閑話① 「第一司教ルマン」
神聖国──それは、創世神アリシアの加護を受け、
その命のまま、世界に平和をもたらす役目を担う教皇が住まう地域一帯のことを指す。
この世界において、創世神アリシアの代わり、
『代理人』たる教皇を知らぬ者などいない。
いたとしても、それは衣食住がまともにできず、
路地裏で怠惰を貪っているもの達くらいなのかもしれない。
怠惰、というのはあまりにも失言だろう。
明日を、今日を生きるために毎日毎日、
『死を覚悟して』生きなければならないのだから。
そんなもの達も救えないだろうか───。
そっと、教皇代理として働く第一司教……
ルマン・アリシア・チュトラリーは溜息を吐く。
300年前───
彼の姉で唯一無二の肉親であり、
教皇である『アリア・アリシア・チュトラリー』は、
気まぐれなままに眠りについた。
それからもう300年も経った……。
「(あの人は、いつも気まぐれだからな。
でも……それだけ疲れが溜まってしまっていたのかもしれない)」
人知れず仕事も公務も進めていた我が姉。
眠るところを見たことがあっただろうか……?
そう思うと、これだけ眠っているのも頷ける。
僕と、そして姉アリア、妹アリネは不老不死だ。
2000年前に創世神アリシアの祝福を受けた姉と妹と僕は、
死ぬことも老いることもなくなった。
ただ永遠にアリシアの代理としてこの世界を見守る役目をこの身に
──ただの人だった三姉弟に与えた。
どれほど辛くても、悲しくても。
隣にはいつも僕の慕う、愛しい姉がいた。
聡明で、優しくて、だけど、厳しくて。
そんな姉が僕は大好きだった。
そしてその傍には、可愛らしい妹がいて、
僕の悩み事や剣の稽古などに付き合ってくれた愛しい妹が、
長くの間そばにいてくれた。
幼い頃から、両親や義兄たちよりも姉に勉学を教わった。
嫌な顔ひとつもせず、優しい笑みを向けてくれる姉の姿は、
今でもはっきりと思い出せる。
そっと、姉の眠る部屋へと足を運ぶ。
ここは限られた者にしか入ることは許されていない。
僕は、その限られた者のひとりだ。
豪華な純白のベッドの上に身動きもせず、
ただ瞳を硬く閉じているそのひと。
長い金髪のウェーブのかかった髪は、
太陽の光に当てられてキラキラと輝いている。
──我が姉、アリア・アリシア・チュトラリー。
いつ、目覚めてくれるのか。
それは分かるわけもないが、僕はずっと待っている。
その瞳が開き、その目が僕を見つめてくれる日を──。
そうして、僕はいつもの習慣として姉の様子を見に来る。
こうして心の底から湧き上がる『悲しさ』から、
目を背くことができると分かったから。
さあ、目覚めはいつになる……?
分からなくても、そうじゃないかもしれないけれど、
ただ直感で理解する。
──あと、もう少しで『神の代理人』は目覚めると。