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傭兵稼業の裏事情  作者: シンカー
第二章
31/46

第三十一夜 『至高の剣装』



「予定変更?」

「そうだ。想定外の事が起きた」

 大会二日目の早朝。クラウドとエルヴィネーゼ、リン、そしてシャイナは、泊まっているホテルの食堂で朝食を摂っていた。前日はクラウドが遅刻ギリギリまで寝ていたこともあって、全員でテーブルを囲むのは今日が初めてである。

 そして、その朝食も終盤に差し掛かった頃、顔馴染みの面子の中で唯一この場にいなかったナタリアが少しばかり重い足取りで食堂に現れた。

 そして、開口一番クラウドにとって最も重要な言葉を吐いたのだ。

 つまり、予定変更──と。

「何がだ?」

 食事の手を止め、クラウドはこの大会の戦闘中でさえ見せなかった程の真面目な顔で、当然の疑問を放つ。

「No.78が三回戦に進出した」

「チッ……」

「え……!?」

「…………」

「?」

 四者四様の反応。因みに上からクラウド、エルヴィネーゼ、シャイナ、リンである。

「今回のNo.78の相手は相当弱かったの?」

 エルヴィネーゼの質問に、ナタリアは首を横に振った。

「そういうわけではない。そいつは、二回戦を不戦勝で勝ち上がったんだよ」

「不戦勝? 棄権か?」

 今度はクラウドが疑問を呈する。それに対し、ナタリアはまたもや首を横に振った。

「いや。負傷による“ドクターストップ”だ」

 このギルド大会は、その内容故に、選手達の負傷が耐えることはない。殆んどの選手が、戦いを終える毎に怪我を負っていっている。中には、命に関わる程の大怪我を負いながらも、試合には勝利するような豪傑も存在する。

 だがしかし、やはりと言うべきか、そんな状態で次の試合に臨めるわけもない。それでも、選手、つまり傭兵達は自ら棄権すると言うことは殆んどない。気絶をしていて、そもそも口を利ける状態ではない者も少なくない。

 それを見兼ねたギルド本部が作成したルールが、“ドクターストップ”である。

 この大会中、ギルド本部に要請を受けた医師の発言権を選手のそれより上げることで、医師が戦闘続行は無理だと判断した選手を、医師の一存で棄権させることが出来るようにしたのだ。

 当然、これに傭兵達は猛反発をしたが、それが聞き入れられることはなかった。ギルド側も貴重な人材を、そう簡単に失いたくないのだ。

「……面倒な」

「これにより、暫定的にだがランクの変動が発生する。No.76は一回戦敗退によりポイントを伸ばすことが出来なかったため、一時的にだがNo.78が一気にNo.76までランクアップした」

 これを聞いたクラウドの顔が歪む。

「なんでお兄さんのランクも抜いたの? お兄さんも三回戦進出はしてるじゃん」

 ここで、今まで黙っていたリンが口を開いた。

「ポイント制の問題よ」

 それに答えるのは、こちらも同じく今まで黙っていたシャイナだ。

「この大会では何回戦進出、で入るポイントが決まるんだけど、その与えられるポイント数に差があるの。同じ三回戦進出でも、下位の方が上位に比べて貰えるポイントが多いのよ」

「それで、一気に二人抜き?」

「まあ、そういうことね」

 シャイナは頷きながら、横目でクラウドを盗み見る。先程と同じく、顔を歪めたままだ。

「だから、クラウド。お前のノルマが変わった」

 ナタリアが続きを話そうとしたところで、クラウドが被せた。

「『拍手カレイドスコープ』を殺れってことだろ?」

「“殺る”は言い過ぎだが……まあその通りだ。そして、四回戦を棄権しろ。そうすれば、お前はNo.77のままでいられる」

「No.78が三回戦を突破する可能性は?」

「殆んど皆無だな。そいつの三回戦の相手は『二重身体サーヴァント』だ」

 それを聞いたクラウドは溜め息を一つ、面倒だと呟いて朝食に戻った。

「どうして棄権しなくちゃならないんですか?」

 今度もリンが質問をし、シャイナがそれに答える。

「棄権をするとね、本来与えられるポイントが半減しちゃうの」

「半減?」

「そ。やたらむやみに棄権をする選手が増えて、大会が成り立たなくなっちゃうのを防ぐためにね。まあ、そんなことは気にしない人物が一人ばかりここにいるけど……」

 そう言ってクラウドを見るが、彼は完全無視で食事を続ける。

「寧ろ利用だな……」

 ナタリアが苦笑いで付け足すが、これもスルー。だが、ナタリアは気にせず話を続ける。

「まあ取り敢えず、伝えたいことは伝えた。あとは、お前次第だ」

 この言葉にはクラウドは確り反応し、箸を止めてナタリアを正面から見据える。

「当然やるさ。嗚呼、やってやるとも……。オレの目的のために」

 その宣言には、極太い芯が一本、通っていた。



***********



《レディース・エーンド・ジェントルメーン! アンドおじいちゃんおばあちゃん、そして子供達ッ!! よくぞ今日集まってくれた。このほぼ満席に近い観客席を見ていると、実況の俺ッチもメチャクチャ興奮してきたぜ!》

 実況の言う通り、今日の観客席はほぼ満席に近い状態で埋まっていた。やはり、選手の殆んどを実力者で占め始める二日目の方が一日目より人気なのだろう。

《そんな健気なテメェラには、俺から素晴らしい言葉を送ってやるぜ! テメェラ、大会二日目開始ダァアアアアア!!》

 オォオオオオオー!!

 会場である国営運動場が、地鳴りのような大歓声で揺れる。本当に地震が来たかのようだ。

《まずは三回戦第一試合! 東側から────》

 これから試合に入ろうとしていたが、クラウド達──クラウド、エルヴィネーゼ、シャイナ、リン、そして会場で会ったセシル、カイル、フィオナ、ソラリスの八人──は一向にそれを聞いていなかった。

「エルヴィネーゼさん、頑張って下さい!」

「ありがと」

「頑張って下さい」

「ええ」

「先生、頑張ってッ」

「うん、頑張るよ」

「頑張って、お姉さん」

「まっかせなさい!」

「……ま、手加減してあげなよ」

「フフン、それはどうしようかな?」

「ここで敗けたら二つ名没収ね」

「……敗けられない闘いが、ここにはある!」

「……ハァ」

「アンタは何か言いなさいよッ!」

 それぞれ自分の言葉で次に試合があるエルヴィネーゼにエールを贈っていた。

 後半になるにつれ、エールと言うより脅しに近いものになっていったが。最後に至っては言葉すら掛けていない。

「……敗けるとは思わんが、次の試合の準備運動だと思え」

 エルヴィネーゼに何か言えと言われたクラウドが、渋々といった様子でアドバイスを送る。

「分かってるわよ。だから、これも持っていくんだし……」

 そう言ってエルヴィネーゼは自分の腰を見る。そこには、今まではなかったポシェットが一つベルトに吊ってあった。大きさはそれなりにあり、拳一つは余裕で入りそうである。

「使うかは、決めてないけどね」

 ニッと笑うエルヴィネーゼに、緊張の色はない。赤いポニーテールが風に吹かれて揺れる。

「……そうか」

 それを見たクラウドはそれ以上特に言うことはなく、一言だけ呟いた。

「んじゃま、行ってきます」

 そして、エルヴィネーゼは晴れやかな笑顔で観客席を離れていった。

「勝ちますかね、エルヴィネーゼさん……」

 カイルが心配そうに言うが、他の皆はそこまで心配はしていなかった。

「大丈夫でしょ。相手はNo.27程度だし……」

 皆を代表して、フィオナがカイルに太鼓判を捺す。

「そ、そうかな……そ、そうだよね!」

 カイルも、若干無理矢理感はあったが、納得をした。

「問題は、次の試合……」

 シャイナが今現在試合を行っているフィールドを見ながら言い、それにつられて他の皆もフィールドを見る。

 そこでは、凄まじい剣劇が繰り広げられていた。

「ス、スゲェ……」

「………………」

「はわ〜……」

 学生三人組は、その剣捌きに圧倒されていた。

 そこに、シャイナの解説が入る。

「No.23 ニーナ・ハルム。女性傭兵でありながら、剣の扱いはトップレベルの猛者よ。現に今、だいぶ格上の『至高の剣装ソードダンス』と互角に斬り合ってる」

 ニーナと呼ばれた女性を一言で表現するならば、“騎士”が最も適切であろう。幾つもの傷が着いた鎧に籠手、フルフェイスの兜と、一見では性別が分からない。だが、兜の隙間から溢れだしているウェーブのかかった茶色の長髪や、鎧の凹凸が、その騎士を女性であると証明している。

 右手に銀色が映える六十センチ程の盾を、左手にエストック──刃渡り九十センチ程度の両刃剣──を握り締め、手数で攻め立てている。

「なんでフル装備であんなに素早く動けるんだ……」

 カイルが呆れたように言うが、それほどにニーナの剣を振るうスピードは速かった。

「でも──」

 フィオナがニーナの対戦相手を見ながら否定の表現をする。

「あの人は軽く往なしてる……」

 そう。フィオナの言う通り、ニーナの相手はその連撃を涼しい顔で防いでいた。手には、長さ一メートルニ十センチ程の片手半剣バスタードソード。それを片手で軽々と振っている。例え、片手でも扱えるよう設計されたバスタードソードとは言え、片手剣であるエストックのスピードと同じだけの速さで振るえることは、その膂力が半端ではないことを示している。

「No.15『至高の剣装ソードダンス』カルロス・シェイパー。剣の技術で彼の右に出る者は、誰もいないわ」

「誰もですか!?」

 弾かれたようにシャイナに振り向くカイル。その顔には驚愕が浮かんでいた。

「ええ、誰も。主に刀剣類を扱うNo.6『王家の武器庫クリエイター』セルドリッツ・ターナーや、No.1『舞姫ブロッサムダンス』ナタリア・リーンバールですら、剣の技術で言えば彼には及ばないわ」

「No.1でもッ!?」

「ナタリアさんでも……」

 カイルと、聞き耳を立てていたリンが思わず声を上げてしまった。

「……じゃあ、なんで『至高の剣装ソードダンス』はNo.15に留まっているんですか?」

 そんな中で、フィオナが冷静に質問する。

「それだけの技量があれば、一桁も夢ではないでしょう?」

「確かに。でもね、彼には“それ”しかないの」

「“それ”? 剣の技術ですか?」

「そう。剣以外の戦闘方法を、彼は持っていないの。つまり、魔術や自然術が使えないってこと」

 そう言われてもう一度試合を見てみれば、確かにカルロスはニーナの剣撃を捌くだけで、反撃らしい反撃をしていない。二つ名レベルならば、相手の攻撃に曝されながらも、魔術を発動することぐらいは出来る筈なのに。

「だから、No.15以上に行けない。彼以上の傭兵に、真正面からの斬り合いを素直に受けてくれるお人好しなんて、いない。全員が全員、自分の得意な土俵でやるからね。剣が届かないのよ。まあ、私もアイツと斬り合いなんて真っ平ゴメンだわ」

 苦笑しながら首を振るシャイナ。その顔は、本当に嫌そうだった。

「……それじゃあ、今の互角の斬り合いも……」

「カルロスが手加減してるだけよ。そもそも、あのバスタードソードは彼の愛剣じゃないしね」

 そう言った矢先、カルロスがニーナのエストックを思い切り弾き、自身も後ろに大きく退くことで距離を取った。

「やりますね……。バスタードソードこれでは埒が明きません」

 そう言ってカルロスは、右手のバスタードソードを肩に担ぎ、フィールドの端に歩いていく。当然、ニーナに背中を向けることになるが、ニーナは仕掛けることが出来なかった。それほどまでに、カルロスの背後には隙がなかった。

 そして、フィールドのギリギリで足を止めたカルロスは、肩のバスタードソードをそこに横たえ、新たな剣を持ち上げた。

 その外観に、ニーナは思わず呟いていた。

「なんだ、その巨大な剣は……」

 ニーナが言った通り、その剣は長さが二メートル近くもある長剣であった。柄の部分も、他の剣──ニーナのエストックや先程までカルロスが使っていたバスタードソード──に比べて異常に長い。バスタードソードを片手で軽々と使っていたカルロスも、これは両手で確り握って持っている。

「これが、俺の愛剣です。名を、〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉。生半可な鎧ならば、真っ二つにしてしまいますよ」

 カルロスがその長大な剣を鞘から抜く。

 両手剣ツーハンデッドソード

 元から両手持ちで使用するよう設計された剣であり、その異常に長い柄の効果もあり、斬り付けた際にてこの原理が作用する。その重量は、見た目に反して三キロ程で軽量化されている。

 だが、これは元々集団戦で真価を発揮する剣であり、一対一の一騎打ちではあまり使用されることはない。

「………………」

 ニーナは〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉の偉容さに絶句しながらも、頭では打開策を模索していた。

(あれほどの長物ならば、懐に入ってしまえばこっちのもの……。問題は、あたしの盾や鎧があれに耐えうるかどうかだが……)

 更に思考をしていこうとしていたニーナだが、それをカルロスが遮った。

「すみませんが──」

「……?」

「これを抜いた時点で、俺の辞書から“手加減”の文字は消えました。あまり無茶は為さらないで下さい。でなければ……死にますよ?」

 最後の言葉を発し終えた直後に、カルロスがニーナに突っ込んだ。

「くっ……!?」

 ニーナも、仕方なく右手の盾を前に、左手を後ろにした半身の構えを取る。

 それを確りと見ながらも、カルロスは構わず盾の上から〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を横向きに振り抜いた。その時の手は通常の順手の握りではなく、柄頭に近い左手を基点に右手で刀身を押し込む形であった。

 盾と〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉がぶつかり合う。

 が、それも一瞬のことで、直ぐに〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉がニーナの盾を易々と切り裂いた。

「──!?」

 驚きの声をあげたのは──カルロスだった。切り裂いた盾の先に、彼の敵であるニーナがいなかったためだ。

 ニーナは、直ぐ様自分の盾が〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を防ぎきれないと判断し、盾と〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉がぶつかり合う寸前に、盾を放棄したのだ。そして、彼女はカルロスの死角になっている彼の右側に移動していた。

 一瞬の、本当に一瞬の隙を突くために。

「せやぁあああああ!!」

 気合いの咆哮と共にエストックを振り抜く。今の咆哮でカルロスに気付かれたが、既にエストックは振り抜いている。今から反応しても遅いし、例え反応が間に合ったとしても長物の〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉では十分な防御が出来ない間合いである。

(勝った……!!)

 ニーナは己の勝利を確信した。このタイミングは我ながら完璧だと自画自賛する。

 だが、それは直ぐに絶望へと変わる。

 カルロスが、ニーナの一撃に気付いて最初に行ったのは、無理矢理〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を引き戻すことでも、体を反らすことでも、況してや諦めることでもなかった。

 基点にしていた左手を離しただけだ。

 そして、カルロスの姿が消えた。

「ッ!?」

 カルロスは左手を離すことで、〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉に加えられた遠心力を直に受け、体が剣に引っ張られた・・・・・・・・・・のだ。

 驚愕の表情を浮かべながら──兜で見えないが──空振るニーナ。これに全力の一撃を掛けていたため、体勢を維持することなど出来なかった。

 引っ張られた体を、両足を地に着けることで踏ん張るカルロス。しかし〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉はそのまま振られている。

 〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉は何物にも阻まれることなく、勢いをそのままに一周し──

 ゴガッ!!

 ニーナに直撃した。

「ガッ……フ……!!」

 ニーナは数瞬も耐えることが出来ずに吹き飛んだ。彼女の最後の頼みであった鎧も、ひしゃげてしまっていた。

 ニーナは四、五メートル程飛んで岩にぶつかった。その岩も、粉々に砕けてしまった。

「ぐっ……がっ……」

 ぴくぴく動くニーナだが、もう戦える体力が残っているわけもなかった。

「安心してください。刃はねかせてましたので、体が真っ二つになることはありません。まあ、その分衝撃が凄かったとは思いますが……」

 カルロスは〈鎧断つ無情の剣デュランダル〉を鞘に戻しながら、ニーナにそう告げた。

《一撃で決まっちまった……。あ、勝者、カルロス・シェイパー!》

 実況も思わず仕事を忘れて唸るほど、凄惨な一撃であった。


「これで、四回戦の相手は『至高の剣装ソードダンス』に決定ね」

 シャイナの言葉に、他の面々がフィールド脇のサイドに目をやる。

 そこには、目を瞑って集中しているエルヴィネーゼがいた。








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