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傭兵稼業の裏事情  作者: シンカー
第二章
33/46

第三十三夜 二つ名対二つ名



 クラウドの試合の前に行われた三回戦第三試合は、No.22とNo.12『雷電ピール』が対戦し、『雷電ピール』が順当に勝ち星を得た。その試合内容は圧巻の一言に尽き、No.22の傭兵を全く寄せ付けない完勝であった。

 そのため、会場のボルテージも最高潮近くまで上がり、熱気が渦巻いている様子が見て取れる。

 その雰囲気を肌で感じ取りながら、クラウドは静かにフィールド脇の控え場所に佇んでいた。

「ヤッホー、流石に緊張してる?」

 そこへ、背後からエルヴィネーゼが近付いてきた。

 クラウドは一瞥だけやり、直ぐに視線を正面に戻した。

「否、それはない……」

「ふーん……」

 エルヴィネーゼはつまらなさそうに唸り、クラウドの正面に回った。

「にしては、なーんか雰囲気可笑しくない?」

 クラウドの顔を、下から覗き込むように上目遣いで見る。

 それに対し、クラウドは無言で右手を上げ、振り下ろした。

「ぁいてッ」

 それは綺麗なチョップとなってエルヴィネーゼの額を叩いた。

「むぅー……」

 叩かれた額を擦りながらエルヴィネーゼは頬を膨らませるが、クラウドはスルー。

 暫く頬を膨らませたままジトッと睨んでいたエルヴィネーゼだが、全く取り合わないクラウドに溜め息一つで諦め、表情を引き締めた。

「正直、勝つ自信はあるの?」

「………………」

 クラウドは僅かに目を細めたが、直ぐに戻した。

「さァな……」

「……そっか」

 エルヴィネーゼもそれ以上は言わず、クラウドの見つめる方向に視線を向けた。

 そこには、クラウドの対戦相手である、No.13『拍手カレイドスコープ』ムーバル・ヴァンガードが不敵な笑みを浮かべながら、同じくクラウドを見ていた。

「……あたしが間違ってたわ」

「あ、ン?」

 突然の言葉に、クラウドも思わず視線をずらしてエルヴィネーゼを見る。

「あたしが掛けるべき言葉は、勝てるの? じゃなかったわね」

 エルヴィネーゼもクラウドに向く。

 この場所で、初めて、クラウドの視線とエルヴィネーゼの視線が合わさる。

「勝ちなさい。あたしの、ううん、あの時・・・のあたしの目が節穴じゃなかったって事を、しっかり証明しなさい」

 真正面からの鋭い眼差し。意味もなく気後れしてしまいそうなそれを受けても、クラウドは依然として落ち着いた態度を崩さなかった。

「──嗚呼、勿論だ」

 クラウドが頷いたちょうどその時、実況が次の試合をコールし始めた。

《さあ、三回戦第四試合へと行くぞ! テメェラ、よくぞここまで待ってくれた……。テメェラが見たかったものは、ついに実現するッ!!》

 ウォオオオオー!!

《先ずは東側! ローレンシア大陸からの出場、No.77『暗殺者アサシン』クラウド・エイトォオオオオ!!》

 始めに呼ばれたクラウドが、無言でフィールドへと足を進める。

「いってらっしゃい」

 後ろから掛けられる言葉に、右手を軽く挙げることで応える。

《続いて西側! ポルトン大陸からの出場、No.13『拍手カレイドスコープ』ムーバル・ヴァンガードォオオオオ!!》

 対するムーバルも、無言のままフィールドに歩いてくる。違うところと言えば、クラウドが素手に対してムーバルが抜き身の長剣を肩に担いでいるところと、クラウドが無表情に対してムーバルは薄ら笑いを浮かべているところくらいだ。

《今大会初の、二つ名同士の戦いだァアアアア。!!》

 観客席の熱気は、先程の『雷電ピール』戦以上に上がり、納まるところを知らない。

 そんな中、両者はフィールドの境界線で一度止まることなく、そのまま中央まで歩み進める。

 そして、互いが握手出来る距離まで近づく──直前に、

「フッ……!」

 ムーバルがクラウドの頭目掛けて長剣を振り下ろした。

『ひっ……!』

 観客席に息を飲むような悲鳴があがるが、長剣がクラウドに当たることはなかった。

「チッ……」

「………………」

 当たる寸前にクラウドが首を傾けたお蔭と、ムーバルがクラウドの首を切断する寸前で長剣を止めたからだ。

「気に食わねェな……少しはビビったらどォだ? 雑魚らしくよォ」

 ムーバルの分かり易い挑発に、当然ながら乗るはずもないクラウド。首元に突き付けられたままの長剣の腹を左手の指で掴みながら言い返す。

「この程度、どう驚けと? こんな殺気の籠っていない挑発など、四桁ランカーとて驚かんよ……」

「……テメェ、言うじゃねェか」

 ムーバルの視線が鋭くなっていくが、クラウドはそれを歯牙にも掛けず、左手で握っている長剣に目を向けた。

「……ほぅ、これは……」

「ンだよ……?」

 クラウドは視線をずらさないまま、ムーバルに答える。

「笛か……」

 ピクリとムーバルの片頬が動く。クラウドは、それに気付きながらも敢えて無視して続ける。

「剣先に穴……、恐らく中は空洞か。振り回した際に生じる空気の流れに応じて音色を変える、笛の一種……。だが、これは音を奏でるというより、単純に空気の流れを変換するだけの特殊奏法の笛……嗚呼、やはりそうか」

 合点がいったと頷き、ムーバルを見やる。彼は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

「これは、ベリアル・マーカス製の“固有兵装”か。こんなスカスカの脆い代物を、打ち合う目的の剣に加工出来るのはあの爺だけだからな」

「……そォだよ。似非とは言え、流石に知ってはいたか」

 溜め息を吐きながら投げ遣りに答えるムーバル。

「で? だからどォした?」

「嗚呼、想像通りだが、貴様の幻術は、聴覚に訴えかける種類だと判明した」

 長剣を放りながら言ったセリフを、ムーバルは無表情のまま聞いていた。

 勢い良く返された長剣をもう一度肩に担ぎ直し、鼻を鳴らす。

「もう一度言うが、それがどォした? 俺は別に幻術の正体それを隠してはいないし、長剣これを切り札にしているわけでもない」

 長剣を、今度は胸の前で見せ付けるように持ち、ムーバルはクラウドを睨み付ける。

「ついでに教えといてやるよ。こいつは〈開戦告げる天の角笛ギャラルホルン〉。テメェの推察通り、ベリアル・マーカスの作品だよ……」

 それを、ムーバルは他所へ放った。

 カラァ……ンと、空しい音が空間に響く。会場にどよめきが広がった。

「だが、俺はこれを使わねェ。聞いたところによると、テメェも幻術を使えるみたいだが?」

 顔を僅かに上げ、見下ろすようにクラウドを見る。

「嗚呼、一応な……」

 クラウドは、首をゴキッと鳴らしながら答える。

「そォか……、二流レベルの拙い魔術なんだろォな。だから俺が、本物の幻術を見せてやるよ……。テメェが二つ名を名乗ることに恥ずかしさを覚えるぐらいの圧倒的実力差ってのを教えてやるよ……!」

 ムーバルはそれで言いたいことを言い終えたのか、満足した顔でクラウドに背を向けた。因みにだが、握手はしていない。

 だが、このまま帰すほど、クラウドも素直ではない。

「……一つだけ言っておく」

 クラウドの発言に、ムーバルはピタリと足を止め、だるそうに振り向いた。

「……アァ?」

 クラウドは無表情のまま、屹然とした態度のまま言葉を続ける。

「貴様の幻術は、オレの幻術には届かない」

「……ンだと?」

 ムーバルの表情が険しくなる。

「断言してやる……。幻術勝負になったならば、貴様は、オレには、勝てない」

 クラウドの宣言に、ムーバルは怒り心頭といった様子だ。あまりの怒りに笑いが込み上げる。

「クックックッ……、まさか、この俺に、幻術勝負で勝つだと……?」

 キッとクラウドを睨む。気の弱い人間ならば、これだけで昇天してしまいそうなほどだ。

「巫山戯るなァ! 冗談も休み休み言いなッ! あまりにも馬鹿らしすぎて、話にならねェよ!」

 まるで獣の咆哮のような怒声に、しかしクラウドは臆しない。

「貴様に冗談を言うほど、オレは酔狂ではないつもりだが……」

「……言うじゃねェか! そんなに俺と幻術勝負がしてェのか!? ならやってやろうじゃねェか!!」

 ムーバルの発言に、クラウドは密かに唇の端を吊り上げる。

「別に構わんぞ、こそこそ隠れてオレに幻術をかけても……」

 わざと挑発を続け、煽りまくるクラウド。しかも先程までとは違い、莫迦にしたような薄ら笑いまで追加されていては、効果は抜群であろう。

「調子に乗るのも大概にしろよ……。この俺が、テメェみたいな似非二つ名相手にこそこそ隠れる、だと? 良いぜ、真正面から幻術勝負してやるよ!」

 ムーバルの怒声に、観客席はざわつき始めた。期待していた二つ名同士の戦いは様相が、というより雰囲気が剣呑になっていたからだ。

 クラウド達と一緒にいる学生達も、その不安の波に乗せられた質だった。

「なんか、雰囲気悪いですね……。さっきは急に剣を突き付けるし……」

 カイルは不安げな表情で、フィールド中央で言い争っているクラウドとムーバルを見ている。隣のフィオナ、そしてリンも心配そうな視線を向けている。ソラリスに至っては若干ではあるが、ムーバルの怒気に脅えている。

「仲、悪いんですね……」

 フィオナがシャイナに尋ねた。

「そうかもね。私としては、仲良くして欲しいんだけど……。まあ、これはこれで面白いと言えば面白いから、構わないんだけどね」

 一方、答えたシャイナは全くもって気にしていなかった。というより、楽しんでいた。それはシャイナだけではなく、楽しんでこそいないものの、エルヴィネーゼとセシルもこれと言って心配しているわけでもなかった。

「……三人とも気にしてませんけど、あの仲の悪さは有名なんですか?」

 カイルは、見ていることに耐えられなくなったのか、視線を切ってエルヴィネーゼに変えた。

「うーん……。まあ、有名、なのかな? その、あの二人が別段仲が悪いってわけじゃなくって、ただムーバルが低いランクの傭兵を馬鹿にするタイプなのよ」

「……ああ」

 それで納得したカイルは、呆れた表情で頷く。

「二つ名は、ランク20以上の特権のはず。なのに、たった77程度で授かったクラウドが気に入らないんでしょ」

「……お子様」

 セシルも、溜め息を吐きながらやれやれといった様子で呟く。

「……因みに言っておくけど、セシル、アンタも以前はそうだったんだからね」

 エルヴィネーゼが横目で睨みながらセシルに言うが、当のセシルは何処吹く風。

「……そんな昔のこと覚えていない。今は、単純にクラウドラヴ」

「………………」

 こりゃ駄目だと言う風に首を横に振り振り、エルヴィネーゼはフィールドに視線を戻した。どうやら挑発合戦は終わったようで、今はちょうどサイドに捌けていくところだ。

「あの様子じゃ、握手してないな……」

 苦笑いを浮かべながら、ボソッと呟いたエルヴィネーゼだった。



 そして、クラウドとムーバルの雰囲気にあてられていたのは、貴賓席に座っていたユリア王女も同じであった。

「な、なんか異常だったわね……」

 ゴクリと生唾を飲み込む。

「そうですね。仲でも悪いんでしょうかね?」

 ユリア王女の隣に立っている女性の護衛も、怯えてはいなかったが、「おや?」と言った様子だった。

「まあ、あの無礼な男なら、敵が何人いようとも可笑しくはないけど」

 一人ウンウンと頷くユリア王女に、護衛達は「まだ根に持っているのか……」と苦笑い。だが、直ぐに表情を引き締め、女性の護衛がユリア王女に耳打ちをする。

「……まあ、それは置いておきまして……」

「うん?」

「この試合で、姫様ご執心の『暗殺者アサシン』の実力も図れるものと思います。良かったですね」

 護衛の言葉に、顔を真っ赤にする。

「だ、たから何度言えば……っ!」

「あ〜、はいはい。分かりました分かりました。もうそのネタはいいですから……」

「ネタって何よッ!? ちょ、私は本当に……!!」

「別に良いじゃないですか、気になる傭兵がいましても。と言うより、ここまで来て一人も目ぼしい傭兵がいないと言うのも、それはそれで問題ですよ」

 女性の護衛の言葉に、落ち着きを取り戻したユリア王女。

「そういう……もの?」

「ええ。この大会は、一種の品評会の側面も持っていますからね。気になる傭兵はリストアップしておいた方が良いですよ。さもなければ、他の誰かに盗られてしまいますよ」

 それを聴き、顎に手をやりブツブツと思案し始めるユリア王女。それを護衛達は優しい眼差しで見つめていた。

 そして、一つの結論が出たのか、ユリア王女は恥ずかしそうに顔を上げた。

「ま、まあ、気になるというよりは、一応知っているから見ちゃうと言うか、気付くと言うか、そ、それだけであって、他意はないんだからね!」

「No.77『暗殺者アサシン』クラウド・エイト、っと……」

「か、勝手にリストアップしないでよッ!」

 またもや騒がしくなる貴賓席。流石にもう、回りの貴族・王族も慣れたようだった。



 No.13『拍手カレイドスコープ』ムーバル・ヴァンガード。

 No.77『暗殺者アサシン』クラウド・エイト。

 二人の二つ名の戦いが、始まる。








はい、すいません。

試合は次回と言うことで……。これ、題名詐欺ですよね……。


あと、訊きたいことがあるのですが、〈開戦告げる天の角笛〉の元ネタとなった笛なんですが、名前をご存知の方はいらっしゃいますかね?

一応調べてはみたんですが、見つからず……。

口で吹いて音を出すのではなく、笛をくるくる回すことで音が鳴る形式のものなのですが。

映画『インディ・○ョーンズ』の最新作、クリスタルなスカルで出てきたのですが、あれってもしかして名前無いんですかね?

もし、ご存知の方がいれば、宜しければ教えていただけないでしょうか?

お願い致します。


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