79:覇王、最適解を書き換える。
七基の『雨の道標』を使い、今の世界に合わせた新しい航路を作る。
その方針が決まってからは、むしろ話が早かった。
エアリスへ戻った俺たちは、昨日一日かけて自分たちの足で確認してきた情報を地図へ書き込み、そのままアーヴィンへ説明した。
すると、その日のうちに各塔へ技師と職人を送り、周辺地域についても改めて調査することが決まった。
第一の『雨の道標』周辺にある季節放牧地。
第二塔の近くまで広がっている市街地。
第三塔から山中へ伸びる、地図には存在しなかった採石場への道。
第四塔の下流にある村々。
第五塔の先に、この八年で生まれた開拓村。
第六塔沿いを走る街道と、その途中にある宿。
――そして、第七塔から海岸へ抜けるまでの地域。
俺たちだけでは見きれなかった場所については、エアリス側から周辺の村や町へ人を送り、今現在そこに何があり、誰が利用しているのかを確かめてもらう。
もう……。
地図に何も書かれていない、だから何もない。
――そんな決め方はしない。
そうして集まった情報を全部机の上へ乗せた結果。
俺が前日に引いたばかりの航路は、翌朝にはもう別物になっていた。
「……また変わったな」
アウラが地図を覗き込みながら言う。
「そりゃ変わるだろ」
「昨日、かなり考えていたではないか」
「昨日知らなかったことが、今日分かったんだから。変えない方がおかしい」
第一塔から第二塔へ向かわせる予定だった区間には、季節によって使われる小さな牧草地が存在していた。
第三塔の周辺も、採石場だけじゃない。山の反対側には炭焼き小屋が三軒あり、時期によってはそこで何人かが寝泊まりしている。
第四塔から第五塔へ抜ける途中には、雨季になると一気に増水する支流があった。
ゼフィロスをそこへ長時間留めれば、直接の暴風被害より先に、降雨によって下流の村へ被害が出る可能性がある。
逆に、第六塔から第七塔までの区間は、昨日想定していた以上に人が少なかった。
航路を少しだけ南へずらせば、かなり広い空間を安全に使える。
「だから第三は、予定より出力を落とす」
俺は地図上の第三塔を指した。
「ここでゼフィロスを塔の真上まで寄せない。第二を少し長めに見せておいて、第三は遠距離から進行方向だけ整える」
「第四は?」
「そこも短時間。川に雨雲が掛かってる時間をできるだけ減らしたい」
「第五には村があるから、近づけないのだったな」
「そうだな。第四を切る前に第五を点けるんじゃなくて、第四から離れ始めたところで第五を弱く見せる。それで南へ頭を向けさせたら、村へ寄る前に第六を点ける」
説明しながら、自分でも少し変な感じがしていた。
やっていること自体は、実のところゲーム時代とそこまで違わない。
塔の位置を確認する。
ゼフィロスの反応範囲を読む。
出力を調整する。
起動時間を決める。
次の塔を点けるタイミングを詰める。
条件が変われば、また計算し直す。
全部、昔の俺が何年もやってきたことだ。
むしろ……。
「……お前は今、楽しいのか?」
「……は?」
アウラの声に顔を上げる。
「顔だ」
「顔?」
「少し楽しそうだぞ」
「……マジか」
「うむ!」
「いや、まあ……」
否定しづらかった。
嫌いな作業ではないからな。
というか、かなり好きだ。
条件がある。
制限がある。
その中で、一番いい答えを探す。
数字を詰めて、試して、少しでも余計な動きを削っていく。
ゲーム時代に、俺はそれを何年も飽きずに繰り返してきた。
ただ、昔と違うのは――何を『無駄』と呼ぶかだ。
昔なら一秒。
今は、人が生きている場所。
避けるべきものの意味が、まるで違う。
「……別に、知ってること自体が悪いわけじゃねぇんだよな」
「何の話だ?」
「独り言だ」
地図から顔を上げる。
「行こう。まず第七を直す」
「おう!」
七基すべてを使える状態にする必要がある。
その中でも一番厄介なのは。
やっぱり、最後の一基だった。
♢
「これ、よく今まで立ってたな……」
第七の『雨の道標』内部。
壁の一部を外し、その奥に収まっていた魔力回路を見た俺は、思わず呟いた。
古いな……想像していた以上に。
塔の外側は何度か修繕されている。
けれど、内部の回路は後世に改修された他の誘導塔とは、かなり構造が違っていた。
塔の中心にある魔力炉から、何本もの魔導線が複雑に伸び、上部の発光機構へ繋がっている。
途中には、今ではほとんど使われていない形式の増幅器も残っていた。
「ここ、切れてますね」
隣でしゃがんでいた職人が、一か所を指差した。
「一個じゃねぇな」
「三……いえ、四か所です」
「こっちも死んでる」
俺が指先で軽く叩くと、古びた魔導板が乾いた音を立てた。
「これは交換した方がいい」
「ですが、同規格のものはすでに製造されておりません」
「別に同じ規格じゃなくていい」
「……え?」
「現行のやつ繋げればいいぞ」
職人が目を瞬かせる。
「ですが、接続形式が違います」
「変換回路を一個挟めばいけると思う」
「……可能なのですか?」
「多分な」
「多分なのか?」
後ろからアウラの声が飛んでくる。
「……うるせぇな。今考えてんだよ」
第一塔で見つけた古い設計図を床へ広げる。
その隣には、エアリスの技師が持ってきた現在の誘導塔の設計図。
二つを並べて見比べる。
元々の『雨の道標』は、現在の誘導塔ほど高い出力を前提にしていない。
というよりか、そもそも、そんなものは必要なかったんだ。
遠くからでも、ゼフィロスが「あそこに灯りがある」と分かればいい。
後世になって、この塔をゼフィロスの進路を強制的に変える設備として使うようになった結果、増幅器が追加され、強い魔力波を一方向へ叩きつける構造へ変わっている。
「……やっぱり」
「何か分かりましたか?」
「ああ」
古い設計図の上部を指差す。
「元の回路、思ってたよりずっと単純だ」
「単純、ですか?」
「今の誘導塔は、ゼフィロスを強く引っ張るために魔力へ指向性を持たせてる。でも『雨の道標』だった頃は違う」
必要なのは、光。
そして、ゼフィロスが認識できるだけの魔力。
たったそれだけだ。
「だったら、壊れてる旧式回路を一から全部復元する必要はない。発光部と、ゼフィロスが拾える魔力帯だけ再現すればいい」
職人が設計図へ顔を寄せる。
「しかし、その魔力帯をどのように……」
「知ってるから大丈夫だ」
「え?」
「ゼフィロスが反応する値だ」
『レムオン』時代、誘導塔には細かな出力段階が設定されていた。
どこまで出力を下げてもゼフィロスが反応するのか。
当然検証済みだ。
何でそんなところまで調べたかって?
タイムアタックのために決まってる。
塔の起動へ必要以上の魔力を回せば、そのぶん起動完了が僅かに遅れる。
だから、最低出力。
反応距離。
点灯から旋回開始までの時間。
そのすべてを、世界中の廃人どもと一緒になって調べ尽くした。
「通常なら出力三十二以上」
設計図の端へ数字を書き込む。
「近距離なら二十七でも反応する。ただし二十六以下になると反応が安定しない。昔の第五塔だけは地形補正のせいで、最低二十九くらい必要だった」
職人の手が止まった。
「……なぜ、そのように細かな数値まで?」
「そういうの調べるのが趣味だったんだよ」
「趣味……ですか?」
「……引くなよ、ちょっと傷つくわ」
なぜか後ろでは、アウラが感心している。
「さすが世界一位だな!」
「こういうときだけ便利な言葉だな、それ」
でも、本当に助かっている。
昔、一秒でもタイムを縮めるために集めた知識が。
今、ゼフィロスを殺さず、誰かの暮らしている場所へ押しつけず、安全な空へ導くために使える。
それが少しだけ……嬉しかった。
「第七は高出力いらない」
俺は設計図を見ながら続ける。
「三十前後で安定すれば十分。それ以上は、むしろ上げたくない」
「なぜです?」
「ゼフィロスを塔そのものまで引っ張りたくないからな」
第七塔の先には海がある。
俺たちが作りたいのは、第七へゼフィロスをぶつける航路じゃない。
その先へ――海へ抜けていく道だ。
「第七は『ここに来い』っていう灯りじゃない」
設計図の第七塔から、海へ向かって指を滑らせる。
「『ここから先へ行けるぞ』って教えるだけでいい」
職人たちが顔を見合わせた。
やがて、一人が小さく笑う。
「随分と控えめな誘導ですね」
「誘導じゃないんだよ」
俺も、少しだけ笑った。
「多分、元々はな」
♢
第七の『雨の道標』を修復するには、二日かかった。
もちろん、その間に俺たちが何もしていなかったわけじゃない。
第一から第六まで一基ずつ回りながら、新しい航路に合わせた出力調整を続けた。
「第二、最大出力の三割まで落とす」
「そこまで下げるのですか?」
第二塔の技師が驚く。
「ああ。街に近いから、ゼフィロスを寄せすぎたくない」
「しかし、反応しなかった場合は……」
「反応する」
「確実に?」
「この距離なら確実に」
地図を広げる。
ゲーム時代のデータ。
現在の航路記録。
実際の塔の出力。
それぞれを照らし合わせる。
「二十八あれば足りる。ただ、今の魔力炉だと多少揺れるから三十」
「三十……」
「不安なら三十一。でも三十二以上はいらない」
「そこまで細かく?」
「一違うだけでも、ゼフィロスが曲がり始めるタイミングが変わる」
昔なら、ここで迷わず最大効率を求めていた。
反応する最低値を探して。
最短時間だけ灯して。
すぐ次へ。
それが正解だった。
でも……今回は、ゼフィロスだけを見ていない。
塔の北側には住宅地がある。
南には倉庫街。
風が強くなれば、屋根が飛ぶ。
雨雲が長く滞留すれば、水路へ負荷が掛かる。
だから。
「三十だ」
ゼフィロスは反応する。
でも、街へは寄せすぎない。
その間を選ぶ。
「最短じゃなくていい」
技師が俺を見る。
「ゆっくりでいいんだよ。ちゃんと安全なところ通れるなら」
言ってから、自分でも少し変な気分になった。
昔の俺なら絶対そんなこと言わなかった。
「……リンドウ様?」
「いや。何でもない」
次は第三。
採石場の稼働を一日だけ止めてもらう。
作業員には、ゼフィロスが通過する間だけ離れた場所へ避難してもらうことになった。
炭焼き小屋も同じ。
第四では。
下流の村に水位監視を頼み、事前に水門を開けておく。
そして、第五。
八年前にできた開拓村。
俺たちが危うくゼフィロスを直撃させかけた場所。
「また来たのか」
村の男が、少し笑った。
「今度は壊しに来たんじゃないから」
「分かってるよ」
「……いや、ほんと悪かったって」
「もう聞いた」
村人たちには、ゼフィロスがもう一度近くを通る可能性があることを説明した。
ただし、今度は違う。
村の真上には通さない。
かなり離れた場所から第五の光を見せ、ゼフィロスが南へ頭を向けた段階で、第六へ繋ぐ。
「絶対安全とは言えない」
そこだけは、はっきり伝えた。
「風が来る可能性はあるし、雨も降る。でも、前回よりずっと遠くを通す」
「分かった」
「念のため、避難はしてほしい」
「ああ」
男は頷いたあと、少しだけ空を見上げた。
「天鯨を殺すんじゃなかったのか?」
「……最初はそのつもりだった」
「今は?」
「まだ決めてない」
「そうか」
それ以上、男は何も聞かなかった。
ただ……。
「雨はな」
空を見たまま、ぽつりと言う。
「この辺には、ありがたいんだけどな」
「……うん」
「風さえ、もう少し弱ければ」
「本人に言ってくれ」
「会話できるのか?」
「知らん」
二人で、少し笑った。
♢
三日目。
第七の『雨の道標』。
「いきます!」
技師の声が響く。
「出力二十!」
古い塔の内部。
修復した魔力回路へ、順番に光が走っていく。
低い唸りとともに、塔全体が僅かに震えた。
「二十五!」
さらに魔力が流れる。
「二十八!」
「そこで一回止めろ!」
「はい!」
俺は塔の外へ出た。
第七塔の上部を見上げる。
新しく組み直した発光機構から、淡い光が夜空へ伸びていた。
今の誘導塔みたいな、強烈な魔力光じゃない。
もっと柔らかく、遠くへ、ただ存在を知らせるような光。
多分――。
昔、ここがまだ『雨の道標』と呼ばれていた頃の灯りは、こんな感じだったんじゃないだろうか。
「……綺麗だな」
隣でアウラが言った。
「そうか?」
「ああ」
「……そっか」
俺も、しばらく見上げた。
ゲーム時代に誘導塔の光なんて、何百回も見ている。
でも、綺麗だと思ったことは一度もなかった。
次にどの塔を点けるか。
あと何秒で旋回するか。
……そんなことしか見ていなかったから。
「二十九!」
光が、もう少し強くなる。
「三十!」
「ストップ!」
技師が出力を固定する。
魔力波は安定。
大きな揺れもない。
「このくらいだな」
「最大出力の半分にも達しておりませんが」
「十分だ」
ゼフィロスなら……。
この距離なら、見つけられる。
いや……俺が持っているデータが、今でも通用するなら。
必ず見つける。
「第一から第七まで、全部この出力でいいのか?」
アウラが聞く。
「違う」
地図を開く。
七基の全部に書かれている数字が違う。
「第一は三十三。第二が三十。第三は二十九。第四は三十一だけど短時間。第五は二十八。第六三十四。第七三十」
「……覚えられん!」
「お前が覚える必要ねぇよ」
「ならよかった!」
当然全部同じにはしない。
塔ごとに周囲にあるものが違う。
山がある。
川がある。
村がある。
街道がある。
人がいる。
なら――答えだって、一つじゃない。
「昔はどうだったのだ?」
「ほぼ固定だった」
「なぜだ?」
「その方が早かったから」
アウラは、なるほど、と素直に頷く。
「今は?」
「早くなくていい」
塔の向こう――遠い海を見る。
夜の水面が月の光を淡く反射している。
「あいつが、ちゃんと海まで行ければ」
それでいい。
「誰かの上を通らず」
誰かに、危険だけを押しつけず。
「今の道を、自分で通ってくれればな」
♢
翌朝。
エアリス中央庁舎。
最終確認のため、会議室にはかなりの人数が集まっていた。
アーヴィン、七基それぞれを担当する技師、周辺地域の代表者、観測所の職員、避難誘導や交通封鎖を担当する役人。
机の上には、ここ数日で何度も書き直された一枚の地図が広げられている。
第一。第二。第三。第四。第五。第六。第七。
――そして、海へ。
一本の大きく曲がった線が続いている。
「これが」
アーヴィンが地図を見る。
「新しい天鯨航路……」
「あくまで予定だけどな」
「過去の記録には、一度も存在しない道です」
「そりゃそうだろ」
今、作ったんだから。
「成功率は?」
「分からん」
その一言で室内が少しざわついた。
「陛下」
「でも」
言葉を続ける。
「ゼフィロスが塔へ反応する範囲。必要な出力。点灯から反応するまでの時間。旋回速度。そこは分かってる」
それは、俺の知識だ。
『レムオン』時代。
何百回も。
何千回も。
あいつを相手にしたから知っている。
「そこは任せて」
ゲーム時代の知識が間違っていたわけじゃない。
暴風の周期も。
『風鰭』の性質も。
雷撃の間隔も。
塔への反応だって、ずっと役に立っている。
問題だったのは。
その知識を持っているから、俺は全部知っていると、そう思い込んだことだ。
「ただし」
地図へ目を落とす。
「予定通りにいかないことはある」
地図に存在しなかったあの村みたいに。
俺たちがまだ知らないものが、今だってどこかにあるかもしれない。
「だから各塔から周囲を確認してくれ。人がいたら止める。天候がおかしかったら次を点けない。俺が決めた時間から遅れても構わない」
「しかし、遅れれば天鯨が予定航路を外れる可能性がございます」
「外れたら、そのときまた考える」
「……」
「最速じゃなくていい」
机の端に、昔の『覇王式誘導法』の資料が置かれている。
第二。第四。第六。
最短で、最速で、正確。
ゲームの中では間違いなく最高の攻略法だった。
今だってあれ自体が間違いだったとは思っていない。
当時の俺が、ゲームの中で一秒でも記録を縮めるために使うのなら、あれが正解だ。
でも……今。
ここで選ぶ答えは、違っていい。
「一番早い道を選ぶ必要なんてない」
誰かが暮らしているなら避ければいい。
川が危ないなら少し待てばいい。
昨日までなかった村があったなら、道を変えればいい。
「遠回りしていいんだよ」
俺は第一から第七へ続く航路を目で追った。
昔のルートよりずっと長く、ずっと遅い。
無駄だらけに見える。
でも――。
「……全員が無事なら、その方がいいだろ」
アーヴィンは、しばらく何も言わずに地図を見ていた。
やがて。
「承知しました」
ゆっくりと頷く。
「各塔へ通達します」
「頼む」
その言葉を合図に、会議室の空気が一気に動き始めた。
職員たちが必要な書類をまとめ、技師たちがそれぞれの担当塔へ戻っていく。
アウラも。
「私は?」
「第六」
「なぜだ?」
「一番出力高いし、途中の街道も確認してほしい」
「任せろ!」
「今度は勝手に切っても怒らないから」
「本当か!?」
「必要ならな」
「分かった!」
多分、それでいい。
俺が決めた秒数。
俺が決めた出力。
俺が引いた道。
それが、現場で見たものより絶対に正しいわけじゃない。
その場所にいる奴が、今を見て、危ないと思ったなら止めていい。
俺が全部決める必要なんてない。
「リンドウ」
会議室を出ようとしたアウラが振り返る。
「なんだ?」
「お前はどこへ行く?」
「俺?」
地図を見る。
その最後――第七の『雨の道標』。
そして、海。
「最後の灯り」
そこで待つ。
ゼフィロスが、七つの灯りを辿って本当にそこまで来るのか……。
自分の目で見届ける。
「第七にいる」
「分かった!」
アウラが勢いよく走っていく。
「廊下走んなよ!」
「分かった!」
「絶対分かってねぇな……」
遠ざかる足音を聞きながら。
俺は、もう一度地図へ目を落とした。
昔の俺が作った、一番短い道。
そして、今の俺たちが作った一番遠回りな道。
二つを並べる。
新しい航路は笑えるくらい曲がっていた。
「……遅ぇな」
昔の俺なら絶対に使わない。
こんなルートで世界記録なんて狙えるわけがない。
走る距離は長い。
待ち時間も多い。
塔は七基全部。
効率だけ見れば最悪に近い。
でも、その線の周りには、今……誰かの家がある。
畑がある。
働いている人間がいる。
旅をしている奴がいて、家畜を育てている奴がいる。
そして、空には――。
百年以上、同じ帰り道を探している馬鹿みたいな鯨がいる。
「……まあ」
悪くない。
俺は、海まで続いている最後の線を、ゆっくり指でなぞった。
最短じゃない。
世界記録にもならない。
誰にも褒められない。
でも、今の世界で誰かを最初から切り捨てなくていい道なら。
「今回は――」
ほんの少しだけ、笑った。
「これが正解でいいだろ」
こまでお読みいただきありがとうございます。
ゲーム時代のリンドウが作った『覇王式誘導法』。
第二、第四、第六。
最短で、最速で、ゼフィロスを撃破地点まで運ぶ。
ゲームの中では、それは間違いなく正解でした。
そして今回も、その頃に集めた知識は大いに役立っています。
ゼフィロスが反応する出力。
灯りを認識する距離。
旋回を始めるまでの時間。
一秒を縮めるために調べ尽くした情報が、今度は誰かを守るための道を作る材料になりました。
ただし。
今回選んだ航路は、昔のリンドウなら絶対に使わなかった道です。
遠回りで。
待ち時間も多く。
七つの『雨の道標』をすべて使う。
世界記録なんて狙えません。
でも、その道なら。
家も、畑も、旅人も、家畜も。
そしてゼフィロス自身も。
最初から誰か一人を切り捨てずに済むかもしれない。
「最速じゃなくていい」
「遠回りしていい」
ゲームでは正しかった最適解を否定するのではなく。
今の世界に合わせて、もう一度書き換える。
そしていよいよ次回。
七つの『雨の道標』が、本来の意味で灯り始めます。




