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王殺しの冒険録  作者: 鳳仙花
第一章・四人の勇者と剣士・中編
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敗走

タナトスは足元をふらつかせた。

気づけば目の赤みが薄くなっている。

力が入らない。

力が入らないのは傷のせいじゃない。

元からだ。

前々から感覚が鈍っているとタナトスは感じていた。

魔人の力も瞬間的しか本領が出せず、本来愛用している剣が無いと調子が出ないと思っていた。

それになにより、意思が足りない。

昔のような感覚が無くて、昔のような想いがない。

魔人に必要なのは、魔としての部分。

人間としての平和の心は捨てろ。

必要なのは闘争への渇望。

人間の望む奇跡はいらない。

必要なのは絶対的な力。

人間が持つ正義はいらない。

必要なのは底なしの悪意。

そして、人間がもつ殺戮の意思だけを愛せ。


「血が……悪意がたりない……。殺意が薄い…。もっと、相手を憎め……殺せ…怒れ…!」


タナトスの目の赤みが増す。

今までにないほど、鮮やかで輝きをもつ赤が彼の殺意ある目に宿る。


「まだ、たりない……。なぜ足りない。俺には資格と素質があるはずだ。どうして魔王の力が身に宿らない…!」


あのとき、魔王と対峙したとき自分には魔王と同等の力があった。

何者にも負けない最強の力。

魔王を……王殺しの力が、どうしても発現しない。


アカネは腹部を手で押さえながら立ち上がる。

激痛は走るが、行動が不能になるほどではない。

タナトスが棒立ちしている今、トドメを刺そうとアカネは横笛を振るった。

だが、タナトスは紙一重で避けて見せては姿を消した。

地面に倒れていたスイセンの姿も消えている。


「あ~らあら、冷静に撤退かしら?」


でも地面に滴った血の後を見るに、シャウの方へ向かったのだと分かる。

そしてその着眼は正しく、いつの間にかタナトスは騎馬兵に囲まれた状態でスイセンとシャウを抱え込んでいた。

シャウは突然のことに驚きながらも、手を伸ばしてタナトスの傷を治癒して言った。


「た、タナトス…!どうするつもりなの…!?って、傷がかなり酷いよ!」


「逃げるぞ。ミズキはどこだ?」


「ミズキちゃんは山の中に逃がしてる」


「そうか、なら山に…」


タナトスがそう言って、山の中へ足を踏み入れようとする直前、閃光が迸って山の木々をへし折った。

まるで行かせないと言わんばかりに、木が倒れて行く手を阻む。

更に騎馬隊がタナトスを囲み、山へ足を踏み入れるのは難しかった。


「……ちっ、スイセンの容態も気になる。一度、撤退するぞ」


「え、でもアカネちゃんの追撃から逃げるの無理じゃない?いくらタナトスでも閃光より速く走ることできないでしょ」


「大丈夫だ。スイセンに協力して貰う」


「え、いやいやスイセンちゃん。動ける状態じゃ…!うわわっ!」


シャウが話している途中にタナトスはアカネへ向かって駆け出して、思わず舌を噛みそうになる。

そしてアカネはすぐさま横笛を振るって閃光を発生させて、タナトスの体を貫いた。

同時にシャウが治癒をかけてタナトスの傷を癒す。

更にタナトスがアカネとすれ違う直前、スイセンは力を振り絞って懐から煙玉を取り出して落としてみせた。

するとアカネを包み込むようにして煙幕が張られ、アカネの視界のみを殺す。


「逃がさないわよ!」


アカネはそう叫ぶも、何も見えず攻撃はできなかった。

その間にタナトスは突き抜ける。

できるだけ離れるようにして走り、とにかく一度体勢を整えるために逃走する。

無我夢中に走り、攻撃圏内から逃れようとどこまでも走る。


それでどれくらい走っただろうか。

数十分近く、タナトスは全速力で走り続けた。

久々に体力の限界まで走りきり、息切れも汗も酷くなるほどだ。

見渡せば小規模の雑木林に来ていて、ひとまず姿を隠すには困らない。

そこでタナトスはシャウとスイセンを下ろし、シャウにはスイセンの治療を任せて、タナトスは地面へと腰を下ろした。


「シャウ、スイセンは大丈夫そうか?」


「うん…、少し血を流しすぎたから目覚めるのに時間がかかりそうだけど、傷は大丈夫。完治にはそう時間かからないよ」


「そうか、それなら良かった…」


「それにしても、追っ手が来る様子がないね。私達のこと見失ったのかな?」


「どうだろうな。もしかしたら、ミズキ達を捕縛してそっちの護送を優先しているんだろう」


肩を上下させて呼吸するタナトスの言葉に、シャウは驚きの表情をみせる。


「え、それって大変なことじゃない?」


「…そうだな。もしそうなら、ミズキの死は免れない」


タナトスはそう言い、早くも立ち上がって一人で歩き出した。

胸元も腹部も背中に右手も治療を終えているから、傷元からは血は垂れない。

代わりに鮮血を吸った服から血が滴った。

そんな血まみれのタナトスに、シャウは恐る恐る声をかけた。


「待って、一体どうするつもりなの?」


「助けにいく。そういう契約だったからな」


「捕まっているとしたらリール城にしか向かう場所はない。もしかしてリール城に一人で行くつもり?」


「あぁ。一人で充分だ。シャウとスイセンは先に医薬の街アスクレピオスへ行っててくれ」


「リール城には少なくともアカネちゃんとそのパーティー、それと精兵に戦士長がいる。いくら何でも、今のタナトス一人では無理だと私は思うけど…」


シャウの言葉は正しいだろう。

実際、タナトスは奇跡の勇者アカネ一人にかなりの苦戦を強いられて深手を負った。

これでは奇跡の勇者のパーティーを相手にしたとき、間違いなく勝てない。

それでもタナトスは怯むことなく力強い言葉で答えた。


「だから何だと言うんだ。俺は負けない。絶対に。それに何も全員を相手にする必要もないからな。…どうしようもないときは、大人しく退散するさ」


嘘だ。

タナトスの頭の中には片隅も退散するという気はない。

今のタナトスの中にあるのは、ミズキを助け出す覚悟だけだ。

そのことを、うっすらとだがシャウは感じ取っている。

実際問題、シャウがすでに他の勇者と敵対関係である以上、シャウが忍び込む真似はできない。

つまりはタナトスに託すしかなかった。

少し落ち込み、沈んだ声でシャウは頷きながら言った。


「うん、分かった。頑張って、タナトス。絶対に無理したらダメだからね…?」


「……ふん、無理しないと行けないだろ。ミズキを救ってポメラと合流次第、すぐに医薬の街アスクレピオスに向かう。それまで待っていてくれ」


「うん。じゃあ一足先に行ってるね。またね、タナトス」


「あぁ、またな。シャウ」


タナトスはシャウと挨拶をした後、一人で草原へと駆け出した。

今ならタナトスが居を構えている森を突き抜ければ、スイセンの護送より速くリール城に着くことができるだろう。

そうすれば助けるのが多少は容易になる。

その代わり、一人で奇跡の勇者のパーティーを相手にしなくてはいけないのは必然となってしまうのが問題だ。


「剣、回収しておかないとな」


タナトスは呟き、自分の家に置いたままだった剣のことを思い出す。

自宅に置いてある剣で、魔王を殺した剣がある。

その剣は魔界大陸の希少な鉱物で作られた、特製の剣。

その剣を回収するために、タナトスは先に自分の家にへと向かっていった。

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