無駄な抵抗
タナトスに攻撃を叩き込まれたアカネは、普通なら嗚咽なり痛みの声なりと反応をするはずだ。
しかしタナトスが手に痛みを覚えると共に、アカネからは笑う声が聞こえてきた。
「くす、くすくすくすくす…。あなた、とっても残念ねぇ…?」
彼女の腹部から、地面へと鮮血が垂れる。
でも最悪なことに流血の発生源はアカネの腹部からじゃなく、タナトスが殴打に使った右手からだ。
見ればアカネの腹部は閃光の刃によって守られており、タナトスはその閃光の刃に自ら手を刺し貫いている状態だった。
けれど今更右手が潰れようと構わない。
タナトスはそこから更に右腕を振り切って、意地でもアカネの腹部を殴打して殴り飛ばした。
しかしすかさずアカネは、タナトスの右手を潰した閃光を操って彼の胸元を刺し貫く。
このとき、すでに平和の勇者シャウは精兵の騎馬隊と衝突して戦闘を繰り広げていた。
それはスイセンやタナトスが傷を負っていることに気がつかないほどに、シャウには余裕がなかった。
本来、平和の勇者が攻撃されるはずがないのだが、奇跡の勇者アカネが何らかの方法で情報、矢文でも使ったか、事前に言ってあったか、色んな想像がつくが伝えてあったのは間違いない。
「わははは、うわっ!あ~もう、笑う余裕くらい……ちょうだいよ!」
シャウはそういいながら、精兵の騎乗しながら突いてくる槍を長棒で受けては、遠慮なく馬の頭部を叩き落とした。
すると馬は怯んで精兵は落馬するも、精兵は綺麗に地面に転がって受身を取る。
鎧を着込んでいるにも関わらず軽い身のこなしをして見せるあたり、さすが精兵だと思わざる得ない。
それに連携も的確で、息つく暇がない。
更に問題は、シャウが相手している精兵は十人ほどだということ。
まだ他にも十人は精兵がいたが、その精兵はミズキが山へ逃げる姿を見ていたようで山へと立ち入ってしまっている。
今のシャウは攻撃を防ぐので手一杯で、防ぎ止める事は到底不可能だった。
「う~ん、まずいなぁ。非常にまずいなぁ」
いつもの口調でのシャウの発言。
でも内容は今までになく悲観的で、内心の焦りもとても大きいものだ。
実際、すでに全員の危険は目の前へと迫っている。
それら一方でミズキは山道を走っていた。
追われている。
息が切れそうになる。
足がもつれる。
でも、走らなければいけない。
それがシャウさんの望んだことだからと、ミズキは思い込んで奔走する。
どこへ行くという明確な目的はなく、ただ走る。
あぁ、今頃タナトスさん達はどうしているだろうか。
妹のスイセンが心配だ。
シャウさんも心配だ。
タナトスさんが、とても心配だ。
私は逃げれているだろうかと、ミズキは自身を心配する。
追う足音が近づいて来ている。
軽快で重々しくて、踏み鳴らす足音。
この足音が仲間のものだったら、如何に嬉しいことだろうか。
でも、そんな希望的観測は無意味。
僅かの時間だけ頭を振り返せば、草木を掻き分けて走ってくる馬の姿を目が捉える。
恐ろしい。
私は捕まればどんな目に遭わさせられるだろう。
想像がつかない。
尋問で済めばいいが、そんなので済むはずがない。
囮にされるかもしれない、拷問されるかもしれない、処刑されるかもしれない、暗殺されるかもしれない。
本当の敵がどこにいるか分からない以上、リール城へ捕縛されるのはあまりにも危険だ。
「はぁ……はぁ…っ!」
喉が痛くなってきた。
一息つきたくて仕方ない。
でも許されない。
そして走って走った先は、一つの行き止まりだった。
血だらけのポメラが飛ばされるようにして、後方に下がってきてミズキと衝突しかける。
そのことにポメラが気がついて、ぎりぎりで衝突を避けてみせた。
「おぉ、ミズキか。ずいぶんとタイミングが悪いな。こちらはまだ片付いておらんぞ。というより、退却しようとすら思っておるぞ。んはははは、んはは……」
そこまで言った所で、ポメラは地面に伏せた。
ぐったりと動かず、血を流し続けていて呼吸も乱れている。
覗き込めば顔色も悪い。
「毒…!?」
すぐにミズキはポメラが毒に冒されていることに気が付く。
神経毒かどうかまでは分からないが、ポメラの体が毒で体の自由を失っているのは分かる。
ここで追って来ていた精兵がミズキ達を囲んだ。
そして槍と弓を手にした奇跡の勇者の仲間二人も加わり、手はなくなった。
もう逃げられない。
もう捕縛されるしかない。
もう終わり。
全部無駄。
ミズキはうなだれ、結局何一つ成せていない自分に辟易した。




