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REMNANT RECORD~ストーリー未読の世界一位の廃ゲーマーは、倒した敵の物語を知らない~  作者: 霜月ルイ
第六章:渇日獣が眠る水辺

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104/104

104:覇王、渇きの報せを受ける。

 昨日の夜に決めた予定は、珍しいくらい何事もなく、そのまま予定どおりに進んだ。


 午前中は工房へ顔を出してフュンの使用後点検を行い、『月華晶《フル・ムーン》』にもヒヒイロカネの魔力経路にも異常がないことを確認したあと、午後は兵舎へ回って、新しく打ち直した武具の使用感を何人かから聞いた。


 別にそのまま工房へ籠もることもなければ、思いつきで追加の武器を作り始めることもなく、兵士百八十人を一人残らず捕まえて状態を確認するようなこともしなかったので、夕方には予定していた時間より少しだけ早く城へ戻ることができた。


 そんな俺の顔を見るなり、ザフィラは開口一番こう言った。


「……ちゃんと帰ってきたのね」


「どういう意味だよそれ」


「そのまま工房に泊まるんじゃないかと思ってた」


「俺を何だと思ってんのお前」


「昨日ノアも言っていたでしょう、リンドウだって」


「それもう悪口だろ……」


 そんなことを言いながら部屋へ戻って着替え、少しして合流したノアとミラも連れて、四人で市場の方へ向かった。


 昨日できたばかりだという肉料理の店は、市場の大通りから一本奥へ入った場所にあり、店そのものはそれほど大きくないものの、外壁には新しい木材が使われ、入口の上には肉を焼いている鉄板を模したらしい看板が掛けられていた。


 扉を開ける前から香辛料と焼けた肉の匂いが漂っていて、それだけでさっきまで特に意識していなかった腹が、急に空いてきたような気がする。


「ここか?」


「ええ。昨日からずっと混んでいるらしいわ」


 ザフィラの言葉どおり、窓越しに見える店内にはかなりの客が入っていた。


「予約しておいて正解でしたね」


 ミラが言う。


「俺がしたんだけど……」


「それは知っています」


「もっと褒めてくれていいと思うんだが?」


「予約しただけで?」


「昨日の俺からしたら重要任務だぞ。寝る前に忘れないようにしようって思ってたんだから」


「それを胸を張って言うのはどうなのかしら」


 ザフィラが呆れたように笑う。


「でも、本当に忘れなかったのですね」


 ノアまで余計なことを言ってくる。


「何で全員俺が忘れる前提なんだよ」


「普段の優先順位を考えれば」


「ほんと言うようになったよなお前……」


 四人でそんなやり取りをしながら店へ入り、名前を伝えると、店員は一瞬だけ俺たちの顔を見て固まったものの、すぐに気を取り直して奥の少し広い席へ案内してくれた。


「……やっぱバレるよなぁ」


「そりゃそうでしょう」


「今日は普通に飯食いたいんだけどな」


「なら普通に食べればいいじゃない」


 ザフィラは気にした様子もなく椅子へ座り、俺もその向かいへ腰を下ろすと、ノアとミラもそれぞれ席につき、店員から渡された品書きを開いた。


 肉料理の店というだけあって内容はかなり分かりやすく、牛に近い魔獣の厚切り肉を焼いたものや、香草と一緒に煮込んだ鶏肉、腸詰め、それに骨付き肉を甘辛いタレで焼いたものまで並んでいる。


「……全部うまそうだな」


「全部頼まないでよ?」


「俺を何だと思ってんの?」


「食べられるなら全部頼む人」


「否定しづらい」


 実際、ゲーム時代なら回復効果や一時強化が付く料理を全部注文して、効果時間と上昇値を一個ずつ確認するくらいは普通にやっていたけれど、今日はそんなことをする必要もなく、ただ純粋に自分が食いたいものを選べばいい。


「俺これな」


 指を置いたのは、厚切り肉を鉄板で焼き、上から刻んだ香草と塩を振るだけの単純な料理だった。


「随分普通ですね」


「ノア、普通でいいんだよ。飯なんだから」


「先日、食材の祠で未知の香辛料を見つけたときはかなり調べていたそうですが」


「誰から聞いたんだよ……」


「ザフィラ様から」


 俺は隣を見るが、ザフィラは何食わぬ顔で品書きを眺めている。


「情報流出してるんだけど」


「機密だったの?」


「俺の名誉に関わる」


「もう手遅れだと思うわ」


「ひでぇな」


 結局、それぞれ好きな料理を頼み、飲み物まで決めたところで店員が離れていき、少し待つと最初に運ばれてきたのは、焼き野菜と小さなパン、それから薄切りの肉を香草で和えた前菜だった。


「これ、んまいな」


 一口食べて思わずそう言うと、ザフィラも頷いた。


「でしょ? 昨日、兵士たちの間でも話題になってたのよ」


「昨日できた店がもう兵舎で話題になってんの?」


「こういう話は早いわよ」


「まあ、食い物の話って早いからなぁ」


 市場そのものが大きくなってから、新しい店もかなり増えた。


 以前なら食料を確保するだけでも大変だったのに、今では「あそこが美味い」とか、「あそこの焼き菓子が人気だ」とか、そんな話が街のあちこちで普通に聞こえてくる。


 俺が何か命令して作らせたわけではなく、誰かが勝手に店を始め、誰かがそこで食べ、気に入った奴が別の誰かへ話して、それを聞いた人間がまた店へ行く、そんなことを繰り返しながら、俺が知らないところでも街の中には新しいものが増えていた。


「リンドウさん」


「ん?」


 ノアが前菜を口へ運びながらこちらを見る。


「先ほどから、少し嬉しそうですね」


「そうか?」


「はい」


「肉がうまいからじゃないか?」


「まだ前菜です」


「じゃあ前菜がうまいからだな」


 適当に答えると、ノアはそれ以上追及しなかったが、向かい側に座るザフィラだけは、何となく理由が分かっているような顔をしている。


「何だよ」


「別に?」


「その顔で?」


「最近、あなたがそういう顔をする理由も少し分かるようになってきただけ」


「……何だよそれ」


「教えない」


「めんどくさ」


「そう?」


 笑いながらそう言われた。


 少しして、頼んだ料理が次々と運ばれてくると、俺の前には厚い肉が乗った鉄板が置かれ、焼けた脂がまだ音を立てていた。


「おお……」


「嬉しそうですね」


「こういうのでいいんだよ」


「さっきから普通を推しますね」


「そりゃ前の……じゃない、最近色々凝ったもんばっか見てたからな」


「何ですか、今の」


「何でもない」


 危なかった。


 自分でも何を言いかけたのか分からないまま、肉へナイフを入れると、中から透明な肉汁が溢れてくる。


 一口食べる。


「…………」


「どう?」


 ザフィラが聞く。


「んまい」


「それしか言えないの?」


「うまいもん食ったらうまいでいいだろ」


「確かに」


 そこからしばらくは、本当に何でもない話をしながら食事を続けた。


 ノアは新しくなった『冥王・ウロボロス』について、まだどこまで魔力を流せるのか試したいらしい。


「今日も試したんか?」


「軽くですが」


「誕生日翌日から随分とまぁ研究熱心だな」


「リンドウさんにだけは言われたくありません」


「それ昨日から何回目?」


「事実ですので」


「そのうちウロボロスに俺より懐くんじゃねぇ?」


「すでにかなり気に入っています」


「即答なんかい」


 ミラが笑い、ザフィラも肩を揺らす。


「そういえば」


 ザフィラが思い出したように口を開いた。


「焼き菓子」


「……あ」


 ノアが少しだけ目を見開く。


「忘れてないわよ。食事が終わったら寄りましょう」


「ありがとうございます」


「俺の分もあるのか?」


「自分で買いなさいって昨日言ったでしょう」


「一緒に買いに行くって言ってたじゃん」


「行くとは言ったけど、買ってあげるとは言ってないわ」


「そこ別?」


「当然」


「ノア、誕生日って強いな」


「毎年あるものですが」


「俺も早く誕生日来ねぇかな」


「子供みたいなこと言わないでください」


「焼き菓子欲しいんだよ」


「買えばよろしいかと」


「それはそう」


 他愛もない、本当にそれだけの会話だった。


 誰かを救う方法を話しているわけでもなければ、敵を倒すための作戦を立てているわけでもなく、明日何をするか、どの店が美味いか、誰の武器がどうなったか、そんな話ばかりしている。


 少し前までなら、こういう時間に何の意味があるのかなんて考えていたかもしれない。


 攻略には関係なく、経験値にもならず、装備が手に入るわけでもなければ、何かの記録が更新されるわけでもない。


 でも今は、別に意味なんてなくてもいいと思える。


 昨日決めた店へ来て、頼んだ肉を食って、ノアの焼き菓子を買いに行く話をして、明日の予定でも決めながら帰る、それだけで十分に一日だった。


「リンドウ様」


「ん?」


 ミラに呼ばれて顔を上げる。


「先ほどから料理を見ながら笑っていますが」


「俺が?」


「はい」


「気持ち悪いってか?」


「そこまでは言っていません」


「言い方がもう言ってるだろ」


「ただ、随分楽しそうだなと」


「……まあ」


 肉をもう一口食べる。


「楽しいよ」


 そう答えると、ミラが一瞬だけ驚いた顔をした。


「何?」


「いえ」


「何だよ」


「リンドウ様が素直なので」


「俺だってたまには素直だぞ」


「たまに、なのですね」


「そこ拾うんか」


「事実ですから」


 今日だけで何回事実って言われるんだろうと考えながら、残った肉を切り分けようとした、そのときだった。


 店の入口が勢いよく開いた。


「失礼します!」


 かなり大きな声に、店内にいた何人かが一斉に入口を見る。


 立っていたのはアルセディアの兵士で、鎧こそ着ているものの兜は抱えており、相当急いできたのか額には汗が滲んでいた。


「……俺?」


 嫌な予感がして聞くと、兵士はすぐに俺たちを見つける。


「はい! リンドウ様、ミラ様、緊急の報告が!」


 さっきまでの空気が、そこで少しだけ変わった。


 ザフィラが手にしていたフォークを置き、ノアも静かに視線を兵士へ向ける。


「ここでいい。何だ」


「南方から緊急魔導通信が入りました」


「南方?」


 ミラが立ち上がる。


「どの地域ですか?」


「第一水系一帯です。詳細はまだ集計中ですが、複数の村と街から同時に異常が報告されています」


 兵士が持っていた紙をミラへ渡すと、ミラは素早く目を通し、さっきまで穏やかだった表情を僅かに強張らせた。


「……水?」


 その一言に、俺の手が止まった。


「何があった?」


「井戸です」


 ミラが紙を見ながら答える。


「昨日まで使用できていた井戸が、今朝になって複数の村で完全に枯渇しています。一部地域では川の水量も急激に低下し、上流を確認したところ、水源となっていた泉にもほとんど水が残っていないと」


「…………」


「それだけではありません」


 兵士が続ける。


「最初は一つの村だけだと思われていたようですが、その後、同じ水系を利用している地域から同様の報告が次々と上がっています。現在確認できているだけでも村が十一、町が三つです」


 ザフィラの目つきが変わった。


「一晩で?」


「はい」


「雨量は?」


「極端に少なかったという報告はありません」


「水路の破損?」


 ミラが聞く。


「調査しましたが、大規模な損壊は確認されていないそうです。それどころか、水路以前に水源そのものから水が消えていると」


 俺は肉から手を離した。


 さっきまであれだけ腹が減っていたのに、急に食欲が引いていく。


 井戸だけなら偶然かもしれないし、川だけならどこか上流で何かが起きた可能性もあるけれど、井戸も川も泉も同時に、それも一か所だけではなく同じ水系の広範囲から水が消えているとなれば、さすがに自然現象で片づけるには無理がある。


「第一水系って、どこまでだ」


「現時点の報告では、南方西部を流れる第一水脈に属する地域のほぼ全域です」


 第一水脈。


 その言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かが噛み合った。


「……七つ」


「リンドウ?」


 ザフィラが俺を見る。


「南方の大水脈って、七本あるよな?」


「ええ」


 ミラが頷く。


「細かな支流を除けば、主要なものは七本です。南方ではそれぞれ第一から第七水脈として管理されています」


「やっぱりな……」


 俺は椅子の背へ身体を預けながら記憶を辿ったが、わざわざ探すまでもなく、その光景はすぐに浮かんできた。


 ゲーム時代、マップ上には七つのポイントが表示され、第一、第二、第三と決められた順番で水量が減っていき、プレイヤー側には制限時間が表示されて、その間に次の水脈へ移動する対象を追いかけなければならなかった。


 遅れれば、その地域は乾燥状態へ移行し、さらに遅れれば次の水脈、その次の水脈へと被害が広がり、最後には七つすべてが干上がる。


「リンドウさん?」


 ノアの声が聞こえた。


 俺はすぐには答えず、兵士へ顔を向ける。


「他の水脈は?」


「現在確認中です。第二水脈についても念のため調査を開始したと」


「急がせろ」


「はい!」


「特に第二だ。水量が一割でも落ちてたらすぐに連絡しろ、第三以降も同時に調べろ」


「承知しました!」


 兵士が一礼する。


「あと、第一水脈周辺には――」


 言いながら、自分の中ではもう答えが出始めていた。


 それでも念のため確認する。


「魔物の目撃情報はないか?」


「魔物……ですか?」


「でかい獣だ、獅子型で、普通の魔物と比べる意味もないくらいデカい」


「確認してまいります!」


「頼む」


 兵士が店を出ていき、入口の扉が閉じると、店内は少しずつ元の話し声を取り戻していったものの、俺たちの席だけはもう、さっきまでと同じ空気には戻らなかった。


 ミラが受け取った紙を机へ置く。


「心当たりがあるのですね」


「ある」


 即答した。


 ザフィラが少し身を乗り出す。


「……また天災級?」


「ああ」


「今度はどれ……?」


「まだ断定は――」


 そこまで言ってから、やめた。

 いや、これはもう断定していい。


 七つの水脈を決められた順番で巡り、水源そのものを消していく、そんな特徴を持つ相手を俺が間違えるわけがなかった。


「……サハルだ」


 三人の視線が俺へ集まる。

 俺は机の上へ置かれた報告書を見ながら、ゲーム時代に何百回も表示された名前を思い出す。


 プレイヤーからは面倒な時間制限ボスとして嫌われ、七つの水脈を順番に巡り、放っておけば大地を干上がらせる災厄として扱われていた巨大な獅子。


 俺も攻略法なら知っている。

 移動順も、出現条件も、弱点も、何分以内にどこへ行けばいいのかも覚えている。


 それなのに。


 あいつがどうして水を飲むのかは、知らない。


「第六災位『渇』――」


 そこまで口にしたところで、第五章の最後に見た『残誓解放 1/7』の表示が頭を過った。


 ゼフィロス。


 俺が倒し方だけを知っていて、その物語を何一つ知らなかった災厄。


 なら――こいつも。


「『渇日獣サハル』」


 昨日まで流れていた水が、一晩で消えた。


 ゲームなら、もう攻略は始まっている。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回から、第六章『渇日獣が眠る水辺』が始まります。

第五章では武器作りやアルセディアでの日常を中心に描いてきましたが、ここから再び『七つの残誓』へ。


今回の相手は、第六災位『渇』――渇日獣サハル。

リンドウはゲーム時代、サハルの攻略法も、移動順も、弱点もすべて知っています。


けれど――どうしてサハルが水を飲むのかは知りません。

ゼフィロスとはまた違った形で、「攻略を知っていること」と「相手を知っていること」の違いを描いていければと思っています。


そして今回の章タイトル、『渇日獣が眠る水辺』。

この言葉がどういう意味なのか、最後まで見届けていただけると嬉しいです。

次話もよろしくお願いします。


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