第九夜 異能『吸血』
エルヴィネーゼは金髪の女性の目の前に立った。女性の方は未だ静止の命令が解除されていないので、動かない。
「やはり『吸血姫』が相手か……」
ジルは狙い通りと言いたげな顔で頷いた。
「その様子だと、あたしの能力を知ってるみたいね」
「当然じゃ。嬢ちゃんのことは体の隅々まで調べたいと思ってたんじゃからな」
その言葉にエルヴィネーゼは自分の体を抱きすくめ、顔を引きつらせた。
「誰がアンタなんかに体を晒すかッ! あたしが体を晒してもいいと思うのは……――!?」
言葉を途中で区切り、顔を林檎のように紅潮させる。
(あたしってば、何を言って……!!)
「晒しても良いのは?」
無遠慮に追及するジル。ニヤニヤ笑いをしているので、エルヴィネーゼが言いたいことは何となく分かっているが態としているようだ。
「ウ、ウルサイッ! そんなことはどうでもいいの!」
赤い顔を更に赤くしたエルヴィネーゼは、誤魔化すように叫んだ。
「兎に角! 知ってるんなら話は早いわ。降参しなさい」
エルヴィネーゼは紅潮した顔をキッと真面目に戻し、提案する。呑むわけがないと思っていながら。
「無理じゃな」
エルヴィネーゼの想像通り、呆れたように一蹴するジル。
「そもそも、嬢ちゃんのような奴に勝つために開発された人工筋肉……。折角の試運転の機会をみすみす逃すわけがなかろうて」
「そう言うと思ってたわ」
エルヴィネーゼは腰のベルトに着けているポシェットから一本の試験管を取り出した。
その試験管の中には、ドロッとした赤黒い液体が入っていた。エルヴィネーゼが蓋を開けると、ムッとしたイヤな臭いが漂う。
「血……、やはり『吸血』じゃな」
「えぇ、そうよ」
エルヴィネーゼは試験管の中の血を一気に飲み干した。
「殺れ、“検体4099”」
ジルの命令に従い、真っ直ぐエルヴィネーゼに突っ込む金髪の女性。エルヴィネーゼはその場から一歩も動かない。
女性は体を捻って大剣を引き、放った。
ガシッ!
右から襲ってきた一撃をエルヴィネーゼは左手の指で掴むように捕らえた。
「ほう……」
それを見たジルが唸る。驚いたと言うより、流石と言いたげな表情である。
エルヴィネーゼは右手を握り締め、大剣の腹を下から掬い上げるように叩いた。
横向きのベクトルに縦のベクトルを無理矢理入れられたため、大剣の動きに揺られる女性。一瞬だけ隙が出来る。
そこを逃さず、エルヴィネーゼは女性の頭に巻かれているヘッドセットを外そうと空いた左手を伸ばす。
しかし、女性はそれを阻止するために手首を返す時間を惜しむかのように、大剣の腹で上からエルヴィネーゼを叩きつけてきた。この攻撃も、女性の肩間接に少なくないダメージを与える動きだ。
「くっ!?」
エルヴィネーゼはヘッドセットを諦め、両腕でその攻撃を防ぐ。流石に大剣の重さが完璧に乗った一撃は片手では止められないようだ。
「……ハァッ!」
上からジリジリ押さえ付けられていたエルヴィネーゼは体のバネを使い、大剣を思い切り押し上げた。女性はその時に受けた勢いを殺さず、後方へジャンプ。更に、バク宙する際に大剣も一緒に振ったため、重心が移動して通常より遠い位置に着地した。
エルヴィネーゼは太股に巻き付けていた鞘からナイフを抜き、女性に向かって駆け出す。そのスピードは、今までの彼女からは信じられない程速い。
絶対的威力では大剣に敵わないナイフなため、エルヴィネーゼは圧倒的な手数で攻める。女性の方も大剣を信じられない早さで動かすことで、ナイフの連撃を辛うじて防ぐ。
異能『吸血』
これが彼女、『エルヴィネーゼ・マクスウェル』の怪力の正体であり、二つ名『吸血姫』の由来である。
彼女は人の血液を口から摂取することで、一時的にではあるがあらゆる身体機能を向上させることが出来るのだ。
「流石だな……」
クラウドは暗殺者の相手をしながら横目でエルヴィネーゼの戦いぶりを見ていた。それを聞いた暗殺者もチラとエルヴィネーゼと金髪の女性の戦いを見た。
「……何だよ、アレ」
チラの筈がついジッとになってしまった。それだけ有り得ないことが起きているのだ。
「あのお姉さんも人工筋肉を入れてるのか?」
そんな暗殺者にクラウドは不意討ちを――
「クックッ……」
――しなかった。可笑しそうに喉の奥で笑った。
「まあ、似たようなモンだな」
「どういうことだよ?」
「所謂ドーピングというやつだ」
「ドーピング……」
暗殺者は眉を潜める。あまり良い感じには受け取らなかったようだ。
「あれなら一時的にだが、あの女と対等に打ち合えるだろうな」
「……つまり、戦いが長引くってことじゃないか」
「そうだな……」
暗殺者が両腕の刃を構える。
「じゃあ、尚更早くお兄さんを殺さなくちゃね!」
クラウドも両手のナイフを構えて、答える。
「嗚呼、こちらも少々急ぎなんでな……。あまり構ってやれんぞ」
同時に跳ぶクラウドと暗殺者。しかしその方向は正反対だった。
「逃げるなよ!」
「逃げて等いない。距離を稼いでいるだけだ」
そう言いながらナイフを投げるクラウド。
「くっ!」
それを走りながら弾く暗殺者。脅威ではないが、接近戦しか手段がない暗殺者としては鬱陶しいことこの上ないだろう。
「時間がないんじゃないのかよ!?」
「嗚呼、そうだ。だから最善の戦い方をしてるじゃないか」
「これがか!?」
「嗚呼、そうだ」
この会話中もクラウドは距離を取りながらナイフを投げ、暗殺者は距離を詰めながらナイフを弾く。クラウドは既に相当数のナイフを消費しているため、このままではいつかストックが尽きてしまう。
「疾ッ――」
そう思ったのかは分からないが、クラウドは急に方向転換。暗殺者に向かって地を這うような低い姿勢で走る。その手には今までのようなナイフではなく、一本の鉄の棒が握られている。
否、それは鉄の棒に非ず。
カシュッ
曇りのない刃がスライドして飛び出す。その刃渡りは約十五センチ。
それを順手に持って、低い姿勢のまま大きく円を描くように斬り上げる。暗殺者は首を反らすことでこれをかわす。そして腕が伸びきったタイミングで、無防備な胴を裂こうとし――慌てて飛び退く。
ブゥン!
今まで暗殺者の膝があった所を短刀が奔る。
クラウドは斬り上げが避けられてもそのスピードを落とすことなく、這うような姿勢を保ちつつ体を左に一回転させ胴払いならぬ膝払いをしたのだ。
暗殺者が着地をした瞬間を狙って、クラウドの左手が振るわれる。銀糸がその動きに追随するように靡き、襲う。 暗殺者は今まで通り斬り捨てようと刃を振るうが――
ギィン!
――予想外の音に目を見開く。今の音は確かに刃と刃がぶつかり合う時に響くものだった。
クラウドは二撃、三撃と銀糸を走らせ、暗殺者は脅威となった銀糸を喰らわないように弾く。弾き終え、一瞬の空白にクラウドから更に離れた。
「さっきとは全然違うじゃん、スピードも銀糸の切れ味も……」
「フム、何、簡単なこと。この体のキレは重りを投げ捨てたが故」
そう言って、掌で散乱しているナイフの群れを示す。
「そして、銀糸の威力は――魔術が故」
「魔術……。『刃術』かッ!?」
「嗚呼」
呟き、疾走するクラウド。短刀は逆手に持ち変えている。これを迎撃するため、両腕の刃を構える苦い顔の暗殺者。
攻守が完全に入れ換わった。
金髪の女性が連撃の隙を突いて大剣を振るう。エルヴィネーゼはそれを察知し退がるが、先端が当たりそうだったため、ナイフで防いだ。否、防げなかった。
「!?」
確かに大剣はエルヴィネーゼに届かなかったが、ナイフの刃が真っ二つに叩き斬られた。
直ぐ様後退し、使い物にならなくなったナイフを捨てた。
(やっぱりあの大剣は厄介ね……。まともに打ち合えない、素手ならやりあえるのに。何か……)
迫ってくる女性から距離を取りつつ、視線をあちこちにさ迷わせる。
「どうしたのじゃ、『吸血姫』? 逃げてばかりでは勝てんぞ」
聞こえてきたジルの声に、顔を歪めながら一瞬だけそちらを見て――違う物に釘付けになった。
(あれは……!)
突如後退を止め、ジルに向かって走る。しかし、その途中には金髪の女性が立ち塞がる。
エルヴィネーゼは走りながらホルスターから拳銃を抜き、直ぐ様マガジンを交換し、跳躍。女性の頭上をムーンサルトで通過する。その時に攻撃を喰らわないように拳銃による牽制も忘れない。
着地したエルヴィネーゼはまだ走る。目的地はジル――の脇にある金髪の女性が容れられていた試験管。
背後に圧力を感じながらも試験管に到着。それを見てもジルは傍観、否観察の姿勢を続ける。
エルヴィネーゼが立ち止まったことで大剣の射程範囲内に収まり、破壊の一撃を放つ女性。
それを、細い柱の裏に回り込むことで回避。大剣の一撃を喰らった柱は地に倒れ臥した。しかし――
「やっぱり……」
――柱は折れていなかった。
そもそも、金髪の女性を固定するために使用されていた柱。柔な作りであるはずがないのだ。倒れたのは、柱の根元の床が横向きの圧力に耐えられなくなったからだった。
エルヴィネーゼは倒れた柱を掴み、棒のように振り回した後、構えた。
「ほう、棒術か……? そんな思いつきで戦えるのかね?」
無駄だと言うジル。確かに、手に馴染んでない武術では、圧倒的な力の前に為す術なく潰されるだろう。
「それなら心配ご無用よ。小さい頃に剣術、槍術、弓術、更には魔術まで叩き込まれたんだから。勿論、棒術だって言うに及ばずよ」
「小さい頃……じゃと?」
「えぇ」
非のない構えから突きを放つ。女性は大剣の腹でそれを防御するため体の前面に持ってくる。
その瞬間、突きがピタッと止まり、進行方向が下へ。そのまま動きを止めずに大剣を掬い上げた。そしてガードがなくなった鳩尾目掛けて再び突き。
ガシッ
「!?」
それを女性は左手で掴むことで止め、大剣を降り下ろした。エルヴィネーゼは握る手を滑らせながら女性とは反対側の端まで後退して回避。そのまま端をしっかり掴み女性を持ち上げ、真後ろに叩きつけるため降り下ろす。
だが、女性は空中で手を離すことで回避すると共に距離を離した。それを追い、エルヴィネーゼは走る。そして突きのラッシュ。女性は大剣を盾に防御に専念する。
攻守が完全に入れ換わった。
それを視界の端に捉えた暗殺者は目を尖らせた。
「アアアアァァァ――……!!」
そして、腕を降り下ろす。何の変哲もない、正直な一撃だが、クラウドは異変に気付き、回避。
ドガンッ
凡そ刃では響かせられない打撃音が木霊する。それもそのはず。この音は槌がたてたのだから。
暗殺者は己の右手を巨大な槌に変換していた。
「クソッ」
その様子をクラウドは冷静に観察、思考を展開する。
(何だあれは。出し惜しみ……否、そうではない。ならば初めから使用している。錬度が上がった……? まだ発展途上ということやもしれん。いやしかし、厄介。至極面倒だな)
そこまで考え、短刀を握り直す。
戦いの流れは未だにどちらも掴みきれていない。一体どちらが先に掴むのか…………――
作「第九夜を読んでいただき、ありがとうございます」
エ「遂にあたしの異能が明かされたわね」
ク「遂にと言うほど隠してもなかったがな……」
エ「だまらっしゃい」
作「まぁ当初としては、『吸血』はクラウド、お前の異能力の予定だったんだけどね」
エ「えッ!? そうだったの!?」
作「うむ。まあプロット作成時に已む無く変更したんだけどね」
ク「何故……?」
作「まあ色々理由はあるんだけど、一番は異能、それ自体かな」
エ「どういうこと?」
作「異能の存在理由とか、そこら辺のことなんだけど……まぁ詳しいことは追々本編で語りますから」
エ「気になるわね……」
作「んじゃあ、少し匂わせた辺りで、今回のあとがきは終了!」
エ「えッ!? そんな!」
ク「お疲れ~……」
エ「ちょっとッ! 嘘、こんな終わり方って有り。!?」
作「んじゃ、レコーダー切るね」
エ「ちょ、待っ……――」




