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葬送哀歌は夜明けとともに  作者: 月乃はな
第一幕「規律の御旗を揚げる刻」
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Episode15「分かたれた道」①

 蓮花が記者会見でSNS上の極夜卿について説明を行った数時間後、まるで灯りに誘われる虫のように、白い軍服に身を包んだ集団と極夜卿を名乗る男が本部の前に現れた。白い軍服の集団を下がらせた黒の男は、ロビーで仁王立ちする蓮花を見るなりその表情を険しくする。


「蓮花。久方ぶりだな」


 極夜卿の重厚感溢れる声に、空気がびりびりと痺れるような心地がした。重く、鋭く、それでいて彼の立ち振る舞いには権力者としての力を感じる。


「……ええ」


 しかし蓮花はその重みに怯むことなく、同様に剣呑な目つきで極夜卿を一瞥した。僕たちは蓮花会長の後ろに控え、固唾を呑んでことのなりゆきを見守っている。


「まずはIDを見せてくれる? 貴方はいなくなったときIDを持って行ったのだから、流石に持っているでしょう。この協会に立ち入るにはそれが必要不可欠なのは、貴方が一番分かっているはず」


 蓮花の言葉に緊張が走る。これで向こうがIDを出さなければ、相手の偽装は確定的な物になる。僕たちは武器をいつでも作り出せるように構えながら、男の出方を観察した。


「……ああ。これを」


 けれど、男は動揺することなく胸ポケットからピンバッジを取り出してみせる。それを蓮花の隣に立っているミッシェルに手渡して、機械によってそのIDを確認させた。


「は、はい。間違いなくこれは極夜卿のもの。この意匠は他に一つとして存在しない、『極夜』の刻印です」


 ミッシェルはその身体と声を震わせながら、受け取ったピンバッジを極夜卿に返す。ミッシェルから告げられた驚きの事実に、蓮花も僕たちもすっかり固まってしまった。

 まさか、本当に?

 支部長たちの間で疑念が広がる。蓮花も驚きのあまり目を零れんばかりに丸くして、目の前でくつくつと笑う男を見つめていた。


「まさか、俺が偽物だとでも思ったか」

「ええ。テロから協会の転覆を狙うだなんて、貴方らしくないわ」

「ははは。俺らしい、か。確かに、お前たちの知っている俺はこのような――テロを企てるような方法はとるまいな。だが、俺がお前にこの地を奪われて時が経った。考え方の一つや二つ、変わることもあろうよ」


 笑い混じりに男は続ける。その双眸には余裕が宿り、僕たちをまるで道端のいしころでも見るように血液のような赤い瞳を細めていた。覡とよく似た色であるはずなのに、目の前の男のそれはなぜかどろどろとしていて、決して美しいとは思えない。その瞳に見つめられていると、本能的な恐怖で背筋に寒気が走るほどだ。


「――そうね。二十五年経ったんだもの。死神だって変わるわね。いいでしょう、ついてきて頂戴。腰を据えて、ゆっくりと話し合いましょう。武力による解決は好きではないの」


 しかし蓮花はそんな威圧感を前にしても堂々としたままで、笑顔すら浮かべて極夜卿の後ろにいる白い軍服の集団を牽制する。


「下がれ、数人のみで充分だ。他のものは外で待機を」

「はっ」


 極夜卿は白軍服の集団から数人を選ぶと、我が物顔で蓮花の後に続いて歩いた。男の羽織った黒いコートがふわりと靡き、その歩き姿に支部長達も感嘆の息を漏らす。あれこそが極夜卿だと、やはり極夜卿本人だったのだと、先程まで掲げていた蓮花に対する支持が揺らぎ始めていた。柊やアリスもまた、どちらを信じるべきか決めかねるように視線を動かしている。

 蓮花が極夜卿を招いたのは四百四十三階の大会議室だった。本部一階層ぶんを二つに分けた巨大な会議室は、議長の椅子を囲うように、半円形に椅子がずらりと並んでいる。ロビーにいなかった支部長たちはすでに席に着いていて、部屋に入ってきた極夜卿を目にするなりざわつき始めた。


「議長は私が務めます」


 俊宇は極夜卿に頭を下げると、蓮花と極夜卿が揃ったのを見計らって議長席に腰掛ける。僕とリゼ、クロトはルカの隣に、アリスは柊の隣に控えて、支部長で行われる会議を見学することになった。

 本当は席を外すべきだと蓮花に提案したのだけれど。僕たち四人は一般会員以上にこの緊急事態に踏み込んでいるために、ことの顛末に関わっているものとして参加することを余儀なくされた。大学の講義よりもはるかに緊張感のある――それこそテレビドラマで見る裁判のような――静寂に、僕はごくりと息を飲む。


「大丈夫だよ。少なくとも、武力に訴えることはないだろう。ただ、もし何があったとしても、俺が三人を守るから」


 ルカが囁くように僕たちにそう告げる。ルカは隣で震えるクロトの背中をなでて、僕たちは借りてきた猫のように開会の合図を待った。


「それでは、第五回臨時会議を開会する。議題は――調停者の正当性について。まずは、それぞれの主張について整理を行う。蓮花現会長。貴方は二十五年前、極夜卿に調停者の座を譲られたということで相違ないな」

「ええ。これはその時の委任状。極夜卿本人のサインがあること、そしてこの文書の正当性は、当時の議会が認定した。ゆえに、私は正当な手続きを持って調停者になったといえるでしょう」

「では次に、極夜卿。貴方の主張をお聞かせください」

「俺は二十五年前、蓮花に調停者の座を追い出された。委任状として書かれたものは、蓮花による巧みな偽装である。蓮花は俺が署名した他の書類を利用して、その写しを委任状に書き換えたのだ。俺が出張から戻った頃には、俺は辞任した、失踪したとして扱われ――調停者の椅子に蓮花が座っていた」


 両者ともに一歩も譲らない主張に、支部長たちは頭を悩ませる。どちらの言い分にも確固たる証拠はない。証拠がないからこそ、どちらがどう間違っている、と言い切ることができないようだ。

 けれど、そんな議論が続くうちに、なぜか議会の雰囲気は極夜卿の方へと傾いていた。「極夜卿がそう言うのなら、きっとそうなのかもしれない」――思考放棄と言っても過言では無いような、そんな空気が場を支配し始める。

 嫌な予感がした。目の前の極夜卿が余裕の笑みを浮かべているのが、不気味に見えて仕方が無かった。まるで、この議論の結末がすでに決まっているとでも言いたげなその笑みに、僕の額を冷や汗が伝う。


「あの。大丈夫なんですよね」


 僕は冷ややかな目つきで議論を見守っているルカに問うた。しかし、ルカの反応はあまり良いとは言えない。彼もまた、この状況がよろしくないことを感じ取っているようだ。


「……全く、これだから本部は嫌いなんだよ」


 周りの支部長に聞こえないように、ルカがそう吐き捨てた。先程蓮花に真っ先に賛同したカサンドラと柊も、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「失礼。発言してもいいかな」


 進みそうもない議論を見て、しかたがないと言わんばかりにため息を吐き出したルカが手を挙げた。


「極夜卿。仮にあんたをそう呼ぶけど、書類の偽装の証拠はあるのかい。もし無いのなら、蓮花会長の言い分の方に正当性がある。そして、『規律』を無視したあんたは謀反を起こしたんだから捕まるべきだ。俺はそう思うんだけど、どうかな」


 挑発するように、ルカは極夜卿を見据えて意見を述べる。極夜教派というと、その煽りにも動じずに、ただ冷静に「ああ」と息を漏らした。


「久しいな、ルカ。まさかお前がいつのまに蓮花に尻尾を振っているとは」

「俺の仕えるべき相手は最初から変わっていないよ。少なくともあんたではないことは確かだけど」


 両者の間に火花が散る。ルカは一歩も退かずに極夜卿を据わった目で見つめているし、極夜卿も目下のものを見下すような視線をルカに向けていた。


「――まあいい。確かに、ルカの言うとおり証拠の有無は重要だ。だが、果たして本当にその『証拠』が意味を成すだろうか」

「は?」


 まるでちゃぶ台でもひっくり返すかのような――そんな極夜卿の発言に、ルカですら瞠目する。支部長たちも明らかな動揺を示し、困惑と同時に極夜卿の思いもよらない発言への期待を見せた。


「蓮花の主張にも証拠はない。であるのならば、この際重要なのはどちらの方が『調停者』に優れているかということではないか」


 ざわめきの中、会議室の全ての視線を一身に受けた男は語る。


「俺は追放を受けた間、この統治区の辺境を回っていた。それだけではない、『果て』と称されるあらゆる不都合を追いやった場所もな。その結果、俺は今の『規律』には限界があると悟ったのだ」


 ゆえに、と男が続ける。


「俺はこの冥界に、新たな『規律』を掲げよう。全てのものをすくい、拾い上げ、守りぬく――次の段階に至るための『規律』を。決して、現状維持のみでは終わらせない」


 それはまるで演説のようだった。理想を掲げ、それに共感するものを呼び寄せるような。現に支部長の何人かは深く頷き、極夜卿の理想に共鳴している。

 そして、その共鳴は大きな潮流となって会議室を満たし始めた。

 蓮花が続けてきた維持ではなく、極夜卿自身が規律を改革する。そのことに、支部長たちの熱がさらに温度を上げていく。待ち望んだかつての王の帰還だけではない、彼が示した新しい航路に、皆のぼせ上がっていた。

――ごく一部の、わずかな支部長を除いては。

 ルカは冷えきった視線を極夜卿に向け、柊は信じられないと言いたげに糸目を丸くし、カサンドラは汚物でも見ているかのように顔をしかめていた。どうやら、この三人は似たような感情を極夜卿に向けているらしい。


「議会に参加する皆よ。どうか、ここに正しく決断を下してほしい。俺と蓮花、どちらの方が調停者に相応しいのか。どちらの統治が、より理想に近付くことができるのか――家お前たちの決断であるならば、私はどのような結末でも受け入れよう」

「おおおおお!」


 しかし、議会全体の雰囲気は完全に極夜卿が握っていた。男の一挙一動に、支部長たちは感動し、熱狂し、賛同する。その場の流れに乗れていないのは僕たちだけで、それ以外の者たちの視線は全て、極夜卿のもとに集まっていた。

 この議会を掌握しているのは紛れもなく彼だ。彼の思うように賛同者は動くだろうし、彼の居るところに賛同者は集まるだろう。


「……静粛に。では、調停者を決する投票を行う。蓮花現会長に引き続き統治を求める者は、挙手を」


 俊宇が議会に響き渡るように朗々と告げる。ルカ、柊、カサンドラが迷いなく手を挙げた。しかし、それ以外の支部長たちは、瞼を閉じて確固たる意志を持って両手を下げているか、周囲を気にして気まずそうに手を引っ込める者ばかりだ。


「極夜卿に新たな調停者を依頼すべきだとする者は、挙手を」


 そして、極夜卿の名が告げられたとき。極夜卿への賛同を――蓮花の失脚を望むものたちの挙手が会議室を埋め尽くした。結果など、火を見るよりも明らかである。

 ふと、蓮花の座る席を見上げた。蓮花は呆然と議会を見下ろし、わなわなと拳を震わせている。彼女の思考を支配する感情など、想像に難くない。僕もまた、似たような状況に陥ったことがあるから良く分かる。

 あれは絶望だ。自分ではどうしようもないことに打ちひしがれ、どうすればいいのかわからない――持っていたものを全て失った、抗いようのない絶望。


『とっても優しくてかっこいい方です!』


 以前、リゼから聞いた言葉を思い出す。


『……良い状況とは言えないわ。もっとも、そう簡単に倒れてやるつもりはないけれど。まあうまいこと納得させてみせるから、心配せずに待っていなさい』


 覡の心配を振り払った、堂々とした彼女の立ち振る舞いと、その瞳の僅かな不安を思い出す。

 蓮花は強い。勇ましい。そうとばかり思っていたけれど――実際は、少しばかり僕たちの認識と彼女自身にはずれがあるのかもしれなかった。蓮花が垣間見せた僅かな弱さを、僕は忘れることなどできないだろう。


「これは多数決による民主的な議会の総意である。調停者及び会長の座は、本日より極夜卿のもとに返る。極夜卿、なにか申し上げることはございますか」

「ああ。まずは、俺を支持してくれたことに感謝を。そして蓮花、ルカ、柊、カサンドラ。お前達は、謀反により蓮花を偽の王として君臨させたことの罪を償い、冥府の現状をその目に収めてくるといい。すなわち、お前達に命ずるのは辺境への遠征である。なお、部下に『俺の理想』に賛同するものがいる場合は、他の支部長に彼等を預けても構わない。以上だ」


 極夜卿がそう言い終えると、立ち尽くす蓮花は俊宇によって席を下ろされ、ふらりと身体のバランスを失った。その身体が地面と衝突する直前に、ルカが蓮花のことを受け止める、

 すると、その姿を見た支部長のひとりが――悪気なく、ぽつりと零すように言葉を発した。


「ああ、やはり蓮花は頼りない。王とは孤高で、権威があり、強靱なる精神をもっていなくては」


 続いて、人群れのなかで誰かが言う。


「極夜卿なら、きっと絶対的な『規律』を敷いてくれるに違いない。蓮花が降りて助かった」


 極夜卿! 極夜卿!

 圧倒的な支持によって擁立された極夜卿の名が、あちこちで叫ばれる。穏やかで厳粛で、静寂に包まれた議会であるとは思えないほど、場の空気は熱狂的な意志によって支配されていた。


「……深月」


 叫び声の中で、ルカの声が耳に届く。


「とりあえず、外に出よう。ここは会長にとって良い状況ではないだろうから」


 自身を信頼して座を譲ったはずのリーダーに再度座を奪われる。それは、一体どれほどの精神的苦痛だろう。この事態が意味するのは、蓮花の力不足の証明に他ならないのだから。

すっかり意識を失ってしまった蓮花を見て、僕はルカの提案に頷いた。

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