16.1 パテーの戦い(1)ファストルフとタルボットの軍議
6月9日にパリを発ったジョン・ファストルフは、兵士5000人を率いてボース平野を通過していた。ジャルジョーに駐留するイングランド軍に、大量の食料と矢を運ぶ途中だった。
ところが、道中でその町が降伏した知らせが届いたため、彼はエタンプに物資をのこしてジャンヴィルへ進軍した。そこで、ジョン・タルボットが槍兵40人と弓兵200人を率いて合流した。[1267]
(⚠️吉江孤雁氏の旧日本語訳版では「四千の槍兵」と翻訳されているが、原文が「forty lances」なので「槍兵40人」が正しい)
さらに、彼らは、フランス軍がムンの橋を占拠し、ボージャンシーを包囲したことを知った。
ジョン・タルボットは、ボージャンシーの住民を救出するために進軍し、神と聖ジョージ(イングランドの守護聖人)の助けを借りて彼らを救いたいと望んだ。
しかし、ジョン・ファストルフは、リチャード・ゲシンとその守備隊を運命に任せようと助言した。彼は、今は戦わない方が賢明だと考えた。
彼は、自軍の兵士たちが恐れを抱き、フランス軍が勇気に満ちあふれているのを見て、自分たちにできる最善策は「残された町、城、要塞に拠点を築き、そこで摂政が約束した援軍を待つ」ことだと判断した。
「フランス軍と比べて、我らはほんのわずかな兵力しかない」
ファストルフは言った。
「もし運が我らを見放せば、亡きヘンリー王(ヘンリー五世)が多大な努力と長い年月をかけて勝ち取った征服地をすべて失うことになりかねない」[1268]
しかし、ファストルフの忠告は受け入れられず、イングランド軍はボージャンシーに向かって進軍した。
6月17日の金曜日、ボージャンシーの守備隊が馬と馬具、そして一人当たり銀貨1マルク分の財産を持って町から立ち退いたとき、タルボットとファストルフの軍勢はすぐ近くまで来ていた。[1269]
*
フランス王の兵士たちは、敵の軍隊が接近していると知り、迎え撃つために出陣した。偵察隊は、馬で遠くまで行かずとも、パテーから約2.5マイル離れた平原でイングランドの軍旗(standards)や小旗(pennons)が揺れているのを目にした。
そこで、フランス軍は敵を観察できる丘に登った。
ラ・イル隊長と若いテルム卿は、乙女に言った。
「イングランド軍が来ている。彼らは戦闘態勢を整え、戦う準備ができている」
いつものように彼女は答えた。
「大胆に攻撃すれば、彼らは逃げるでしょう」
そして、この戦いは長く続かないだろうと付け加えた。[1270]
イングランド軍は、フランス軍が戦いを仕掛けてくると信じて陣を構えた。
弓兵たちは杭を地面に撃ち込み、先端を敵に向けた。これが彼らの一般的な戦闘準備だった。ニシンの戦いでもそうだった。
太陽はすでに地平線に沈みかけていた。[1271]
アランソン公爵は、平原に降りる決意を断じてしなかった。
リッシュモン大元帥、オルレアンの私生児卿、そして隊長たちの前で、彼は聖なる乙女に相談した。すると彼女は、謎めいた答えを返した。
「良い拍車を用意するように」
アランソン公は、ジャンヌが「クレルモン伯の拍車」、つまりニシンの戦い(クレルモン伯は待ち構える敵を無視して輸送任務を優先し、顰蹙を買った)のことを言っていると解釈して叫んだ。
「何を言ってるんだ? 我々は彼らに背を向けるのか?」
彼女は「いいえ」と答えた。
あらゆる場面で、ジャンヌの「声」は揺るぎない自信を持つように説いた。
「神の名において、敵に向かって下りて行きなさい。彼らは逃げ、留まることはなく、完全に敗北する。そして、あなたはほとんど兵士を失うことはない。だから、彼らを追跡するために拍車が必要になる」[1272]
神学者や師匠たちの意見によれば、乙女の言葉に耳を傾けることは良いことだが、同時に人間の知恵によって示された道に従うことも良いことだという。
フランス軍の指揮官たちは、状況が不利と判断したのか、あるいは度重なる敗北の記憶を思い出して正面衝突を恐れたのか、丘から降りなかった。
あるイングランド騎士2人が、一騎打ちを申し込む使者を派遣すると、フランス軍から次のような返答を受けた。
「今日はもう遅いので、寝ていただいて結構です。明日、神の意志に従って、接近して戦いましょう」[1273]
攻撃されないと確信したイングランド軍は、ムンで夜を過ごすために平野から立ち去った[1274]




