Episode21「霊を祓う者」④
白鳥天音と出会ってからと言うもの、僕の日常には頻繁に彼女が顔を出すようになった。翔と大学構内で食事をしているときにひょっこりと白鳥が現れたり、僕の帰り道を探り当ててすれ違いざまにピカッと光を喰らわせてきたり――周りの人には気味悪がられていたので二回目はなかったが――大人数授業ではきまって僕と将の近くに座ってきたり。とはいえそれらはすべて白鳥からの一方的なもので、僕から彼女に声をかける機会はなかなかなかった。僕の隣にはたいてい翔がいたし、大学は人の目で溢れている。屋上のように人気の無い場所を見つけるのは至難の業だからだ。
そんな彼女からの監視を避けながら、僕は同時に大学の図書館に通い詰めた。なにか「祓魔師」に関する情報が無いかを調べるためだ。覡に言えば簡単に文献が出てくるだろうけど、彼らにはあまり僕が祓魔師に興味を持っていることは知られたくなかった。
祓魔師……なんていう直球の検索ワードで本が出てくるわけがないので、「悪霊」やら「民族伝承」やらを中心に片っ端から本を読み込んでいく。死神から見た祓魔師だけではなく、人間から見た祓魔師を知るために。
秋の雨が降りしきる今日も、僕は空き時間を全て文献調査に費やしていた。通いすぎて顔なじみになった司書に会釈して、僕は地下書庫にある民俗学の棚へと足を進める。
雨の日の図書館は、いっそう利用者が少なかった。外へ出るのも億劫なのに、わざわざ傘を差さなければいけない図書館に来る学生は殆どいないようだ。けれど、僕からすれば好都合だ。薄暗い地下書庫を歩き、気になった本を引っ張り出して、机に重ねて椅子に座る。
『悪霊とはなにか』『各地域の悪霊探求』『江戸時代の民間伝承』……古ぼけた装丁の本をめくり、目次の内容を確認した。しかし、気になる内容のものは書かれていない。僕は感情のままに落胆のため息をつく。
「……今回も外れかな」
「何が外れですの?」
「えっ……ああああ!」
突然背後から話しかけられ、僕は思わず席から跳び上がる。ハッとして振り返れば、そこには「うるさいですわ」と耳を塞ぐ白鳥天音の姿があった。
いつの間に。どうしてここに。いやなんで僕がここにいることが分かったのか? いろいろな疑問が頭を駆け巡る。そして、僕の脳はひとつの答えをはじき出した。
もしかしたら、僕をもう一度祓うつもりなのかもしれない。
最悪なことに、ここは丁度人がいなかった。図書館の地下書庫なんて、不気味がって近づく学生は殆どいないからだ。教員も用がなければ近づかないし、何より本が多くて視界が悪い。隠れて何かをするのにはもってこいの場所だ。
つまり、僕は自分から――白鳥が呼び出した屋上のような、人気の無い、人目にも付かない場所に居座っていたことになる。
頭がさっと白くなった。慌てて白鳥に対し距離を取り、僕はじっと彼女の動きを観察した。しかし、こんなにも襲いやすい場所だというのに、彼女は何もしてこない。彼女の視線は、僕が読んでいた本に釘付けになっていた。
「ずいぶんと禍々しいタイトルですわね。一体何について調べていらっしゃったんですの?」
「君――祓魔師について、だよ。なにか文献に残っていないかと思って」
隠すことでもないので素直に告げれば、白鳥はぱっと目を見開かせる。
「そんなこと、冥界で調べればよろしいのでは? わざわざ所蔵の少ない大学の図書館に来るなんて、一体どんな物好きですの」
「それは」
どこまで彼女に伝えていいだろうか。祓魔師についてよくわからないのに、僕の情報をどれだけ渡していいのかがわからなかった。最初こそ僕について赤裸々に話すつもりだったけれど、落ち着いて考えてみると、「死神の敵」を名乗る彼女に情報を渡しすぎるのもあまり良くない気がしてならない。
悩みに悩んで黙っていると、白鳥はふん、と小さく鼻を鳴らした。そして、面倒くさそうにしながらも僕の隣の席に腰掛ける。
「……こんな本に頼らずとも、わたくしが聞かせて差しあげます。あなたは敵ではありますが、わたくしもあなたについて――もっと知りたいと思っていましたのよ」
そう言って、白鳥が机に肘をついた。彼女の真っ白なストレートヘアがぱさりと垂れて、どこか神秘的な雰囲気を創り出している。
「わたくし、これでもそれなりに悪霊を祓っている実力者ですの。お姉様やお兄様には劣りますが――とにかく、なぜあなたを祓うことができないのか、わたくしは突き止めなければなりません。ですからこれは、単なる情報交換ですわ」
「結局僕を祓うつもりなんだ」
「もちろん。わたくしたち祓魔師からしてみれば、悪霊も死神も同じですのよ」
悪霊も死神も同じ。そう言われて、僕の心臓はきゅっと締め付けられた。彼女には彼女の事情があるのかもしれないけれど、だとしてもこうして僕が好きな人達をそんな風にまとめられてしまうのがどうにも苦しかった。いや、きっと彼女からしたら、死神の中に僕のことも入っているのだろう。
「それで、なにが知りたいんですの?」
こちらに顔を向けながら、彼女はなにかを探るように僕を見ている。けれど、その瞳はどこまでも真っ直ぐで、敵意はあれども悪意のようなものは感じられない。悪霊と死神は同じ、と言ってはいるものの、彼女には彼女の考え方があり、祓魔師には祓魔師としての立場があるのかもしれなかった。
「僕が聞きたいのは……どうして死神と敵対しているのか、ってことだよ」
だからこそ、僕は彼女の思考と、祓魔師についてを理解しなければならない。知らない者に近づくのは怖いけれど、それでも知ることで変わるものだってあるからだ。死神や悪霊の世界に踏み込んで、その見え方が変わったように。
「なるほど――貴方、結構死神の中でも新参者ですのね」
「うん。一応上司からも敵対する理由は聞いたけど、僕は同じ仕事をしているんだから別に敵対する必要はないと思っているんだ。でも、そうはいかない理由があるのなら、僕は、ちゃんとその理由を知っておきたい」
僕の思いを率直に伝えると、白鳥は一度驚いたように目を見開き、そして目を伏せながら頷いた。
「分かりましたわ。確かに貴方の言うとおり、祓魔師と死神の業務は似通っている。死者が生者に悪影響を及ぼすことを防ぎ、冥界と顕界が繋がりすぎることを防ぐ――こと悪霊については、わたくしたち祓魔師と死神は手を取り合うことができるかもしれません」
ですが、と白鳥が続ける。
「わたくしたちからしてみれば、死神もまた、顕界に留まっていてほしくないのですわ。死者は死者として、大人しく輪廻に還るべきだと。なにせ、死神もまたわたくしたち生者からすれば死者なのですから」
つまるところ、死神側と完全に意見がすれ違っていた。死神は悪霊の問題を死者の問題と捉えて生者である祓魔師に介入してほしくない。祓魔師は祓魔師で生者は生者が守るから死者には眠ってほしい。確かにこれは敵対ともよべる関係性なのかも知れないけれど、僕からすれば完全なる敵意で構成された関係ではないように思えてならなかった。
しかし、白鳥の顔に、これまで現れなかった僅かな嫌悪が浮かび上がる。
「それに。これはわたくしの持論ではありますが……死神に選ばれるような魂に、生者を守ることができるとは思えませんの」
「……どういうこと?」
「白々しいですわよ、貴方も死神ですわよね」
「そ、それはそうだけど」
白鳥に睨まれて、僕は何を言おうにも言えなくなった。祓魔師と死神自体の関係はそこまで悪くないのかもしれないけれど、どうやら白鳥に関しては少し考え方が違うようだ。
僕は死神だけど生きている人間でもある。その弁明をする前に、白鳥はどこからか取り出した白い杖を僕の首に向けた。彼女の鋭い視線が、僕のことを貫いている。その煮詰まった敵意が詰め込まれた視線に、僕は反論する思考を奪われてしまった。そうしているうちに、彼女の口は驚くべきことを僕へと告げる。
それは、僕が知らなかった、知ることもできなかった、祓魔師から見た死神の世界についての真実だった。
「死神。わたくしの家では代々、あなたがたについてこう教えられているのです。死神という存在に選ばれるのは――生前に許されざる罪を犯した罪人なのだ、と」




