、そんな浅はかな考えは通用しません!」
「待って待って!そんな卑怯なことするつもりはないよ!そうだ、ならアカネちゃんはどこにいるの?アカネちゃんならきっと私の話を聞いてくれるはず」
アカネの実力であれば、あの巨猿の魔物も簡単に仕留められる。
そういう考えもあって、シャウはラベンダに訊いたつもりだった。
だがアカネの名前を出した途端、ラベンダの表情は明らかに歪んだものになる。
「アカネ様は…!私達の未熟さ故に、消息は分からない!私の仲間であるジュエルと探しているが、姿がお見えにならないのだ。きっと卑怯な罠に嵌められたに違いない!アカネ様を返せ、この卑劣な勇者め!」
今の言葉で、どうやらアカネが行方不明になっているのだと理解できる。
そのことに驚きを覚えるも、とにかく今は説得が先だとシャウは感じてアカネについては考えないようにした。
「落ち着いてよ。少なくとも私達はアカネちゃんの行方は知らないし、卑怯な事とか一切していない!まず一つ言いたいのは、今は一人の勇者としてアスクレピオス街を救いたいの!だから手を貸して、ラベンダちゃん!」
「暗殺者の協力者が何を言っているの…!私からしたら貴方達を信用する要素など何一つないのに」
ラベンダとの不毛な言い争いが続こうとした時だ。
突如ラベンダの後ろの建物が崩れては、兵士が強く投げ飛ばされて壁に叩きつけれる光景が起きていた。
「なっ!?」
その音に反応してラベンダが振り返ると、彼女の目の前にはあの巨猿の姿があった。
唐突の出現に、ラベンダの体が硬直して反応が遅れる。
巨猿は興奮状態にあるためか、ラベンダが目につくと容赦なく大きな手を振りかざして叩き弾こうとした。
しかし、いち早くポメラが動き出しており、一気に接近してはラベンダの腕を掴んで引っ張っていた。
「ポメラ、なぜあなたが私を…!」
ラベンダは思いもよらぬ手助けに、驚きの言葉を口に出していたが会話する猶予はない。
ポメラの行動は間一髪の回避に繋がり、巨猿の攻撃は空振りで終わった。
けれど回避したのはただの一撃目に過ぎない。
巨猿はポメラとラベンダの動きを目で捉えており、すぐに追撃として足で踏み潰そうと飛びかかっていた。
だが次に行動を早く起こしたのはラベンダだった。
彼女はポメラの手を振り払っては、屈んだ姿勢で弓矢を構えて巨猿の足の裏に速射した。
超高速とも言える、ラベンダ独自の体を使った射撃。
放たれた矢は巨猿の強固な皮膚を持つ足を貫き、血を噴出させた。
明らかにダメージはあり、足の痛みで巨猿は後ろに倒れ込んで尻餅を着く。
それから巨猿が足に刺さった矢を乱暴に抜くまでの時間、ポメラはラベンダに声をかけた。
「ラベンダよ。お主としては思うことが多くあろうじゃろうが、それは私たちも同じじゃ。しかし、まずは目の前の魔物を仕留めるぞ。私たちが人間である以上、襲ってくる魔物は共通の敵であるはずではないのか」
「…ふぅ、分かりました。ひとまずは立場を忘れて、この野蛮な魔物を狩ることに専念しましょう。これほどの魔物、アカネ様の脅威になる恐れもありますから。ただし、今だけですよ」
「それで充分じゃ」
ラベンダはあくまでアカネのためという理由をこじつけて、気持ちを無理に切り替えた。
それは目の前の魔物がそれほど凶悪に感じて協力を優先したのか、ただ言葉通りにアカネのためだけなのか。
どちらにしろシャウとポメラにとっては、協力して貰えるのは望ましいことだ。
ポメラは武器がないために格闘する構えをとり、ラベンダは弓矢を構える。
そしてシャウも二人の近くに寄ってから、三節棍を手に戦う姿勢をみせた。
こうして三人で肩を並べて、シャウは嬉しそうに言葉を口にした。
「よかった、どうやらラベンダちゃんも手伝ってくれるみたいだね。これなら何とかなりそう」
「気安く名前をちゃん付けで呼ばないで下さい。言っておきますけど、私は何一つ貴方たち平和の勇者を信じたわけではありませんから。期間限定で手を貸すだけですよ」
「わははは、それでもありがたい話だよ。まともにラベンダちゃんと一緒に戦うのは初めてだけど、実力は信頼しているからね」
そのシャウの言葉に、どういうことかラベンダは不満そうな表情をみせた。
彼女なりの照れ隠しの反応かもしれない。
こんな悠長に短い会話をしていると、巨猿は血が付着した矢を投げ捨てて巨体を起き上がらせた。
起き上がる時に支えとして手で掴まれた建物にはヒビが入り、いかにも壁が崩れそうとなる。
どれほど強力な握力があるのか、その様子で想像がつく。
このとき三人は先制攻撃を仕掛けず、最初は巨猿の動きを注視して反撃態勢に神経を注いでいた。
巨猿の筋力が高いと身を持って知っているからこそ、下手に攻撃を仕掛けてケガを負うわけにはいかない。
シャウが治癒できると言っても体力の限界というものがあるし、慢心していたら即死は防ぎようがないからだ。
だからポメラとシャウは意識を集中させていき、ラベンダはその二人の気配を察して咄嗟の協力にも関わらず合わせてみせていた。
「イ゛ィギァイ!」
巨猿は低く恐ろしい声をあげて、大きな手で近くの瓦礫を掴み取った。
それから大きく振りかぶり、三人に向けて力強く放り投げてくる。
轟音を鳴らして向かってくる投擲による瓦礫。
ポメラは高く跳躍して回避に動き、シャウとラベンダは背を低く屈みながら走り出して瓦礫の下を掻い潜った。
同時にラベンダは矢を速射し、まずは手堅く巨猿の胸元を狙った。
すると巨猿は反応して腕で防御の姿勢を見せて、胸元を狙った矢は腕に刺さる結果となる。
相手が人間だったら腕に刺さるだけでも重傷となるものだが、巨体である巨猿にとっては軽傷だ。
何より筋肉が硬いせいか刺さりが浅いと、普段射っているラベンダには一目瞭然だった。
「シャウよ突っ込め!」
跳躍していたポメラがそう叫び、言葉通りシャウは動いて三節棍を武器に巨猿に立ち向かった。
同時にポメラは真上にあった街灯に脚をかけては、街灯が歪むほどに強く蹴り出して跳躍の移動をしてみせた。
シャウによる足元からの接近とポメラの空中からの接近で、巨猿に攻撃を仕掛ける。
これで巨猿が先に反応を見せたのは、視覚的に頭に向かってくるポメラの方だった。
巨猿は長い腕を振るってポメラを叩き落とそうとする。
しかしその動作に移っていたことで巨猿の防御が疎かになっていたのを、ラベンダが見逃さなかった。
すでにラベンダは二発目の速射を放っていて、矢はポメラより早く巨猿の頭に向かっていた。
ポメラに意識が向かっていた巨猿がその高速の矢に反応できるわけもなく、見事矢は魔物の丸い瞳を射抜いた。
まさに的確な早業だ。
「ィイギッ!?」
これにはさすがに激しい痛みを覚えて巨猿の動きが狂って、ポメラへの攻撃はかするどころか届きもしなかった。
「くらえ!大きなお猿さんめ!」
それからは間髪なくシャウが全力で三節棍である長棒を振り回し、勢いと全身の力を使って巨猿の脚を打ち抜く。
その威力はシャウにとっては最高のもので、大木すらへし折る全力の攻撃だ。
同時にポメラは跳んだ勢いのまま、巨猿の鼻を全力の拳で打ち抜いてへし折るのだった。




