Episode23「異端」①
「会って話をしたい」
白鳥宛にそんなメッセージを送ると、なぜかすぐに既読が付いて「明日、図書室の地下書庫はいかがでしょう」と返ってきた。その返信の速さに驚いたけれど、僕は彼女の提案に承諾の旨を伝えた。
地下書庫に入るためには、あらゆる私物をロッカーに置いていかなければならない。許されるのは筆記用具とスマホのみ。学生証がなければ入ることができないそこは、「面倒くさい」という理由から学生も足が遠のく場所である。
僕はポケットにスマホとルカから貰った宝玉を入れ、地下へと向かう階段を降りた。開放的な開架エリアとは違い、閉架は人もいなければ窓もない。特に地下となっては、節電のためにところどころ消された照明が不気味さを演出していた。
「お待ちしておりましたわ、深月さま」
階段を降りてきた音に気が付いたのか、そんな暗がりのなかでも一際目立つ、真っ白な髪の毛の女性が振り返る。彼女は古びた本を一冊持っていて、ふ、と柔らかい――そして含みのある笑みを浮かべた。
「待たせたみたいだ。……ごめん、僕が呼んだのに」
「いいえ。わたくしも数分前につきましたのでお気になさらず。それに、実をいうと――わたくしもあなたと話すことがありますのよ」
席にでも座りましょう、と促され、僕たちは書庫の隅に置かれた横並びのテーブルに腰掛ける。使われていない机を眺めながら、今度は僕から話を切り出した。
「話を始める前に、僕から断っておかなければならないことがある。第一に、僕たち東京支部の死神は、決して祓魔師と対立したいわけではないということ。第二に、とはいえもしそちらが対立するつもりなら、こちらもその準備はできているということ。そして第三は――僕個人として。君とはできることなら仲良くなりたいし、闘うようなことにならなければいいと思っていることだ」
「……前から思っていましたけれど、貴方って生クリームよりも甘いですわよね」
「甘くていいよ。僕は僕の知っている人が傷つくところを見たくないだけだから」
僕が死神になったのは、自分の大切な人を守るため。それには翔や死神の仲間達はもちろん、僕の大切な人にとっての大切な人だって含まれる。ならば、翔と仲の良い白鳥天音だって、僕はなるべく傷つけたくはなかった。たとえ、死神と祓魔師の間に諍いがあるのだとしても。
白鳥は僕の言葉を聞いて、やれやれと言いたげに片手を振った。
「はあ。わかりましたわ。それで、私に話したいことって一体なんですの」
「それは……一昨日の夜、僕の仲間を祓魔師が襲ったことについて、何か知っていることはないかな」
すると、白鳥がハッとして猫目がちな目を見開く。明らかな反応を見せた彼女に、僕は続けて言葉を重ねた。
「さっきも言ったとおり、お礼参りとかそういうつもりはないよ。でも、どうして祓魔師がそんなことをしたのか知りたくて。同じ祓魔師である君なら、何か事情を知っているんじゃないかと思ったんだ」
白鳥はためらうように視線を動かす。この反応を見る限り、彼女は何かを知っているに違いなかった。もっとも、それを素直に教えてくれるとは限らないけれど。
しかし、白鳥は僕の懸念とは裏腹に、「ええ、知っていますわ」と少しの逡巡のあと頷いて見せた。
「知りたいのなら教えて差しあげても構いませんわよ」
まさかそこまでしてくれるとは思わなくて、今度は僕が目を瞬かせる。
「い、いいの? ほら、祓魔師の機密事項とか、そういうのは」
「私が構わないと言ったら構いませんわ。……それに、実を言うと私も、そのことについて貴方にお話ししようと思っていましたの」
「僕に?」
白鳥が首肯する。その顔色はいたって真面目で、彼女も何かしらの覚悟を決めてここに座っていることが察せられた。
「ええ。ですが前も言ったように物事には対価が必要ですわ。私は祓魔師の情報を渡しましょう。ですから、貴方には先日の情報分と今回の情報分、しっかりと払っていただきますわよ」
そう言われて、僕は先日死神と祓魔師の話を彼女から聞いたとき、僕からはあまり情報を渡していなかったことを思い出した。返していなかった負債があることに頭痛がしたけれど、後々の厄介ごとを避けるためにもここで精算しておいた方がいいに違いなかった。
「分かった。僕が分かることなら答えるし、力になれることならできるかぎり力になるよ。けど僕も一応上司がいる身だから、勝手な行動はできないんだけど」
「話が早くて助かりますわ。では、早速本題といきましょう。わたくしたち祓魔師の目的、それはずばり『魂の解明』ですの」
「……魂の解明?」
ええ、と白鳥が説明を始める。
「祓魔師は死者から生者を守るために動いていますわ。もし魂の仕組みやあり方について理解を深めることができるならば、わたくしたちは今以上の力を手に入れることができる――それこそ、死神の助けなど要らなくなるほどに」
白鳥の言葉に、僕はごくりと息を呑んだ。
魂の解明、その先にあるのは、祓魔師が死神を上回った世界。となれば、それが意味するのはただ一つ。
祓魔師による死神の排斥だ。
そして、もし万が一そんなことになった場合、死神が大人しく祓魔師にやられるのを待っているとは思えない。死神としての自分に誇りを持っているならなおさら、彼らは衝突することになるだろう。とはいえ、死神は死者として生者である祓魔師に必要以上の攻撃をすることはできないし、衝突は最悪の場合蹂躙になるはずだ。
「本来、死者と生者の世界は別れるべきなのです。だからこそ、わたくしたちは魂という存在の謎を解明し、世界をあるべき姿に分断する。それがわたくしの聞いている祓魔師の最終的な目的ですわ」
「そのために、ルカやクロトの話を聞こうとした、ってこと?」
「その通りですわ。そのやり方が手荒であったことについては、わたくしからお詫びいたします」
白鳥の一連の話を聞いて、僕は彼女の言葉について思考を巡らせる。
もし僕の考えたとおり、祓魔師の目的が死神の排斥なのだとして。そのために生者を守ろうと闘う死神を現世から追い出すというのは、本当にできるのだろうか。死神は世界各地に散らばっているし、死神にも死神なりの信念がある。
いや、それだけではない。
――それは、果たして正しいことなのだろうか。
僕にはよくわからなかった。確かに、白鳥の言うとおり死者と生者が交わる危険性がなければ、翔が危険な目に遭うこともなくなるだろう。それこそ、僕が剣をもつ理由だってなくなる。闘わなくていいのならそれに越したことはないけれど、それに至るまでの過程には、きっと数多の闘いがあるのだろう。もちろん覡も、ルカも、クロトも、東ユーラシアのみんなも、その闘いに巻き込まれてしまう。
祓魔師と死神が共存できるのなら、生まれることのなかった闘いに。
「さて、深月さま。わたくしが渡せる情報はここまでですわ。今度は、貴方からいろいろとお話しをしてくださいな」
「……わかってる。色々と教えてくれてありがとう、白鳥さん。それで、君は何が聞きたいの」
僕の感情と思考は混乱しているけれど、今は白鳥の要求に応えなければならない。僕は頭を過る不安と懸念を見て見ぬ振りして、白鳥に訊ねた。
「そうですわね。では、まずひとつ。これはわたくしの推測ではありますが――貴方は普通の死神とは違いますわよね。それについて教えていただきたいですわ」
こちらに訊ねるような口調ではあるけれど、白鳥の質問は鋭かった。ようやく、僕に対する誤解を解くときが来たらしい。このくらいのことなら教えても構わないだろうと踏んで、僕は彼女に事情を説明した。
「それは、僕が今も生きている人間だからだよ。翔とは幼馴染みだから、もし不安なら翔に確認をとってほしい。僕は翔と一緒に成長して、ここまで生きてきた。死神になったのはつい最近だ」
僕の答えを聞いて、白鳥は信じられないと目を零れんばかりに丸くした。理由を追及される前に、僕は死神になった経緯についても軽く説明を加えておく。
翔が悪霊に襲われたこと。そこを、ルカが助けてくれたこと。それをきっかけに、死神の世界を知ったこと。今思い返しても、本当に不思議な出会いだった。
「そういう身の上だから、死神もまだ体験期間だ。協会から正式な承認は受けたけどね。他の死神と違う、というのは、きっと僕が生きているからだと思う」
「なるほど。であるなら、祓魔師の光が貴方に効かないのも納得がいきますわね」
「僕の言葉を信じてくれるんだね」
「……まあ、貴方は嘘をつくような人ではないでしょう」
一つ目の質問の答えに満足したのか、とにかく、と白鳥が息を吐く。そして、深々と頭を下げた。
「貴方の平穏を脅かしたこと、心からお詫びいたしますわ。本当に――申し訳ございません」
「い、いいよ。頭を上げて。誤解が解けたならそれでいい」
まさか謝られるとは思わなくて、僕は慌てて彼女に頭を上げさせる。彼女の口調は気高く、その誇りもエベレストのように高いけれど、決して傲慢ではないようだ。少なくとも彼女が事情を分かった上で「問答無用!」などと言って殴りかかってくるような人ではなかったことに、僕は心の中で胸をなで下ろした。
「……ありがとうございます。とにもかくにも、深月さまはとても不思議な存在ですのね。冥府に渡り、それでもなお生きている。きっと、その魂は他の人間とも死神とも違うのでしょう」
「え?」
「やはり、わたくしの考えは間違っていなかった! 貴方の協力があれば、きっとわたくしは――わたくしたちは、きっと汚名を返上できますわ!」
「え、えっと……白鳥さん?」
突然ハイテンションになって笑顔を浮かべた白鳥においていかれる。協力だとか、汚名だとか、事情がよくわからずに頭にクエスチョンマークを浮かべていると、嬉しそうに飛び跳ねる白鳥によって、僕の両腕はしっかと捕らえられてしまった。
「深月さま」
「は、はい」
両手を包みこむように握られて、至近距離に興奮した白鳥の顔が迫る。白い髪と打って変わって睫は黒いんだなあ、なんて呑気に新しいことに気づいていると、白鳥はにこ、と満面の笑みを浮かべた。
「二つ目の対価ですわ。どうかわたくしと共に祓魔師の本家に赴き、わたくしたちに力を貸してくださいませんか」
「……へ?」
ノーを言わせない白鳥の勢いと迫力に、僕は間抜けな返事しか返すことができなかった。




