表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
64/79

Episode20「『規律』は我らと共にある」①

ビルが大きく揺れている。屋上で繰り広げられる戦闘の反動が、下層階にまで響いてくるようだった。


「……よし、これで大丈夫。深月お兄ちゃん、動けそう?」

「ありがとう、クロト」


 クロトの治療を受けた僕たちは、全員会議室に集まっていた。柊とカサンドラは警備員に事情を説明し、執務室に捉えた死神たちの対処をしている。どうやら、あの爆弾魔も柊たち支部長によって無力化されているらしい。


「そんな馬鹿な話があるか!」


 ふと、一人の支部長の怒号が響く。騒ぎを聞きつけた支部長達は仕事を切り上げ、座るところの無い会議室にやってきて、柊たちに事態の説明をするように迫ったのだ。眉間に皺を寄せた支部長たちを前に、柊は顔色一つ変えずに凜と言い放った。


「分かります。自分たちが信じた極夜卿が偽物で、実はその正体が五百年前のテロリストだった、とは認めたくないでしょう。しかし残念ながら、それが事実なのです。証拠は今、ルカが確認しに行っています。そろそろ戻る頃合いでしょう」


 ルカの名前を聞いた途端、支部長たちの機嫌はさらに悪くなる。よほど、その名前に嫌悪感を抱いているようだった。


「柊支部長。貴方は、あの男が信頼できると? 彼はあの悪名高い『狂犬』だ。仮に蓮花会長が正しかったとして、我々はあの男の発言を信じることはできない」

「たとえ、彼が本当の『極夜卿』の代理だとしても?」

「……なんだと?」


 支部長たちを取り巻く空気が変わる。会議室にいる全ての死神の視線が、柊とカサンドラに集まった。その視線に臆すること無く、柊は淡々と言葉を続ける。


「私も、彼に思うことはあります。しかし蓮花さんも、そしてあそこにいる東京支部の面々も、ルカと極夜卿――覡紅夜との繋がりを証明してくれました。そして同時に、彼は行動で示してくれた。私の大切な部下を守り、『規律』のために闘うのだと」


 柊の目が開かれて、瞼に隠された紫紺が目の前の支部長たちを貫いた。


「過去がどうであれ、今の彼は紛うことなき『規律』の死神。かつての極夜卿の意志を背負った、私達の同胞にちがいないのです」


 そのまなざしに圧倒されてか、支部長達は皆反抗の言葉を飲み込んだ。一度爆弾魔を取り押さえたルカの功績は、ここにいる全ての死神も知っている。それだけではない。今回の騒動において彼らの行動が後手に回ってしまっている現状も、結果として彼らの反抗を防いでいるのだろう。


「柊、カサンドラ。お待たせ――って、おや。皆さん勢揃いのようだね。ようやく重い腰をあげる気になったのかい」


 その時だった。ひりついた空気にさらに拍車をかけるように、一階から帰ってきたルカが扉を開けて会議室に現れる。支部長達はあからさまに顔を歪めたが、柊に言いくるめられた手前ルカの言葉に何も言えず、ただ黙って彼の来訪を受け入れた。緊張した空気の中で、柊とカサンドラだけが大袈裟なため息で受け入れた。


「貴方もそう相手をいらつかせるような言葉を控えたらどうですか。極夜卿になにを言われているかは知りませんが、敵を作るのは得策ではありませんよ」

「……確かに、こうして『騒動』を前に呆けている奴らを警戒しても意味はなさそうだ。待たせてごめん。今の戦況は?」

「蓮花さんとあの『聖譚』が交戦中です。『狂想』や他の死神は無力化しました。そちらの状況は?」


 柊の言葉に、ルカはああ、と思い出したように懐を漁り始める。そして、スーツの胸ポケットから一つのピンバッジを取り出した。


「残念ながら、あの極夜卿自体は誰かの『デスサイズ』だった。降りたときには黒い破片が散らばっていて、残されていたのはこのバッジ一つだけ。そしてこれも、巧妙に作られた偽造品だよ。よく見てくれ、確かにこれは本物に似ているけれど、あまりにも綺麗すぎる。当の本人は何年も前からこれを変えていないのに、傷一つ無いのは可笑しいだろう」


 そう言ってルカが柊に手渡したピンバッジは、なるほどたしかに表面にかすり傷ひとつ付いていなかった。まるで数日前に作られたばかりの新品のように。


「ともかくだ。あの極夜卿は偽者で、その正体は現状から分かるとおりテロリストの仲間であり道具だった。このことに異論がある死神はいる?」


 支部長たちは黙ってただ首を横に振った。中には気まずそうに視線をそらす死神もいる。しかし、その場にいる死神に共通していたのは、今もなお闘いを続ける蓮花に対しての不安と心配だった。相変わらず、屋上まで吹き抜けた穴から金属のぶつかる音が聞こえてくる。


「……分かった。柊支部長もああ言っていたことだし、ルカ、お前については同胞だと認めよう。そして、我々が共に戦うべきはあのテロリストなのだと。だが一つ教えてほしい」


 先程から声を上げていた男性の支部長が一人、ルカの前に歩み出た。その額に汗を滲ませ、男は震える声で言葉を紡ぐ。


「……極夜卿は、お前を代理としてこちらに寄越したらしいな。だが、なぜあの方は自らこの地においでにならないのだ」


 男の口から吐き出されたのは当然の疑念だった。

 極夜卿の真実について、彼らは既に柊の口から聞かされている。「私怨に巻き込むわけにはいかない」と部下を遠ざけた彼の決断や、その意志を継いだ蓮花のこと、そしてその結果、信じたくは無いが――ルカを支部長代理として本部に寄越したことも。

 それでも、支部長たちには分からなかった。

 私怨の向く相手であるテロリスト「暁の楽団」は冥界に牙をむいた。であるなら、もはや距離をとる必要はないのではないか、と。

ルカはその疑問を普段と変わらない顔で受け止めると、「そうだね」とどこか遠くを見るように視線を動かし、次に男たち支部長のことを眺め回した。


「極夜卿が居れば、蓮花にすべてを任せる必要はなかった。彼女も強いが、未だ冥界に認められていないのだからあの方も不安だろう。万が一蓮花が敗れ、『規律』の御旗が揺らぐことになったら」


 そう続けた男の顔はひどく真面目だった。決して蓮花を侮っているわけではない。ただ純粋に、なぜ覡が「確実な方法」を選ばなかったのかと疑問に思っているだけのようだった。


「……君たちはどうやらまだ分かっていないらしい」


 それでも、ルカの目はその不安を冷酷に退けた。一歩間違えれば彼らを激昂させかねないほど真っ直ぐな一言が、ルカの口から放たれる。


「確かに、そうするのが手っ取り早いだろう。あいつらを制圧するのに、きっと彼は数分もかからない。けれど、彼はそうしなかった。その理由なんて、一つしか無い」


 ルカは目の前に立つ死神を見据えた。そして、柊やカサンドラ、アリス、リゼ、クロトと順に視線を動かして、彼の目は最後に僕を捉える。夏空のように青いその瞳は揺るぎない意志を持って、この場に居る全ての死神たちに向けられた。


「彼は信じているんだよ。君たちよりも遙かに、東ユーラシアの掲げる『規律』を信じている。だから彼は冥界を君たちに任せ――今は、一人で顕界の悪霊を威圧している。東京だけじゃないよ、東ユーラシアの担当地域全てだ。彼の得意とする武器を、君たちは知っているだろう」

「……そういえば、顕界からの出動要請が無いな」


 覡紅夜の得意武器。

 それは漆黒の槍であり、遠くの敵をも射貫く巨大な弓だ。ただでさえ東京に彼がいるだけで悪霊の数は減少するというのに、彼の警戒網が東ユーラシア全域に広げられたらどうなるか。

 もちろん、全ての霊が萎縮する。

それが「できてしまう」というのが一番恐ろしいけれど、それでも彼は、きっとやってのけるのだろう。なんでも無い風な顔をして、その深紅の瞳は世界の霊の一挙一動を見据えている。現に、支部長達はルカの言葉を疑っていなかった。その顔には極夜卿に対する絶大な信頼と畏敬が浮かんでいる。僕が「そんなことできるのか」と疑う前にそんな顔を見せられてしまったら、もう彼をただの死神と並列で考えることはできなかった。


「つまり、所長がこの場に現れないのは、彼が『理念』を信じ、同時に俺達も信じているからだ。俺達なら、テロリストという脅威を払いのけることができる、ってね」


 そう締めくくったルカの言葉に、僕たちはなにも言えなかった。いや、「信頼している」と言われて、一体誰がその思いを無碍にできるだろうか。東ユーラシアを託されてなお「怖いから助けて」などとすがることなど、もはや選択肢には存在していない。


「――極夜卿が、蓮花なら大丈夫だとお考えなのですか」


 代理たるルカはなにも答えなかった。支部長たち死神の視線を受け、ただ代弁者と言わんばかりの風格で僕たちの中心に立っている。そんな彼の立ち姿普段と遠くかけ離れていた。まるで、彼に覡が憑依しているのではないかと錯覚するほどの威圧感を放っている。


「蓮花なら、ではありませんよ」


 その時、カサンドラが零すように言葉を放った。静まりかえった会議室の空気に染み渡るように、カサンドラの声が鼓膜を揺さぶる。


「我らなら、です。大丈夫。恐れずに立ち上がり、前に進み続ければ、光は必ず訪れます。『規律』は決して揺るがない。なぜなら、我らの信じる『規律』は極夜卿の中ではなく、蓮花の中でもなく――他でもない、我らの心にあるからです」


 カサンドラがそう言い切った、その時。

 地面を揺らすほどの衝撃が会議室を揺さぶった。今まで聴いたことのない巨大な音が、「回生の樹」から聞こえてくる。死神たちは弾かれるようにこぞって「回生の樹」側の窓に駆け寄って、ほど近い距離にそびえる純白の幹を見上げた。


「あれは」


 人混みをかき分けて樹の幹を見た者たちは次々と言葉を失っていく。僕もその中の一人だった。

 なぜなら、幹には巨大なクレーターができていたからだ。


「まさか蓮花じゃないよな」


 誰が最初に呟いただろう、目の前に現れた不安が周囲に広がる。しかし、それらの不安はそれぞれの心を埋め尽くす前にある言葉によってせき止められた。


「……我らが『規律』の名の下に」


 アリスがぽつりと呟いた一言によって。

「我らが規律の名の下に」――東ユーラシア死神協会に属する者なら誰でも知っている言葉だ。それは極夜卿が作り上げた「規律」に根付く、ただ一つの強い意志を表している。


「『規律』は秩序そのもの。けれどそれは、誰かに命令されて目指すものでも、誰かが一人で創り出すものでもない。カサンドラさんのいうように、私たち全員が心に宿している」


 だから、と震える声でアリスは続けた。


「与えられる意味の分からない『救済』に、負けるはずがない。私たち『規律』を重んじる死神がいる限り」


 アリスは指を絡めて拳を握る。まるで空を貫く大樹に祈るように、彼女の視線は真っ直ぐにクレーターに向けられていた。そして、アリスのその姿を見るやいなや、周囲の死神も同じように拳を握って空を見上げた。会議室にいた全ての死神のまなざしが、今蓮花に集まっている。

 瞬間。

「回生の樹」の白とも空を埋め尽くす黒とも違う、色とりどりの光が空を走った。瞬く間に、モノクロで作り上げられた冥界に鮮やかな光が広がっていく。生で観たことはないけれど、僕は確かにその光の名前を知っていた。


――オーロラだ。


 神秘的で幻想的なその光は冥界に色を与え、そしてその光の収束点にいる一つの影を際立たせた。なびく黒髪、スレンダーな身体、そしてその両手に握られた――巨大な鎌。


「……冥府の王が、蓮花を認めた」


 誰かのつぶやきに、僕は数か月前の覡の言葉を思い返していた。

「死神の大鎌は認められた者しか使うことができない」。

 その認められた者というのが調停者なのか、あるいは他の死神も含むのかは知らないけれど、蓮花の手に握られたその武器を見て歓喜する支部長たちを見て、僕は静かに確信する。

 「規律」の名の下に輝く彼女の精神は、冥府の王にも、そして同じように『規律』を心に宿す死神たちにも、今この時、名実ともに認められたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ