第八夜 目覚め
金髪の女性は、その大人の美貌とは裏腹の子供っぽい動作でキョロキョロと辺りを見回す。
「ここ……は……」
そして、自分が柱に固定されていることに気付いた。
「えっ!? ちょっ、ナニコレ!?」
もう一度、今度は慌てて辺りを見回し、ジルを視界に捉えると、目を見開く。
「あ、アナタはッ!?」
後退ろうとするが、やはり柱に固定されていて動けない。そしてそんな彼女にニヤニヤした嫌らしい笑みを浮かべたジルが近付く。その手にはいつの間にか一本のベルトのようなものと箱型のコントローラーらしき物が握られている。
「さあ、お目覚めの時間じゃ“検体4099”。お主の最初の仕事は愚かな侵入者の始末じゃ」
それを聞いた女性は顔はジルに向けたまま、視線だけをクラウドとエルヴィネーゼに送った。
「イヤよ! 私、そんなことしたくない!」
視線をジルに戻し、反論する女性。
「そう言うと思っとったよ……。故に、これを使う」
そう言って手に握られていたベルト擬きを掲げる。女性の顔が恐怖にひきつる。
「いやぁ、何それ!?」
ベルト擬きから逃れようともがくが、柱は棒と言っても良い程細いのに、頑丈でびくともしない。ジルはそんな彼女の頭にベルト擬きを近付け、鉢巻きのように巻き付けた。
「イヤァァ、ヤメテェェ!!」
「ヤメロォォ、ジルゥゥ!!」
暗殺者が叫び、ジルに向かい走り出す。しかし、ジルと暗殺者の間に一匹の獣が立ち塞がった。
それは、見た目からはフォレストウルフだと分かるが、サイズが桁違いだった。
クラウドとエルヴィネーゼが森の中で戦っていたフォレストウルフは、一番大きくて体長一メートル程だったが、今いるフォレストウルフは体長が二メートルを余裕で超えていた。
「実験生物か!? 厄介な……!」
フォレストウルフがその大きな口を開けて突っ込んでくるのに対し、暗殺者は両腕の刃で応戦する。
直ぐ様斬り捨てようと両腕の刃を振り抜くが、フォレストウルフのその巨体には似合わない俊敏さでかわされ、逆に前足の爪による反撃を喰らいそうになった。
「くっ!? ジャマだ!!」
苦戦している暗殺者を見ても、クラウドとエルヴィネーゼは共に動かない。何が起こるか分からないため、様子見に徹しているのだ。
ベルト擬きを巻かれたことで、軽くパニックになっていた女性も、さっきの声の主が暗い所から明るい所に近付いたため、その顔を識別することが出来た。
「あ、お――ぐっ!?」
何かを言おうとした女性は、ジルが手に持っていた箱型のコントローラーらしき物に付いているスイッチを押した瞬間、言葉を止め、苦痛に顔を歪めた。
「――――――――!!!!」
声にならない叫びをあげながら首を反らし、痙攣する女性。暗殺者はそんな彼女の名前を叫ぶが、彼女の耳には暗殺者の声は既に届いていなかった。
そして、急に全身の力が抜けたようにガクッと項垂れる。体の痙攣も止まっている。それを見ていたジルはイヤな笑みを深めた。
暫くし、ゆっくりと頭を上げた女性の顔には――表情がなかった。さっきまでの苦痛に歪んでいた表情は一片たりとも残っていなかった。
「完成じゃ……」
満足したように頷くジル。
「何をした、ジル!!」
漸くフォレストウルフの首を斬り落とした暗殺者が突然の変化について行けず、ジルに説明を求める。
「何、簡単なことじゃよ。“検体4099”の脳を制御しただけじゃ」
「制……御?」
「そうじゃ、このヘッドセットでな。まあ、一種の催眠術と思ってくれて構わんよ」
そう言ったジルはコントロールパネルを捜査し、柱の固定を解除する。
支えを失った女性は一瞬ぐらつくが、直ぐに直立の体勢に戻る。
「“検体4099”や、指令じゃ」
そう言いジルはエルヴィネーゼを指差す。
「あの嬢ちゃんを殺せ」
「!?」
「…………」
エルヴィネーゼは驚きリボルバーを構え直すが、女性の方は何もリアクションをせずただ無言で――
「え、うそ……」
「…………」
――傍らにある両刃の大剣を右手一本で持ち上げる。
彼女の細腕からは想像も出来ない、有り得ない膂力に唖然とするクラウドとエルヴィネーゼ。しかし、暗殺者だけは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
女性がエルヴィネーゼをチラと見た瞬間、ダッシュで間合いを詰めた。右手の大剣は既に横に引かれていた。後は振り抜くだけだ。
彼女の膂力に唖然としていたエルヴィネーゼは反応が遅れ、気付いたときには回避するには間に合わないタイミングだった。
(しまっ――!?)
女性の横一線が放たれる瞬間――
「何をやっている!?」
「きゃッ!?」
――クラウドの叫びと共にエルヴィネーゼの体に銀糸が巻き付き、後ろに引っ張られる。急に引っ張られたせいで、リボルバーを手放してしまったエルヴィネーゼ。
一瞬遅れて通過した大剣が、宙に浮いていた決して柔くないそのリボルバーを、まるで薄い紙のように真っ二つに切断する。
それを見たエルヴィネーゼは絶句。ついでにクラウドも絶句。
もしクラウドの銀糸が間に合わずに、エルヴィネーゼがあの大剣の一撃を喰らっていたら……
その考えに冷や汗をかく二人。
「本当に……成功していたのか……」
不意に放たれた暗殺者の台詞にクラウドが疑問を呈する。
「成功……? あの女の研究内容は何だ?」
「それは……――!」
暗殺者が答えようとしたが、女性は命令通りにエルヴィネーゼを殺すために突っ込んでくる。しかし――
「まあ待て、“検体4099”」
――ジルが止めた。その言葉を実直に守り、女性は急停止した。
そして、ジルがクラウドの質問に答えた。
「儂が教えてやろう。こやつはな、身体中の筋肉を儂等が開発した『人工筋肉』に置き換える実験の被験者なんじゃ」
「人工筋肉……?」
「そうじゃ。生身の筋肉では絶対に不可能な、細腕でありながらの怪力……。それを現実のものとしたのが、こやつが移植された人工筋肉じゃ!」
何かに酔っているかのように喋るジル。その様子に若干引く三人。
「成る程……。あの直ぐに間合いを詰めるダッシュ力も、大剣を片腕だけで扱う筋力も、全てはそれのお蔭か……。それと、あの女を止めたのも自分の発明の自慢をしたかっただけか……」
クラウドはそう呟きながらも、頭の中ではこの戦いの勝算を冷静に計算していた。
(確かにあの力は厄介だが、オレにエル、更にはこの童もいる……。三人いれば女の足止めに二人配置出来る。そうなれば残りの一人があのヘッドセットを破壊するも良し、ジルとかいう爺を取り押さえるも良し……。何れにせよ、負ける確率は低い……か)
結論に達したクラウドは二人に今の体の状態等、どの程度戦力として考えて良いか質問しようと口を開いたが――
「“検体4098”」
――ジルが暗殺者に声をかける方が早かった。
「……何だよ」
「何をしておる?」
「な……に?」
「お主の仕事は何じゃ? 今、隣に立っておる二人を始末することじゃないのか……?」
「「「!!」」」
この言葉に衝撃を受けたのは暗殺者だけではなく、クラウドとエルヴィネーゼもだった。二人はチラと暗殺者を見る。
「早うせい……、態々手助けさせるためだけに目覚めさせてやったのだ。早々に決着を着けんかい」
「それはお前が――「それに……」……!?」
暗殺者の反論に被せるように二の句を告げるジル。
「さっさと終わらせんと、“検体4099”が使い物にならなくなるぞ……」
「「!」」
「!? どういう……?」
ジルの言葉に何か感付いた二人と未だに分かっていない一人。二人はジルの思惑を理解し、思わず歯噛みをする。
「そもそもじゃ、あの動きに生身の身体は着いてこれるかの?」
「……?」
「あの急加速に急制動、更には重すぎる剣を片腕での行使……。筋肉の方は良くても、骨、特に間接はどうじゃろな?」
「……!!」
やっと理解した暗殺者。
そう。このまま人外な行動を人体で行っていると、何も弄っていない間接部分は直ぐに壊れるだろう。
「な、なら、そもそもそれは成功にはならない……!」
「今は訳が違う……。ヘッドセットで理性も感情も制御しておるのでな、自分の体がどうなろうとこやつには一切関係ないのじゃ。こやつはただ、与えられた命令を行うだけじゃ」
「…………」
ジルの説明に言葉を失う暗殺者。顔は伏せられ、その体は小刻みに震えている。クラウドはそんな暗殺者に言葉をかける。
「気にするな……、あの爺の言葉に耳を貸すな。今はただあの女を救うことだけを――「そうだね……」……!」
最後まで言わせず、暗殺者は突如クラウドに襲い掛かってきた。
右手の指だけを刃に変換した奇襲だったが、初めから警戒していたクラウドは後ろにステップすることで難なく避けた。エルヴィネーゼもそれに続く。
「オイ、お前……」
「あいつを救うには……あんたらを殺すしかないんだ……!」
「ちっ……」
クラウドは思わず舌打ちをした。完全にジルの思惑通りに事が進んでいるからだ。
「エル、武器は?」
「拳銃二丁にナイフ一本。まぁ、拳銃は役にはたたないけどね……。後は“アレ”くらいかしら」
その言葉にクラウドは顔をしかめたが、それも一瞬だった。
「……女の方を任せても」
「当たり前でしょ。あの馬鹿力とやりあうには、あたしの『吸血』しかないでしょ」
「スマン、童の方は手早く済ませる」
「ムチャはしないでよ」
「嗚呼……、勿論だ。そんな至極面倒なことはせぬよ」
その言葉を最後に、二人はそれぞれの相手に向かって駆け出した。
作「第八夜を読んでいただき、有り難う御座います!」
エ「今回は短いわね」
作「まあね。戦闘シーンもほとんどないし」
ク「……それよりも、謝ることがあるだろう」
作「はい! 前回のアトガキで、リボルバーの話題を出しましたが、あれ、今回の内容でした! スイマセン!!(土下座)」
エ「ホントよね~、まったく。収録終わった後に台本見直してみたら、第八夜用って書いてあってビックリしたわ」(作者を足蹴にしながら)
ク「やはり、貴様には“書く”という才能は皆無だ」(同じく足蹴にしながら)
作「ヤバい……|MK5(マジで心折れる五秒前)……」
エ「気を付けなさいよね、そのせいで今回台本なしのぶっつけ本番じゃない!」
作「ホントスイマセン……言い訳をさせてください」
ク「却下」
作「そこをどうにか……」
ク「却下」
作「なんとか……」
ク「却下」
作「お……」
ク「却下」
作「…………」
ク「…………」
作「(人´ω`)」
ク「…………」
作「あ、ちょ、待っ……ごめんなさい、自分調子乗ってました! やめて! ナイフは痛ギャアアアァァァ……!!!!」
エ「最初のあとがきと同じ締めか……芸がないというか、何というか……。
えっと、グダグダでごめんなさい。今回はここまでということで。次回からは、このような初歩的なミスはなるべくしないように気を付けます。ですが、もし万が一発見なされましたら、ご報告をお願い致します。あと、感想も待ってますので(ニコッ)」