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教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝  作者: しんの(C.Clarté)
上巻・第十七章 オセールとの休戦協定/修道士リシャール/トロワ降伏

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17.2 オセールの町(2)休戦協定

 オセールの町の人々は、国王に言った。


「どうかお通りください。そして、戦いを控えることに同意してくださるようお願い申し上げます」


 そして、この要求を聞き入れてもらえるように、彼らは遠征軍を指揮するラ・トレモイユ卿に2000クローネの賄賂を贈った。伝えられるところによると、ラ・トレモイユ卿はそれを恥じることなく受け取ったという。


 さらに、オセールの住民は、代金と引き換えに遠征軍に食料を供給することを約束した。これは検討に値する申し出だった。遠征軍の陣営では、早くも食糧不足が始まっていたからだ。[1377]


 しかし、この休戦協定は、兵士たちにとって決して喜ばしいことではなかった。

 彼らは、凌辱や略奪で利益を得る絶好の機会を失ったのだ。


 ざわめきが起こり、多くの領主や隊長たちが「町を占拠するのは難しくない。試してみるべきだ」と言った。常に「声」から勝利の約束を受け取っていたジャンヌも、兵士たちに武器を取るよう呼びかけるのをやめなかった。[1378]


 王はこれらの騒ぎにまったく動じることなく、提案された休戦協定を締結した。

 なぜなら、王は、平和的な手段で達成できる以上の利益を、武力で手に入れることを望まなかったからだ。


 もし王がオセールを攻撃していたら、町を占拠して、慈悲によって保持できたかもしれない。だが、それは確実に、略奪、殺人、放火、凌辱が発生することを意味していた。王の後を追って、今度はブルゴーニュ兵がやって来て、また略奪、放火、凌辱、虐殺が繰り返されただろう。


 町の人たちは、赤い帽子と白い帽子を金庫に保管し、それを交互にかぶって情勢をやり過ごした。

 それにもかかわらず、フランス人、イングランド人、ブルゴーニュ人によって入れ替わり立ち替わり破壊され、占領され、その後まもなく消えてしまった不幸な町が、これまでにどれほどあっただろうか。


 これらの虐殺と忌まわしい行為に終わりはないのか?


 人々の恨みは、アルマニャック派がイル・ド・フランス全体で呪われる原因となり、正当な王がパリの町を取り戻すことを非常に困難にしていた。


(⚠️イル・ド・フランス(Île-de-France):首都パリを中心にした周辺地域のこと。直訳すると「フランスの島」だが、海に面しているわけではない。セーヌ川をはじめ、いくつかの河川に囲まれて島のような地形になっているためこう呼ばれる)



 王室評議会は、これらの行為に終止符を打つときが来たと考えていた。


 シャルル・ド・ヴァロワ(シャルル七世)が、力を誇示しつつも寛大な態度を示し、王の慈悲を行使すれば、相続地の奪還はより容易になるだろう。武器を手に取りながらも平和を追求し、ランスへの行軍は続けられた。[1379]



 オセールの町の城壁の下で3日間過ごした後、回復した軍隊は、ヨンヌ川を渡ってサン・フロランタンの町に到着した。サン・フロランタンの住民は、すぐに国王に服従した。[1380]


 7月4日、遠征軍は、トロワの町まで4時間ほどの距離にあるサン・ファルの村に到着した。[1381]


(⚠️サン・ファル(Saint-Phal):オセールの西北西30キロ地点にある村。要塞があり、堀に囲まれている)

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