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傭兵稼業の裏事情  作者: シンカー
第二章
26/46

第二十六夜 休息




∴∵∴∵《何処かの軍港にて》∵∴∵∴




「艦長、出航準備完了致しました」

「そうか……御苦労」

 若い海兵の一人が、操舵室で佇んでいた年配の艦長に報告を行った。操舵室の中には艦長の他、多数の乗組員の姿が見え、彼らは皆艦長の方を向いていた。

「……………………」

 出航準備の完了を聞いても動かない艦長。彼の顔には、僅かではあるが苦渋の色が見える。

「……艦長」

 この沈黙に何を思ったのか、今しがた入ってきた若い海兵が艦長に声をかける。

「……何だね?」

「本当に宜しいんですか? こんなこと……。なんと言うか、理由が分かりません! 上は一体何を──」

「それ以上言ってはいかん!」

「ッ!!」

 若い海兵が口を滑らそうとしたのを、今までとは考えられない程の確りとした口調で遮る艦長。若い海兵も自分の過ちに気が付き体をびくりと震わす。

「それ以上言ってはいかんよ。我々は軍人だ。我々がやることは、あれこれ無い頭を悩ますのではなく、今まで鍛えてきたこの体を存分に働かせることだ。そのためには上の命令は絶対だ。分かるかね? 彼らには、我々のような愚鈍な輩には想像もつかないような壮大な計画があるのだよ。……いや、有り無しは関係ない。そう考えていないと、軍人などやってはおられんよ」

 艦長の声は、決して大きな声では無かった。無かったが、その言葉には、形容出来ない重みが含まれていた。

 それは、艦長の生き様、それそのものであった。いつの間にか繋がっていた艦内放送により、全乗組員が艦長の言葉を聞き、全乗組員が同じように思った。

 そして、操舵室で口を滑らそうとした若い海兵同様、今回の命令に些か以上に懐疑の念を持っていた海兵や陸兵達も表情を変えた。

 艦長が全てを言い終えた時、丁度良く無線が入った。

《カーネル中将、第三分艦隊出航準備完了致しました》

《第二分艦隊、此方も同じく出航準備完了となりました》

《第二揚陸艦、準備完了致しました》

「艦長、第二揚陸艦を最後に全ての軍艦の出航準備が完了致しました」

 ヘッドセットを着けた無線員が艦長に報告する。

「うむ、そうか。遂にか……」

 艦長──カーネル・シュワイド中将は一度窓から空を見上げた。そして、表情を引き締めると、無線員に艦内放送、及び全無線通信を繋げさせた。

「今一度、名乗っておこう。今作戦を担当することとなったカーネル・シュワイド中将だ」

 カーネルはここで一つ間を入れた。辺りはシンと静まり返り、物音一つ聞こえない。

「皆の気持ちは痛い程分かる。この急な出撃は誰も予想だにしていなかったであろう。私もそうだ。更に皆の混乱を深めておるのは、今まで無警戒であった一国を、このような大軍隊で攻めねばならぬという所であろう。この作戦には納得も、得心も、了承もしてはいないであろう。

 だが、だがしかしだ。我々はやらねばならない。否やを唱える暇もなく、剣を振らねばならない。悩む暇もなく、敵を殺さなくてはならない。

 我々は心在る人間であると同時に、冷徹な軍人だ。それを忘れるな。

 接敵するまでは大いに悩んで結構。大いに後悔して結構。しかし、いざ開戦となれば、心を閉ざし、鬼となり、敵を討ちのめすのだ。

 皆には期待している。以上だ」

「敬礼ッ!!」

 ザッ──

 一矢乱れぬ動きで敬礼する乗組員達。

 その動きに、もう迷いは無かった。

「皆の衆、目指すはローレンシア大陸が一国『最先端医療国クリスティア』! 到着予定日時は二日後! 航海日程の乱れは極刑であると記憶せよ! では、出航ッ!!」

 今、カーネルの合図と共に弩級艦一隻、戦艦三隻、砲艦二隻、揚陸艦四隻の計十隻がクリスティアに向かって出港した。

 その理由は、未だ分からず──



***********



 同時刻、クラウド達一行は一軒のレストランで食事をしていた。

「んー♪ やっぱ運動した後は美味しい食事よね」

 大きな肉のステーキを頬張りながら、エルヴィネーゼは満面の笑みを浮かべた。

「ホントホントー♪」

「いやアンタ動いてないし……」

 シャイナも大盛りのスパゲッティで口をいっぱいにしながら同調するが、直ぐ様ツッコまれた。

「しょうがないじゃなーい。私だって休みたくて休んでるわけじゃないものー。はむ」

 エルヴィネーゼのツッコみにもシレッとした態度で対応し、スパゲッティを口に含む。

「もぐもぐ……ごくっ。クラウド君だってそう思うわよね? はむ」

 エルヴィネーゼとシャイナに挟まれながら座って焼き魚定食、魚のフライ定食、刺身定食を一人で食べていたクラウドは口の中のものを飲み込んでから発言した。

「フム……やはり海に面しているお蔭か、魚が旨い」

「コイツ聞いてねえッ!!」

「ン?」

 最早漫才のようなやりとりをしながら、三人はばくばくと食べ物を減らしていった。

 それを正面から見ていたカイルとフィオナは可哀想だ。そろって胸焼けを起こしていた。

「先生達……よく食べますね……」

「見てるだけでお腹いっぱい……」

 二人とも、自分達が注文した料理を半分以上残してギブアップしていた。

 彼らは六人掛けのボックス席で食事をしている。人数は五人。リンは、イヴの様子が気になり先に病院へ戻っていき、ソラリスはクラスの皆と一緒に担任の所へ帰っていった。

 一回戦と二回戦の合間には一時間の猶予があるため、その間に腹を満たしておこうと言うことでここに至ったのである。

「おりょ? 何よ残しちゃって、勿体無い……」

 目ざとく残された料理を見つけ、エルヴィネーゼはそう言いながらオムライスにフォークを伸ばした。

「いやー、そのー、もう一度言いますけどよく食べますね」

「まぁねー。やっぱ戦闘ってのはエネルギー物凄く消費するからさ、お腹減っちゃって減っちゃって……あむッ!」

 大きく切り分けたオムライスを口いっぱいに広げ、一口。豪快な食べ方である。

「ハハハ……うん?」

 カイルが苦笑いをしながら辺りを見回すと、ちょうど入り口に見覚えのある人物が来店した。

(あれって……)

 薄水色の髪が緩やかに揺れて顔を隠してしまうが、その立ち姿には見覚えがあった。

「エルヴィネーゼさん」

「んー?」

「あの人って……」

 カイルが指差す方を見やると、確かに彼女の知っている人物が店員と話をしていた。

「申し訳ございません。只今満席になっておりまして……少々お待ちいただく事になりますが、宜しいでしょうか?」

「少し困る」

「ですが、その……」

「………………」

「……うぅ……」

 無言のプレッシャーにたじたじになっている店員。見ていると、可哀想になってくる。

「あぁ、アイツか……」

「呼ばないんですか? 席がなくて困ってるように見えますけど……」

「そうだけど……」

 エルヴィネーゼはチラリとクラウドを見る。その視線には少量の嫌悪感が覗いている。

「? 友達なんじゃないんですか?」

 カイルが純粋な質問をぶつけ、エルヴィネーゼは困った表情で「むむー……」と唸る。

 しかし、直ぐに「しょうがない」と渋々納得し、知り合い、もとい友達に声をかける。

「おぉーい、セシルー!」

「?」

 セシルが振り向く。エルヴィネーゼを見つけたが、表情は変わらず。

「エル……」

「席無いんだったら相席しようよー!」

 言われたセシルは一度店員を見る。店員は「お客様が宜しければ」と冷や汗をかきながら勧める。

 暫く悩んだ後、コクリと頷くとふらふらとボックス席に近付いてきた。

「もっとしっかり歩きなさいよ……」

 それを見て、ハァと溜め息を吐くエルヴィネーゼ。

「相席、ありがとう」

 セシルはそう言いながら席に座っている全員を見回してから、空いていたフィオナの隣に腰かけた。その時、目の奥がキラリと輝いたように見えた。

「気にしない気にしない」

「うん。シャイナさん、お久しぶりです」

 セシルはシャイナに向くとゆっくりと頭を下げる。

「おひさ。元気そうね、セシルちゃん」

「はい」

 そして、今度はクラウドに顔を向ける。

「クラウド、そろそろ私と結婚する気になった?」

「「えっ……?」」

 いきなりの問題発言にカイルとフィオナがそろって絶句。

 しかし、言われた当の本人は全く気に止めずに食事を続けていた。ガン無視である。

「まーだ諦めてなかったの、セシルちゃん?」

 シャイナが若干呆れながら頬杖をつく。そのままストローをくわえアイスコーヒーを吸う。

「どうして私が諦めるの? 私に相応しいのは彼しかいない」

 ド直球。

 このセリフは将来ヤンデレになりそうで正直恐ろしいが、クラウドは相変わらず興味なし。

「うーん……まあ人の恋路を邪魔する気はないけど……ねえエルちゃん?」

「なんであたしにふるんですか?」

 僅かに不機嫌そうなエルヴィネーゼはジトッとした目でクラウドを睨んでいた。

「もぐもぐ……ン? 何だ?」

 その視線に気付き顔をあげるクラウド。そう。彼は無視していたわけではなく、ただ単に料理に集中して気付いていなかっただけなのだ。その証拠に──

「ァ? セシル? いつの間に……?」

 空いていた筈の席にセシルが座っており、目を丸くする。

「……相変わらずの素っ気なさ。でも、そこに惹かれる……」

 頬を僅かに染め、しかし無表情で呟くセシル。彼女には少々Mっ気があるように思われる。

「……?」

 そしてその呟きが聞こえていないクラウドは首を傾げたが、直ぐに食事へと戻っていった。

「セシル」

「ん?」

 エルヴィネーゼがセシルを呼んだ。その顔は真剣そのもので、さっきまでのおふざけな雰囲気は一切ない。

「今回はやれそう? 一桁越え」

「……自信はある」

 セシルは少し間をあけて、確りと頷いた。その表情には確固とした意志が表れていた。

「ふーん……。それは聞き捨てならないわね。私に勝とうっての?」

 不敵に笑いながらシャイナが会話に参加する。

「当然。絶対に勝つ」

 セシルも真正面からシャイナを見据え、キッパリと言い放つ。

 シャイナとセシル。彼女らは同じブロックに割り当てられていた。順調にセシルが勝ち進めば、三日目の初戦、つまりシャイナの初戦の相手となる。セシルは対戦相手を前にして堂々と勝つと宣言したのだ。しかもだいぶ格上の相手に。

「貴女の切り札の『魔弾の射手』は、私には効かない。これは、事実」

(あっ、それって、確か……)

 フィオナがセシルの言葉にふと閃く。

「もしかして、『氷の鎧オブスタクル』で防ぐって言うの?」

「そう」

「あんなぺらぺらの薄皮一枚で防げると思っているの?」

「貴女のヘロヘロの魔弾には薄皮一枚でも勿体無い」

「……言うじゃない」

「言うも何も、事実」

「……………………」

「……………………」

 睨み合うシャイナとセシル。

((空気が重いッ!!))

 二人の挑発を聞いていたカイルとフィオナは、二人そろって根をあげそうになる。そしてこの空気の中、平然と食事を進めるクラウドに尊敬の念を抱いた。因みに、エルヴィネーゼは面白そうに二人のやりとりを聞いていたりする。

「まあいいわ。そういう偉そうな口をきくのは、同じ舞台に立ってからにしてちょうだい」

「勿論」

 これで気が収まったのか、シャイナは食事に戻り、セシルは今まで空気の重さで注文をとりに来れなかった店員にカレーライス大盛りを頼んだ。

(終わった、のかな? ふう……)

 二人の挑発が終わり、一息吐くカイル。隣を見ればフィオナも同じように一息吐いていた。

(凄い迫力だった……。てか、考えてみればここってヤバくない?)

 傭兵である四人を順番に見回す。

(No.77『暗殺者アサシン』に、No.17『吸血姫ビフォーアフター』、No.11『無限の檻コキュートス』、そしてNo.4『魔弾の射手オールサイト』……。全員二つ名かよっ)

 軽く茫然自失をしていたら、

「どうした?」

 と声をかけられた。

「……えっ?」

「ボーッとしていたが、どうした?」

 クラウドだった。

 どうやら食事を終えた様子で、声をかけたのもなんとなくだろう。

「い、いえ。なんでもないです。大丈夫ですッ」

「……そうか?」

「はいッ」

「フム……なら良いが」

 それでクラウドは引き下がり、食後のお茶を堪能していた。そんなクラウドにセシルは積極的に(無表情のままだが)話をしようと頑張るが、彼は適当にあしらっていた。

(でも、なんでだろう……?)

 カイルはまたもや自分の世界に入り込んだ。

(全員二つ名と言っても、クラウド先生だけはランクが随分下……の筈なのに。なんで、この四人の中で存在感が一番大きいんだ? どうして……)

 この後暫くカイルは悩んだが、結局答えは導き出せなかった。



 そして、二回戦が、始まる









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