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教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝  作者: しんの(C.Clarté)
下巻・第一章 国王軍、ソワソンからコンピエーニュへ/詩と予言

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下1.8 ベッドフォード公の挑戦状(1)決闘の申し込み

 ラ・フェルテからクレピーへの行軍中に、シャルル王は、モントローに滞在中のイングランド摂政(ベッドフォード公)から挑戦状を受け取った。場所を指定して決闘するよう求める内容だった。[43]


(⚠️決闘(meeting):当初はごく普通に「会合」と訳したが、文脈にそぐわないので調べたところ、古語では「会戦、決闘」または「政治的な交渉」らしい)



 ベッドフォード公は「我々は心から戦争終結を望む者として、貴殿に要求する」と述べている。


「貴殿の大義のせいで、長きにわたり苛烈な扱いを受け、虐げられ、抑圧されてきた哀れな民衆に、同情と憐れみを感じているなら、我々がいるこのブリー地方かあるいはイル・ド・フランス地方のいずれか、ふさわしい場所を指定するように。そこで我々と《《ミーティング》》をひらこう。もし貴殿が和平を提案するなら、我々はそれに耳を傾け、良きカトリックの君主としてふさわしく、その提案について協議してやろう」[44]


 この傲慢不遜かつ侮辱的な手紙は、摂政が平和を望んで書いたものでは決してない。

 むしろ、あらゆる道理に反して、戦争が庶民にもたらしている悲惨と苦痛の責任をシャルル王に押し付けるために書かれたものだ。


 ランスのノートルダム大聖堂で戴冠した王に宛てて、ベッドフォード公は手紙の冒頭から軽蔑を込めた口調でこう呼びかけている。


「かつてはヴィエノワの王太子(Dauphin de Viennois)を自称し、今や理由もなく国王の称号を名乗る者よ」


(⚠️ヴィエノワのドーファン(Dauphin de Viennois):フランス王の推定相続人の正式な称号。「フランス王太子」と訳されることが多い)



 ベッドフォード公は「平和を望む」と宣言した直後に、こう付け加えている。


「モントローの和平のような、空虚で腐敗し、偽り破棄され、誓いを裏切るようなものではない。モントローの和平のあと、貴殿の過ちと同意によって、我らが愛する亡き父ブルゴーニュ公ジャンに対して犯された、あらゆる法と騎士道の名誉に反する、あの恐ろしく忌まわしい殺害がおこなわれたのだ」[45]


 ベッドフォード公は、オルレアン公暗殺の報復として裏切りによって殺されたブルゴーニュ無怖公ジャンの娘の一人と結婚していた。(したがって、ベッドフォード公は手紙で「亡き父」と記述している)


 しかし、モントロー事件の罪を突きつける形で、シャルル・ド・ヴァロワに和平の道を説くのは賢明なやり方ではなかった。シャルルは子供のころに連れてこられて事件に巻き込まれ、それ以来ずっと、橋を渡るたびに身体が震え、消えない恐怖に悩まされていたのだから。[46]


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