第二十七夜 セシルとソラリス
「なんでセシルまでここにいるのよ……」
「私が何処にいようと、私の勝手」
「それはそうだけど……!」
先程から口喧嘩──というほど激しくはなく、端から見ればじゃれあい──を繰り返しているのはエルヴィネーゼとセシルだ。と言っても、エルヴィネーゼが一方的につっかかっていき、それをセシルが軽くあしらうと言った内容である。
「ほらもう喧嘩しない。エルちゃんはそろそろ出番だから行きなさい」
シャイナが、いつまでも終わりそうにないやりとりを無理矢理終わらせた。注意されたエルヴィネーゼは「はぁい……」と、軽く項垂れながら席を立った。最後にセシルを睨み付けることを忘れずに。
「やれやれ……。もっと仲良く出来ないのかしら」
と言いながらセシルを横目で見るシャイナ。セシルは当然この視線に気付き、横を向いて反論する。
「私は悪くない。エルが勝手に絡んでくるだけ」
屹然と言い放ったセシルはエルヴィネーゼが見えなくなってから、そそくさとクラウドの隣に移動した。
「クラウド」
「あ、ン? セシルか。どうした?」
今までボーッと試合を見ていたクラウドは、背もたれに体を預けながら横を向いた。
「お茶でもしない?」
「……しない」
若干呆れながらクラウドは首を横に振ると、そのまま試合観戦に戻っていった。
先程は二つ名の一人、『至高の剣装』が試合をしていたため見応えのあるものだったが、今やっているのは共にランク五十代のため、やはり見劣りしてしまう。
「……冷たい。でもそこが……」
セシルはぼそぼそと何事か呟いていたが、生憎クラウドの耳には届いていなかった。
「クラウド先生」
今度はセシルの反対側から声をかけられ、クラウドはそちらに向く。
「エルヴィネーゼ先生の試合はもうすぐですか?」
そこには会場に戻ってきた時に合流したソラリスがいた。他にも、クラウドとエルヴィネーゼが担当した『二―二』の生徒は、ほとんど全員が近くに座って観戦している。
「そうだ。これの次だ……っと、どうやら終わったようだな」
眼下で行われていた試合は、どうやら順当に上位ランカーが勝利を収めたようだ。何の面白味もない。
「エルヴィネーゼ先生の出番ですね……相手は誰だか分かりますか?」
「さあな。櫓にもランクしか記載されていないから分からん。まあ、ランクだけでいいならNo.29のようだ」
それを聞いたソラリスの顔が強ばる。
「29ッ……! だいぶ高ランクですね」
そんなソラリスを見ていたクラウドは内心微笑しながら、しかしそれをおくびにも出さず何時ものポーカーフェイス(ぶっきらぼうとも言う)で緊張を解いてやる。
「心配するな。エルのランクはいくつだ?」
「……17、です」
「だろ? 相手よりも随分高い。安心しろ、アイツは負けない」
「……そ、そうですよね。先生は大丈夫ですよね」
クラウドが静かに、しかし強く断言をしてあげたお蔭で、ソラリスはほっと一息吐いた。
その様子に、クラウドの目尻が僅かに下がりかけていたが、水を差す発言が逆サイドから放たれたため、それは達成されなかった。
「……クラウド、なんでその子には優しいの?」
それを聞いたクラウドは溜め息一つ、顔を反対に向けた。
「何がだ?」
「私には冷たいのに……」
どれだけ冷たくされてもへこたれてこなかったセシルが、珍しくへこんでいた。待遇の差に、流石に気落ちしたようだ。
「いやだから、何がだ?」
「………………」
イマイチよく分かっていないクラウドだが、セシルが黙ってしまったせいでどうしてよいか分からず、困っていた。
そして、それをクラウド越しに見ていたソラリスが開かなくても良い口を開く。
「えっと……そちらの方は……?」
クラウドを間に挟んでいるためセシルの顔がよく見えず、彼女の正体に気付いていない。
一方、絶賛項垂れ中のセシルはソラリスの声を聞きぐわっと顔をあげ、ソラリスをじっと見つめる。無表情のまま。
「ッ……!?」
ソラリスはよく悲鳴をあげなかったものだ。整った顔立ちとは言え、能面のような顔が急に起き上がり自分を見つめてきたら、結構不気味だ。
「貴女……」
他称“氷の女王”、元他称“鉄仮面”(共に命名エルヴィネーゼ)はその通り名の如く、絶対零度並の声をソラリスに対し発する。
「は、はい……?」
当然、こんな声を聞いたら齢僅か十一のソラリスは怯えてしまう。今も、微かに体がびくびく震えている。
「クラウドの、何?」
「……えっ?」
「……………」
質問の内容が分からなかったソラリスと、余りにもアレな質問に絶句するクラウド。
だが、その様子に気付かずセシルは更に畳み掛けるように質問攻めを続ける。
「貴女は何? クラウドの何? 妹? 友達? まさかとは思うけど……恋人?」
一言一言話す度に雰囲気(あくまで雰囲気)が険しくなっていくセシルに、ソラリスは完全に恐れ戦き、遂にはクラウドの陰に隠れてしまった。
だが、この行動は逆効果であった。
「何、愛しの彼に守ってもらうつもりなの? 守るも何も私は何もしてない。ただ質問しているだけ。答えない貴女が悪い」
(……その雰囲気で詰問されれば、誰であろうと怯えるわ)
自分が動くと事態を悪化させかねないと思い、今まで黙っていたクラウドだが、流石にヤバいと思ったのだろう。面倒だ……、と呟いて、セシルを大人しくさせようとした、矢先──
「ちょっと!」
事態を更に混乱させそうな人物が割って入ってきた。手を額にやるクラウド。
「あたしの妹に何をしているんですか!?」
フィオナである。
普段ならば決してそうは思わないが、状況が状況なだけにどう転ぶか分かったものではない。
「何も。ただ質問しているだけ」
「じゃあなんで妹はこんなに怯えているんですか!?」
フィオナはクラウドの陰に隠れていたソラリスを抱きしめながら、その体の震えを確りと感じ取っていた。
「知らない。私は悪くない」
「セシルさん以外に誰がいるんですか!?」
「質問に答えないのが悪い」
「質問って……いい年した大人がこんな幼い子に質問攻めなんかして……恥ずかしくないんですか!?」
「私はまだ若い」
「そういうことじゃない!!」
「……待て待て待て」
もう限界だと、クラウドは無理矢理言い争いを中断させた。
「落ち着け二人とも」
両手を広げてどうどうと宥めるクラウドは、まずはフィオナの誤解を解くために説明する。
「セシルの言っていることは本当だ。コイツはただ質問していただけだ」
「…………」
「で、でもッ……!」
クラウドの説明に勝ち誇ったかのような雰囲気のセシルに、納得のいかないフィオナ。
どうしようかとクラウドが悩んでいると、意外な所から助け船が出された。
「……ク、クラウド先生の言ってることは本当だよ、お姉ちゃん……」
フィオナの胸に抱かれているソラリスだった。
彼女は抱かれたままフィオナを見上げ、涙目ながらも真っ直ぐにフィオナを見つめる。
「そ、そうなの、ソラリス?」
「うん」
「本当に本当?」
「うん。本当に本当」
「……そっか」
やっと納得したフィオナは、軽く微笑みながらソラリスの頭を撫でる。
「お姉ちゃん、早とちりしちゃった」
「……ごめんなさい。あたしがちゃんと答えなかったから……」
「ソラリスが謝ることじゃないわ」
キッと視線をあげれば、余裕の雰囲気を醸し出すセシル。
こんな雰囲気の人に謝るのは癪だが、自分の間違いはちゃんと正さないと……。
「……セシルさん。あたしが間違ってました。すみ「フィオナが謝る必要はない」──えっ……!?」
だが、それを遮ったのはクラウドであった。セシルも、まさかクラウドが止めるとは思っていなかったらしく、驚きの雰囲気を出していた。
「お前が謝る必要はない、フィオナ」
同じことを二回繰り返して強調する。
「……なんで?」
セシルは呆然としながらも、クラウドに尋ねていた。
「セシル、お前もお前だ。何をどう勘違いしたかは知らぬが、あの雰囲気で迫られたら誰であろうと怯える。お前にソラリスを責める資格は、ない」
「……!!」
このやりとりの中で初めてセシルに表情が生まれた。と言っても、ぴくりと片目が震えただけだが。
「故に、セシルとソラリス、お前らがお互いに謝れ。それで終わりだ」
クラウドは順番にソラリスとセシルの目を見る。
ソラリスはまだ多少怯えが残るようだったが、おずおずと頷いた。
セシルも暫くは渋っていたが、ソラリスが頷いたのを見てこちらも渋々頷いた。
「セシルさん……ですよね?」
始めに口を開いたのはソラリスだった。
「うん……」
「ごめんなさい。あたしがちゃんと質問に答えていれば、こんなことにはならなかったのに……」
ソラリスは腰を深々と折って頭を下げる。
「ううん……私も、ごめんなさい。今、冷静に振り返ってみれば、私、怖かったよね?」
「そ、そんなこと……!」
「分かってる。今回は私が悪かったみたい。そりゃクラウドも怒るよ」
セシルがクラウドをちらと見れば、彼は目を閉じて腕を組んでいた。
「だから、ごめんなさい」
「あ、えと……」
セシルも深々と腰を折ったため、基本大人しい性格のソラリスはあたふたし始めた。
「お、お姉ちゃん……」
遂には姉に頼る始末。
「ソラリス、あなたがどうしたいのか。大事なのは、それよ。これはあなたが決めること」
フィオナは膝を曲げ、目線をソラリスに合わせながら諭す。どうやらフィオナは、この短時間で冷静に戻ったようだ。
「どうしたいか……」
姉の助言を聞いたソラリスは少し考えたが、直ぐにセシルの方に振り向いた。
「セシルさん、顔をあげてください」
言われた通り、おずおずと顔をあげるセシル。その目に飛び込んできたのは、怯えを微塵にも見せず微笑んでいるソラリス。
「あ……」
「あたしは、もう気にしてません。だから、仲直りの印として、握手しませんか?」
「……許してくれる?」
「最初から怒ってなんかいませんよ」
そう言って手を差し出すソラリス。
「………………」
少しの間その手をじっと見つめていたセシルだが、
「……ありがとう」
確りと、その手を握った。
微笑と共に。
「……大きくなっちゃって……」
フィオナはそんなソラリスを、嬉しさと寂しさを半々に含んだ表情で眺めていた。
「あ、因みにクラウドとの関係は?」
未だに諦めないセシルに、ソラリスは一瞬きょとんとしたが、直ぐ様顔を俯け肩を震わせ始めた。
「ふふふ……」
「な、何が可笑しいの?」
「い、いえ……、何でも。あたしとクラウド先生の関係は、先生と生徒ですよ」
「……そっか、良かった。もしクラウドがロリコンだったらどうしようかと思った」
「ちょっと待て」
介入せざるを得なかったクラウドだが、セシルとソラリスはそんな彼を見て、次にお互いを見合い、一緒に微笑んだ。
「全く……。よし、これで万事解決だ」
最後にクラウドがそう締めくくった──
「と、言いたいが……」
と思ったら、まだ何かあるのか、クラウドは言葉を続けた。
「「「?」」」
セシルとソラリス、ついでにフィオナも首を傾げる。
「ソラリス、君が楽しみにしていたエルヴィネーゼの試合だが、既に始まっているぞ」
「えっ!?」
慌ててフィールドを見てみれば、確かにエルヴィネーゼが戦闘を行っていた。
「や、やっちゃった……!! 応援しなきゃ!」
そう言って、ソラリスはセシルを見る。
「セシルさん、一緒に応援しましょ」
「……うん」
それに頷いたセシルは、席をソラリスの隣に移動した。




