11 配達員は次の戦場へ
「ありがとうございます、ジルファントさん」
即興の裸祭りが終わり、パンツ一丁の野郎どもによる胴上げから解放されたあと。パトナムは俺の方によろよろと歩いてきてそう言った。
パトナムを胴上げした男どもは、兵士たちとともに、壊れてしまった「タマヒュン」の罠の片づけを始めている。
「本当に称えられるべきはあなただったので、ぜひ私の代わりに胴上げされてほしかったのですが……」
「いや、それは遠慮しとこう」
俺は丁重に断った。全裸で死闘を演じたばかりなのに、また服を脱いで胴上げなんてされたら、本当にただ脱ぐのが好きなだけの変態である。俺は裸族になってしまったが、断じて変態ではない。
「俺はあんたの家を守り切れなかった。ほめたたえられる立場にはねぇよ」
「いえ、それは仕方のないことです。あの場に誰がいても不可能だったでしょう」
「…………」
「かまどが壊れずに残ったので、私には十分です。それに……町の方々との距離も縮まったと思います」
「そうか。強いな、あんたは」
「私はみなさんが、これほど私のことを考えてくれているとは思っていませんでした。ちゃんと話してみなければ分からないものですね」
パトナムは恥ずかしそうに顔を赤らめ、薄い頭をかいた。
「娘とも、もう一度話してみたいと思いました。あの子は駆け落ちしてしまいましたが、もしかしたら関係を修復できるかもしれません。手紙を送ってみます」
「娘さん? 居場所は分かるのか?」
「ええ。以前、遠方に住む知り合いが手紙でこっそり教えてくれたのです。ただあのときは、どうしていいのか分からずに何も読まなかったことにしてしまったのです」
パトナムはそう言って、足元に視線を落とした。
たしかに、彼の気持ちも分かる気がする。相手は、何も言わずに出ていった娘だ。会いに行ったら余計に嫌われるだけで終わる可能性が高い。
だが、仮に娘が出ていった主因が「置き手紙の気持ち悪さ」なのだとしたら、和解は可能なはずだ――。
その後、俺たちは日暮れ頃に郵便局に帰り着いた。ベラドンナ支局長に事の次第を報告すると、さすがに驚いている様子だった。
「お疲れさん。初日から大変だったねえ」
「ゴールデンふぐりスライムなんて初めて見たぜ。もうへとへとだ」
「ランクSを目指すとしたら上々の滑り出しなんじゃないかい? アンタの活躍、ちゃんと上層部に報告しておくよ」
「そりゃ助かる。骨折り損にならなくてよかった」
俺はほっとした。あまりにも長い一日だったから忘れそうになるが、俺は一年以内にランクS配達員として選抜され、「裸族の祠」に向かわねばならないのだ。そうしないと肉体が「裸力」に耐えられずに滅びてしまう。
(だが、あれがランクDの魔物か……。あんなのをサクサク討伐できるようにならなきゃいけないわけだよな……)
俺はものぐさ竜とゴールデンふぐりスライムとの戦いを思い出し、心の中でつぶやいた。前途多難である。しかし、一年でこの世とおさらばしないためにも、弱音は吐いていられない。
「ところで、アンタ家はどこなんだい?」
「俺は元冒険者だからな、家はないんだ。基本的に野宿か、酒場の椅子で寝るかだ」
「そうかい。なら部屋を貸してやるよ」
「マジかよ、何から何まですまねぇ。この恩はいつか返すからな」
「いや、いつかじゃなくてちゃんと給料日ごとに返してもらうよ。安くしておくけど、部屋代はきっちり引いておくから」
「……まあ、そりゃそうか。それでも助かる」
現実はシビアである。しかし、格安で部屋を借りられるのだと思えば幸運といえよう。
俺はこうして、この第6支局に寝泊まりすることになった。
その後も、俺とリリアは何度か手紙をヨウキャ町に届けに行った。危険だというのに、メンティム嬢も毎回ついてきた。これが英才教育というやつなのかもしれない。
メンティム嬢のオカリナについては、結局、よく分からないままだった。本人も「ただなんとなく、スライムが好きそうな曲を吹いただけ」だという。何か秘密があるのか、それとも、あまり深く考えない方がいいのか。判断がつかなかった。
また、手紙の配達とは関係なく、俺たちはヨウキャ町を訪れるたびにパトナムの様子を見に行った。彼の家は破壊されたままだったが、数日のうちに、近くに木製の掘っ立て小屋が建った。再建のための木材やレンガも運ばれてきていて、町の若者たちの手で瓦礫も撤去された。
当然、例のかまどは残されたままだ。瓦礫の撤去が完全に終わった日、パトナムはかまどを使ってパンを焼き、みなに振る舞った。俺たち3人もごちそうになった。
「パン! ふわふわでおいしい!」
「ありがとうございます。メンティムさんはいつも美味しそうに食べてくださるので、とても嬉しいです」
「もがもが……むぐっ……!?」
「はい、お水も飲んでくださいね」
パンをのどに詰まらせたメンティム嬢は、涙目になって水を飲んでいる。俺は苦笑した。
そこは、壊れたパトナム家の近くにある草地の上だった。あたりにはヨウキャ町の男たちが好き勝手な場所に座って、自前のお弁当、もしくはパトナムが焼いたパンを食べている。明日からは家を本格的に再建する作業に入るのだろう。
「……彼らは自分の仕事を休んでまで、私のことを手伝ってくれているんです。本当にありがたいことで」
パトナムは嬉しそうにあたりを――手伝いのために集まっている男たちを見回した。彼らのうちの何人かは、林の方で木に登り、枝の上に手を伸ばしている。一瞬、「タマヒュン」の罠が仕掛けてある木かと思ったが、そうではなかった。
「ああ、あれはゴマスリ鳥用の罠ですね」
パトナムはそう言って笑った。俺も話は聞いたことがある。枝の上にすり鉢とゴマを設置しておけば、ゴマスリ鳥が来てへとへとになるまでゴマをするので、疲労したところを捕まえることができるわけだ。
木に登った男のうちの一人は、うまくゴマスリ鳥を捕まえることができたようだ。その様子を見届けると、パトナムはまた俺の方に視線を戻した。
「罠がかなり残ってくれたのは幸いでした。設置は意外と手間なんです」
「そうだろうな。家の再建もあるのに、罠まで全滅していたら大変だ」
「ええ。……実はですね、家が壊れてしまったことを、知らせた方がいいと言われまして」
「知らせる? 誰にだ?」
「娘にです」
「ああ、娘さんに」
俺はパンをかじり、うなずいた。
「そうか。居場所は知っているんだったな」
「ええ。実際に手紙を送ったことはないのですが……」
パトナムは頭をかいた。
駆け落ちした娘だ。近くに住む人に居場所をこっそり教えてもらってあるとはいえ、連絡を取るのはたしかに気まずかろう。しかし、娘がどういう気持ちで駆け落ちしたのかは分からないとはいえ……さすがに実家が物理的に潰れた場合は、知らせないのもおかしな話。
「たしかに、伝えた方がいいかもな」
「でも、変に心配させてしまうかもしれないと思って、踏ん切りがつかないのです」
「まあ、そのへんの機微は分からないな。けどさ、家がぶっ壊れでもしねぇと一生連絡しないんじゃねぇか?」
「た、たしかにそうですね」
パトナムは少しうつむき、沈思黙考した。草っ原には鳥の声と、男たちの鼻歌や笑い声が響いている。
住民から牛乳を分けてもらったリリアが、とことこと戻ってくる。ちょうどそのとき、パトナムは顔を上げた。
「分かりました。いい機会だと思って、手紙を出すことにします」
決心した様子で、彼は言った。家が壊れたことを「いい機会」と呼んでいいのかどうかは分からないが。これでパトナムと娘の関係が、少しでも良い方向に進んでくれたらいいと思う。
「何の話をしていたのですか?」
「ああ、リリア。パトナムさんが娘さんに手紙を出すらしい」
「手紙! あたしたちの仕事だ!」と、メンティム嬢が嬉しそうに笑う。パトナムも笑った。
「ええ。メンティムさん、届けていただけますか?」
「もちろん!」
元気に返事すると、メンティム嬢はやる気満々の様子で立ち上がる。俺は座ったまま同意した。
「それが俺たちの仕事だからな。届け先はどこなんだ?」
「ネトラレ山の麓にある、ネトラレ村です」
「なに?」
その名を聞いて、俺とリリアは顔を見合わせた。メンティム嬢は元気が有り余っている様子で、草の上を駆け出した。
「ネトラレ山。聞いたことがあるな。たしか……」
「ええ。人狼族との戦争状態にある場所。ランクFであるこのマルマル地方における、最も危険な区域です」
緊張した様子で、リリアが言った。
つまり戦地のど真ん中。
俺の次の仕事は、矢の雨をくぐり、剣をかわしての配達と決まった。
本日も2回更新です!
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