16.9 評議会の選択肢(2)ノルマンディー遠征
彼らの中には、ノルマンディー遠征を望む者もいた。[1321]
この計画は、すでに5月ごろ、ロワール川流域の掃討作戦より前から浮上していた。実際、この遠征計画には多くの利点があった。
ノルマンディーに駐留するイングランド軍を根こそぎ駆逐するのだ。
このとき、イングランド軍の兵士がほとんどいないノルマンディー地方の一部を、すぐに奪還できる可能性は十分あった。
1424年(5年前)当時、ノルマンディーの守備隊は、槍兵400騎と弓兵1200人ほどにすぎなかった。[1322] それ以来、彼らはほとんど援軍を受けていない。摂政ベッドフォード公は、あらゆる場所で兵士を募集し、素晴らしい活動を見せていたが、資金が不足しており、脱走兵が絶えなかった。[1323]
征服した土地で、クーエ(イングランド人への蔑称)たちは要塞から出てくるとすぐに敵対地域に侵入してくる。
ブルターニュ、メーヌ、ペルシュの国境からポンティユー、ピカルディに至るまで、マイエンヌ川、オルヌ川、ディーヴ川、トゥーク川、ウール川、セーヌ川の流域で、さまざまな派閥の支持者たちが土地を勝手に占拠し、街道を監視し、略奪、荒廃、殺人をおこなっていた。[1324]
フランス軍はノルマンディーのどこへ行っても、シャルル王の大義を支持する準備ができている勇敢な仲間を見つけることができただろう。農民や村の司祭たちも同様に彼らを歓迎しただろう。
しかし、ノルマンディー遠征は、少数の守備隊に強力に守られた町を長期間包囲しなければならない。兵士たちは包囲戦が長引くことを恐れ、王室の財政状況は莫大な費用のかかる長期戦を支えるには十分ではなかった。[1325]
ノルマンディーは荒らし尽くされ、作物も家畜も奪われていた。
隊長とその部下たちは、この飢餓に苦しむ土地に行くべきだったのか?
そして、国王は、これほど貧しい地域を再征服しなければならないのか?
その上、フランス陣営に協力しようとする傭兵たちは、あまり魅力的な存在ではなかった。彼らの実態は略奪を生業とする盗賊であり、これからも盗賊であり続けることは周知の事実だった。ノルマンディーを再征服したら、(用済みとなった傭兵たちを)名誉も利益もなく最後の一人まで排除しなければならないだろう。
それなら、ノルマンディーにはびこる諸問題にはあえて手をつけず、ゴドン(イングランド人への蔑称)に任せて対処させた方がましではないだろうか?
(⚠️訳者の覚書)
フリーランサーと呼ばれる傭兵の略奪問題について。
pixivFANBOXで連載していた『シャルル七世の軍事改革勅令』のおかげで、問題の背景を理解・翻訳しやすかったです。カクヨムでもいずれ重複投稿する予定。
評議会の顧問官たちは戦争による利益を最大化したかったようですが、シャルル七世はまじめに戦争終結と傭兵問題の解消を考えていたようです。
ただ、それを実行するには、私利私欲よりも王の意志を尊重するリッシュモン大元帥の宮廷復帰を待たなければなりません。




