1:覇王、ここに眠る。
数多あるゲームの中に、最大同時接続者数5,000万人を誇る大人気VRMMORPGがあった。
『レムナント・オンライン』
略して『レムオン』と呼ばれるそのゲームは、所謂なんでもできるを体現したようなものであった。
PvP、PvEはもちろん、街づくりや政治、農業に釣り、工業まで。
人々が思い描くことなら、大抵なんでもできるゲームだった。
そんな『レムオン』には、PvP・PvE、国家勢力においても頂点に立つ男がいた。
ランキング世界一位を独占し続ける彼は、プレイヤーの間ではこう呼ばれていた。
『覇王』、と。
では、なぜ彼がそう呼ばれるに至ったか。
それは彼が自分を強化するためだけに街を作り、果ては国を興したからだ。
彼は世界最高の戦士であると同時に、世界最高峰の鍛冶師でもあった。
自分の装備を作るにも金がいる。
「それなら不労所得を作ろう」
なぜかその思考に至ったのが彼だった。
彼は『レムオン』の数億という素材のパターンから作られる武器や装備の、65%以上を作ったといわれている。故に巷では神匠と呼ばれていた。
彼の作る装備を求めて職人と戦士が集まり、やがて小さな街は、他の追随を許さぬ超大国『技神国・アルセディア』へと成長した。
不労所得を手に入れた彼は「内政なんざする気はねぇ!あとは任せた!」と、意気揚々とランキング戦に繰り出していった。
彼は、人の身体の構造、ゲームの仕様、何をすればどの程度のダメージが出るか、どう動けば攻撃が当たらないか……そういったものを研究し尽くしていた。
圧倒的な知識量と技量をもって、対人戦ランキングでは常にレート一位。
『レムオン』にいる全てのボスモンスター討伐の最速記録を樹立した。
もっとも、彼はスキップできる会話や物語には、欠片ほどの興味も示さなかったのだが……。
そして『レムオン』で覇王の名を知らぬプレイヤーはいなくなったのだった。
♢
その日は突然だった。
俺はいつものように『レムオン』にログインし、まだ見ぬ素材の組み合わせから生まれる装備を、せっせと作っていた。
そんな時だ。全プレイヤーに対し、一通のメッセージが届いた。
『プレイヤーの皆様へ
日頃より『レムナント・オンライン』をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
このたび『レムナント・オンライン』は、2038年8月31日23時59分をもちまして、すべてのサービスを終了させていただくこととなりました。
2026年のサービス開始以来、十二年という長きにわたり、多くのプレイヤーの皆様に支えていただきましたこと、運営・開発チーム一同、心より御礼申し上げます。
サービス終了までのスケジュールおよび今後の対応につきましては、公式サイトにて順次ご案内いたします。
残された時間はわずかではございますが、最後の瞬間まで『レムナント・オンライン』の世界をお楽しみいただけましたら幸いです。
これまで、この世界を愛し、歩み続けてくださったすべてのプレイヤーの皆様へ。
十二年間、本当にありがとうございました。
『レムナント・オンライン』運営・開発チーム一同』
俺はこのメッセージを見て、絶望した。
装備を作っていた手が止まる。
製作画面には、完成間近の剣が浮かんだままだった。
だが、続きを始める気にはなれない。
俺は届いたメッセージを、もう一度最初から読み返した。
何度読んでも、書かれている内容は変わらない。
サービス終了。
その文字だけが、妙に大きく見えた。
冗談かと思った。
何かのイベント告知を見間違えたのかとも思った。
だが、運営から送られてきたメッセージには、はっきりと終了日時が記されている。
オープンチャットには、他のプレイヤーたちの言葉が滝のように流れていた。
『嘘だろ?』
『どういうことだよ』
『終わるわけないだろ』
同じ言葉が、何度も繰り返されている。
俺も何かを書こうとした。
だが、指は動かなかった。
怒りも、悲しみも湧いてこない。
ただ胸の奥に、大きな穴が空いたような感覚だけが残った。
碌に学校も行かず、朝から晩まで使える時間はすべて『レムオン』に注いだ。
その『レムオン』がサ終するのである。
『レムオン』は俺にとって人生そのものだった。
俺が高校生の時、世界初のVRMMOとして『レムオン』が発表された。
サービス開始から今日まで世界で愛されたゲームがサ終するのだ。
今までの『レムオン』におけるPvPの大会での優勝賞金で、今後一人で生活する分の金には困っていない。
だからと言って「はいそうですか」と納得できるものでもなかった。
新しいゲームに移ればいい、自分ほどの実力があればどんなゲームでも勝ち上がれる。
だが……。
「もう、俺の生きてる意味は……ないな」
自分でも驚くほど、すんなりその言葉が出た。
この世界がなくなったあと、俺が何者として生きればいいのか分からなかった。
現実の俺には、帰りを待つ家族も、明日会う約束をした友人もいない。
俺の名を呼び、俺を必要としてくれたのは、この世界だけだった。
残された時間は一か月。
来月末には、俺が培ってきた全てが消えてなくなる。
「最後に、色々見て回るか……」
♢
『技神国・アルセディア』。俺が作った国。
サ終が告げられてから一か月、俺は自国を含め、『レムオン』の世界中を歩いた。
プレイヤーには色々な人がいた。
俺と同じようにサービス終了を悲しむ人、新しいゲームという新天地に思いを馳せる人。
他の国にも行った。
ライバルだったプレイヤーの国だ。
そこで、かつての戦友たちとも話した。
彼らもサービス終了を悲しんではいた。
ゲーム自体を引退する人、新しいゲームを見つけている人。様々だった。
「次のゲームでも、また一位を奪い合おうぜ!」
そう言われたとき、俺は返す言葉を持っていなかった。
「あぁ……、またな」
そう声を絞り出すのが精いっぱいだった。
♢
サービス最終日。
俺は国から少し離れた小高い山の頂にある大樹の根元まで来ていた。
「これが、俺の旅の終着点か……」
ここは大樹の周りが草原になっており、アルセディアの全てが見渡せる。
城も、街も、畑も、全て。
俺の視線の右端にはワールドクロックが表示されており、あと10分ほどでこの世界はなくなる。
最期の場所をここに選んだ理由はない。
特別好きだったわけでも、思い入れがあったわけでもない。
強いて言うなら、自分の国が一番よく見える場所だったからだ。
俺はインベントリを表示し、一つのアイテムを取り出す。
墓標だ。
墓石を大樹の根元に置き、文字を刻む。
『覇王:リンドウ ここに眠る』
この12年、本当に色々あった。
楽しかったこと、悲しかったこと。
嬉しかったこと、辛かったこと。
俺の人生すべてがこの『レムオン』に詰まっていた。
現実の俺も、この世界と同時に終わるよう準備してきた。
だから、もういいんだ。
俺はここで眠る。
人生最後のこの時を、『レムオン』で。
ワールドクロックの表示が、残り十秒を切った。
同時に、俺の人生のカウントダウンも残り十秒を切る。
「……ありがとう、『レムナント・オンライン』。さよならだ」
ワールドクロックが0時を刻んだ。
この時をもって、世界的人気ゲーム『レムナント・オンライン』のサービスが終了した。
同時に、世界から音が消えた。
そして俺の意識も、深い闇へと沈んでいった。




