第四十六夜 思考する戦場
お久しぶりです。
シンカーです。
ようやく更新することができました。
「クソッ……」
No.17『吸血姫』エルヴィネーゼ・マクスウェルは、行儀の悪い言葉を吐きながら走っていた。
「流石に速いッ」
エルヴィネーゼは現在、戦場を突っ切ってある目的地に向かっている。
「元暗殺部隊ってだけはあるわねッ」
初めこそは、勝手に突っ走っていってしまったリンを追いかけていたが、移動速度も移動手段も違うためすぐに見失ってしまっていた。
「でも結局、目的地は判っているんだから!」
エルヴィネーゼは角を右に曲がるために、前傾姿勢になって右手の〈血風舞う蹂躙の爪〉で地面を掴む。〈血風舞う蹂躙の爪〉は展開されているので、地面に刺さり、それを支点に体を滑らせるようにしてスピードを落とさずに角を曲がった。
『てーッ!』
「ッ!」
咄嗟に踏ん張ることをやめ、勢いに任せて転がる。直後に様々な属性の魔弾が通り過ぎていった。
「っぶなァ!」
エルヴィネーゼはそのまま地面を転がり、物陰に隠れる。
「敵部隊か……、こんなときに面倒なッ」
腰に吊ってある拳銃を取り出し、セーフティを外す。
「しッかし、なんていいタイミングで撃ってくるかな。ギリギリじゃない……(もしかしたら……)」
敵部隊の部隊長は最初に発砲命令を出してから、沈黙を貫いている。制圧射撃を行うでもなく、じっと何かを待っていた。
だが勿論、本当に黙っていたわけではなく、腰に吊っていた無線機を手に取り口に近付けた。
「敵と遭遇した。数は一人。恐らく、傭兵のエルヴィネーゼ・マクスウェルと思われる。どうぞ」
直ぐ様無線の先から返事が返ってくる。
《『吸血姫』か……。本当にそいつだけなんだな。どうぞ》
部隊長は一度、辺りを軽く見回した。
「ああ。私の“目”にはその一人以外見当たらない。どうぞ」
《ならば本当に一人なんだな。ふむ、傭兵はあまり相手にしたくはないが……仕方ないだろう。敵は敵だ。排除を許可する。これからは態々許可を取らなくとも良い。どうぞ》
「了解した。通信終わり」
部隊長は無線機を腰に戻し、改めてエルヴィネーゼが隠れている建物の陰を見る。
「動きは……なしか。この人数を相手するには分が悪いと感じたか?」
この部隊長が率いている部隊は、彼を入れて十一人と少数部隊だが、全員が一分の隙もなく隊列を組み連携した攻撃をしてくるとなれば、相手にしたら人数以上の圧力を感じるだろう。
「だが、逃げてもいない……。全員、構えを維持せよ。敵はまだ戦意があるようだ」
まるでエルヴィネーゼの挙動が見えているかのような命令だが、部隊の誰もがそれに疑問を覚えず緊張状態を保っていた。
「よく訓練された部隊だこと…………」
それを物陰から盗み見ていたエルヴィネーゼは、うんざりとした口調とは裏腹に表情を引き締める。
「動いてこない……。何を待ってるの?」
エルヴィネーゼは小さく息を吐く。
(考えられることは三つ。一つは私の動きを待っていること。でもこれは、私がまだここに隠れていることが前提の動き……。信憑性は低い)
一度頭を引っ込め、目を閉じて眉間を揉む。
(二つ目は、隊の魔力、もしくは隊員自体の消費を抑えたいということ。制圧射撃を魔術で行えば、それだけ魔力を無駄に失うことになるわけだから、人数が限られている相手としては極力避けたいはず……。隊員の消費もほとんど同じ理由で説明が付く。何の対策もなしにこちらに追撃してきて、もしトラップにでも引っ掛かったら一瞬で戦力を大幅に減らすことになる。これらのことを考えると、一番解に近いものだと思うけど……)
薄く目を開き、虚空を睨む。
(それでもまだ納得がいかない。もし今のが相手方の理由なら、私なんか放っておいて先に進むか、犠牲を最小限に抑えるために、必要最低限の人数で追撃させるはずだ。戦争で味方の犠牲がゼロに終わる、なんて幻想を部隊長レベルが抱いているとは思えない)
左手の〈血風舞う蹂躙の爪〉を展開し、右手で拳銃を握る。
(そこで、第三の考え。相手は“私が見えている”。もしこれが本当ならば、一つ目の考えも二つ目の考えも理由が付く。そりゃ、見えてるんならそれに合わせて対処すればいいんだもん。余計なことをする必要はない……)
中腰になり、足に力を込める。
(だから、まずは確かめる。本当に相手は、こちらを見ることが出来る目を持っているかどうか、ね!)
そして、思い切り飛び出す、瞬間──
「てーッ!」
色とりどりの魔弾がエルヴィネーゼ目掛けて放たれる。
だが、それらが彼女に直撃することはなかった。
「やっぱりね……」
額の汗を拭いながら、エルヴィネーゼは安堵の息を吐く。
(今の射撃命令、私が飛び出す前に発令されていた。もし本当に私が飛び出していたら、その瞬間に着弾するタイミングだった……)
そう。エルヴィネーゼは物陰から飛び出すフェイクを仕掛けたのだ。普通の人間ならば、あのフェイクには引っ掛からない。何故なら、その動作は全て物陰で行われたのだから。
(なのに、見事に引っ掛かってくれた。ということは……)
エルヴィネーゼが部隊長について考察しているのと同じく、部隊長もエルヴィネーゼについて考察していた。
(……やられたな。今ので、私の異能は彼女にバレたと考えた方が良いだろう)
部隊長の持つ異能は、千里眼シリーズの一つ『俯瞰』。ある対象を中空から見ることの出来る異能である。勿論、上空に目玉が浮いているわけではなく、言うなれば幽体離脱のようなもので、五感の内の視覚のみを意識から切り離し、ある座標に固定してそこからの風景を俯瞰する。そのため、例え自身と対象の間に何か障害物があろうとも、関係なしにその姿を視界に捉えることが出来るのだ。
この性質上、もう一つの千里眼シリーズである『透視』とよく間違えられるが、『俯瞰』の方は、視覚を自分から切り離すため、自分の周囲に対する警戒がどうしても低くなってしまうのがデメリットと言える。
(だが、バレた所で問題はない。地の利、数の利はこちらにある。このままなら、こちらの敗北は有り得ない。しかし問題は──)
(──あの人数を私一人で引き付けることが出来ている。これは戦争において十分な戦果と言える)
エルヴィネーゼは壁に背を預けながら、思考に没頭する。
(けど、私はこんなところで立ち止まっている場合じゃない……! どうにかして突破しないと……)
拳銃をホルスターにしまい、腰の冷蔵ポシェットから小瓶を一本取り出す。その中にはドロリと粘性のある、緋色の液体が入っていた。
(『吸血』を使えば、恐らくあの小隊は一掃出来る……。でも、この選択は有り得ない。例えここを切り抜けられても、直ぐに私がダメになる……。それじゃあ、本末転倒どころか命すら危うい……。これは使えない)
小瓶をしまい、さてどうするかと頭を抱えようとしたとき、ふと何かに気が付いた。
(別に……あいつらを絶対倒さなくちゃならないってわけじゃないよね。迂回すれば……)
そこまで考えて、エルヴィネーゼは頭を振った。
(それじゃあダメ! 迂回したからって敵とエンカウントしないって保障はないんだし、わざわざ離れる必要もない……。この場合なら最短距離で突破した方が楽なはず。でも、その突破する方法が思い付かない……!)
エルヴィネーゼが唇を噛んだ、その時だった。誰かの雄叫びが聞こえたのは。
(本当に、動かないな……。こちらに攻めることも、退くこともない。このままではじり貧だな)
部隊長は『俯瞰』でエルヴィネーゼの様子を見ながら思案していた。
(……仕方ない。こちらから攻めるか。恐らくだが、最低でも五人はいるだろう。私の護衛が半分になってしまうのは痛いが、早々に終わらせれば問題なし、か)
部隊長は己の部下に命令を出そうと口を開いた──瞬間、
『ウォオオオオオ──ッ!』
「ッ!?」
突然の雄叫びに、部隊長は直ぐ様視界を自分自身に向けた。
そこに映っていたのは、部隊の上空から降ってくる一人の男であり、彼は部隊長に向けて腕を振りかぶっていた。
そして、衝撃。視界はブラックアウトし、部隊長はこの戦いから退場した。
『ッ!?』
上空からの奇襲。いきなり自分達の隊列のど真ん中に現れた男に、隊員達は一瞬だけ動きを止めてしまった。
そして、その男にとって隙は一瞬で十分だった。
「ハァッ!」
膝を緩衝材として着地の衝撃を受け流した男は、直ぐ様立ち上がり振り向きながら裏拳を放つ。これをモロに喰らった隊員の一人が仲間を二人も巻き込みながら吹き飛んでいく。
更に男は、隊員一人の正面を向くと片手で襟を掴んだ。空いたもう一方の手で顔面を殴り首の骨を折り、そのまま後ろに投げ飛ばす。これもまた二人ほど巻き込む。
これで、十人いた隊員は一気に四人にまで減らされた。そうしてやっと隊員達は、敵対行動を行っている男に対し反撃を試みる。ある者は武器を、またある者は魔術を使って攻撃しようとするが、それは男には届かなかった。
ターンターンターンターン──!
響く四発の銃声。その一発一発は確実に隊員達の息の根を止めた。
「いらねぇ援護射撃だなぁ……」
男は銃声の鳴った方向を見ながら呟く。
「そう言わないで下さい。助けられるだけってのは、流石に二つ名が泣きます」
エルヴィネーゼは両手で構えていた拳銃を下ろす。
「ありがとうございました、スターツさん」
エルヴィネーゼは奇襲を仕掛けた男──No.5『破城拳』スターツ・ゴルドに近寄り頭を下げた。
「偶々だ。俺の通り道にコイツらがいたから潰しただけ。気にすんな」
スターツは片方の口元を僅かに上げ、手をひらひらと振った。
「まあ、ならそういうことにしておきますけど……」
エルヴィネーゼは上空を見上げた。
「どうやって空から……?」
「ああ、アイツにちょっとな」
そう言ってスターツが親指で指したのは建物の屋上。そこには一人の女性が立っていた。
「あれは……ガラテアさん」
No.10『天使』ガラテア・ユースタス。この二つ名がスターツの奇襲に力を貸したらしい。
彼女は無表情のまま屋上から飛び降りた。因みにその建物は十階程の高さなのだが、まるで衝撃などないかのように軽く着地を決めた。
「流石ですね……」
「ホントにビックリ人間だよなぁ……」
エルヴィネーゼとスターツは二人でうんうんと頷く。
「……ハッ!」
そこでエルヴィネーゼはやっと自分の目的を思い出した。
「こんなところでゆっくりしてる場合じゃない! スターツさん、ガラテアさん、ありがとうございました! ちょっと急いでいるんで私はこれで──」
「おいおい待てよ」
手をシュタッと挙げて走り去ろうとするエルヴィネーゼを、スターツは間髪入れずに止める。
「何ですか!? 私本当に急いでて──」
「だからどこに行こうってんだ。お前には俺の討伐部隊に入ってもらう予定なんだが……」
「いやあの、入りたいのは山々なんですけど……」
「だったら入れよ」
「だから、急いでまして……!」
「どこに何しに行くんだ。お前はナタリアから遊撃部隊に指名されたわけではないはずだ。基本、戦う気のある傭兵は俺の部隊、今は二手に別れているから、若しくはもう一つの部隊に入るのが原則だ。それを無視してまでお前はなにがしたい?」
ぐっ……、と息を詰まらせるエルヴィネーゼ。スターツの言は正論だ。ナタリアの命令を無視している自覚はある。それに自分は二つ名なので、当然戦力として数えられているに違いない。
そんな自分が勝手な行動をとる。そんなもの、迷惑以外の何物でもないに決まっている。
だがしかし──
「知り合いが、ううん、友達を助けたいんです」
「ダチ?」
訝しげな表情で聞き返すスターツ。
「はい。その子の唯一の肉親がこの国の病院に入院していて……」
「それで、ソイツが勝手に突っ込んでいったのを助けるためにお前も突っ込んでいった、って所か」
言葉の続きをスターツが言えば、エルヴィネーゼはコクリと頷く。
「ソイツ、歳は?」
「よく知らないですけど、十代前半かと……」
「知らない?」
またもや訝しげな表情をスターツがすれば、エルヴィネーゼは小さくなるしかない。
「……まあいい。ソイツは戦えるのか?」
「…………」
この問いでエルヴィネーゼが思い出すのは、リンとの出会いである。戦う力があるのかと訊かれれば──
「──戦えます」
「だったら……」
「戦えるには戦えるんですけど、あの子の戦い方はどちらかと言えば奇襲型で……。普段ならそれでも大丈夫だと思うんですけど、今は冷静さを失っているはずだから……」
「自分の持ち味を忘れて突貫しちまうかもしれないってか?」
「はい」
エルヴィネーゼはそわそわしながらも、スターツの問いに確りと答える。見るからに早く行きたそうだ。
「まあ、戦えるってんならそう心配すんなって言いたいが……」
スターツは頭をガシガシとかき、ボソッと呟いた。
「え、何て……?」
「ああ、気にすんな」
どうやらエルヴィネーゼには聞こえていなかったようで、首を傾げた。
「んじゃ、多分最後の質問だが──」
スターツは軽く嘆息し、エルヴィネーゼを見る。
「ソイツは、一体どこの病院に向かったんだ?」
「それは──」
エルヴィネーゼはイヴが入院している病院名を伝えると、スターツは口元を軽く歪めた。
「そこか……。なら大丈夫だ」
「何が、大丈夫なんですか……?」
エルヴィネーゼはよく分からないと言った風に目を細める。
「そこには別動隊が向かっている。というより、既に到着しているはずだ。あの辺りの制圧は終わってんじゃないか?」
その言葉にエルヴィネーゼは目を大きく見開く。
「本当ですか!?」
「こんなつまんねえ嘘なんかつかねぇよ」
スターツは吐き捨てるように言った。そして後ろに振り返り、ガラテアが突っ立っている方へ歩き出す。
「ほら、心配事はなくなったんだ。さっさと着いてこい」
「あ……」
エルヴィネーゼは一瞬動きを止めて考えたが、小走りでスターツに着いていく。頭の中では本当に大丈夫なのかと思考をこねくり回しながら。
(多分、大丈夫だよね……)
エルヴィネーゼは一度だけ、リンが向かったであろう病院──クリスティア総合病院がある方を振り返った。
(ゴメン、リンちゃん……。私は行けそうにないや。どうか無事でいて……!)
そしてエルヴィネーゼは、頭を強く振りスターツの部隊に参加した。
ビバッ春休み!!
と言うことで、春休みです。
すみません。
この一ヶ月近く、目が回るような忙しさで、全く執筆に手が回せませんでした。
レッドブルが、自分の相棒だった……。
単位は心配ですが、ようやくゆっくりできる時間ができたため、更新速度も少しは上がるかと思われます。
と言うか、上がって欲しいなぁ~。
それでは、次話で。




