12.8 オルレアン到着2日目(2)ジャンヌを恐れる理由
イングランド人は、ジャンヌの使者を(火刑台に)縛り付ける杭まで立てた。
しかし、刑を執行する前に、パリ大学に意見を求めるのが賢明だと判断した。
なお、18カ月後、ボーヴェ司教のピエール・コーションも、ジャンヌを火刑にする際、パリ大学に意見を求めている。[973]
(⚠️ボーヴェ司教のピエール・コーション:ジャンヌの異端審問と火刑を主導した人物)
彼らの悪意は恐怖から生じていた。
フランスで悪魔扱いされた不幸な人々(フランスに駐留するイングランド人)もまた悪魔を恐れていた。
イングランド人は、狡猾なフランス人が死霊術師や魔術師であると疑っていた。
彼らは、アルマニャック派(シャルル七世を支持する勢力)が魔法の呪文を繰り返したせいで、偉大な王ヘンリー五世の死を招いたと考えていた。
敵が自分たちに対して魔術や呪文を使うことを恐れ、あらゆる悪影響から身を守るために、魔除けの呪文を刻んだ羊皮紙の帯「ペリアプト」を身に着けていた。[974] これらの護符の中で最も効果的だったのは、新約聖書『ヨハネによる福音書』第一章だった。
当時、天体の動きは不吉な予兆とされ、占星術師は空を見上げて、破滅が到来する兆候を読み取っていた。
彼らの亡き王ヘンリー五世は、オックスフォードで学んでいたころに占星術のルールを学んだ。
彼は、自分専用の特別な用途のために、銀製と金製のアストロラーベ(天体観測用の機器)を2つも金庫に保管していた。
フランス王女カトリーヌ・ド・ヴァロワ(英名:キャサリン・オブ・フランス)を王妃に迎え、臨月を迎えるために幽閉を考えていたころ、ヘンリー五世はこれから生まれてくる子供のホロスコープをみずから作成した。
イングランドでは、「ウィンザーはモンマス(ウェールズ南東の町)が得たものを失うだろう」という予言があったため[975]、ヘンリー五世はキャサリン妃をウィンザー城に幽閉して出産させてはならないと考えた。
しかし、運命に逆らうことはできない。
英仏王家の血を引く王子が、ウィンザー城で生まれた。
父親となったヘンリー五世は、王子誕生の知らせを聞いたときフランスにいた。
ヘンリー五世はこの知らせを凶兆と見なし、当時「占星術の大家」といわれ、三位一体派またはマチュラン派(Trinitarians or Mathurins)修道会の総長だったジャン・ハルブールをトロワから呼びつけた。彼は、子供の出生図を作成したが、国王の悲観的な予感を裏付けることしかできなかった。[976]
そして今、ついにその時が訪れた。
ウィンザーが支配するが、すべてが失われるだろう。
かつて魔術師マーリンは、「イングランドがフランスから追い出され、ひとりの乙女によって完全に破滅させられる」と予言していた。
したがって、(ジャンヌの手紙によって)乙女が現れたと知ると、イングランド人は恐怖で青ざめ、隊長から兵士に至るまで恐怖に取り憑かれた。[977]
恐れ知らずだった連中は、この乙女を魔女だと信じて震え上がった。
イングランド人から見て、ジャンヌは「神から遣わされた聖人」には見えなかった。もっともましな解釈は「非常にずる賢い魔術師」だけだった。[978]
ジャンヌ・ラ・ピュセルは、救いを与えられる者には「神の娘」のように見えるが、滅びを与えられる者には「女の姿をした恐ろしい怪物」のように見えた。
この二重の側面こそが、ジャンヌの強さの源だった。
フランス人にとっては天使で、イングランド人にとっては悪魔だった。
そして、どちらにしてもジャンヌ・ラ・ピュセルは無敵で超自然的な存在に見えたのだ。




