14.12 ジャンヌの崇拝者たち(2)ゲクランの妻
ロシュに滞在中、ジャンヌは「小さな金の指輪」をラヴァル夫人に送った。
夫人は、ジャンヌが身につけていた何かの品を求めたのだろう。[1155]
54年前、ジャンヌ・ド・ラヴァル夫人は、フランス人が深く尊敬し、オルレアン家ではレ・プルーと呼ばれる九偉人に次ぐ10番目として知られていたベルトラン・デュ・ゲクラン卿(賢明王シャルル五世に仕えた名将)と結婚していた。
しかし、ラヴァル夫人の名声は、ベルトラン卿の最初の妻、妖精と呼ばれた占星術師のティファーヌ・ラグネルには及ばなかった。[1156]
ジャンヌ・ド・ラヴァル夫人は、短気でけちな人物だった。
イングランド軍の侵攻で領地のラヴァルから追い出され、娘のアンヌとともにヴィトレで隠居生活を送っていた。
13年前、アンヌは貴族の家柄だが土地を持たない息子(次男以下)と秘密裏に結婚したため、母親の不興を買った。ジャンヌ・ド・ラヴァル夫人はそのことを知るとアンヌを地下牢に監禁し、娘婿となった男をクロスボウで撃って出迎えた。その後、二人の女性は平和に暮らしていた。[1157]
(⚠️ジャンヌ・ド・ラヴァル(Jeanne de Laval):ゲクランの2番目の妻だが二人の間に子はなく、夫と死別後にジャン・ド・ラヴァルと結婚。日本語の史料ではよく1385年以降没となっているが、ラヴァル夫人の娘アンヌの息子(ギーとアンドレ兄弟)はジャンヌの戦友で、シャルル七世の戴冠式にも参列。この頃、兄弟は母と祖母に手紙を送り、ジャンヌ・ダルクがラヴァル夫人に金の指輪を贈った記録もあることから、1385年没はありえない。正しくは1437年10月27日没)
(⚠️13年前の争いについて:本編とあまり関係ないが、ラヴァル家の事情が気になる人向けに。ジャンヌ・ド・ラヴァルの娘アンヌは母の反対を押し切って結婚。この結婚を認めるかどうかで裁判沙汰になる。その後、アンヌは夫と死別し(ここでいう13年前)未成年だった子供たちの後見人をめぐり再び争う。ただし、本書の時点ではギーとアンドレ兄弟はすでに成人し、祖母ジャンヌと母アンヌは和解している)
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ジャンヌはロシュから、シェール川沿いの大きな町セル=アン=ベリーに移動した。少し前にここで王国の三部会(貴族・聖職者・平民による身分制議会)がひらかれ、今も軍隊が集結していた。[1158]
6月4日の土曜日、ジャンヌはオルレアンの人々が派遣した使者を迎え、イングランド軍の動向に関する知らせを聞いた。[1159]
彼らは、ジャンヌ以外の誰であろうと、戦争の指揮官として認めていなかった。
(⚠️セル=アン=ベリー(Selles-en-Berry):現在のセル・シュル・シェール(Selles-sur-Cher)を指す)




