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傭兵稼業の裏事情  作者: シンカー
第三章
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第四十五夜 初めての戦場

お久しぶりです。

シンカーです。

約2か月ぶりの最新話となりました。

本当に、最近は遅筆で申し訳ありません。


それでは、第四十五夜です、どうぞ。



「さて……」

 そう呟いた担任は、今一度己の武器を構え直した。隣のカイルも息を深く吐き、緊張感を少しでも和らげようとしている。

「カイル君」

 相対するブラッディ・ウルフは警戒でもしているのか、こちらに向かってこない。それを確認するや、担任はカイルに声をかけた。

「……なんでしょう」

 カイルも視線はブラッディ・ウルフから切らずに、その声に答えた。

 向こうが警戒していると同時に、隙を伺っていると理解しているから。

「君もみんなに合流するんだ」

「なッ!?」

 その言葉につい動揺してしまったが、なんとか視線はそのままだったのが功を奏したのか、ブラッディ・ウルフが襲ってくることはなかった。

「どういうことですか?」

 カイルは戸惑いと、少しの怒気を含んだ声色で質問した。

「どうもこうもない。言葉そのままの意味だ」

 担任はそれに気付かないフリをしながら、淡々と答えた。

「君は我が国の未来ある青年だ。こんなところでその命を散らしてはいけない」

「筋が通っていません。先ほどは僕の提案を快諾してくれたではないですかッ」

 語尾が少しずつ強くなるカイルに対して、担任はあくまでも淡々と返す。

「快諾ではなく、承諾だ。それに、あの時はフィオナ君がいた」

「フィー……?」

「そうだ。彼女がいる前でこんなことを提案してみろ。今の悶着に加え、彼女もこれに参戦してしまう。それはどうしようもない隙を生み出してしまう」

 担任は、一瞬だけ横目でカイルを見た。その表情は様々な感情が入り交じった、なんとも言えないものだった。

「それはッ……そうでしょうけど……」

 頭では理解しても、感情がそれを拒絶する。

(やはり学生……。まだ戦場は早い……)

 担任はそう心の中で呟き、どう説得すべきかと頭を悩ませる。

(そもそも撤退戦における殿は、謂わば隊を生かすための捨て駒だ。隊と一定の距離を取りつつ、常に背後を警戒し、時にはその身を犠牲にして敵を撃退、ないしは行軍を遅らせる……。こんなことを、この青年にさせるわけにはいかない)

 担任はそう結論付けると、僅かばかりの妥協案を口にした。

「ならば先制は私がやるので、君は後詰めを……」

「まあ、それなら……」

 渋々と言った様子でカイルは頷く。そしてそのまま一歩後ずさった。

「ただし──」

 そんなカイルに向かって、担任は最後の忠告を行った。

「──もし万が一、私が殺られたら……その時は一目散に逃げなさい」

「なッ……!?」

「これは命令だ。上官の命令に逆らうのか?」

「ッ!?」

 この一言はカイルに多大なダメージを与えた。

 軍人にとって、上官の命令は基本的に絶対だ。それを破るということはつまり、規律を乱す邪魔者に他ならない。

「くッ…………」

 カイルは砕いてしまうのではないかと思えるほど歯を食い縛り、担任を睨み付ける。

 だが、いくら睨み付けたところで事態が変わるわけもなく、

「…………分かりました」

 カイルは渋々頷いた。

「よろしい。では、そろそろやるか……」

 担任はショートソードをスモールシールドに叩きつけた。

 カーンッ──

 と、甲高い音が鳴り、まるでそれを合図にしたかのようにブラッディ・ウルフが担任に襲いかかった。

「フッ──」

 息を鋭く吐き、担任はスモールシールドを前に突進した。

 共に前進し、激突する直前、ブラッディ・ウルフは飛び上がり、その鋭い爪で斬りかかる。

「甘いッ」

 担任は、それを左腕を振るいスモールシールドで弾いた。

 そうして出来た隙に、ショートソードを真っ直ぐブラッディ・ウルフの胸部に向けて突き刺した。

 ド──

 鈍い音をあげながら、ショートソードはブラッディ・ウルフの内部に吸い込まれ、その刺傷の隙間からは血が滴り落ちていく。

「終わりか……」

 担任は心臓を貫いた手応えを感じていた。ショートソードを引き抜くと、追随するように夥しい血液が吹き出す。

「ふぅ……」

 担任は一息吐くと、次に周囲に他の敵がいないか見回した。

「凄い……」

 それをカイルは後ろからはっきりと見ていた。

「スモールシールドの小回りを利用して、敵の攻撃を防ぐんじゃなくて弾くなんて……」

 カイルは胸を一突きでやられたブラッディ・ウルフに視線を移した。

「それに、あの出血の仕方からして心臓を確実に突ける技術……。確かに、僕の出番はなかったかも──ん?」

 一瞬、ブラッディ・ウルフが動いたような……。

 カイルが自分の目を疑った直後──

 ガァアアア!

「んなッ!?」

 確かに心臓を貫いた筈のブラッディ・ウルフが突如起き上がり、担任の左腕にその鋭い牙を突き立てた。

 スモールシールドは彼の肘までしか覆っておらず、ブラッディ・ウルフが噛みついたのは無防備な二の腕であった。

「ぐぁあああ──!!」

 ギリギリと力が増していく顎に、担任は悲鳴をあげた。

 だが、ただ悲鳴をあげるだけでなく、担任は無防備に晒されているブラッディ・ウルフの頭にショートソードを放ち、頭蓋を穿つ。

 しかし、噛みつく力は軽減されない。脳を貫通したはずなのに、まだ動いていた。

「あ……」

 呆気に取られていたカイルは、担任がショートソードで突き穿ったところで意識を戻した。

「た、助けなきゃ……」

 カイルはそう呟いたが、

「……おい、おい動けよ。動けって。動けよ! なんで動かないんだッ!」

 彼の足は、地面に縫い付けられたかのように一歩を踏み出せない。

「クソがぁあああ!」

「──ッ!?」

 そうこうしている内に、担任が怒声をあげた。

 頭を貫通しているショートソードを更にぐりぐり動かし、中身をかき混ぜる。

「オラァアアアア!」

 最後にブラッディ・ウルフの頭を横合いに切り裂いた。

 そして遂に、ブラッディ・ウルフの瞳から光が消え失せ、完全に命を落とした。全身から力が抜けていく。だが──

「くそ……ッ」

 担任は左腕を押さえた。そこには、二の腕から先が付いていなかった。

「最後に無理矢理噛み千切られたか……」

 断面から激しい出血をしている担任がブラッディ・ウルフを睨めば、その口から彼の左腕がダラリと垂れている。

「ヤバイな……血が、足りない……」

 担任は腕の付け根を強く掴み、止血している。

「終わっ……た……」

 カイルはそれに気付くと、すぐに担任へと駆けつけた。

「大丈夫ですか!?」

 担任は青白い顔をカイルに向け、うっすらと笑みを浮かべた。

「……ああ、なんとかな」

「止血します!」

 カイルは自分の服の裾を千切り、その切れ端で担任の腕をきつく縛る。

 その治療を横目で見ながら、担任は辺りを警戒する。

「……先生」

「ん?」

 カイルは止血する手は止めず、しかしうつむき加減で担任に言葉をかける。

「…………すみません。僕が、僕がちゃんと援護に入っていれば、助けに入っていれば、先生は腕を……」

 ともすれば泣き出しそうな声色で、カイルは謝る。

 途中で消え入ってしまった謝罪を聞いた担任は、優しい微笑を浮かべた。

「いや、あの判断は間違ってはいない」

「え……!?」

 顔をあげ、疑問の眼差しを向けるカイル。

「死にかけの獣一体に二人ともが気を取られている間に、他の敵が私達の脇を通過して生徒達に近づいていたかもしれない。結果的にそうはならなかったが、万が一がある。カイル君があの場で制止していたのは、正しい判断だったよ」

 息を乱し、青白い顔をカイルに向け、青紫色に変色している唇を震わせながら、担任ははっきりと伝えた。

「違います! 僕は、ただ単に、恐怖で足がすくんでしまっただけで……」

 だがカイルはギリギリと奥歯を噛み締め、表情を厳しくする。

 カイルは、自分が赦されてしまったことに怒りを感じていた。もちろん、その矛先は担任などではなく、赦されてしまう自分に対して。

(フィーに偉そうなこと言っといて、結局は何も出来なかった。それどころか怒られもしなかった。つまり、怒る必要がない・・・・・・・ほど頼りにされていないんだ…………)

 そんな様子に当然気が付いていた担任だったが、敢えて何も言わずに──寧ろそれどころではないので──今さっき自分が殺した害獣に目を向けた。

「しかし、どうしてコイツは動けたんだ? 確かに心臓を貫いたはずだったのに……」

 考えてみても答えは出ない。殺したと思ったが、結果的には生きていたため、己の勘違いが原因かと一応の解答を用意するが、当然の如く納得はいかない。

 更に言えば、左腕を失ったことによる出血で、酸素が足りなくて頭がボゥッとしているため、考えも上手く纏まらないのだ。

(……これは、本当にヤバイ……かな)

 ふと、視線を通りに向ける。自分を隻腕にしたブラッディ・ウルフがやってきた通りである。

 それは、本当になんとなくだった。否、もしかしたら戦士特有の勘とやらだったのかもしれない。

 だからだろう──

「………………チッ」

 ──そこから新たな刺客が現れても、驚かなかったのは。

「え……、あ」

 カイルも気が付いた。それと同時に止血をしている手が震え出す。

 そこには、先程の倍は有ろうかというほどの体長を持つブラッディ・ウルフが、唸りながら存在していた。

「……デカイな」

「う、あ……」

 担任はショートソードを正眼の位置に据えて構える。だが、その切っ先は細かく震え安定しない。

(剣が重い、と言うよりは腕が重い……。これじゃあ満足に振るえないな……)

 担任は隣を見る。そこにいるカイルは、明らかに戦力になりそうになかった。それほどまでに、恐怖に体を支配されている。

(無理もない、か)

 担任は一歩前へ出て、カイルを自分の体の後ろに隠した。

「先……生」

「……逃げろ」

 小さく呟く、己の背後にいる生徒にギリギリ届く声量で。しかし、カイルはそこに留まっている。

「……で、でも」

「逃げろと言っているだろ……」

 だが、まだカイルは動かない。目の前の敵も、己の血の臭いで直ぐにでも襲い掛かってきそうである。

「……ぼ、僕はまだ、何も……」

 それでも反論をしようとするカイルに、担任はついにキレた。

「逃げろと言っているだろ! お前がいてもジャマなんだよッ! 戦力にならないヤツはさっさと消えろッ!!」

「──ッ」

 突然の怒鳴り声にカイルは体をびくつかせ、ゆっくりと弱々しく立ち上がった。

「あ……」

「何度も言わせるな。消えろ!」

「………………ッ」

 そして、カイルは振り返り走り出した。皆がいる方向へと。

「…………──」

 それを気配だけで読み取り、担任は微笑を浮かべる。

(これでいい……。あとは──)

 ブラッディ・ウルフを見据え、ショートソードを強く握り直す。

(出来るだけ時間を

 ゾッ──

「え……?」

 カイルは思わず振り向いた。振り向いてしまった。そうせざるを得ない音が響いたからだ。

「ぁ……」

 振り向いた先には、先程よりも格段に近い位置にいるブラッディ・ウルフと──

「あ、あ………………」

 ──首から先がない死体が一つ転がっているだけだった。

「あ、れ……?」

 その死体には、首以外にも左腕が欠けていた。それに加え、見覚えのある武器も握っている。

 そしてなによりも、

「う、あ、……」

 死体の近くに転がっている生首の顔を、彼は知っていた。とてつもなく知っていた。見間違えるはずがない。

「せん……せ、い」

 二人の距離は軽く五メートルはあったはずだ。それを一瞬でゼロにしてしまったブラッディ・ウルフ。その害獣は首無し死体に顔を向け、その肉を貪り始めた。

「う、オェ……ェ……」

 その光景に耐えきれず、カイルは吐瀉物を吐き散らす。

 その音に、ブラッディ・ウルフはカイルの方へと振り向く。

「ハァハァハァ……」

 カイルは目尻に涙を溜めながらまだ胃の中身を吐き出していたが、不意にその視線に気付き顔を上げた。

 口中が血の色に染まったブラッディ・ウルフは、唸りながらカイルに一歩近付いた。

「ヒッ……!」

 それだけでカイルは腰を抜かし、尻餅をついてしまった。カチカチと歯が鳴り、膝はガクガクと震えている。

 それでもなんとか、体を支えている腕の力を使って後ずさる。

(殺される……殺される……殺される……殺される……!!)

 頭の中を占めていたのは、もうただ一つの言葉だった。それ以外に考えられない。それ以外はもう浮かばない。

 カイルは既に絶望していた。だが、更に追い打ちはかかってくる。

「そ、んな…………」

 悪いことは重なってしまう。その言葉通り、絶望の象徴はやってきた。

 ──グルルルルル……

 それは、新たなブラッディ・ウルフだった。しかも一頭だけでなく、同時に四頭だ。恐らく、血の臭いに釣られて近くの奴らが集ってきたのだろう。

「は、ハ、ハハハハハ…………」

 この事実に、カイルは壊れ始めてしまっていた。

 心が、死んでいく。

 もう、何も考えられない。

 もう、何もかもが、どうでもいい。

 もう、僕は終わ──



 トン──



「………………………………………………………え」

 その自壊に歯止めをかけたのは、一体の蜘蛛だった。

 全身を黒に統一したその蜘蛛は、左右四本ずつ、計八本の足を先頭のブラッディ・ウルフに向かって振るった。いや、気が付いたら既に放っていた。

 それらの動きは風のように、羽のように軽いものだったが、ブラッディ・ウルフに接触してもまるで何もないかのように通過した。

 蜘蛛はその足を引き戻す。引き戻された八本の足には、赤黒い液体がベッタリと付着していた。

「クラウド、せんせ……い?」

 思わず呟いたカイルの言葉に、蜘蛛は僅かに反応した。

「………………」

 そして、無言でカイルに振り向く。黒い髪と黒い体に挟まれた、白い顔が浮き上がるように目立っていた。

「あ…………」

 だが、カイルはその白磁の顔より、蜘蛛の漆黒の瞳に見入られ、目を離せなくなってしまった。

(違う…………。誰?)

「………………」

 カイルは知らないがこの蜘蛛、否、彼こそがNo.7『消音スパイダー』アスター・バイオレットである。

 アスターはブラッディ・ウルフの群れに向き直った。

 だが、五頭いたはずのブラッディ・ウルフは四頭に数を減らしており、あとは肉片の山が一つあるだけだった。

(……あれは、銀糸?)

 直接的な危険が遠ざかったことにより、カイルの頭脳は少しだけ回転をし始めた。未だに腰は抜けたままだが。

 そう。蜘蛛の足とは、アスターが両手親指以外に装着した糸であった。だが、この糸は銀糸ではなく鋼糸。更に言えば、固有武装であった。

 〈姿消す無音の糸アリアドネ

 それ単体でモノを切断出来る程鋭利な鋼糸八本が、彼に与えられた武器だ。

 ブラッディ・ウルフ達は、突然肉片になってしまった同胞に反応が出来ていなかったが、それでも殺意だけは蜘蛛に向けていた。

 しかし、それに対し全く反応しないアスター。肩を軽く上下させると、コキッと小気味良い音が鳴る。

「……流石に、肉片になれば復活はせず、か」

 アスターはぼそりと呟くと、一歩を踏み出すために片足を上げた。

 それと同時に、四頭のブラッディ・ウルフが一斉に襲いかかってきた。先程と同じように、五メートルの距離をゼロにする奇襲で。

 だが、何故だろう。

 トン──

 気が付いたら、アスターとブラッディ・ウルフ達の位置がそっくりそのまま入れ替わっていた。当然、飛びかかってきた事実は変わらない。

 つまり、同じだったのだ。害獣と蜘蛛の跳躍距離が。アスターは、たったの一歩で五メートルをゼロにしていたのだ。

「う、そ…………」

 違うところと言えば、そう──

 ズリ、ズリズリ……

 その技術の差だろう。

 ブラッディ・ウルフは、一頭残らず肉片へと姿を変えた。勿論、復活することなどあり得ない。

「すごい…………」

 カイルは、見惚れていた。見えていたわけではない。アスターが何をしたのかはさっぱり見えなかったが、その結果にただ見惚れていた。

「……これが生物兵器、だと? 正直、肩透かしだな」

 アスターはブラッディ・ウルフとの戦闘の結果を軽く確認すると、次の戦場へと向かっていった。

 後に残されたのは、生き残りが一人と死体が一体、そして肉片の山が五つだった。

「助……かっ、た?」

 カイルは腰を抜かした体勢のまま、それだけを呟いた。戦場に空いた空白に、その言葉がよく響いた。

「先生……」

 カイルはそろそろと立ち上がり、担任の死体へと視線を向けた。

「本当に、死んじゃった、の?」

 今まで普通に会話をしていた相手の、死。

 今までの生活ではあり得なかった、経験。

 これが、戦場。カイルにとって、初めての体験だった。

「……先生が言っていた、俺が殺されたら逃げろって言葉、やっと分かった気がする。そりゃそうだよ……」

 じわじわとカイルの目から涙が滲み出してきた。

「先生が勝てない相手に、僕が勝てるわけがない……」

 下唇を噛んで、声をあげずに泣く。しかし、その目は確りと担任を見ていた。

「………………そうだ」

 カイルは頭を一度振り、涙を拭った。

「逃げなくちゃ……、上官の命令は絶対だ……」

 カイルはよろよろと後退るが、途中で落としていたパルチザンが足に当たった。

「僕がこんなもの、持ってたって……」

 カイルは一瞬どうするか考えたが、気が付いた時には既に拾っていた。

「………………」

 カイルはもう一度担任に視線を送り、敬礼をした。

「ありがとうございました……」




 そうして、カイルはそこから離脱した。

 目指すは、皆の所。

 だが、その顔色は全く優れていなかった。








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