14.8 意見書の総括「王は乙女をむやみに信じるな、ただし民衆には信じさせよ」
ジャン・ジェルソンの冷静で緻密な意見書は、前述したジャック・ジェリュのより豊かで華麗な意見書と根本的に異なるものではない。どちらも同じ理由、同じ裏付けを含んでおり、結論では、両者ともポワティエの審理に同意している。
ポワティエの学者たち、アンブラン大司教、パリ大学の元総長などアルマニャック派の神学者全員にとって、乙女の件は信仰(faith)の問題ではない。
教皇と公会議が判断を下す前に、どうしてそうなり得ようか?
乙女を信じるか信じないかは人々の自由である。
しかし、ジャンヌの存在は、教化・啓発(人々の模範)の対象になりうる。偏見の目で疑い続けるよりも、心を開き、キリスト教の信仰に従って、長い目で熟考することがふさわしい。
ジェルソンの助言に従って、ジャンヌに好意的な人は「乙女は神から遣わされた」と信じるだろう。それは、パリの大聖堂やフランスのサン・ドニ修道院教会で、信者が聖ドニの首を崇拝し、本物だと信じているのと同じである。
彼らは、文字通りの真実よりも霊的な真実を重視し、あまり深く探究して罪を犯すことはないだろう。
(⚠️最後の一文をわかりやすく補足)
①文字通りの真実よりも霊的な真実を重視し:
表面的な事実や証拠にこだわりすぎるのではなく、その背後にある精神的な意味合いや信仰の重要性を理解しようとすることを勧めている。彼女が本当に神の声を聞いたのかどうかを厳密に証明しようとするのではなく、彼女の信仰が人々に希望を与え、国を救う原動力になったという事実を重視するということ。
②あまり深く探究して罪を犯すことはないだろう:
ジャンヌの奇跡や神聖さを疑い深く詮索しすぎると、信仰を損ない、神を冒涜する罪を犯す可能性があるという警告。彼女の言動を細かく分析し、矛盾や不合理な点を指摘することに固執するのではなく、彼女の信仰を受け入れ、その精神的な価値を尊重することが重要だと述べている。
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ようするに、意見書は、国王とその評議会にそれほど影響を与えなかった。
どちらの意見書も訓戒に満ちていたが、そのどれもが「善良であれ。敬虔であれ。強くあれ。考えは謙虚で思慮深くあれ」と言っているに過ぎなかった。
最も重要な点、すなわち「ジャンヌを戦争遂行にどう生かすか」ということに関して、アンブラン大司教は賢明にも次のように勧めた。
「乙女が命じたことを、人の思慮深さで吟味して遂行せよ。
それ以外のことは、敬虔な行いと献身的な祈りに身を捧げよ」
この助言は、ゴークール卿のような隊長や、トレヴ卿のような高潔な人物にとって、いくぶん当惑(困惑)するものだった。
聖職者たちは、国王に判断と行動の完全な自由を与え、最終的に「乙女を信じないように」、しかし民衆と兵士たちには「乙女を信じさせるように」と助言したようだ。




