第三十ニ夜 〈血風舞う蹂躙の爪〉
一日ずれてしまいました。
申し訳ありません。
No.17『吸血姫』エルヴィネーゼ・マクスウェル。
彼女は、普段の実力から言えば、二つ名には届かない程度のものでしかない。何かとりわけ秀でたモノがあるわけでもなし、かと言って全てが平均以上というわけでもない。確かに実力はあるが、二つ名には及ばない。そういうレベルであった。
そんな彼女が、二つ名を与えられた理由。それは、彼女の“力”にあった。
異能『吸血』。
他者の血を口から摂取することで、一時的にだが、身体能力を飛躍的に増大させる能力である。これを使用している状態の時こそ、真の『吸血姫』の姿である。
逆に言えば、『吸血』を発動していないエルヴィネーゼは、最弱の二つ名というレッテルを貼られているのと同義であり、今回の大会では唯一倒せそうな二つ名として名前があがっていた。
エルヴィネーゼと三回戦で戦うNo.27 ジャック・ラダーも、上記の通りエルヴィネーゼを倒せるレベルの二つ名という認識をしていた。
更に、三回戦というポジションも自分に味方している、と彼は思っていた。
異能『吸血』の事を彼は知っているし、それどころか大多数の傭兵も知っている。勿論、その代償についても……。それと、三回戦を併せて考えてみると、勝機の芽がむくむくと育ってくるのが分かる。
二つ名にとって三回戦は、まだそこまで強敵とあたる場所ではないことが多いため、通過地点という認識が強いところである。それはエルヴィネーゼにとっても共通の認識となっている、はずだ。
だが、四回戦からはその様相は一変する。ここからは、二つ名同士の戦闘が開始する激戦地となる。そのため、二つ名は出来るだけ力を温存したまま挑みたいと思う、はずだ。
では、エルヴィネーゼにとっての力の温存とはなんであろうか?
決まっている。『吸血』の出し惜しみ、のはずだ。
もしエルヴィネーゼが三回戦で『吸血』を使用してしまった場合、彼女はそれの反動で四回戦を満足に戦えない、どころが下手をしたら棄権という事態にもなり得る。二つ名としては是が非でも避けたい状況、のはずだ。
であったら、三回戦で『吸血』は使わない、はずだ。
そして、素のエルヴィネーゼならばNo.27の自分でも倒せる、はずだ。
そのような推測を立てて、ジャックは三回戦に臨もうとしている。この思考内に多数存在する、不確定要素を表現する“はずだ”を、彼は敢えて無視していた。
今まで傭兵として生きてきた彼の決まり事。それは、何事にもポジティブに考える、ということだ。
確かに不確定要素は多い。いや、不確定要素がないことなんて、戦いに身を置いてきた中で一度もなかった。
ならば、切り捨てる。
不確定要素に脅えていては、何事も成すことは出来ない。
だから、切り捨てる。
そして、その不確定要素を最小限に抑えるためには、自己のパフォーマンスを最高潮にまで持っていき、相手に流れを与えないことが重要になってくる。
然らば、切り捨てる。
相手を、切り捨てる。
容赦無く切り捨てる。
思う存分切り捨てる。
死ぬまで切り捨てる。
そして……切り殺す。
このような思考回路を形成した理由は、今は亡き東洋の島国の武器であり、同時に美術品としての価値もある、一本の太刀との出会いからだ。
ある武器屋で一目惚れしたその太刀は、その店で一番値の張る代物ではあったが、彼は即断即決で購入を決めた。
自分の国には少ない片刃に、緩やかな反り。刀身の波紋は波打つようで目を癒す。柄や鍔も細かい所まで装飾されており、握るのが勿体なく感じるほどだ。それでいて決して柔い訳ではなく、寧ろ並大抵の武器以上の性能を誇っている。こんな代物を、彼は見たことがなかった。
勿論彼はそれを部屋に飾って鑑賞していた訳もなく、購入した翌日から依頼に持っていき、次々と獲物を切り殺していった。そして何時の日からか、太刀が血を纏う度に、ジャックはどこか性欲の発散にも似た、快感を得るようになっていた。 そんなことが何ヵ月か続き、ついに彼は、切る事をやめられなくなっていた。別に、彼の太刀が呪われた妖刀というわけではない。敢えて呼称を付けるならば、“切断中毒”とでも言うべきか。そんな病を患っていた彼は、現実世界のモノだけでは飽き足らず、彼自身の思考までをも、想像内の己の太刀で切り捨てるようになっていた。
この行動に疑問を持つはずもなく、ただ淡々と、しかし喜悦に顔を歪ませながら、切り捨てる。
切って、切って、切って切って切って切って切って切って切って切って切って、切り捨てる。
つまり、彼は別にポジティブシンキングの持ち主というわけではない。ただ単に、考えることを止めるだけ。考えるのがいやになったわけではなく、切りたくなったから、切っただけ。
ただ、それだけの話である。
ジャックは、己の腰にぶら下がっている太刀をいとおしそうに撫で、顔を醜く歪める。
(今日の獲物はアイツだ……美味しくいただこうね……)
ジャックは、三回戦が行われるフィールドに足を踏み出した。
《さあ、三回戦のニ試合目だ! ジアト大陸からの出場、No.27 ジャック・ラダーァアアアアア!!》
ジャックはニヤニヤとした笑みを隠し、フィールドに歩んでいく。左腰に下げている太刀を左手で撫でながら、ではあるが。
《対するはローレンシア大陸からの出場、No.17『吸血姫』エルヴィネーゼ・マクスウェルゥウウウウウ!!》
一方のエルヴィネーゼは、落ち着いた足取りでフィールドに向かう。
そして両者は共にフィールドの中央まで歩み進め、向かい合った所で足を止めた。
「よろしく」
エルヴィネーゼが差し出す右手に、ジャックも右手を差し出し握手する。
「えぇ、こちらこそ」
そして、爽やかな笑み。
「へぇ、中々のイケメンじゃない。傭兵を生業にしているなんて、一目見ただけでは分からないわね」
「それは、単純に僕を誉めてくれているんですか? それとも、遠回しに軟弱野郎って貶しているんですか?」
「貴方の好きなように取ってくれて構わないわ」
「…………そうですか」
ここで、握手を止める二人。
そう。ジャックは、一見すればどこかのモデルと言われても、納得出来るほどの好青年であった。
両者は、一旦フィールドの端まで戻り、そこで最終点検をする。
(僕の準備はもう終わっている……。さて、『吸血姫』は……ん?)
エルヴィネーゼの様子を確認するため、顔を向けたジャックの目に、新たな不確定要素が映った。
(手袋……? 今までそんなの着けてはいなかったはず……)
ジャックの疑問の通り、エルヴィネーゼは先のニ試合では着用していなかった手袋をはめていた。肘近くまで伸びるそれは真っ赤に染まっており、更にその上には、手首から肘に向かって細く鋭利な金属が掌側と手の甲側の両側から五本ずつ着いていた。
(なんだ……アレは?)
見たこともない物体の登場に内心焦るジャックだが、その焦燥は直ぐ様脳内太刀により切り捨てられた。
(まあ、良い……。僕の太刀で切り捨てればそれで終わりだ……!)
凄惨な笑みを浮かべながら、柄に右手をかける。早くこの太刀を抜きたくてウズウズしているようだ。
そんなことなど露とも知らないエルヴィネーゼは、はめた手袋の感触を確かめるためにニ、三度開いたり握ったりする。
ビーッ!
一度目のブザーが鳴る。ジャックとエルヴィネーゼは、次のブザーが鳴る三十秒後までに、自分が隠れる場所を探すために走る。
(『吸血姫』は基本的に拳銃を使用する……、つまり中・遠距離型のスタイルってことだ。だったら、初期位置があまり離れてるのはこっちとしては頂けない)
ジャックは横目でエルヴィネーゼを見つつ走る。近すぎず、遠すぎず。一定の距離を保ちながら駆ける。そして、ブザーが鳴るギリギリに隠れたエルヴィネーゼを確認してから、数メートルしか離れていない岩場に身を隠した。
(ここなら、万が一にもこちらが先手を取れる。そしたら、この太刀で真っ二つだ……くひひ)
ジャックの脳内は既に、エルヴィネーゼをどう切り殺すかでいっぱいになっていた。
ビビーッ!
二度目のブザーが鳴り、試合開始となった。
ジャックは中腰のまま鞘から太刀を抜く。その刀身は太陽光に映えり、刃こぼれ一つなかった。
(この頑丈さも大好きだ……! さあ、行くぞッ)
先程エルヴィネーゼが隠れた位置へと一気に飛び出す。例えあれがデコイだとしても、試合開始のブザーが鳴る直前だったため、そう遠くには行っていないはずである。
そう思った矢先、エルヴィネーゼが先程と変わらない所から、こちらも飛び出してきた。右手には拳銃。エルヴィネーゼがジャックを視認した瞬間、銃口をそちらに向けたが、ジャックの方が幾分か速かった。
右手に握る太刀が振るわれる。それは、寸分の狂いもなくエルヴィネーゼの拳銃を真っ二つにした。
「くっ……!?」
それにより、一瞬だけ生じる致命的な隙。エルヴィネーゼは直ぐ様新しい拳銃を抜くことが出来なかった。
その隙を逃さず、ジャックは無防備なエルヴィネーゼの右側に飛び込む。
そして一閃。
なんの防具も着けていないエルヴィネーゼは、この一撃により真っ二つになるだろう。
(死ねぇえええ!!)
──このまま行けば──
キィイイイ……ン!
響くのは一つの高音。金属と金属がぶつかり合う甲高い音だけだった。
「な……にッ!?」
ジャックの太刀を防いでいたのは、手袋だった。いや、もっと正確に言うならば、手首から指先に伸びる細い鋭利な金属が、である。
「それは……ッ!? さっきは肘を覆っていたはず……」
「よく見てるわね」
それだけ言ってエルヴィネーゼはジャックをはね飛ばした。
ジャックの斬撃を受け止めたのは、初めは手首から肘に向かって着いていた五本の金属であった。だが、今は手首から指先まで、手の甲と掌、両側から指に沿って伸びており、更にそこを越えて少し余っていた。まるで、獰猛な獣の鋭利な爪のように。
「この爪はね、手首を基点に回転するのよ。使わない時は肘側へ、使う時は指先側へとね」
両手の指を開け閉めしながら喋るエルヴィネーゼ。その度に手からジャキジャキと刃物が擦れる音が響く。
「掌も手の甲も、この爪で守ることによって、あたしは素手で剣とやり合うことができる」
その爪を装着した右手で、ジャックを指差す。
「これこそが、あたしの本当の武器、〈血風舞う蹂躙の爪〉!」
「──ッ!?」
太刀を構えたまま、絶句するジャック。最低最悪の不確定要素が、ここに来て現れた。
(〈血風舞う蹂躙の爪〉だと? 初めて見るけど……本能で分かる。あれはマズイッ!!)
ジャックはこの大事な場面で、不安を太刀で切り捨てられなかった。
それが、彼の敗因であろう。
「行くわよッ」
先手を、エルヴィネーゼに与えてしまった。
両手を後ろに流しながら、頭を前に走り出す。
「ッ!? しまっ──」
気付いた時には、既に時遅し。エルヴィネーゼは左手を大きく振りかぶっていた。
「くっ……!」
仕方なしに太刀で防ごうとするジャック。今まで、どんな一撃をも防いできたこの太刀ならば大丈夫だと信頼していたのだろう。
パキィィィン──!
「なッ!?」
だが、その太刀はいとも容易く叩き折られてしまった。エルヴィネーゼの〈血風舞う蹂躙の爪〉によって。
「バ、カな……!?」
「終わりよ……」
「──!?」
太刀が折られたことによって茫然自失となっていたが、エルヴィネーゼの一言で我に返った……が、状況は既に詰みであった。
エルヴィネーゼの右手が、ジャックの首を絞める寸前で止められていた。当然、掌側にも爪はあるので、このまま首を絞められたら、窒息するより先に首が取れてしまう。
「……僕の敗け……か」
半ばで折られた太刀が、右手からスルリと抜けて地面に落ちる。カラン……と物寂しい音が僅かに鳴った。
「ええ、貴方の敗けよ。そして、あたしの勝ち」
エルヴィネーゼが首から右手を離す。その瞬間、崩れ落ちるジャック。
「……僕の……」
「ん?」
ブツブツと呟いているジャックに気付き、耳を近付ける。
「僕の太刀が……切り捨てられた……そんな……こんなこと……これから……どうやって戦えば……」
「………………」
あまりの内容につい絶句してしまったエルヴィネーゼ。
(イケメンって思ってたけど……これは)
エルヴィネーゼは何か言ってあげようかと一瞬迷ったが、結局黙ったまま背を向けた。
勝者が敗者に送れる言葉は、少ないのだ。
(まあ、〈血風舞う蹂躙の爪〉の感触も掴めたし、これで次の『至高の剣装』戦に弾みが付けられた! 良いことだらけね)
爪を回転させて肘側に戻す。そして、小さくガッツポーズをした。
《勝者、エルヴィネーゼ・マクスウェルゥウウウウウ!!》
エルヴィネーゼ・マクスウェル、四回戦進出
今回の〈血風舞う蹂躙の爪〉の説明は、分かって頂けましたか?
分からなかった場合は、これから記す行動をやって頂ければ分かると思います。
まず、右でも左でも構いませんが、手を開いてください。
次に、反対の手の指先で、開いた手を両側から押してみてください。すると、主に四本の骨の存在を確認出来ると思います。
では次に、その四本の内の一本を手首側から指先側へと両側から辿ってください。指先まで辿り着きましたか? その指先の軌跡が、〈血風舞う蹂躙の爪〉の爪が伸びている場所と同じというわけです。
分かって頂けましたでしょうか?
取り敢えず、今日はここまでにします。
次回もお楽しみに




