Episode14「御旗に集うものたち」②
今、なんて?
突如として発せられた衝撃的な言葉に耳を疑う。
いや、確かにアリスは「ルカのせい」で極夜卿が居なくなったのだと言った。嘘だろうと思いながらも、真面目なアリスがそのようなつまらない嘘をつくとは思えないし、蓮花も居るところで「規律」を重んずる彼女が必要のない追及をするとは考えられない。
そして、何より――言われた張本人が、反論の一つもせずに黙り込んでいる。ルカたちを取り囲む支部長達ですら、アリスの発言に驚くことなく、さも当然と言わんばかりに責め立てるような視線をルカに向けていた。
「ルカさん。それは、本当なんですか」
口をついて出た質問に反応するように、ルカはサファイアの双眸を僕へと向ける。その表情は今まで見たことがないほどに冷静で、全てを諦観するように冷えきっていた。
「――ああ。確かに、俺が極夜卿の失踪の原因になっているのは否定しないよ」
ルカの言葉が静寂に包まれた会議室に響く。大人しく罪を認めた容疑者に、アリスも昂ぶっていた精神を落ち着かせ、ふん、と小さく鼻を鳴らした。
「貴方は『規律』を乱すものとして現れて、その後間もなく極夜卿は姿を消した。かつての『規律』を崩壊させた貴方が『規律』のもとで戦うことができるとは思えないわ」
アリス曰く、ルカは数十年前にこの東ユーラシア統治区に現れ、今回の混乱まではいかないもののそれなりに好き勝手やっていたという。当時はまだ極夜卿も調停者の席に座っていて、『規律』を乱すルカに頭を抱えていたそうだ。
そこまで事情を聞いて、ルカと覡が本部の中に割り当てられた東京支部の部屋を使わない理由が分かった気がした。要は、ルカの方に敵が多いのだ。支部長達の険しい顔つきを見ても、アリスの追及を聞いても、当時の協会はルカに良い印象を抱いていなかったことが分かる。覡がルカを部下にしたのがいつかはわからないけれど、とにかく不必要な衝突を防ぐために、覡はルカを連れて新宿に出張所を構えたのだろう。
「そうだね、君の言い分はよくわかる。でも、俺は心を入れ替えたんだ。蓮花会長にも忠誠を誓っているつもりだよ」
「そういって、貴方は昔から――!」
「アリス」
もう一度アリスの怒りが噴出しそうになったのを窘めたのは蓮花だった。二人の間に割り込むように立った彼女は、顔色一つ変えずに淡々と言葉を紡ぐ。
「ルカは私の依頼でここに来てくれたの。もし異論があるのなら私に言いなさい。もちろん、他の死神もね。そしてルカも、彼等の敵意を煽るようなことはしないで頂戴。今回の件は皆で協力して解決する必要があるのよ。内輪もめをしている場合ではないわ」
「っ……すみません」
「会長の言うとおりだ。余計な手間をかけさせてごめん」
蓮花の介入によってすぐに緊張した空気を緩めた二人は、揃ってしおらしく頭を下げた。その姿を満足げに見届けて、蓮花は立ち呆ける支部長達に向かって声を上げる。
「緊急会議を開きましょう。この未曾有の事件を解決するため、そして――私から、あなた達に伝えなければならないこともある。私を調停者として認められないという声もあるでしょう。けれど今は、統治区に住まう民への被害を抑えるために、どうか私の言葉を聞き入れてほしい」
普段の柔和な言葉づかいとは打って変わって、蓮花の力強い言葉が会議室の空気を震わせた。その場にいた誰もが背筋を伸ばし、目の前に立つ一人のリーダーに視線を向ける。
「此度の一件は類を見ない緊急事態。しかし、この程度で屈する私たちではない。この混乱を裏から手引きした者達を引きずり出し、『規律』の名の下に罰を与えましょう」
疑惑、不信、信頼、羨望――あらゆる感情を宿した視線に囲まれながら、蓮花はしっかと言い切った。その瞳は真っ直ぐに目の前に立つ多くの部下たちを向いている。煌々と輝く彼女の紫の双眸の奥底で、揺るがない信念が燃えていた。
「爆発事件の犯人は拘束された。けれど、彼が全ての事件の黒幕というわけではないわ」
巨大な長机に並び座る支部長達を見回して、蓮花は朗々と言葉を紡ぐ。壁際に設置されたホワイトボードには、男が収監された檻の監視カメラの映像と、SNSで拡散されていたらしいある投稿が映し出されていた。
それはまるで告発文のようだった。投稿者の名前は「極夜」。極夜卿を名乗る何者かが、この爆発事件を手引きしたのだと自白している。と同時に、今の治政の歪さを伝えていた。そこまでであれば、偽物だと断ずることは容易かったかもしれない。
ただ、まるでその告発文の証拠とでも言いたげに、ある映像が同時に投稿されていたのがいけなかった。腰まで伸ばした黒い髪の男が、血の色のような目を細めながら、暗闇の中で住民に呼びかけている。その動画が会議の中で流されると、投稿に対して怪訝な目を向けていた支部長の面々も、驚きのあまり口を大きく開けたまま何も言わなくなってしまった。
『……撮れているか。ああ、ならいい。俺は会長として、いや、正当なこの地域の調停者として、彼に言葉を託すことにする』
「極夜卿」
一体誰が呟いたのか、どうやらこの映像に映っているのは極夜卿本人らしい。眉間に皺が寄っているのではないかと思うほどの険しい顔つきで、画面の中の男はこちらをじっと見つめているようだった。その視線に、思わず背筋がしゃんと伸びる。
画面越しだというのに。ただの映像だというのに。極夜卿と呼ばれた男の立ち振る舞いは、蓮花にはない威圧感と威厳に満ちていた。なにか失言をしてしまえば、彼の言葉に逆らってしまえば――こちらの首が飛んでしまうのではないかと錯覚するほど。支部長達も息を飲み、何も言わずに動画の続きを待った。
『蓮花は俺から強引に会長の座を奪い取った、不当な調停者である。故に冥府の王に認められず、その武器を真の姿にすることができないのだ。もし、この言葉を聞き届け、私を信じてくれるのならば。どうか、俺の治政を取り戻すことに協力してほしい』
彼の言葉を聞いて、僕はようやく覡の言っていたことを理解する。
蓮花と極夜卿はまるで違う。
目の前に居るのは絶対的な強者であり、彼の前では如何なる不敬も許されないし、反逆などしようという意志も湧かなかった。現に、支部長達も動画に対して無言で頭を垂れている。
一方で、蓮花を前に極夜卿と同じような感覚を覚えるかどうかと言ったらそれは否だ。蓮花はよく笑うし、部下とも距離が近い。極夜卿が一段上の玉座に座っている王ならば、蓮花は円卓に腰掛ける王なのだ。
「……この動画は、本当に偽物なのですか」
支部長の一人、名前をヴィノーダという男が手を挙げてそう言った。他の支部長達も、口々に疑問を零し始める。確かにその疑問はもっともだ。この動画には合成のような違和感もなければ、音声も立ち振る舞いもごく自然で、コスプレのような見た目の不自然さもない。誰がどう見ても、極夜卿本人が喋っているように思える。
しかし、そんな中できっぱりと断言する死神がいた。先程爆弾魔に「真実」とやらを伝えられたときにも容赦なく一蹴したリゼである。
「偽物です。『規律』を重んじるあの方が、『規律』を乱してまで自分の地位を取り戻そうとはしないでしょう」
リゼはその場に充満し始めていた多数の疑念に臆することなく続ける。
「人の引き継ぎについて、極夜卿は細かな規定を作りました。それは会長の座も例外ではないと聞いています。そうですよね、蓮花会長」
そう言葉を向けられたのは椅子に座って無言で映像を見つめていた蓮花だった。
「ええ。私は正式な手続きによってこの座に座っている。彼からの委任状と、貴方たち支部長全員の了承で」
蓮花の主張に異を唱える者はいなかった。かつて極夜卿が置き手紙を残して失踪した際、蓮花が選ばれたことにひとまずは賛同したのを覚えているからだろう。例え彼女が極夜卿が帰ってくるまでの「つなぎ」であったとしても、議会を通して正式に認められた調停者を下ろすにはちゃんとした手続きを必要とする。間違っても、この動画の向こうの「極夜卿」のように、反逆のような形をとって行うべきものではない。
「……確かに、私たちは貴方の正当性を知っています。他ならぬ私たちが賛同したのですから。しかし同時に、不安でもあるのです。極夜卿が去るとき、彼は貴方に何を言い残し、何を託したのか――私たちはそれを知りません。そして住民は私たちよりも遙かに何も知らないでしょう」
そんな意見を述べたのは、第四区から帰ってきた柊だ。向こうの修復作業はその手の専門家に任せ、蓮花の召集に応じて本部に戻ってきたのである。指示を飛ばし続けていたのだから疲れているだろうに、彼はそのような素振りを見せることなく、背筋を伸ばして蓮花の方に向き直る。彼の糸目は何か言いたげに蓮花を見つめ、その眉には皺が寄っていた。
「会長。あの日何があったのか、どうして極夜卿は姿を消したのか、どうか私たちに教えてください。私たちは貴方について、もう一度審議しなければなりません。この動画に映る極夜卿を名乗る者と戦うには、必要不可欠なことなのです」
柊の意見は扱く全うだった。蓮花に対する不信を持つ支部長も中に入るだろう。その中で彼は中立的な立場として、蓮花を責め立てるでもなく、かといって擁護するわけでも無く、落ち着いた議会の進行を促したのだから。
「そうね、柊。貴方の言うことは最もよ。私も、そのことについて貴方たちに伝えなければならないと思っていた。私たちの統治区が奴らの標的に選ばれた以上、私たちは本格的に奴らと戦わなくてはいけないでしょうから」
蓮花の首肯に支部長たちはざわめきを返す。僕はルカのとなりで会議の内容を聞いてはいるけれど、その全てを理解できているとは言えない。しかしそんな僕にも、今の発言には大きな意味があるということがひしひしと伝わってきた。
きっと、これは蓮花にとっても協会にとっても重要な決断なのだ。
蓮花は続ける。自分が審議されるということにたじろぐこともなく。
「だからその上で、どちらに着いていくべきか、自分たちで決めなさい。私は貴方たちの決定に異論を唱えるつもりはない。けれど、私にも守るべき約束がある。私の覚悟は貫かせて貰うわ」
その声は凛と会議室に響いた。その場にいた全ての死神の視線が一斉に蓮花に集まり、蓮花もそれらから目を逸らすことなく過去を紡ぐ。
「彼が姿を消す一ヶ月前に、私は彼に呼び出された。彼は調停者の座を降りるために、その後釜として私を選んだの――忘れもしない、二十五年前の冥刻二十時のことよ」




