4 今日は彼女と通学デート
沢凪荘には、通学用の自転車が二台しかない。
いつもは美鈴がそのうちの一台に乗って先に行き、
俺と矢代先輩がもう一台に二人乗りして学校へ行く。
しかし今日から姉ちゃんも学校へ行く事になったので、美鈴と矢代先輩が二人乗りで一台使い、
もう一台に、俺と姉ちゃんが二人乗りをして行く事になった。
美鈴は矢代先輩と一緒に、いつも通り少し早目に沢凪荘を出た。
そして俺と姉ちゃんはそれより少し遅れ、沢凪荘を出た。
「いや~、学校通学なんて何年ぶりかしら。
今の大学はキャンパスの中に学生寮があるから、通学とは無縁なのよねぇ」
姉ちゃんは後ろ向きに自転車の荷台に座り、俺に背中をもたれさせながら言った。
「危ねぇからあんまり体ゆらすなよ?」
俺がぶっきらぼうに言うと、姉ちゃんはご機嫌な様子でこう続けた。
「で、あんたはもう彼女の一人でもできたの?青い春はやって来たの?」
「やって来てねぇよ。昼間は学校で夜はアルバイト。そんな暇ねぇっての」
「でも沢凪荘には可愛い女の子が二人も居るじゃないの?管理人さんだって美人だし」
「いや、あの管理人さんは、中身がまるっきりエロオヤジだから」
「じゃあ矢代ちゃんと美鈴ちゃんは?
二人とも可愛いのにスレてなさそうだし、とってもいい子じゃない?」
「いやいや、矢代先輩は無邪気だけど、無類のイタズラ好きだし、
美鈴はその、黙っていればそれなりに可愛いけど、いつも何かとプリプリ怒ってるし、
かと思ったら急によそよそしくなるし、よくわからねぇんだよ」
「ふぅん、なるほどねぇ」
姉ちゃんは俺の言葉からそれ以外の何かを察した様子だったが、それ以上何も言わなかった。
しばらく沈黙が続き、それに耐えられなくなった俺は姉ちゃんに尋ねる。
「そっちの方こそどうなんだよ?あっちの大学で、外国人の彼氏でもできたか?」
すると姉ちゃんは深いため息をついてこう返す。
「だめねぇ。私に言い寄って来るのはどれも上辺だけのペラッペラな男ばっかり。
私の胸にビビッとくる男は一人も居ないわ」
「姉ちゃんにビビッとこさせるのは大変そうだなぁ」
「あら、そんな事ないわよ?
私はただ、ちゃんと私の事を好きになってくれるならそれでいいの。
それで充分。あとは何もいりません」
「本当かなぁ?かぐや姫くらい口説き落とすのが大変そうだぞ?」
「そんな事ないわよ。私はきれいな宝石やネックレスやブランド物の鞄とか、
豪華な食事やうっとりするような口説き文句とか、そういうものは必要ないもの」
「でもそれって、ある意味かぐや姫より難しいと思うけど?」
「そんな事ありません。私は心身ともに清らかで美しいもの」
「そういう自信満々なところ、昔から変わんねぇなぁ」
「安心した?あんたが昔から大好きだった美咲お姉ちゃんが、今も健在で」
「はいはい、そうだな」
姉ちゃんの言葉を軽くあしらう俺。
すると姉ちゃんは少し間を置き、ボソッとつぶやくように言った。
「ま、ここに来たのは、もうひとつ理由があるんだけどね」
「え?」
よく聞き取れなかった俺は、しかしそれを詳しく聞き返すタイミングを失ってしまった。
もしかしてここに姉ちゃんがやって来た本当の理由って、そこにあるんじゃないのか?
はて?




