第四十四夜 受け身の戦場
お久しぶりです、シンカーです。
えー、まあ、仰りたいことは色々とあるとは思いますが、その辺の言い訳といいますか、理由というのはあとがきに記しておきますので、気になる方がいらっしゃったのなら、そちらもお読みくだされば幸いです。
とにかくお待たせしました。
第四十四夜です、どうぞ。
「ふう……」
溜め息を一つ吐き、ナタリア・リーンバールはテラスに備え付けてある椅子に深く腰掛けた。
「お疲れだな」
その隣に一人の男性が近付き、声をかけた。
腰まで届く青い長髪が風に揺れ、その下にある風貌を覆うが、鋭すぎる藍色の眼光だけは隠しきれていない。
「ガウェインか……」
チラと横目で確認し、すぐに視線を正面に戻す。
たったそれだけの対応をされたガウェイン・クロイツェフは、しかし気にした様子もなく話を続ける。
「まだこれからだと言うのに、そんなことで大丈夫か?」
「当たり前だ。この程度でダウンするほど脆くはない」
ナタリアはふんっと鼻を鳴らし、頬杖をつく。
「しかし、やはり想定通りの反応だったな……。いや、想定以上、か?」
「……充分想定の範囲内、さ……」
目を僅かに細め、ボソッと呟く。その瞳には何の感情も浮かんでいない。
彼女、ナタリア・リーンバールはたった今まで、今回の大会に訪れていた各国の王族貴族達を相手に、現状を報告し、対応を伝えていた。
要約すれば、敵が襲ってきたので逃げろ、と。
もちろん、この程度ならば多少の文句はあれど、皆自分の命を守るために迅速に退避していただろう。
だから、問題は別にある。
その問題とは、傭兵の雇用禁止である。
これがナタリアの口から発せられた時、不平不満があちこちから飛び交った。
誰もが自分の命は大切だ。人の上に立つのが当たり前である王族貴族は尚の事。侵略有りと聞いた次の瞬間には、己が命を守るために傭兵を雇用しようと考えていた彼らにとって、傭兵の雇用禁止は自らを守る盾の消失に他ならない。
当然、彼らは保身のために何人かの近衛、ないし護衛を連れてはいる。しかし、結局は何人かなのである。片手、もしくは両手で数えられる程度の人数では心許ないのだろう。
敵の数は分からないが、他国に襲撃しているとなるとそれなりにはいるはずだ。その中を逃げ切るには、やはり盾はいる。だから傭兵雇用禁止など言語道断だ。
そんな心情を前面に押し出した抗議だったが、現在の強者はナタリアの方であった。
それら数える気も失せる程の抗議に対し、彼女が放った台詞はごく僅かだった。
『我々の決定に従えないのならば、こちらにも考えがある』
とりわけ大きな声でもなかったが、何故か彼女の声はこの会場に広く深く伝わった。一瞬の間の静寂。その間隙に、ナタリアは言葉を続ける。
『我々の決定に従えない国のギルド支部、ないしは本部を、本日を持って解散させる。これは強制だ。そちらに拒否権はない』
各所から息を呑む気配が伝わる。あまりの暴挙に咄嗟に声が出せないようだ。
『それでも抗議したいというならば、どうぞ声を張り上げて下さい。我々は真正面から受け止めましょう』
当然ながら、その後に声をあげた人物はいなかった。
「あの返しをされては奴らは黙るしかない。一国の代表としてここへやってきている奴もいる。身勝手な行動でその国が不利益を被ったら、たまらないからな」
ガウェインは皮肉混じりの台詞を真顔で言った。その視線は会場の貴賓席に向いている。
「まあ、そのせいで私の株は大暴落だがな……」
こちらも皮肉気な、しかし表情は苦笑のナタリア。頬杖を突き、ふうと溜め息を吐いてみる。
「取り敢えず、これでこちらの戦力が無秩序に削られる事態は回避したな」
「削られる、と言うより消滅、だろうな」
ナタリアは一度首を解した。その際、コキッと軽い音が鳴る。
「はてさて、あとはどれだけの傭兵が参戦してくれるか、だな……」
「最悪、二つ名だけで抗戦する事態もあり得る。当然、その時は私達も出陣というわけだが……」
ガウェインは壁に立て掛けてあった自身の武器を二本持ち上げた。
「当然、こいつらの使用許可は出るんだろうな?」
ナタリアはその二本の槍を見つめ、コクリと頷いた。
「無論だ。『蒼天貫く疾風の槍』と『万物穿つ迅雷の槍』はこちらの重要な戦力だからな。だが、解放はするな。これだけは、まだ許可出来ん」
「……了解した」
ガウェインは手に持った二本の槍を元々あった場所に戻した。そこには既に四本の槍が置かれており、二本の固有兵装が追加されて計六本あることになる。
「……本当に常々思うよ。その本数はおかしいと」
ナタリアが呆れながら首を振る。
「状況に応じて使い分けることが出来るからな」
「そんな言い分が通じるとでも?」
「少なくとも嘘ではないはずだが?」
「………………」
「………………」
互いに無言になり、異様な空気が漂い始めた。
「……ヤメだ」
それを破ったのはナタリアだった。右手をぶらぶら振って空気を軽くする。
「今はこんなことをしている暇はないしな」
「同感だ。我々は同じ方向を向かねばならない。つまり、こうやって腹の探り合いをしている場合ではないということだ。だと言うのに……」
ガウェインは更に小言を続けようとしたが、それを敏感に察知したナタリアは直ぐ様話の軌道を反らしにいった。
「ところでッ、戦局はどうなっているのだろうな?」
「………………」
当然、こんな幼稚な手段はガウェインにバレバレなのだが、争わないと言った手前、特になにも言わずにその軌道に乗ってあげた。
「……さあな。そろそろ最初の定期報告が入ってくるはずだが……」
戦場に向かっている傭兵達、その中でもリーダー格となっている二つ名達には無線が渡されている。そして、ナタリアに指示された場所にたどり着いた時に一度、その後は三十分単位を目処に定期的にその無線で連絡することとなっている。
そろそろどこかの部隊が到着してもおかしくない時間が経過しているが、まだ連絡は来ていない。
「まあおそらく、最初に来るのは『絶対防御』か──」
ザザッ……
《スターツ・ゴルドだ。取り敢えず着いたぜ》
無線から聞こえるのは、一人の一桁ランカーの声。
「──『破城拳』、と言おうとしたんだがな」
ナタリアは苦笑しながら無線を口に近付けた。
***********
《『舞姫』だ。そちらの状況は?》
No.5『破城拳』スターツ・ゴルドが手に持つ無線機から、実質リーダーであるナタリアの声が響く。
「悪ィな。実は、まだ俺は現場には着いてないんだわ」
スターツは口では悪いと言っているが、その口調は全く悪びれた様子がない。
《ん? それはどういうことだ?》
ナタリアの当然の疑問に、スターツは軽く答える。
「いやな、俺が受け持ってた隊を二つに分けたんだよ。一つの隊だけじゃ全部を捌ききれないって思ったからな」
《ということはつまり……》
「ああ。別動隊はレイミアが指揮してるんだがな、あいつから到着したって連絡をもらったから、代わりに俺がアンタに連絡したんだ」
《ああ、そういうことか。了解した。……しかしな、》
ナタリアは少し語気を変え、苦言を呈する。
《それならそうと連絡をしてくれれば良かったんじゃないのか?》
「悪ィ、忘れてた。んじゃ、これで切るぞ」
あっけらかんとした口調で謝り、スターツは無線を切ろうとした、が──
《待て》
──それをナタリアが制した。
「……あんだよ?」
スターツは若干不機嫌そうに聞き返す。
《隊を二つに分けたと言ったな? ならば、スターツ隊とレイミア隊がそれぞれ今どこに向かっているのか、という報告が必要だと思わないか?》
ナタリアの僅かに嫌みが含まれた言い分に、スターツは一瞬息を詰まらせたが、それを悟られないようにすぐに答え始める。
「レイミアは北側、俺は南側の病院を回ることにしている」
《その区切りは?》
「中央通りにあるクリスティア総合病院だ」
スターツがそう答えると、無線の向こうから息を呑む音が聞こえた。
「どうした?」
《あ、いや……。それで、その総合病院にはどちらが向かうんだ?》
動揺を若干隠せずにいるナタリアにスターツは眉を顰めたが、特に気にすることはなかった。
「レイミアだ。俺の方はさっさと南に向かわなけりゃ間に合わないからな。そこはレイミアに任せた」
《……そうか》
それから少しの時間、ナタリアから何も言ってこなかったため、スターツは無線を切ってよいのか悩んだが、それを尋ねる前にナタリア側から切るぞと言われ無線を切られた。
「……総合病院になんかあんのか?」
スターツは頭に疑問符を浮かばせたが、すぐに些末なことだと切って捨てた。
「まあ、いいか」
スターツは無線機を腰のケースにしまい、自分についてくる傭兵達を率いて、一路南に進軍していった。
***********
駆ける。駆ける。駆ける。駆ける。
人が造った道など関係無しに、地を、木を、壁を、屋根を、足がつけるものなら全てを足場に、彼は駆ける。
彼は、目的があって走っているわけではない。否、正しくは目的地に向かって走っているわけではない。ただ、戦禍がありそうな場所に足を向けているだけ。そして、彼にとっての敵を殲滅したあと、また駆け始める。
そんなことを繰り返していると、
「む?」
少し離れたところに、彼と同じく道なき道を駆ける一人の人間を見つけた。
一瞬、敵かと己の武器を構えたが、すぐに同胞だと気付きそれを下ろした。
だが、どうも様子がおかしい。
(遠目から見ても判るほどの、取り乱し様……。進歩がない。変わってないな)
彼──No.7『消音』アスター・バイオレットはそう心の中で呟き、興味が失せたのか視線を次の戦禍に向けた。
そこでは、子供達が多数を占める団体が敵に追い掛けられていた。
「ハァハァハァ……!」
「くそッ……!」
カイルと担任は、隊の殿を務めていた。セシルを先頭に据えれば、進路を塞がれることはないだろうという予測の基での決断だった。
その予測は見事に当たったが、問題は進行方向だけではなかった。
「なんなんだアイツら!!」
カイルは舌打ちをしながら、血に濡れたパルチザンを後ろに流しながら走っていた。隣では同じように血塗れのショートソードを鞘に仕舞わずに走る担任がいる。
「大丈夫ッ!?」
そのまま走っていたら、フィオナが二人の前から駆けつけてきた。
「フィー!? みんなは!?」
「少し先で待ってるよ。さあ、急いで!」
カイルと担任は、少し前に後ろから追いかけてきた敵の足止め、ないしは倒すためにセシル、フィオナ、そして二―二の生徒達を先に行かせていたのだ。
セシルは何も言わなかったが、言外に私が残った方がいい、という態度を取っていたが、二人がなんとか説得して行かせたという経緯も、一応追記しておく。
「なっ!? 待ってるって……、危ないよ!」
カイルはそうフィオナを責めたが、当の本人はかぶりを振った。
「二人を置いていく方が危ないわ。さあ、もうすぐそこだから早く行きましょ!」
フィオナはカイルと担任の腕を掴んで引っ張るが、二人はそれをはね除けた。
「え……?」
当然、意味の分からないフィオナはポカンとした表情になる。
「ダメだ。今はまだ合流出来ない」
担任がフィオナを見つめながら断言する。
「ど、どうして!?」
「それは──」
「来ました、先生ッ!!」
「──ッ!?」
担任が説明しようとしたところをカイルが遮り、二人は直ぐ様後ろを振り返った。
彼らの背後からやってきたのは、一頭の獣だった。
「あれは……」
「ブラッディ・ウルフ。一度嗅いだ血の臭いは忘れず、延々とその臭いを発する獲物を追い続ける獰猛な害獣だ」
それは体長が一メートル弱程で、紺色の体毛に、頭頂部に緋色の鶏冠がついているのが特徴の狼だった。
そいつが、唸り声をあげながら三人に近付いてきた。
「ブラッディ・ウルフって……、あんなヤバイやつが街中に放たれてるって言うの!?」
フィオナは怯えから一歩足を引いたが、逆にカイルは一歩前に出た。
「え……、カイル?」
フィオナは動揺した瞳でカイルを見据えたが、見られた彼は彼女に振り替えることなく言い放つ。
「フィー、みんなの所に戻るんだ」
「なッ……!?」
「それで、僕達を待たずにすぐに出発してほしい」
カイルはパルチザンを両手で握りしめ、構えをとった。
「な、何言ってるの!? 今のところはアレ一匹なんだから、三人でさっさと倒した方が──」
「それじゃ遅いんだ、フィオナ君」
フィオナの反論を遮ったのは、担任の先生だった。
「……遅い?」
「そう。確かに、今だけを鑑みればあのブラッディ・ウルフ一匹だけだろう。だけど、我々が戦闘中に後続がやってこない保証は、どこにもない。我々があの一匹に気を取られている間に、他の敵が、待機してくれている生徒達を襲撃しない保証はどこにもないんだ。ならば、最終的に行き着く思考はただ一つ──」
担任はスモールシールドを前に、ショートソードを腰の位置に構えた。
「──多くの人間を生き延びさせるためには、どういう選択をするべきか。カイル君の提案は実に妙案だ。フィオナ君、君に伝令役を頼もう。“我々に構わず先に進め”、と」
「ッ──!?」
フィオナは息を呑んで目を見開いた。そして、また何かを反論しようとしたが、それをぐっと堪えた。
(今すべきことは、反論することじゃない……。今の私は、一人の兵士なんだ)
そう心の中で決意を固めると、フィオナは背後に振り返った。
「………………絶対、生きて──」
「ああ、必ず帰る」
「──ッ!」
そうして、彼女は来た道を引き返した。
たった一人で。
しかし、しっかりと前を見据えながら。
はい、ということで一応言い訳じみたことを書かせていただきます。
何と言いますか、スランプというのはご存知でしょうか?
いくら練習してもうまくならないという、体育会系によくある症状なのですが、今回自分も似たような状況になってしまいまして・・・・・・。
書きたいことは頭の中に浮かんでくるのですが、それをうまく文章にできなかったんですよ。本当に書けなくて、大変な時は一文字も進まないこともありました。
そのせいで、というのはあれなんですが、更新がここまで遅れてしまったのはこういった原因があります。
とは言いつつも、結局は己の力量不足が招いた事態でありまして、本当に読者の皆様には申し訳なく思っております。
すみません。
実はこの症状はまだ治っていなく、いまだに文章を書くのに四苦八苦している状態でありまして、今回の内容も悲惨の文字がよく似合うと思われます。
ただ、やはりこれを治すのにはとにかく書き続けることが大事だと思いますので、どうか皆様、見捨てやってくれないでください。一人でも読者がいれば、それを糧に頑張って書き続けたいと思います。
えー、長々と書き連ねてしまいましたが、どうもすみませんでした。
これからもこの「傭兵家業の裏事情」を応援してやってください。
よろしくお願いします。