Episode21「霊を祓う者」③
「死神の……敵?」
「ええ」
突然の展開に、僕の頭は混乱する。死神だの冥界だのをこの身で体験しているものとして、彼女の言う「祓魔師」が実在していることは信じられても、このように白昼堂々、敵意をむき出しにしてくる存在がいるとは思わなかったからだ。死神というのは境界の守人で、人間に知られることなく活動している――そう思い込んでいたからこその困惑だった。
祓魔師といえば、世界でも名だたる宗教における「悪魔を祓って滅するもの」たちのことだ。マンガやアニメの題材になっていることも多いから、実態と異なっているとは言え誰もが一度は聞いたことがある職業である。
そう、祓魔師とは「悪魔を祓って滅するもの」だ。「悪霊を送る」という死神の仕事と似ていると言っても差し支えがない。だからこそ、僕の思考は酷くこんがらがってしまった。
「……ごめん。どうして敵なんだ? 僕からすれば、敵対する理由なんてないんだけど」
「確かにそうですわね。敵、というのは事実の一側面を描写した言葉に過ぎません。わたくしが言いたいのは、出会った以上、あなたを放置することはないということですの。なぜなら、わたくしたちが祓うのは悪霊のみならず、あなたのような死神も入っているのですから!」
白い杖をぴん、と僕に突きつけて、白鳥は雄弁に語る。
曰く、祓魔師とは「悪霊と死神」両方を悪魔とし、その両方を「祓う」ことを仕事としているらしい。死神にしろ、悪霊にしろ、現世にあるべきものではないのだと。顕界の問題は顕界に生きる人間が対応する、をモットーに悪を祓う、いわば人間の中で「死神」と似たようなことをする人々の集まりだった。
「死神は現世にいてはいけません。白鳥の如く華麗に、わたくしが祓って差しあげます!」
「ちょ、ちょっとまっ!」
僕の制止も意味なく、白鳥は朗々と杖を空にかざした。すると高天に輝く太陽のような光が、杖の先にはめ込まれた宝石に凝集し始める。その眩さは僕の「光」よりも遥かに強く、僕の目の前を真っ白に染めていった。
「これで終わり、ですわ――!」
目の奥が焼かれるような光に、僕は慌てて目を閉じる。このあとに痛みがくるのか、それともしびれが来るのか。分からない未来を警戒し、僕はせめて身構えた。
しかし。
一向に痛みは襲ってこないし、身体が痺れるようなこともなく。僕はなんの変化も感じずに、ただ白鳥の前に立っていた。眩しくて少しだけ目が眩んだ程度で、それ以外にさしたる不快感もない。
「……は?」
驚いているのは白鳥もだった。優雅な立ち姿はどこへやら、口も塞がらないようすで、呆然とこちらを見つめている。何が起こったのか分からず、僕たちは互いに無言で視線を交わした。
「な」
間もなく、白鳥がわなわなと口を動かし始める。信じられない、といった様子で、彼女は僕を指さした。
「ななななな、なんでですの!? なんでなんともないんですの!? 確かに私は、死神を祓う光を放ったはずなのに――!」
ありえませんわ、と動揺する白鳥は、アレが悪かったのか、コレが悪かったのかと一人で反省会を始める。それは僕のことを置いていくほどの勢いで、忙しなく頭を抱えたり杖を叩いてみたりするのだから気が気でない。僕が途中でいくら声をかけても、白鳥には聞こえていない様子だった。
「……これで終わりと思わないことですわ! 必ずわたくしはあなたを祓ってみせますから!」
「え、えっと」
「首を洗って待ってなさいな、死神!」
そして、彼女は僕に対して捨て台詞を残したあと、風のように屋上庭園を飛び出した。事情を説明する間もなく閉じられた扉を、僕はただ見つめることしかできなかった。
「祓魔師? 深月、祓魔師に会ったのかい?」
「じ、実は……あ、これ美味しい」
事務所でルカのお手製モンブランを頬張りながら、僕は覡たちに今日の出来事を報告する。祓魔師を名乗る女性と会ったこと、「死神の敵」を自称していたこと、そして光を浴びせられたけれどなんともなかったこと。それらを端的に説明すると、ルカと覡の顔色がふっと変わった。
「深月お兄ちゃん、本当に大丈夫なの?」
「うん、デスサイズだって変わらず使えたし、力も普通に出せたから……本当になんだったんですかね、アレ」
「まあ、お前は特殊だからな。そう易々と魂を押し出すことはできないだろう」
覡は緑茶を啜りながら、机の横にある本棚から一冊の本を取り出す。糸で綴じられているような、古めかしい本だ。とはいえ保存状態はそれなりにいいらしく、黄ばみこそすれ虫食いは見当たらない。
「祓魔師か。久々にその名を聞いた。確かに彼らは死神を敵対視している」
そう言って、覡は本のページをめくり始めた。昔の絵本だろうか、文字とイラストが同じページにところせましと詰め込まれている。
「彼らは古来より悪霊を祓うことを生業としてきた。古代日本においても祓屋として人に害を為す悪霊を祓ってきたと文献にも残されている」
本に描かれていたのは、黒い靄で構成された化け物と闘う人間のイラストだった。その手には札が握られ、陣のようなものを敷いている様子が描かれている。
「この文献は日本における祓魔師――否、祓屋について調べ上げたもの。冥府が作成したものであるため、部外秘の情報だ」
文献によれば、祓魔師は古来より死神や悪霊と言った「陰」に属する者たちと対抗する存在らしい。歴史の表舞台に立つことはなく、悪霊がもたらす災厄を払うために日夜日本中を駆け回っていたという。祓魔師という呼び名が使われるようになったのは開国以後であり、文明開化の音と共に西洋の祓魔師と技術や情報において提携を始め、合同で世界規模の境界を守護する人間側の守人になったというのが、祓魔師の主な歴史だった。
「つまり、死神と祓魔師ははるか数千年も前から争ってきた。彼らの主張としては『人間のことは人間でやるから死神の出る幕ではない』。だがこちらとしては『死者の問題は死者で片を付けたい』。要は、まるで意見が合わないだけなのだが」
「悪霊が敵なんだから立場は同じなのにね。死神は祓魔師が生きた人間である以上必要以上に手を出せないし、ちょっと困った存在だよ」
覡とルカの追加説明を聞いて、僕は改めて文献に目を落とした。そこには、黒い靄とは異なり、黒い衣服に身を包んだ人と争う姿も描かれている。祓魔師は一貫して白い装束を身に纏った姿をしていて、白い剣や斧を手に持っていた。その姿は白鳥天音の純白の髪の毛と杖を思い出させる。
――そういえば。
僕の大剣も、彼らの持っている武器のように真っ白だ。死神の武器とは違う、僕の武器の特徴的な色と、絵の中のそれは奇妙なほどに一致していた。
ということは、彼らについて知ることで、僕は自分の力について理解を深めることができるかもしれない。
そのことに気が付いたとき、僕は確かに高揚していた。
「とにもかくにも、どんなことになるか分からないから気を付けろ」という覡の忠告が、右の耳を通り抜けて反対側の耳にすり抜けていってしまうほどに。




